第9話 東魔協の試験
翌朝。
鳳城学園高等部一年A組は、始業前から妙にざわついていた。
理由は簡単だ。
教室の入口に、東條院凛華が立っていたからである。
しかも、まっすぐ勇真の席を見ている。
「また来たぞ……」
「昨日も呼ばれてなかった?」
「何、もうそんな仲なの?」
「いや、東條院さん、ちょっと落ち着かなくない?」
ひそひそ声が広がる中、勇真は小さく息をついた。
そして入口を見る。
「神代君。少しいいかしら」
凛華の声はいつも通り綺麗だった。
けれど、今日は少しだけ硬い。
相馬がすぐに身を乗り出す。
「おい神代。また東條院さんだぞ」
「見れば分かる」
「昨日の続きか?」
「たぶんな」
「なんでそんな平然としてんだよ……」
小春も振り返ってくる。
「でもほんと、東條院さん今日はそわそわしてるかも」
「水瀬さん」
「はい」
「聞こえています」
「わ、ごめんなさい」
謝りながらも、小春はちょっと楽しそうだった。
凛華はひとつ息を整えてから言う。
「神代君。放課後、お時間をいただけるかしら」
「ああ。大丈夫」
「ご家族には?」
「遅くなるって伝えてある」
「……そう。なら問題ないわ」
その一言で、教室の空気がまた騒がしくなる。
「家族にまで!?」
「重いやつ!?」
「進みすぎじゃない!?」
「落ち着けって」
勇真は立ち上がり、凛華の前まで行く。
凛華は周囲に聞こえないくらいまで声を落とした。
「今日、正式な確認があるわ」
「試験か」
「ええ。昨日の話を受けて、お父様が」
「東條院会長も来るんだな」
「……そうなるわ」
そこで、凛華の目が少し揺れた。
勇真はそれを見逃さない。
「東條院さん」
「な、何かしら」
「緊張してるだろ」
「していません」
「いや、してる」
「……少しだけ、です」
素直に認めてしまった凛華に、勇真は少し笑う。
「なんで東條院さんが緊張するんだよ」
「当然でしょう。昨日の話が本当なら、今日で東魔協の見方が変わるのよ」
「まるで自分の事みたいに言うな」
「他人事ではありません。あなたが無茶をすれば、こちらも巻き込まれるのですから」
「それは悪い」
「本当に、そういうところよ」
そう言いながらも、凛華の表情は少しだけやわらいでいた。
「放課後、車を回すわ」
「分かった」
「遅れないでください」
「善処する」
「善処では困ります」
「……ちゃんと行くよ」
「ならいいわ」
凛華は小さく頷いて教室を出ていく。
その背中を見送りながら、相馬が呆れたように言った。
「神代、お前さ」
「なんだ」
「東條院さん相手に普通すぎるだろ」
「普通じゃない対応ってなんだよ」
「もっと緊張するとか、うろたえるとかあるだろ」
「昨日からいろいろありすぎて、そこまで回らない」
「いや、それでもすごいよね」
小春が感心したように言う。
「神代君、東條院さん怖くないの?」
「怖いっていうか」
「うん」
「真面目すぎて大変そうだなとは思う」
「それ本人に言ったら怒られるやつ」
「たぶんな」
軽口を返しながらも、勇真の中では意識が切り替わっていた。
東魔協の試験。
昨日、自分は真実を話した。
なら、今日はそれを証明するだけだ。
◇
放課後。
校門前に停まっていた黒塗りの車に乗り込むと、凛華はすでに後部座席にいた。
制服姿のまま。
いつも通り完璧に整っているのに、横顔だけが少し固い。
「待たせた」
「いえ。時間通りです」
「まだ緊張してるのか」
「……していません」
「またそれか」
「少しだけです」
「正直だな」
「誰のせいだと思っているのですか」
凛華は小さく息をついてから、真顔になる。
「神代君。今日の試験、たぶん簡単には終わらないわ」
「だろうな」
「お父様だけじゃない。幹部も、実働部隊の術師も来るはずよ」
「大人数で品定めか」
「言い方」
「でも間違ってないだろ」
「……否定はしませんけれど」
凛華は窓の外を見た。
「一昨日、私はあなたの力を見たわ」
「ああ」
「だからこそ怖いの」
「怖い?」
「あなたが本物だと証明されたら、もう昨日までと同じではいられない」
少し間を置いて、凛華は続ける。
「東魔協にとっても。私にとっても」
勇真は数秒黙ってから言った。
「じゃあ安心しとけ」
「どういう意味?」
「お前に面倒がかからないようには動く」
「それ、あなたが言うと逆に不安なのだけれど」
「ひどいな」
「事実です」
