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第21話 護衛と日常の境界線


 東魔協本部での騒がしい数日を終えて、勇真と凛華は鳳城学園へ戻ってきた。


 朝の校門前。


 登校時間帯の並木道には、ほどよいざわめきが流れている。


 その中を並んで歩きながら、凛華は平静を装っていた。


 だが、内心はまるで落ち着いていない。


 本部で先輩術師たちに散々からかわれ、背中を押されたからだ。


 待っているだけでは、あの人はきっと気づかない。


 任務でも護衛でもいいから、二人の時間を作りなさい。


 そんなことを言われてしまったせいで、もう自分の気持ちを曖昧なまま誤魔化しきれなくなっていた。


 しかも、その相手は隣でいつも通りの顔をして歩いている。


「どうかしたか?」


 何気ないひと言に、凛華の肩がぴくりと揺れた。


「……いえ。何でもありませんわ」


「そうか」


 勇真はそれ以上は聞かず、前を向く。


 その時、校門の手前で人の流れが少し詰まった。


 前の方で何人かが立ち止まり、その横を抜けようとした生徒たちが重なる。


 次の瞬間、勇真がさりげなく凛華の半歩前に出た。


 露骨に庇うわけではない。


 ただ自然に、凛華へ人がぶつからない位置へ体を入れる。


 流れが戻る。


 何事もなかったように、生徒たちはまた校舎へ向かっていった。


 凛華は、その横顔を見上げた。


「……勇真君」


「ん?」


「今のも、無意識ですの?」


「今の?」


「前に出たことです」


 勇真は少しだけ考えて、あっさり答えた。


「人が詰まってたからな」


「それで私の前に?」


「ぶつかったら面倒だろ」


 あまりにも当然みたいに言われて、凛華は返事に詰まる。


「……そう、ですわね」


 前を向きながら、凛華は小さく息を吐いた。


 やはりこの人は、何でもないことみたいにこういうことをする。


     ◇


 教室に入った瞬間、相馬がにやりとした。


「おっ、来た来た」


「朝から嫌な顔してるな」


「神代、お前さ」


「何だよ」


「また東條院さんとの距離近くなってない?」


 いきなり核心だった。


 勇真は鞄を机に置きながら、いつも通り首を傾げる。


「そうか?」


「そうだろ。前より自然っていうか、もう隣にいるのが当たり前みたいになってるし」


「護衛だからな」


「出たよそれ」


 相馬が大げさに額を押さえた。


「その“護衛だからな”で全部終わらせるの、ほんと無敵だな……」


 近くで聞いていた小春が、くすっと笑う。


「でも実際、神代君前よりずっとさりげないよね」


「だろ? 前はまだ事情があるっぽい感じだったのに、今はもう馴染みすぎなんだよ」


 相馬がそう言って、意味ありげに凛華を見る。


「東條院さんも、前より全然嫌がってないし」


「っ……別に、嫌がる理由などありませんわ」


 できるだけ平静を装って席へ向かった、その時だった。


 勇真がごく自然な動作で、凛華の椅子を軽く引いた。


「ほら」


「あ……」


 一瞬、何をされたのか分からなかった。


「座るんだろ?」


「え、ええ……ありがとうございます」


 凛華が腰を下ろす頃には、勇真はもう自分の席へ戻っている。


 相馬は吹き出しそうになり、小春は口元を押さえて肩を震わせた。


「神代」


「何だよ」


「今のはさすがにポイント高い」


「意味が分からない」


「分かってないのがすごいんだって」


 本気で分かっていない勇真に、相馬が呆れたように肩を落とす。


 凛華はそっと視線を落とした。


 椅子を引かれただけだ。

 それだけなのに、胸の内が妙に騒がしい。


 気取っているわけでもない。

 見せつけたいわけでもない。

 ただ自然に、そうした方がいいと思ったからそうした。


 それが分かるからこそ、余計に困る。


 ――本当に、この人は……。


     ◇


 一時間目と二時間目の間の休み時間も、勇真の“自然すぎる護衛”は変わらなかった。


 教室移動で廊下へ出れば、人の流れを見て混みそうな側に立つ。


 階段では歩幅を合わせ、凛華が急がなくて済む速さで進む。


 教材を持っていれば、何も言わずその一部を受け持つ。


 全部が流れるようだった。


 過剰ではない。

 だが確かに、守られていると分かる距離感だ。


 四時間目の移動中、階段の踊り場で勇真が振り返った。


「凛華、そこ少し段差狭いから気をつけろ」


「それくらい分かっていますわ」


「ならいい」


 先に上がっていく背中を見ながら、凛華は口元を引き結ぶ。


