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第8話 元勇者の告白


「俺は――異世界に召喚されていました」


 その一言で、執務室の空気が止まった。


 東條院家の重厚な執務室。

 凛華、慶臣、東魔協の幹部たち。


 昨夜の襲撃を受けて集められた面々の前で、勇真はまっすぐ立っていた。


 誰も口を開かない。


 当然だ。


 異世界。召喚。勇者。

 そんな話、普通なら冗談にもならない。


「……続けろ」


 沈黙を破ったのは慶臣だった。


 低く、重い声。

 勇真は正面からその視線を受け止める。


「向こうで、俺は勇者として戦っていました。人の国に呼ばれて、魔王を封印するために」


 凛華が小さく息を呑んだ。


 幹部たちの間にも、抑えきれないざわめきが走る。


「魔王は封印しました。そのあと、気づいたら元の世界に戻っていました」


「……馬鹿な」


 年配の幹部が低くこぼす。


「異世界干渉の記録はある。理論も、仮説の段階では存在する。だが……帰還者だと?」


「信じにくいのは分かっています」


 勇真は淡々と答えた。


「俺でも、逆の立場ならそう思います」


 その返しで、場の空気が少しだけ変わる。


 押しつけるでもない。

 言い張るでもない。


 自分の話が常識外れだと、本人がいちばん分かっている声だった。


 慶臣が問う。


「神代。なぜ今、それを明かす」


「必要だからです」


「何のために」


「東條院さんを狙う連中がいるからです」


 凛華の肩が小さく揺れた。


 勇真は一度だけ彼女を見る。

 すぐに慶臣へ視線を戻した。


「昨夜の鬼だけで終わるとは思っていません。あれは偶然じゃない」


「根拠はあるのか」


「今はありません」


 勇真は即答した。


「でも、気配はあります。放っておいて、手遅れになる方がまずい」


 言い訳ではなかった。


 ただ、そう判断した事実だけを置く声音だった。


 凛華は勇真の横顔を見る。


 異世界帰りの勇者。

 荒唐無稽なはずの言葉なのに、不思議と浮いて聞こえない。


 この人は、自分の特別さを語りたいわけじゃない。

 目の前の危険を後回しにしたくないだけだ。


「神代君……」


 思わず漏れた凛華の声に、勇真がほんの少しだけ視線を向けた。


 だがすぐ、勇真は前を向く。


「信じるかどうかは、お任せします」


 静かに、はっきりと言った。


「無理に信じてもらうつもりはありません」


「なら、なぜ話す」


「黙ったまま動く方が危ないからです」


 また沈黙。


 勇真は続けた。


「俺が何者か分からないまま、東條院さんの周りで勝手に動く方が、そちらも困るはずです」


「……」


「俺の事情をどう思うかは構いません。でも、東條院さんを狙う敵がいるなら、それは後回しにできない」


 凛華は息を詰めた。


 昨日もそうだった。

 鬼に襲われた自分の前へ、この人は迷わず出た。


 今も同じだ。

 理解されるかどうかより、自分を守るために話している。


「必要なら、証明します」


 その言葉に、幹部たちの目が変わった。


「証明、だと?」


「はい」


 勇真は頷く。


「調べたいなら調べてください。実力が見たいなら見せます。逃げません」


 虚勢はない。


 若さだけの無鉄砲さでもない。


 腹を決めた人間の声だった。


 慶臣はしばらく無言で勇真を見つめていた。

 幹部たちも誰も口を挟まない。


 やがて、壮年の幹部が低く言う。


「厄介だな」


「ええ」


 女幹部も頷く。


「嘘にしては落ち着きすぎている。本当だとしたら、なお厄介」


「どちらにせよ、放置はできん」


「管理は必要でしょうな」


「妄言なら保護対象。事実なら監視対象にもなりうる」


 その言葉に、凛華が顔を上げた。


「お待ちください」


 全員の視線が集まる。


「凛華」


 慶臣の声は低い。


 だが、止める響きではなかった。


 凛華はぎゅっと手を握る。


「神代くんは、昨日……私を助けてくださいました」


「感情論だな」


 老幹部が切って捨てるように言う。


「分かっています」


 凛華は引かなかった。


「ですが、それでも申し上げます。もし本当に危険な存在なら、あの場で私を見捨てることも、別の行動を取ることもできたはずです」


 誰もすぐには返さない。


「少なくとも、今この場で敵意を向けているようには見えません」


 その言葉に、勇真がわずかに目を見開く。


 凛華は気づかないふりをして続けた。


