第7話:影の往く街、奈落の扉
第7話:影の往く街、奈落の扉
国境の荒野から王都へと至る街道の闇を突き抜け、三人は深夜の王都へと潜入を果たした。 だが、かつて「光の都」と称えられた王都は、異様で不快な死の気配に塗りつぶされていた。 大通りに人影はなく、整然と並ぶ石造りの民家は固く戸を閉ざしている。街全体を覆っているのは、夜風に乗って漂う薄っすらとした白灰の霧と、肌を刺すような生ぬるい熱気。路地裏に視線をやれば、肌が乾燥した木皮のように干からび、目を剥いたまま倒れている一般兵たちの残骸が転がっていた。 「……街の人間ごと、ルシエルの『糧』にしようとしてやがるのか」 ガゼルが激しい怒りを孕んだ声で呟き、手甲の嵌った手で剣の柄を固く握りしめる。 上層部はもはや狂気にとりつかれていた。不老長寿と絶対権力という甘い毒に執着するあまり、王都の民や自国の兵士すらも「白炎の実験」を維持するための燃料として差し出していたのだ。 「地下施設への入口は、王宮の最深部……かつての地下宝物庫だ」 ルカが道中で首領から奪い、解読した暗号魔導書を指でなぞりながら、絞り出すような声で告げる。 三人は影から影へと滑り込み、死の街と化した王宮の警備網を突破する。崩れかけた隠し階段を下り、生温かい風が吹き上がってくる地下深くへと踏み入った。
◇
階下へ進むにつれ、腐臭と焦げ臭さが混ざり合った毒々しい魔力の残滓が濃くなっていく。 突如、前方の巨大な地下回廊が不気味な黒紫の結晶と重厚な魔導障壁で封鎖され、闇の奥から甲冑の重い擦れ音と、獣のような低い唸り声が響き渡った。 「来ます……ッ!」 ルカの鋭い警戒の声と同時に、闇の中から姿を現したのは、凄惨な改造を施された異端審問官の残党と親衛隊の精鋭たちだった。 彼らの皮膚には痛々しい黒赤の術式光線が浮き出ており、眼球は濁った白に染まっている。上層部がルシエルの技術を模倣し、兵士たちの身体に不完全な白炎の術式と強化薬物を投与して生み出した「異形の実験体兵士」たちだった。 「ここまでだ、反逆者ども……! 我らは閣下より『不死の血』を賜った! 貴様らの肉と魔力など、ルシエル様の炎を燃やす薪に過ぎん!」 隊長格の男が不気味に歪んだ声で叫ぶと同時に、理性を失った異形の兵たちが爆発的な踏み込みで襲いかかってきた。石畳が踏み荒らされ、重厚な剣や斧が鋭い風切り音を立てて振り下ろされる。 「くっ……重えッ!?」 ガゼルが左右の二刀で斬りつけるが、刃は骨の硬度に達した肉体に浅く弾かれた。斬り払われた傷口からは血ではなく白銀の炎が噴き出し、瞬く間に肉体が再生していく。ルカの矢が胸を正確に撃ち抜いても、兵たちは痛みを感じることなく前進を続けた。 「ガゼル、引け! エレボスの黒炎でまとめて焼き払う!」 ヒルデが異形の左腕を突き出し、分厚い呪符を解き明かそうとした瞬間—— ガシィッ!! ガゼルが手甲の嵌った強い力で、ヒルデの肩を力強く掴み引き留めた。 「バカ野郎! こんな雑魚ども相手に黒炎を使ってどうする! ルシエルは『魔力を喰らう炎』を使うんだろ!? お前の魔力をここで消耗したら、あいつに勝てるわけがねえだろうが!」 「ガゼル……!」 回廊の奥からは、さらに無数の異形兵の足音が地鳴りのように響いてくる。奥の巨大な鉄扉には何重もの重魔導障壁が重ねて張り巡らされ、後方の敵をすべて相手にしながら突破する猶予など、どこにもなかった。 このまま足を止めれば包囲され、ヒルデがルシエルの元へ辿り着く前にすり潰されてしまう。 「……ルカ! 障壁の展開核はどこだ! 探せッ!」 ガゼルが襲いかかる斧を寸前で受け流し、二刀の連撃で敵の膝関節を破壊しながら叫ぶ。 「あ……あの巨大な鉄扉の左右にある紫色の水晶です! あれに魔力が供給されている!」 ルカは呼吸を整えると、弓を引き絞った。集中力を研ぎ澄まし、敵の隙間を縫うようにして同時に二本の矢を解き放つ。 チュドォンッ!! 正確無比な射撃が左右の水晶を同時に撃ち抜き、バリバリと強烈な放電音を立てて魔導障壁が霧散した。 「よし! 障壁が消えたぞ、ヒルデッ!」 ガゼルが激しい咆哮とともに二刀を振るい、迫り来る異形兵の首を強引に跳ね飛ばしながら叫んだ。 「ここは俺とルカで食い止める! 追っ手をひとりとして先へ通さねえ! お前はあの扉を叩き破って行け!!」 「ダメだ! この数相手に二人だけで残るなんて……死にに行くようなものだ!」 ヒルデが叫び返すが、それを遮るようにルカが弓を番え直し、目の前の刺客の喉笛を貫いた。その瞳には恐れではなく、揺るぎない覚覚が宿っていた。 「僕たちを信じて、ヒルデ姉さん! 僕はもう、背中を守られるだけの子供じゃない……! 助けてもらったこの命で、今度は姉さんの道を作るんだ!」 「そうだ、ヒルデ! 俺たちの『鉄鎖』の誇りを踏みにじった奴らに、意地を見せてやる!……さっさと行って、あの白炎の野郎をぶち殺してこいッ!!」 ガゼルが手甲を叩き鳴らし、凄絶な笑みを浮かべて二刀を構え直す。二人から放たれる圧倒的な気迫。そこにはかつて上層部に利用され、惑わされていた頃の迷いは一切なかった。 「……死んだら、絶対に許さないからな」 ヒルデは固く歯を食いしばり、背中の大剣『誓約の咎喰い』を引き抜いた。異形の爪で柄を強く握り締め、全身の体重と脚力を乗せて巨大な鉄扉へと体当たりを叩きつける。
ドドォォォンッ!!!!
極限まで鍛え上げられた一撃が重厚な鉄扉を粉砕し、奥へと続く暗い奈落の道が露わになった。 「行けぇぇぇッ!!!!」 ガゼルの雄叫びと、ルカの放つ連射の羽音が地下回廊に響き渡る。 ヒルデは一度も振り返らず、大剣を固く握り締めながら、宿敵ルシエルと腐敗した上層部が待つ最奥の闇へと駆け抜けていった。
(第8話へ続く)