 分かっている。

 そんなことは分かっている。


 それでも、ああして声をかけられると嬉しい。


 嬉しいと思ってしまう自分が、少し悔しかった。


     ◇


 昼休み。


 教室は一気に賑やかになっていた。


 相馬が購買のパンを片手にやってくる。


「神代、今日の購買やばかったぞ。俺、危うくクロワッサン一個のために人生終わるところだった」


「大げさだな」


「いやほんと。名門校ってもっと優雅だと思ってたのに、パンの前だけ戦場だからな」


「食べ物が絡むと人は強いからね」


 小春が笑いながら会話に混ざる。


 その時、教卓の上の提出用資料を見て、凛華が立ち上がった。


「桐生先生にお渡しする分でしたわね」


「ああ、それ職員室持ってくやつか?」


 勇真が先に気づく。


「ええ。ですが、私が」


「ついでだ。俺も桐生先生に聞くことあるし」


 そう言って、勇真は資料束をひょいと抱えた。


 凛華は一瞬、言葉を失う。


 頼んだわけではない。

 重いとも言っていない。


 それでも彼は、当たり前みたいにそうしてしまう。


 その“当たり前”が、今の凛華にはひどく効いた。


「神代」


「何だよ」


「今のもだいぶ強いぞ」


「だから何がだ」


「いやもう、そういうとこだって」


 相馬が半ば呆れたように言い、小春も楽しそうに頷く。


「うん、これは分かられてないのがすごい」


「何の話だよ」


 本気で分かっていない顔の勇真に、凛華は視線を落とした。


 ――いちいち自然なのが、困るのですわ……。


     ◇


 昼食のあと、小春に軽く袖を引かれた。


「東條院さん、ちょっといい?」


「え?」


「すぐ終わるから」


 連れていかれたのは、教室の外れた廊下の窓際だった。


 春のやわらかな光が差し込んでいる。


 小春は壁にもたれ、にこにこと凛華を見た。


「最近ほんとに表情やわらかいよね、東條院さん」


「……そうでしょうか」


「うん。前よりずっと」


 凛華は何とか平静を保って返す。


「気のせいではなくて?」


「ううん。たぶんみんな少しずつ気づいてるよ。前より話しかけやすいし、雰囲気もやわらかいし」


「それは……」


「神代君といる時、特にそう」


 ぴたりと言い当てられ、凛華は言葉を失った。


 小春は責めるでもなく、ただ楽しそうに、けれど優しく笑っている。


「……いいことあった?」


「っ……べ、別にそのようなことは……」


 否定しようとした声が、最後だけ少し弱くなる。


 小春はその綻びを見逃さなかった。


「あ、今ちょっと詰まった」


「水瀬さん!」


「ふふ、ごめんごめん。でも安心した」


「何がですの?」


「東條院さんも、ちゃんとそういう顔するんだなって」


 悪意のない言い方だった。


 だからこそ、強く否定できない。


 小春は窓の外へ目を向け、それから少しだけ声を落とした。


「神代君ってさ、優しいよね」


「……ええ」


「でも、ああいう人って案外ほんとに鈍いから」


「え……?」


 凛華の目がわずかに見開かれる。


 小春はくすっと笑った。


「だから、待ってるだけだと気づかないかも」


 本部で先輩術師たちに言われた言葉が、また胸の奥によみがえった。


 待っているだけでは、あの人は気づかない。


 理由をつけてでも、二人の時間を作りなさい。


 胸の奥がじわりと熱くなる。


「私は、別に……そのような……」


「うん。今すぐどうこう言わなくていいよ」


 小春はやわらかく遮った。


「でも、東條院さんが今より少し笑ってくれる方が、私は好き」


 思っていた以上に優しい言葉だった。


 凛華は小さく息を呑む。


「水瀬さん……」


「あと、神代君のこと。たぶん放っといたらずっとあのままだよ」


「……それは、少し想像できますわね」


 思わず本音が漏れた。


 小春がぱっと笑う。


「でしょ?」


 つられて凛華も、ごく小さく笑ってしまう。


 その瞬間、小春が満足そうに頷いた。


「うん。やっぱり最近いい感じ」


「も、もう戻りますわ」


「はーい。あ、でも最後にひとつだけ」


「何でしょう」


 小春は少しだけいたずらっぽく、それでいてちゃんと応援するような顔で言った。


「頑張ってね、凛華ちゃん」


 その呼び方に、凛華は一瞬だけ目を丸くする。


 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ胸の奥が少しだけあたたかい。


 だから凛華は、いつもの仮面を少しだけ緩めて、静かに微笑んだ。