「お父様。神代くんを、ただ危険だと決めつけるのは早いと思います」


 慶臣は娘を見た。


 すぐには答えない。

 東魔協会長としての判断と、父としての感情。


 その両方を切り分けている顔だった。


 そして、ゆっくりと口を開く。


「凛華の意見は分かった」


 視線が勇真へ戻る。


「神代。お前の話を、この場でそのまま受け入れることはできん」


「はい」


「だが、切って捨てることもできん」


 幹部たちの空気が張る。


「昨夜の働き。凛華の証言。そして今の受け答え。どれも看過できない」


 慶臣は一拍置いた。


「ゆえに、東魔協として結論を出す」


 執務室が静まり返る。


「証明してもらう」


 凛華が小さく息を呑んだ。


 勇真は静かに受け止める。


「……試験、ですか」


「ああ」


 慶臣は頷く。


「お前の実力、危険性、理論理解、敵対意思の有無。そのすべてを正式に測る」


「お父様、ですが――」


「必要だ、凛華」


 短い一言だった。


「お前を守るためにもな」


 凛華は唇を噛む。


 正しい。

 理屈は分かる。


 分かるのに、胸の奥がざわついた。


 その時だった。


「分かりました」


 勇真が、あっさりと言った。


 凛華が思わず見る。


「神代くん……」


「その方が早いでしょう」


 勇真は肩の力を抜いたまま答える。


「信じてもらうのに必要なら、受けます。それで東條院さんが安心できるなら、その方がいい」


 どくん、と凛華の胸が鳴った。


 それだけの言葉だった。

 それだけなのに、ひどく残る。


 慶臣が告げる。


「試験は明日だ。東魔協の管理区画で行う。詳細はこちらで用意する」


「承知しました」


「逃げるなよ、神代」


「逃げません」


 即答だった。


「最初から、そのつもりで話しています」


 慶臣はわずかに頷く。


「本日の話はここまでだ」


 その一言で、幹部たちが立ち上がった。


 誰もが難しい顔をしている。

 疑念は消えていない。


 だが同時に、この少年を軽く見てはいけないという認識も生まれていた。


 幹部たちが小声で言葉を交わしながら退出していく。


 執務室に残る空気はまだ重い。


 勇真も一礼し、扉へ向かう。


 だが途中で足を止めた。


 視線を感じたからだ。

 見れば、凛華がじっとこちらを見ていた。


「……どうした」


「え……あ」


 声をかけられ、凛華の肩が小さく跳ねる。


 何か言わなければと思う。

 けれど、うまくまとまらない。


 信じます、と言うには早い。

 疑っています、と言うには、もう助けられた記憶が強すぎる。


 だから、口をついて出たのはそんな言葉だった。


「……明日、気をつけてください」


 言ってから、自分でも少しおかしいと思う。


 東魔協の試験を受ける相手に、何を気をつけるのか。

 もっと別の言い方があったはずだ。


 けれど勇真は、少しだけ目を丸くしたあと、ふっと表情を和らげた。


「分かった」


 短い返事。


 それだけで、なぜか胸が熱くなる。


「じゃあ、また明日」


「……はい」


 勇真はそのまま執務室を出ていった。


 重い扉が静かに閉まる。


 凛華はしばらく、その扉を見つめたまま動けなかった。


「凛華」


 父の声で、ようやく我に返る。


「お父様……」


「まだ信じ切れんか」


 凛華はすぐに答えられなかった。


 信じたいのか。

 疑いたいのか。


 自分でも、もう分からない。


「……分かりません」


 やっと絞り出した声は、小さかった。


「でも……」


「でも?」


 凛華は胸元にそっと手を当てる。


 昨日、鬼に襲われた時から。

 勇真の戦う姿を見た時から。


 そして今、真実をまっすぐ語る姿を見た今も。


 鼓動だけが、ずっと落ち着かない。


「……目が離せないんです」


 慶臣は黙って娘を見つめた。


 それだけで十分だとでも言うように、余計な言葉はなかった。


 凛華自身、この感情の正体まではまだ分からない。


 ただ一つだけ、はっきりしていることがある。


 神代勇真は、もう自分の中で“ただの同級生”ではなくなっていた。


 そして明日。


 東魔協の試験が始まる。


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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。


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