それでも、凛華は少し笑った。
車は東魔協施設へ入っていく。
案内されたのは、昨日よりさらに厳重な区画だった。
白い壁、静かな廊下、等間隔で立つ術師たち。
研究施設というより、要塞に近い。
やがて、大試験室の扉が開く。
そこには東條院慶臣をはじめ、幹部、技術者、実働部隊の術師たちが揃っていた。
視線が一斉に勇真へ集まる。
慶臣が口を開いた。
「来たか、神代君」
「お招きありがとうございます」
「本日は昨日の続きだ。君が語った内容、その真偽と危険性を見極めさせてもらう」
「分かりました」
「落ち着いているな」
「緊張しても結果は変わりませんので」
「……なるほど」
凛華が一歩前に出る。
「お父様。神代君は――」
「凛華」
低い声だった。
娘ではなく、会長としての声だ。
「私情を挟むな」
「……承知しました」
凛華はすぐに下がる。
勇真はその横顔を一瞬だけ見てから、慶臣へ向き直った。
「最初は何をすればいいでしょうか」
「魔力測定だ」
合図とともに、大型の測定器が運び込まれる。
結晶柱を中心に、いくつもの術式環が展開された高精度機だった。
技術者が説明する。
「神代君。中央へ手を当て、魔力を流してください。必要以上の出力は不要です」
「どの程度で?」
「通常の術師なら、起動に必要な程度で十分です」
「分かりました」
勇真は測定器の前に立つ。
術式の構造はすぐに読めた。
よくできている。だが、現代魔法の範囲でしか想定していない。
「神代君?」
「いえ。精巧だと思いまして」
「……ありがとうございます」
勇真は結晶柱に手を触れた。
ほんの少しだけ、魔力を流す。
次の瞬間。
ぶん、と低い振動が走った。
術式環が一斉に光る。
だが安定光ではない。
明滅。
過剰振動。
異常音。
「出力上昇!?」
「制御値が跳ねています!」
「まだ初期流入ですよ!?」
技術者たちが色を変える。
結晶柱に細かな亀裂が走った。
ぴし、ぴし、と嫌な音が連鎖する。
勇真がすぐ手を離しても遅い。
表示盤に文字列が荒れ狂ったように流れ、次の瞬間、火花を散らして沈黙した。
試験室が静まり返る。
「……測定不能です」
技術者の声が震えていた。
「故障か?」
「いえ、機構は生きています。ただ……流入データが壊れている」
「どういうことだ」
「量だけではありません。密度、純度、浸透性、全部が規格外です。正直、同じ“魔力”として扱っていいのかすら……」
ざわめきが広がる。
勇真は少し気まずそうに頭をかいた。
「すみません。抑えたつもりだったんですが」
「抑えてこれか」
慶臣の目が細くなる。
「心当たりはあるかね」
「異世界で使っていた力が混ざっているんだと思います。魔力だけじゃなく、聖属性や加護まで身体に馴染んでる。たぶん、きれいに分けられないんでしょう」
「……」
昨日の告白だけでは足りなかった。
だが今ので、少なくとも普通の術師ではないことは全員が理解した。
慶臣が言う。
「次だ。模擬戦へ移る」
◇
場所は大演習場だった。
円形の広い空間。
床には衝撃吸収術式。
周囲には何重もの結界。
高位術師同士の戦闘すら想定した、本格的な試験場だ。
慶臣が中央の勇真へ告げる。
「相手は東魔協実働部隊所属の術師と教官補佐だ。試験として十分な強度になる」
「承知しました」
「一方的に蹂躙される可能性もある」
「それは、たぶん大丈夫です」
「……自信があるな」
対面に三人の術師が並ぶ。
雷術師の男。
風刃と近接機動の女術師。
拘束・補助術式に長けた眼鏡の青年。
全員、実戦経験持ちの構えだった。
「始めろ」
その瞬間、三人が同時に動いた。
「《雷閃槍》!」
「《風牙断》!」
「《縛鎖陣》!」
雷槍、風刃、拘束陣。
回避先まで潰した連携。
悪くない。
だが、勇真には全部見えていた。
「起点が素直すぎる」
避けずに前へ出る。
「《震脚》」
踏み込み一つで加速。
雷槍の芯に手刀のように魔力を差し込む。
「《魔力断ち(スペルブレイク)》」
ばちん、と乾いた音がした。
三条の雷槍がまとめて霧散する。
「なっ!?」
そのまま足元の《縛鎖陣》の外縁を踏み抜く。
光輪が歪み、拘束術式が崩れた。
「閉環点が甘い」
「見ただけで分かるのか!?」
「見りゃ分かります」
風刃が斜めから襲う。
勇真は紙一重でかわしながら、女術師の肩と手首を見る。
「右肩に力が入りすぎです」
「っ!」
