第5話 令嬢魔女の戦場
夕暮れの結界の中へ、神代勇真は飛び込んだ。
空気が違う。
路地裏のはずなのに、妙に広い。
ビルも地面もそこにあるのに、景色が薄く歪んで見える。
焦げた臭い。
肌にまとわりつく、重くて嫌な気配。
異界結界。
現実の上に、別の層を無理やり重ねたような空間。
勇真は、その感覚をよく知っていた。
そして、戦っている気配の中心も。
「――はぁっ!」
鋭い声が響いた。
次の瞬間、白銀の光が闇を裂く。
東條院凛華だった。
細い杖を振るい、幾何学模様の魔法陣を幾重にも展開する。
迷いがない。速い。しかも正確だ。
「《閃光槍》!」
収束した光が槍となって走る。
「《雷槌》!」
間髪入れず、青白い雷が落ちた。
アスファルトが砕け、火花が散る。
「《星彩連閃》――!」
さらに無数の光弾。
雨みたいに、けれど一発ごとに殺意を持った星が、逃げ場を潰すように降り注ぐ。
綺麗だった。
ただ綺麗なだけじゃない。
速い。重い。鋭い。
見惚れるくらい洗練されているのに、ちゃんと戦うための魔法になっている。
入学式で見た“すごく綺麗な新入生代表”が、そのまま戦場に立っていた。
しかも、強い。
下手な術者じゃない。
前に立って、場を支配する側の強さだ。
対する敵は一体。
鬼みたいな異形だった。
人型に近い。
だが人じゃない。
長身の輪郭。
黒い煙と肉が混ざったような身体。
異様に長い腕。
顔のあたりには鬼面みたいな骨の殻。
その奥で、赤い目だけがぎらついている。
凛華の魔法は当たっている。
光は胴を穿ち、雷は半身を焼き、光弾は黒い肉をいくつも抉っている。
それでも倒れない。
致命傷だけをずらしている。
勇真の目が細くなる。
強い。
凛華も強い。
あの異形も、かなり強い。
凛華の魔法は出力が高い。
精度も高い。
術の切り替えも速い。
普通なら、とっくに押し潰していておかしくない。
それでも押し切れていないのは――相手が読んでいるからだ。
術の流れ。
つなぎ。
次の一手。
全部じゃない。
だが、かなり読まれている。
「甘い」
しゃがれた声が響いた。
異形が低く沈む。
次の瞬間、もう凛華の横にいた。
「っ!」
凛華の反応は速い。
普通なら見失う速さにも、きっちりついていく。
杖を引く。
術式を切り替える。
迎撃に入る。
だが、敵はその一拍先にいた。
横にいたはずの影が消える。
凛華が振り向いた時には、もう背後。
黒い腕が大きくしなり、そのまま背中へ振り下ろされた。
「《光壁》!」
半透明の障壁が、ぎりぎりで間に合う。
甲高い衝突音。
防いだ。
だが、完全じゃない。
障壁にひびが走り、次の瞬間には砕け散った。
「くっ……!」
凛華の身体が後ろへ弾かれる。
二歩。三歩。
それでも転ばない。
杖も離さない。
体勢も崩さない。
着地も綺麗だ。
けれど、息が荒い。
額の汗。
焦げた袖。
わずかに上下する肩。
少しずつ削られている。
勇真には、それがはっきり見えた。
「その程度か」
異形が嗤う。
だが、凛華は一歩も引かない。
「まだ終わっていません」
「そういう目は嫌いではない」
「ここであなたを止めます」
声がぶれない。
怖いはずだ。
苦しいはずだ。
それでも前に立っている。
強がりじゃない。
本気で止めるつもりだ。
勇真はそこで、もうひとつ気づく。
凛華の戦い方は綺麗すぎる。
完成度は高い。
無駄も少ない。
でも、綺麗すぎるせいで流れが素直だ。
出力は足りてる。
精度もある。
足りないのは――つなぎの柔らかさ。
そこを突かれている。
「《光輪刃》!」
三日月みたいな光刃が連続で飛ぶ。
だが異形は、半歩沈むだけで一枚目を外し、二枚目を腕で弾き、三枚目をかわしながら前に出た。
「《星盾》!」
凛華が光の盾を展開する。
黒い爪が叩きつけられ、火花が散った。
「っ、ぁ……!」
「鈍い」
低い声。
盾は残る。
だが、押されている。
削って、焦らせて、隙を待つ。
嫌な相手だった。
その時。
異形の赤い目が、ふいに勇真を向いた。
「……ほう?」
気づかれた。
同時に、凛華も勇真を見る。
「――あなた!?」
表情が変わった。
驚き。
焦り。
そして、すぐに判断。
一般人が巻き込まれた!
