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漆黒の咎喰い  作者: 捨て石


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第13話へ:『咎喰いの覚醒』

 第13話へ:『咎喰いの覚醒』

「下等種族の分際で調子に乗るなよ、人間がッ!」

 怒号とともに徴税部隊長が解き放ったのは、空間そのものを削り取る極大の漆黒魔術だった。灰色の空を黒い螺旋が覆い尽くし、圧殺するような衝撃波が周囲の崩れた家々を塵へと変えていく。外縁部の魔族たちが身を縮め、悲痛な悲鳴をあげた。

「ガゼル、後ろを頼む!」

「任せろ! ここから先へは一歩も通さねえ!」

 ガゼルが『鉄鎖の盾』を大地に深く叩き込み、後ろで怯えるシエラやガルムたちを覆うように巨大な魔力壁を展開する。

 ヒルデは逃げなかった。一歩、また一歩と、正面から黒い螺旋の渦へと踏み込んでいく。

「狂ったか! 吸収も相殺もできん高密度の術式だ、木っ端微塵になれッ!」

 部隊長が勝利を確信して歪んだ笑みを浮かべた——その瞬間。

「……喰らい尽くせ、エレボス」

 ヒルデの静かな呟きに応ずるように、異形化した左腕の黒い鱗が爆発的に開き、脈動した。

 ガシィィッ!!

 空気を切り裂くような金属音が響く。 ヒルデは一直線に迫る極大魔術の奔流を、その左手で真っ向から掴み取っていた。

「な……なに……!? 術式を、手で……手で掴んだだと!?」

 部隊長の目が驚愕で剥き出しになる。 掴み取られた黒い螺旋は、ヒルデの左腕に刻まれた漆黒の紋様へとなだれ込み、じじじと音を立てて強引に咀嚼されていった。異形の左腕が喰らっているのは、単なる魔力の塊ではない。相手の悪意、奪うことへの奢り、術式を構成する『咎』そのものだ。

『……クハハッ! 良いぞ娘、極上の糧だ!』

 脳裏でエレボスが狂喜の声をあげる。喰らった巨大なエネルギーは、左腕の黒炎を通じて即座に変換され、右手に握りしめた大剣へと怒涛の如く流し込まれた。

 大剣の刃が、吸収した魔力と漆黒の炎を纏い、目も眩むほどの狂暴な輝きを放ち始める。

「お前のその腐った理ごと……断ち切る!」

 踏み込んだ一歩が大地を破砕した。 瞬発的な加速で敵の懐へ潜り込んだヒルデは、高々と掲げた大剣を一直線に振り下ろした。

 ────閃光。

 一閃。 それは部隊長の身を護る頑強な結界を破るにとどまらず、彼が掲げていた銀の杖、背中の集束器、そして「弱者を踏みにじるために編まれた空間術式」という概念そのものを断ち切るカウンターの一撃だった。

「グ、ガぁぁぁッ……!?」

 衝撃波が集束器を粉砕し、これまで外縁部から不当に吸い上げられていた大量の魔力が、目眩く光の粒子となって大気へと解放されていく。灰色の荒野に、束の間の温かな光が降り注いだ。

 力なく膝から崩れ落ちた部隊長は、自らの血に染まりながら、眼前に立つヒルデを恐怖の眼差しで見上げた。

 異形の腕に黒炎を揺らめかせ、絶望を力ずくでねじ伏せたヒルデの姿。 その佇まいに、ガルムやシエラたち外縁の魔族が見たものは、恐ろしい化け物などではなかった。自分たちを虐げてきた不条理な世界を打ち砕く「希望」そのものだった。

「ひ……ヒヒっ……勝ったつもりでいるのか……人間……」

 倒れ伏した部隊長が、血の泡を吹きながら歪んだ嘲笑を漏らした。

「貴様らが……どれだけ足掻こうと……この世界は変わらん……。人間界の……王国上層部だって同罪なのだからな……」

「……何だと?」

 ヒルデの手から大剣の先が低く下がる。

「知らなかったのか……? 魔王城の『循環炉』を動かす上質な人間が……なぜ定期的に供給されているのかを……。王国の貴族どもは……自らの富と平和のために……定期的に『人間』を中心部へ売っているのだよ……! お前たちも……ただの使い捨ての薪に過ぎん……っ」

 ガサリと音を立てて、部隊長は絶命した。

 静寂が支配する荒野。ルカが言葉を失い、ガゼルが絞り出すような声で「嘘だろ……」とつぶやいた。

 故郷を襲った魔族を倒すため、ただ復讐のために立ち上がった。 だが、蓋を開けてみればどうだ。 魔族の民は命を吸い上げられて飢えに苦しみ、生きるために国境を越えるしかなかった。そして自分たちが守ってきたはずの王国の支配層は、裏で人間を売り払い、この地獄のシステムを維持することに加担していた。

(許せない……)

 胸の底から湧き上がるのは、個人の怨恨を超えた、世界そのものに対する激しい怒りだった。

「……行こう」

 ヒルデは静かに大剣を鞘へと納めた。 左腕の包帯をしっかりと巻き直し、遠く霞む中心部——魔王城が聳え立つ空を見据える。

「人間も、魔族も……誰かの都合で使い潰されるなんて、そんな世界は間違ってる。あたしが……残らず斬り伏せて、終わらせる」

「ああ。どこまでも付き合ってやるぜ、ヒルデ」

「ボクたちの手で、本当の真相を暴きに行こう」

 ガゼルとルカが固い意志を込めて頷く。 振り返れば、ガルムやシエラたち魔族が、祈るような眼差しで3人の背中を見送っていた。

 かつて奪われた少女は、いまや「世界の構造そのものを破壊する者」として覚醒した。 3人は静かに歩みを進める。真相と絶望が眠る中層部、そして魔王城を目指して。


(第2章完/第14話へ続く)

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