「……ありがとうございます、小春さん」


「うん。それ、すごくいい」


     ◇


 教室へ戻ると、相馬が待っていたと言わんばかりに口を開いた。


「東條院さん、水瀬に何か吹き込まれてない?」


「相馬君は本当に失礼ですわね」


「いやだって、水瀬そういう顔してるじゃん」


「どういう顔だよ」


「面白いこと見つけた顔」


「失礼だなあ」


 小春は笑いながら席へ戻っていく。


 その横で、勇真が凛華を見た。


「何かあったか?」


「……いえ。少しお話をしていただけです」


「ならいい」


 深くは追及してこない。


 それも勇真らしい。


 だが今の凛華には、その淡白さが少しだけもどかしかった。


 ――本当に、少しは気づいてくださいませ。


 そう思った次の瞬間、勇真が凛華の机の横に立つ。


「放課後、本部から連絡入ってた」


「え?」


「小規模任務。前に話してた残滓処理の件だと思う。今日はそのまま向かうことになる」


「あ……そうでしたのね」


「時間は少し余裕あるらしい。授業終わったら正門でいいか?」


「ええ、もちろん」


 そこまで答えてから、凛華はふと胸の内でその言葉を繰り返した。


 時間は少し余裕がある。


 それはつまり、ほんの少しなら。


 任務の前に、二人で過ごせる時間があるということだ。


 心臓がまた忙しくなる。


     ◇


 放課後。


 教室の空気が帰宅前の緩んだものに変わる中、勇真は当たり前のように凛華の鞄のうち、重い方を持った。


「勇真君、私が持てますわ」


「知ってる。でも両手空いてた方が動きやすいだろ」


「それは……そうですけれど」


「今日は任務前だしな」


 またそれだ。

 また正論だった。


 凛華は反論を飲み込み、結局そのまま隣を歩く。


 教室を出る時、相馬がひらひらと手を振った。


「いってらっしゃい、護衛コンビ」


「相馬君」


「いやもう、そうとしか言えないだろ」


 小春も笑顔で手を振る。


「気をつけてね、二人とも」


「ええ。行ってまいりますわ」


「また明日」


 廊下を歩き、階段を下り、昇降口で靴を履き替える。


 放課後の校舎は朝より静かで、そのぶん二人きりの空気が意識しやすかった。


 正門を出たところで、凛華は小さく息を吸う。


「……勇真君」


「ん?」


「任務の前に、少しだけ寄り道してもよろしいですか?」


 勇真が足を止めた。


「寄り道?」


「はい。ほんの少しだけです。任務に支障が出るようなものではありませんわ」


 言ってから、自分の声が少し硬かったと気づく。


 これではお願いではなく、申請だ。


 けれど勇真は、そんな内心を知らないまま、あっさり頷いた。


「別に構わないけど」


「……そうですの?」


「凛華が行きたい場所があるなら付き合う」


 あまりにも自然で、あまりにも簡単だった。


 胸の奥が甘く跳ねる。


「では……駅前のカフェに、少しだけ」


「分かった」


 それだけで決まってしまう。


 並んで歩き出しながら、凛華は自分の頬がまた熱くなっているのを感じた。


 ――できましたわ。

 ――ちゃんと、自分から時間を作れました。


 本部での助言も、小春に背中を押されたことも思い出す。


 勇真は隣で、相変わらず何も知らない顔をして前を見ている。


 けれど人通りが増えれば半歩前に出て、車道側を自然に歩く。


 護衛と日常の境界線は、きっともう曖昧だ。


 そして凛華は、その曖昧さを嫌ではないと思い始めていた。


 駅前の信号が見える。


 学校でも戦場でもない、二人きりの時間。


 その先を意識した途端、胸の奥がまた甘く揺れた。


「凛華?」


 信号待ちで、勇真がこちらを見る。


「顔、少し赤いけど大丈夫か?」


「だ、大丈夫ですわ」


「無理はするなよ」


「しておりません」


「ならいいけど」


 凛華は前を向く。


 けれど、口元だけはどうしても少し緩んでしまう。


 ――本当に、鈍いですわね。

 ――でも……だからこそ、少しずつでも進まなければ。


 青信号に変わる。


 勇真と凛華は並んで一歩を踏み出した。


 任務へ向かう前の、ほんの少しだけ特別な時間へと。


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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。


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