「それ、読まれますよ」
軽く手首を払う。
たったそれだけで魔力の流れが乱れ、次弾が崩れる。
さらに一歩。
「《縮地》」
次の瞬間には、もう死角にいた。
肩へ掌を当てる。
それだけで女術師の重心が消え、膝が落ちた。
「一人、戦闘不能!」
観測役の声が飛ぶ。
残る二人がすぐ距離を取った。
「《轟雷砲》!」
今度は高火力の雷塊。
勇真は避けない。
「《障壁》」
白銀の防壁が一枚、空中に現れる。
轟雷砲がぶつかる。
だが防壁は揺らがない。
雷は砕け、散った。
「防いだ……!?」
「圧縮は悪くありません。ただ、前半に寄せすぎです。ぶつかった瞬間に伸びが死んでる」
「この一瞬でそこまで……!」
その隙に眼鏡の青年が術式を完成させる。
「《重圧域》!」
空間が軋んだ。
勇真の周囲だけ重力が増す。
だが勇真は口元を少し上げた。
「中心、そこか」
「《裂歩》」
踏み込み一つ。
次の瞬間には、青年の目の前だった。
「速っ――」
「露出してます」
術式端末に軽く触れる。
「《術式崩し(スペルクラッシュ)》」
ぱきん、と硝子が砕けるような音。
重圧域が消えた。
残る雷術師が吠えながら突っ込んでくる。
「まだ終わってない!」
雷を纏った拳。
だが勇真は半身を切って内側へ滑り込む。
拳が空を切る。
「力任せだと視野が狭くなります」
「ぐっ!」
肘を外し、胸元を押す。
「あと、一歩深い」
とん、と軽く押しただけ。
それだけで男の体勢は大きく崩れ、膝をついた。
決着だった。
演習場が静まり返る。
ただ勝ったのではない。
内容が異常だった。
相手の術式を見て、理解して、最短で潰す。
現代魔法を学んでいないはずの少年が、それを当然のようにやってのけたのだ。
慶臣が低く問う。
「神代君。本当に現代魔法の教育は受けていないのだな」
「はい」
「では、なぜそこまで理解できる」
「理屈そのものは似ていますので」
「似ている?」
「力の流し方、形の作り方、癖の出方。呼び方が違うだけで、戦う術の本質はそんなに変わりません」
勇真は倒れた三人を見ながら言う。
「向こうでは、見て、その場で対処できなければ死んでいました。それだけです」
「それだけ、か……」
慶臣の声は重かった。
凛華は観測席から勇真を見つめる。
強い。
そんなことはもう分かっている。
でも今見せられたのは、強さだけじゃない。
見る力。
理解する力。
崩す力。
神代勇真は、戦いを知りすぎていた。
「次の試験へ移る」
慶臣の声が響く。
「凛華」
「はい、お父様」
「お前の魔法運用も確認する」
「……私の?」
「そうだ。神代君の観察眼が本物かどうかも含めてな」
凛華は一瞬だけ目を伏せ、それから前へ出た。
◇
演習場中央に高耐久標的が並ぶ。
「東條院凛華。通常出力で中級攻撃術式を実演せよ」
「承知しました」
凛華が《星霧》を構える。
立ち姿は美しい。
魔力の流れも洗練されている。
「《紅蓮砲》――!」
真紅の光弾が連続で標的を撃ち抜いた。
速度、精度、安定性。
どれも高水準。
観測席から感嘆の気配が漏れる。
だが。
「……ちょっともったいないな」
勇真がぽつりと言った。
凛華の眉がぴくりと動く。
「もったいない、ですって?」
「出力の割に伸びが死んでる」
「何を根拠に?」
「二節目の圧縮」
「――っ」
凛華が詰まる。
図星だった。
「そこで締めすぎてる。制御を優先しすぎだ」
「暴発を防ぐには必要でしょう」
「必要だけど、寄せすぎ。あと、放出口が少し右に流れてる」
「そこまで見えるの?」
「肩に余計な力が入ってるからな」
凛華は悔しさを押し隠せない。
幼い頃から完璧を求められてきた。
だから乱れないことを優先してきた。
それを一目で見抜かれた。
「一回だけでいい」
勇真が言う。
「俺の言う通りに撃ってみろ」
「そんな簡単に……」
「合わなかったら、その時は好きに怒ればいい」
「今の時点でかなり腹が立っているのだけれど」
「それは悪かった」
「本当に軽いのね」
「軽く言ってるわけじゃない。もっと伸びると思ってるから言ってる」
その一言で、凛華は黙った。
からかいじゃない。
本気だ。
数秒の沈黙のあと、凛華が息を吐く。
「……言いなさい」
「二節目の圧縮を少し遅らせる」
「遅らせる?」
「最初に通す流量を一割だけ増やす。その代わり、放出直前で絞る」
「そんなことをしたら制御がぶれるわ」