「駄目です! 早く下がってください!」
迷いがない。
自分が押されている最中でも、真っ先に勇真を逃がそうとする。
「聞こえていますか!? ここは危険です!」
「……」
「今すぐ後ろへ!」
その一瞬だった。
凛華の意識が、勇真へ向く。
ほんのわずかな隙。
だが、それで十分だった。
黒い腕が地を這うように伸びる。
狙いは脇腹。
「《星盾》!」
反射で盾を出す。
だが、薄い。
嫌な音が響いた。
黒い爪が盾に食い込み、表面にひびが走る。
「く、ぅ……!」
凛華の膝が沈む。
それでも倒れない。
歯を食いしばり、踏みとどまる。
「やはりな」
異形が嗤った。
「守るものがあると鈍るか」
「……黙りなさい」
「なら、先にそいつから潰してやろう」
「させません!」
凛華の魔力が、一気に膨れ上がる。
足元に魔法陣が何重にも広がる。
杖の先へ、白銀の光が集まっていく。
大技。
切り札級だと、勇真にも分かった。
でも同時に分かる。
重い。
今の凛華には、少し重すぎる。
しかも敵も待っている。
あれを撃たせて、硬直を狩る気だ。
凛華も、それは分かっているはずだ。
それでも撃とうとしている。
自分のためじゃない。
背後にいる誰かを守るために。
だったら、もう十分だった。
勇真は一歩、前に出た。
静かだった。
気負いもない。
焦りもない。 ただ、当たり前みたいに。
「――東條院さん」
低い声。
それだけで、凛華の動きが止まる。
「……え?」
勇真は振り返らない。
前を見たまま、短く言った。
「ここは任せて」
「な、にを……」
かすれた声。
無茶だ。
そう思うのが普通だった。
ここは一般人が立つ場所じゃない。
相手がどれだけ危険か、見れば分かる。
止めないといけない。
なのに――言葉が出ない。
「もう十分だ」
勇真は静かに続けた。
「東條院さんは、ちゃんと戦った」
「……っ」
「少し下がっててくれ」
その背中に、無理がない。
震えもない。
強がりもない。
ただ、立っているだけなのに、妙な重みがある。
凛華は息を呑んだ。
「……なに、これ……」
思わず漏れる。
理屈じゃない。
本能が告げていた。
この人は、ただの一般人じゃない。
異形もそれを感じたのか、赤い目を細めた。
「……貴様、何者だ」
今度の声には、はっきり警戒が混じっていた。
勇真は答えない。
ただ真っ直ぐ、敵を見る。
それだけで、場の空気がずれる。
巻き込まれた一般人。
そのはずだった少年が、いつの間にか戦場の中心に立っていた。
「面白い」
異形が黒い腕を持ち上げる。
爪先に瘴気が絡みつき、空気がびりびり震えた。
「ならば、貴様から喰らってやる」
「やってみろ」
勇真は低く返す。
その声は、まるで揺れなかった。
制服の裾が揺れる。
靴底がアスファルトを踏む。
それだけなのに、凛華は動けない。
無茶なはずなのに。
なのに、負ける姿だけはどうしても想像できない。
目の前の少年は、誰なのか。
どうしてこんな場所で、こんなふうに立てるのか。
分からない。
分からないのに、ひとつだけ確かなことがあった。
――この人は、負けない。
夕暮れの結界の奥。
令嬢が見つめる前で、少年はついに異形と正面から向き合う。
そして。
何も言わず、もう一歩だけ前へ出た。
その一歩で、戦場の空気が塗り替わる。
次の瞬間。
神代勇真は、異形の間合いへ踏み込んだ。
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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。




