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第18話 凛華もやるだろ


 そして――。

 

勇真は、若手術師たちの動きを一通り見終えると、当たり前みたいな顔で言った。


「凛華もやるだろ」


 訓練場の空気がぴたりと止まった。


 視線が、一斉に凛華へ集まる。


「……私も、ですか?」


 思ったより、声が弱い。


 本部の訓練に加わること自体は珍しくない。

 人前に出ることにも慣れている。

 東魔協のエースとして、見られる側でいるのはいつものことだ。


 けれど、今は少し違った。


 ただ見られるのではない。

 勇真に見られる。

 しかも、本部の術師たちが大勢いる前で。


 それだけで、胸が妙に落ち着かない。


 勇真はそんな内心に気づいていないのか、いつもの調子で続けた。


「見てるだけで終わるのはもったいない」


「さっきの続きにもなるしな」


 続き。


 その言葉に、凛華の胸が小さく跳ねる。


 特別扱いではないのかもしれない。

 でも、最初から自分もその中に入っていたのだと思うと、それだけで少し嬉しかった。


「……分かりました」


「では、お言葉に甘えます」


 凛華は一歩前へ出る。


 その瞬間、見学していた若手術師たちが小声でざわついた。


「東條院さん、本当に出るんだ」


「神代君相手だと、なんか空気違わないか?」


「今の返事、ちょっと柔らかかったよな……」


 聞こえないふりをして、凛華は魔導杖《星霧(ほしぎり)》を構えた。


 勇真は正面に立ち、短く言う。


「まずはいつも通りでいい」


「三手、見せてくれ」


「……はい」


 意識を切り替える。

 魔力を巡らせ、杖先へ星光を集める。


「《星彩連閃(アストラル・レイ)》――!」


 星光弾が連続で走り、標的を正確に穿つ。

 続けて足元に術式円を展開し、そのまま横へ滑る。


「《星霧障壁(ネビュラ・イージス)》」


「《雷迅翔(ライトニング・グライド)》」


 星霧の薄い膜が身を包み、雷光をまとった身体が流れるように位置を変える。


 最後に、杖先へ高密度の魔力を圧縮した。


「《流星砲(メテオ・バスター)》――!」


 轟音。


 一直線の星光が強化標的を貫き、後方の防壁に火花を散らした。


「おお……!」


「やっぱり東條院さん、すげえな」


「火力だけなら教官級だろ、あれ……」


 感嘆の声が漏れる。


 だが、勇真はすぐには頷かなかった。


「やっぱり強いな」


 その一言に、凛華の胸が少しだけ上向く。


 でも、次があることも分かっていた。


「でも、まだ読まれやすい」


「……そうですか」


 悔しくないわけではない。


 それでも、まず知りたかった。

 どこを見抜かれたのかを。


 勇真は杖先を軽く指した。


「砲撃の前に、杖先が上がる」


「肩も少し入る。目も先に標的を見すぎる」


「……っ」


「凛華は真面目だからな。撃つ前に“当てる形”をきっちり作る」


「それ自体は悪くない。でも、その分だけ予告になってる」


 図星だった。


 術式を乱さず、最適な軌道で、最適な出力を通す。

 それが凛華の強さであり、美しさだ。


 けれど今、勇真はその美しさごと欠点として言い当てている。


「それと、結界と移動がまだ別だ」


「守ってから動くんじゃ遅い。動く時には、もう守れてないと意味がない」


 勇真は数歩だけ位置を変えた。


「凛華の魔法は一つひとつが強い」


「だから余計に、切り替えが見える」


 凛華はまっすぐ問い返す。


「……では、どう直せばよろしいのですか?」


「まとめる」


「まとめる?」


「砲撃も、結界も、移動も、別の技として切り分けすぎなんだよ」


「ひとつの流れに落とし込め」


 そう言って、勇真は童子切安綱の柄に手をかける。


 すらり、と刀身が抜かれた。


 静かな光を返す刃には、もう酒呑童子の鬼気はない。


 あるのは、澄んだ実戦の気配だけだ。


「例えば、こうだ」


 次の瞬間、勇真の姿がぶれた。


「《裂歩(れっぽ)》」


 一歩。


 たったそれだけで視線が外れる。

 気づけば勇真は標的の斜め後ろにいた。


「今の……!」


「見えたか?」


「いや、消えたようにしか……」


 若手たちがどよめく。


