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漆黒の咎喰い  作者: 捨て石


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第3話:断絶の勅命と影の誓約

 第3話:断絶の勅命と影の誓約

 古代遺跡の惨劇から数日後。王国軍総司令部の最奥、謁見の間は氷のように冷徹な沈黙に包まれていた。 高く聳える列柱の影から、高官が羊皮紙の書状を手に眼下を見下ろす。その先には、硝煙の匂いを残したまま佇むガゼルと、弓を抱えて固直するルカの姿があった。 「……通達する。『鉄鎖』第1班を全滅させ、古の魔物と融合し逃亡した元副隊長ヒルデ。これを即刻【特級反逆者】に指定する」 高官の平坦な声が虚ろに反響する。 「ガゼル隊長、ならびにルカ。お前たちを残存兵力とし、特別追撃隊を編成せよ。かつての仲間の首を刎ね、その異常な力を国へ回収するか……あるいは殺せ。拒否は許されん」 ガゼルは手甲が軋むほど拳を握り締めた。掌に爪が食い込み、血が滴る。 不自然すぎる配置、異形と化したヒルデの左腕、そしてあまりに早すぎる排除命令——疑念は渦巻いていた。だが、周囲を囲む近衛兵の手が一斉に柄にかかるのを目にし、ガゼルは血の滲む唇を噛んで頭を下げた。 「……謹んで、命を拝受いたします」 「隊長……ッ!? 本気かよ!?」 ルカが裏返った声で叫び、ガゼルの袖を強く引っ張る。だがガゼルは振り返らず、ただ高官へ頭を下げ続けた。 重苦しい謁見を終え、暗い回廊へ出た瞬間、ガゼルは壁に手をついて激しく息を吐き出した。 「分かってくれ、ルカ……」 掠れた声で、吐き出すように絞り出す。 「俺たちが追撃隊の頭に立つしかないんだ。他の奴らに見つけられたら……ヒルデは理由も聞かれず問答無用で殺される。俺たちの手で……あいつに追いつくんだ。真相を聞くために」 ルカは背の弓を指が白くなるほど強く握り締めた。あの日、立ち込める黒煙の向こうで背を向けた「姉さん」の冷たい瞳。その真意を確かめるため、二人は過酷な追撃の路へと足を踏み出した。

 ◇

 一方、王国軍の警戒網をすり抜けた岩山の暗い洞窟。 湿った岩肌に立てかけられた大剣『誓約の咎喰い』から、紫黒の魔気が不気味に揺らめいている。焚き火の火影の中で、横たわるヒルデの左腕 -漆黒に変色し、赤光の魔紋が不気味に脈動する異形の手甲が浮かび上がっていた。 『-ふむ。案外落ち着いているな、娘。肉体を侵食される絶望に狂い叫ぶかと思っていたが』 脳内に直接響く重厚な声。寄生体エレボスだ。 「……話がある、影」 ヒルデは口内の血を岩床へ吐き捨てると、異形化した左腕の拳を握り直した。 「私の目的はただ一つ。あの白炎の魔族 -ルシエルを殺すことだ。そして私と仲間をハメた豚どもの首謀者を叩き潰す。それ以外のことにこの力を使う気はない」 『異論はない。ルシエル、ひいては現魔王の血脈は滅ぼすべき標的だ。我が力、いくらでも貸そう』 「それから……私の肉体を乗っ取ろうとするな。主導権は常に私だ。一線を超えて精神を喰らおうとすれば、この右腕でお前ごと左腕を切り落とす」 眼光に宿る冷ややかな殺意。それが脅しではないと悟り、エレボスは腹の底から高笑いを上げた。 『ハハハハハ! 良い! 己の肉体を削いででも我を拒むか! よかろう、契約は成立だ。我はお前の「影」となり力を貸そう。……だが覚えておけ、お前の憎悪が折れた時、その肉体と魂は我の食卓に上ると思え』 「好きにしろ。奴らを殺した後の命など、どうでもいい」 暗い洞窟の底で、人と魔物の禍々しくも確固たる契約が交わされた。

 ◇

 同じ頃、遥か遠方、常闇の雲に覆われた魔族の城郭。 玉座に鎮座する現魔王は、遥か遠方の古代遺跡から立ち昇る不穏な魔気に両眸を細めた。 「……封印が解けたか。エレボスめ、浅ましい人間の肉体を器に得たと見える」 かつて覇権を巡って相争い、遺跡深くに封印した古の脅威。その目覚めは看過できぬ不穏の芽だった。 「ルシエルを退けたその器……放ってはおけぬ。刺客を放ち、エレボスが完全に馴染む前に器ごと噛み砕いてこい」 玉座の影から、気配を殺した黒いシルエットが滑り出し、闇へと消えていった。

 ◇

 それから数ヶ月。ヒルデは陽の当たる街道を捨て、無法者たちが蠢く裏社会へと深く潜伏していた。 ボロ布のフードで顔を覆い、背には布でぐるぐる巻きにした大剣。左腕は分厚い呪符と黒帯で固く縛り上げている。彼女は裏社会で「黒腕の孤狼」と恐れられ、危険な怪異退治で日銭を稼ぎながら情報を探っていた。 酒と油の臭いが充満する地下酒場の片隅。ヒルデは盃に口をつけながら、泥酔したならず者たちの会話に耳を澄ませる。 「……聞いたか? 西の交易都市で、街区が一瞬で『真っ白な炎』に焼き払われたらしいぜ……」 「生存者の話じゃ、空から降ってきた白銀の悪魔が、指一本で街を灰にしたってよ……」 盃を握る右手に、強い力が入る。 (……見つけたぞ、ルシエル) 手の中には、ミレットの遺品である小さな鉄の指輪が固く握られていた。 背後に迫るガゼルとルカの気配、そして闇から忍び寄る魔王の刺客たちの殺意を感じ取りながらも、ヒルデは振り返らない。 フードを深くかぶり直し、白髪の女騎士は、宿敵の残した爪痕を追って再び夜の闇へと消えていった。


(第4話へ続く)

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