「肩で抑えるな。背中側に流せ」
「背中?」
「肩甲骨の内側から押し出す感じだ。右肩で止めるな」
「曖昧すぎるでしょう」
「でも、東條院さんなら分かるだろ」
その言い方が腹立たしい。
でも、分かってしまった。
凛華は目を閉じる。
いつもの術式を頭の中で組み替える。
怖さはある。
慣れた型を崩すのだから当然だ。
けれど、試してみたいと思ってしまった。
「……一度だけよ」
「ああ」
「失敗したら責任を取っていただきます」
「試験場で言う台詞じゃないな」
「知りません」
「はいはい」
凛華は《星霧》を構え直す。
流れを少しだけ変える。
ほんの少しだけ。
息を吸い、魔力を満たす。
「《紅蓮砲》――!」
放たれた瞬間、空気が変わった。
同じ術式のはずなのに、明らかに別物だった。
速い。
鋭い。
深い。
紅蓮の光弾は標的を貫き、その奥の防壁まで大きく揺らした。
「な……」
最初に声を漏らしたのは、凛華自身だった。
手応えが違う。
魔力を増やしたわけじゃない。
なのに、出力の伸びがまるで違う。
技術者たちが慌てて数値を見る。
「標的損耗率、先ほどの一・四倍!」
「消費魔力の増加は僅少です!」
「ありえない……!」
ざわめきが広がる。
凛華は自分の手を見る。
悔しい。
驚いた。
でも、それ以上に嬉しかった。
まだ伸びるのだと、はっきり分かったから。
振り返ると、勇真がいつもの顔で立っている。
「ほら、伸びただろ」
「……本当に」
「だから言った」
「ええ、言われたわ。すごく腹の立つ言い方で」
「そこまでか?」
「そこまでです」
そう返しながらも、凛華の口元は少しだけやわらかかった。
慶臣が重々しく口を開く。
「神代君」
「はい」
「君は強い。それは十分に分かった」
「ありがとうございます」
「だが、今のはそれ以上だ」
その場の全員が慶臣を見る。
「見て、理解し、修正点を示し、結果を出させた。単なる戦闘力ではない。君は教える資質まで持っている」
「大げさです」
「謙遜か?」
「本音です。向こうでは仲間が強くならなければ全滅していました。だから見て、直して、それを繰り返しただけです」
「……」
慶臣はしばらく黙った。
東魔協の見る目は、もう完全に変わっていた。
だが、それでも最後の一線は残す。
「ならば、最後の確認だ」
「まだありますか」
「ああ。むしろ、ここからが本題かもしれん」
慶臣の視線が真っ直ぐ刺さる。
「君は昨日、自分が異世界で勇者だったと語った」
「はい」
「ならば当然、その象徴があるはずだ」
演習場の空気が張り詰める。
「その証も見せてもらおうか」
数秒、沈黙。
勇真は目を閉じ、静かに息を吐いた。
「……これを見せたら、本当に後戻りはできませんよ」
「承知の上だ」
「東條院さん。君もそれでいいのか?」
「今さら目を逸らすつもりはありません」
凛華の声に迷いはなかった。
「私は、あなたが見せるものを最後まで見届けるわ」
「……そっか」
勇真は小さく笑った。
そして、何もない空間へ右手を差し出す。
「――《収納庫》、解放」
その瞬間。
空間が裂けた。
金色の亀裂が走り、そこから光があふれ出す。
ただ明るいだけじゃない。
神聖で。
重くて。
息を呑むほど張り詰めた圧を伴う光だった。
その場の誰もが、本能で理解する。
これは、ただの武器じゃない。
裂けた光の向こうから、一振りの剣がゆっくりと姿を現した。
白銀と蒼の意匠。
澄みきった刃。
触れるだけで穢れを拒絶しそうな、神秘の剣。
勇真が柄を握った瞬間、空気が変わる。
さっきまでそこにいたのは、穏やかな高校生だった。
でも今、そこに立っているのは違う。
幾度も死地を越えてきた、異世界帰りの勇者だ。
慶臣が目を見開く。
凛華も息を呑む。
誰も言葉を失う。
その中で、勇真は静かに剣を構えた。
「これが、俺の剣です」
白金の輝きが、結界へ反射して広がる。
「聖剣《アストレア》」
その名が告げられた瞬間。
東魔協はようやく理解した。
神代勇真が、ただの規格外ではないことを。
そして昨日の告白が、妄言でも誇張でもない、紛れもない真実だったことを。
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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。