 勇真は振り向き、凛華を見る。


「凛華なら、ここに障壁を被せながら滑れる」


「守るためだけに張るな。位置を通すために張れ」


「位置を……通すために」


「ああ」


 勇真はそのまま続けた。


「あと、一人で終わらせようとするな」


 その一言だけ、やけに真っ直ぐ胸に落ちた。


「凛華は一人でも戦える」


「でも、今は違うだろ」


 凛華の指先に、少し力が入る。


「“自分だけで完成させる戦い方”を、そこまで引きずらなくていい」


「俺が前にいる前提で組め」


 呼吸が止まりそうになる。


「それを、恐れるな」


 訓練場の空気が揺れた。


 若手術師たちも、教官たちも、その言葉の意味をなんとなく理解したのだろう。


 それはただの戦術論ではない。


 酒呑童子戦で一度だけ成立した極限の連携。

 あの時の勝ち方を、偶然で終わらせないための言葉だった。


 凛華はゆっくり息を吐く。


「……分かりました」


「もう一度、やります」


「今度は俺が前に出る」


「凛華は合わせろ」


「はい」


 訓練用の構築体が三体、起動する。


 前衛型、迎撃型、後衛妨害型。


「行くぞ」


 勇真が低く告げた。


「《震脚(れっしん)》」


 床が鳴る。


 衝撃で前衛型の体勢が崩れた。


 勇真が一気に間合いを割る。


 そして、凛華は――待たなかった。


 先に守って、様子を見て、それから動く。

 今までならそうしていた。


 でも、今は違う。


「《星霧障壁(ネビュラ・イージス)》――《雷迅翔(ライトニング・グライド)》!」


 薄く、軽く、身体に沿わせるように結界を展開。

 同時に雷光をまとって横へ滑る。


 守るための結界ではない。

 位置を通すための結界。


 思った以上に、感覚がいい。


「いい。そのまま」


 勇真の声が飛ぶ。


 前衛型が腕を振り上げる。

 凛華は大きく杖を引かない。

 肩も上げない。

 標的を見すぎない。


「《星鎖縛(ステラ・バインド)》」


 星光の鎖が走り、前衛型の脚を絡め取る。


 一瞬止まる。


 それで十分だった。


「《一閃(せんこう)》」


 勇真の刃が閃き、前衛型の核が断たれる。


 続けて迎撃型が凛華へ術式弾を撃ち込んできた。


 だが、凛華は正面から撃ち返さない。


「勇真君、右です!」


「ああ!」


 勇真が右へ踏み込み、射線を崩す。

 その死角へ滑り込んだ凛華が、最小限の動きで杖先を振るった。


「《星彩連閃(アストラル・レイ)》!」


 三連の星光弾。


 速い。


 さっきとは比べものにならない。


 迎撃型は防御術式を組む前に核を穿たれた。


「速っ……!」


「今の起動、見えなかったぞ」


「いや、それより合わせ方だろ……!」


 ざわめきが深くなる。


 だが、凛華の意識はもう周囲にない。


 残る後衛妨害型が上空へ逃げようとした、その瞬間。


 凛華は標的ではなく、勇真の背中を見た。


 前に、あの背がある。


 なら、自分は通せる。


 その確信が、迷いを消した。


「《流星砲(メテオ・バスター)》――!」


 圧縮された星光が一直線に走る。


 勇真は一歩だけ左へずれた。


 それだけで射線が完璧に開く。


 直撃。


 後衛妨害型は空中で砕け散った。


 訓練場が静まり返る。


 ほんの一瞬の沈黙のあと、教官の一人が低く呟いた。


「……再現したな」


「ああ」


「酒呑童子戦だけの偶然じゃない」


「連携として、もう形になってる」


「しかも東條院さんの魔法そのものが洗練されてる」


「火力は落ちてない。むしろ通し方が上がってる」


 若手術師たちも、今度は隠しきれずにざわついた。


「すご……」


「東條院さん、さらに強くなってないか?」


「神代君の指摘、的確すぎるだろ」


「いや、それ以上に……あの二人、息合いすぎじゃないか?」


 凛華はようやく息を吐く。


 手応えはあった。

 確かにあった。


 けれど、本当に確かめたかったのは構築体ではない。


「……どう、でしたか?」


 思わず、そう聞いていた。


 少し柔らかい声。

 少し滲む期待。


 勇真はいつも通りの顔で言う。


「今の方が強い」


 それだけでも十分だった。


 なのに、勇真はもう一言続ける。


「ちゃんと繋がってた」


