第18話:『希望の狼煙(のろし)』
第18話:『希望の狼煙』
「……開いたぞッ!」
ガゼルの怒号とともに、頑丈な黒鉄の檻が歪み、大きな音を立てて弾け飛んだ。
捕らわれていた人間たちが、恐る恐る檻の外へと足を踏み出す。互いに身を寄せ合い、震えていた彼らの顔に、地下洞穴の崩落跡から差し込む太陽の光が落ちた。
「助かった……のか……? 俺たち……」 「生きている……本当に……!」
あちこちから漏れ出るすすり泣きと安堵の声。ルカは施設内の備蓄倉庫から確保した水樽や食料を運び出し、さらに自身の医療鞄から取り出した回復薬を素早く配り歩いて、弱り切った人々へ温かな声をかけて回った。
「落ち着いてください。通路の地上側はすでに確保しました。追っ手は来ません」
地下で響き渡った凄まじい激震と爆音を聞きつけて集まりかけていた中層部の兵たちは、ヒルデが放った一撃の圧倒的な破壊痕と、倒れ伏す執行官ヴェールの姿を目にしてすっかり戦意を喪失し、散り散りに逃げ出していた。
その時、地下洞穴の通気口から、バサバサと羽を羽ばたかせる音が響いた。
舞い降りてきたのは、一羽の黒い魔導伝書鳥だった。外縁部でガルムたちから託された、魔力通信用の小鳥だ。足元に結びつけられた筒から文を取り出したルカが、その内容を目にしてハッと息をのむ。
「……ルカ、ガルムたちからか?」
ガゼルが駆け寄る。ルカは大きく頷き、真剣な眼差しで紙面を読み上げた。
「ああ。『指揮官を失って動転していた駐屯部隊に対し、ガルムたちが決起して魔力徴収用の術式陣を破壊した。外縁部全域で魔力の強制徴収を阻止完了』……! さらに、石化に怯えていた他の弱小魔族たちも呼びかけに応じて立ち上がり始めていて、中層部へ続く裏の隠しルートを制圧してくれたそうだ。いつでも合流できる態勢が整っている!」
「マジかよ……! あの乾いた土地の連中が、本当に立ち上がったのか……!」
ガゼルが歓喜の声を上げる。
外縁部で餓死を待つだけだった弱き魔族たち。そして、王国から「薪」として売られ、家畜のように扱われていた人間たち。
角の有無も、肌の色も、生まれの文化も違う。かつては「人間対魔族」という憎しみの構図で殺し合わされていた者たちが今、同じひとつの敵——「理不尽な搾取システム」に向かって、種族の壁を超えて手を取り合い始めていた。
解き放たれた人間たちのリーダー格の男が、泥にまみれた手でガゼルとルカ、そしてヒルデの前に膝をついた。
「ありがとうございます……! 俺たちを……ゴミのように捨てられた俺たちを救ってくれて……! 俺たちに何ができるかは分からない。だけど、国へ戻ってあの腐った貴族どもを告発するなり、あんたたちの盾になるなり、何だってやってやる!」
「ああ……任せろ」
ガゼルが男の肩を力強く叩く。その瞳には、先ほどまでの「国への絶望」は消え去り、新たに戦うべき真の目的を見出した者の硬質な光が宿っていた。
「俺たちが護るべきだったのは、綺麗な城で胡坐をかいてる貴族どもじゃねえ。……一生懸命生きて、踏みにじられてたお前たちだったんだ。二度と『薪』になんかさせやしねえよ」
一行の背後で、崩れ落ちた天井の隙間から中層部『流楽街』の全貌が見えていた。
偽りの絢爛豪華を誇る街。だが、その動力源であった地下の魔力抽出施設が破壊されたことで、街を彩っていた人工精霊石の光が、チカチカと不吉に明滅を始めている。偽りの楽園は、いまやそのメッキを剥がされ、崩壊の兆しを見せていた。
ヒルデは一人、地下の瓦礫を踏み越え、差し込む光の中へと踏み出した。
二メートルを超えるその巨躯の肩に、大剣の重みが心地よく食い込む。左腕の黒い鱗は静まり返り、かつての忌み嫌う呪いではなく、世界を壊すための確固たる「毒」として、彼女の体の一部となっていた。
見上げる先——中層部のさらに上空、雲を突き抜けた最上層には、世界のすべての魔力を吸い上げ、歪んだ平穏を統帥する絶対的な支配者の居城が聳え立っている。
魔王城。そして、その最奥に鎮座する絶対者、魔王ヘメラ。
『……クハハハ。見ろ娘、天を突くあの傲慢な塔を。中層の豚どもなど前座に過ぎん。あのテッペンには、何百年と蓄えられた至高の『咎』が首を長くして待っておるぞ』
脳裏で響くエレボスの不吉な声。ヒルデは口元に微かな、そして獰猛な笑みを浮かべた。
(待たせたな、エレボス。……喰いごたえがありそうだ)
ヒルデが右手で大剣の柄を握り締めると、微かな黒炎が刃を走り、意志に応えるように小さく爆ぜた。
「ルカ、ガゼル。外縁部のガルムたちに連絡を。……解放した人間たちを安全なルートで逃がしたら、あたしたちも上へ向かう」
ヒルデの声が、静かに、だが地下空間全体に力強く響き渡る。
ルカとガゼルが同時に頷き、ヒルデの隣へと並び立った。
「行くぞ……魔王城へ」
「ああ。王国も、魔王城も……この狂った世界の仕組みごと、残らず叩き潰す!」
風が吹き抜け、ヒルデのフードを大きく翻した。
偽りの平和に守られた「天国」の終わり。そして、虐げられた者たちが上げる反逆の狼煙。 一行の視線はただ一点、雲の上の決戦の地——魔王ヘメラの待つ最上層へと一直線に注がれていた。
(第3章完/第19話へ続く)