「凛華らしさは残ってるのに、前よりずっと勝てる形になってる」


 思考が止まる。


 熱が一気に頬へ上がった。


 ただ強いと言われたわけじゃない。

 自分らしさを見た上で、その先を認められた。


 それが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。


「そ……そう、ですか」


「でしたら、その……よかったですわ」


 なんとかそれだけ返す。


 勇真は童子切を鞘へ戻しながら言った。


「前よりずっといい」


「もう少し慣れれば、もっと通る」


「はい」


「次は、もっと――」


 凛華は一度言葉を切ってから、言い直す。


「もっと綺麗に、ではなく」


「もっと勝てる形にしてみせます」


 勇真が少しだけ口元を緩めた。


「その方がいい」


 また、胸が鳴る。


 そして周囲の視線は、もう技術だけを見ていなかった。


「なあ……」


「東條院さん、神代君相手だと素直すぎないか?」


「ていうか神代君も、東條院さんのことだけ見えてる感じあるよな」


「距離、近くない?」


「近い」


「今の“凛華らしさ”はだいぶやばいだろ……」


 凛華は聞こえないふりをした。


 だが、無理だった。

 耳まで熱い。


 その時、勇真が首を傾げる。


「凛華?」


「顔赤いけど、大丈夫か」


「だ、大丈夫です!」


「これは、その……訓練直後ですので、体温が上がっているだけですわ!」


 やや早口で言い切る。


 すると、少し離れた場所からぼそっと声がした。


「訓練してたの、神代君もなんだけどな……」


「……っ」


 反応したら負けだ。

 絶対に負けだ。


 そう思うのに、勇真はまるで悪気なく追撃してくる。


「無理はするなよ」


「休むなら水くらい飲んでこい」


「い、いえ。この程度で休んでいては示しがつきませんので」


「そうか」


「でも今日は十分いい動きだった」


 また、それだ。


 何でもない顔で、そういうことを言う。


 凛華は小さく息を整えながら、ようやく理解する。


 酒呑童子戦で掴んだものは、偶然ではなかった。


 勇真が前にいる。

 自分がその背に合わせて術式を通す。


 一人で完成しなくていい。

 信じて預けて、繋いで勝てばいい。


 それは弱さではない。

 むしろ、今までよりずっと強い。


 教官たちも、若手術師たちも、もう疑わないだろう。


 神代勇真は、ただ強いだけの外部協力者じゃない。

 東條院凛華も、ただ一人で完成されたエースじゃない。


 二人が並んだ時に生まれる強さは、もう誰の目にも明らかだった。


 だからこそ、訓練場の端でこんな声が漏れる。


「……これ、もう護衛って距離じゃなくないか?」


「おい、やめとけ。聞こえるぞ」


「いや、でも本当に――」


 小さなざわめきが、火種みたいにくすぶり始める。


 凛華はますます頬が熱くなるのを感じた。

 けれど同時に、ほんの少しだけ、それを否定しきれない自分にも気づいてしまう。


 それが何より厄介だった。


 勇真はまだ何も気づいていない。

 童子切を納め、次の訓練のことでも考えていそうな顔をしている。


 だから余計に、胸が落ち着かない。


 ――本当に、困った人ですわ。


 そう思うのに。


 その困り方すら、嫌ではなかった。


 訓練場に残る熱気の中、若手術師たちはこの日しっかり目に焼きつけることになる。


 東條院凛華が、神代勇真の前だと少しだけ素直になること。

 そして神代勇真が、東條院凛華には少しだけ近い距離で言葉を渡していることを。


 その観測結果が、後に思わぬ呼び名になって本部中を駆け巡ることになるのだが――


 それは、もう少しだけ先の話だった。


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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。


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― 新着の感想 ―
勇真くんってば、けっこう鈍ちん? それとも分かっててやっている? 面白いなぁこの先が!!
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