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第16話 東魔協の結論


 東魔協本部の会議室には、すでに重い空気が満ちていた。


 長机には戦闘記録、現場写真、霊子観測ログ、結界破損の解析資料。


 壁のモニターには、東京各地の霊脈と鬼炎反応が並んでいる。


 最奥に座るのは慶臣。


 左右に幹部たち。


 その少し下がった位置に、凛華と勇真の席があった。


「始める」


 慶臣の一言で、戦後会議が始まる。


「今回の酒呑童子出現は、偶発的な怪異災害ではない」


「現場に残された呪的痕跡、封印の緩み方、鬼炎反応の流れ。いずれも内側から段階的に緩められたものだ」


 モニターが切り替わる。


 東京の封の要所に赤い印が灯った。


 幹部の一人が続ける。


「鬼門衆による事前工作と見て、まず間違いありません」


「各地で起きていた小規模な鬼事件も、封印系統の観測を散らすための陽動だった可能性が高いかと」


「やはり、そう来ましたのね……」


 凛華が低くつぶやく。


 酒呑童子そのものも脅威だ。


 だが、より厄介なのは、それを駒として動かした側がいることだった。


 慶臣が言う。


「東京を揺さぶること自体が目的ではない。連中は、もっと大きな流れの一手として今回の件を起こしている」


「問題は、その先だ」


 別の幹部が資料をめくる。


「酒呑童子が消滅直前に残した言葉――『次は西だ』」


「これは、すでに西日本側から届いている報告と一致します」


 地図が京都へ切り替わる。


 複数の地点で霊脈異常が明滅した。


「京都市内および周辺域で局地的な霊脈の乱れを確認」


「さらに、古い封印系統の一部に不自然な負荷が見られます」


 勇真は腕を組んだまま、その図を見た。


「壊してるんじゃないな」


「……え?」


 幹部が目を向ける。


 勇真は画面から視線を外さずに言った。


「封印を正面から破るなら、もっと歪みが荒くなる」


「これは破壊じゃない。緩めてるんだ」


「結び目を一本ずつほどいて、いつでも開けられる形にしてる」


 会議室の空気が変わる。


「資料だけで、そこまで分かるのか」


「見れば、なんとなく」


「なんとなくで言う内容ではないぞ……」


 そう返したのは慶臣だった。


「……西日本呪術連合の見解と一致している」


 短い沈黙が落ちる。


 神代勇真は、ただ強いだけではない。


 本質を見る。


 その事実が、改めて会議室に刻まれた。


「東京と京都の異変は別件ではない」


 慶臣が断言する。


「一本の線で繋がっていると見ていいだろう」


 凛華の表情が引き締まる。


 勇真も静かに目を細めた。


 次は西。


 つまり、京都だ。



 会議は続き、やがて話は功績評価へ移った。


 慶臣が資料を閉じる。


「神代」


「はい」


「今回の件において、お前の働きは大きい」


 会議室の空気が、わずかに張る。


「第一に、酒呑童子撃破の主戦力であったこと」

「第二に、凛華との共闘を成立させ、東魔協の現有戦力では届かなかった勝ち筋を現実にしたこと」

「第三に、妖刀《童子切安綱》の浄化と制御に成功したこと」


 一つずつ、言葉が重く落ちる。


「この三点はいずれも高く評価されるに値する」


「だが何より重要なのは、お前が単なる高火力戦力ではないという点だ」


 慶臣の声は厳しく、明確だった。


「東魔協では扱いきれない事象に対し、お前は対処できる」


「術式理論の理解、戦闘判断、対怪異適性、浄化能力。そのどれを取っても、既存の枠に収まらん」


 勇真は少しだけ頬をかく。


「そこまで言われると、逆に面倒なんですけど」


「面倒で済ませるな」


 即答だった。

 

会議室の空気が少しだけゆるむ。

 

何人かの幹部が口元を緩めた。

 

その隣で、凛華は静かに胸を熱くしていた。


 父が、公の場で勇真をここまで認める。


 それが、自分のことのように嬉しかった。


「……当然ですわ」


 小さな声だった。


 けれど勇真だけは、横目で気づいたようだった。



「次に、《童子切安綱》の扱いについてだ」


 その一言で、空気がまた締まる。


 幹部の一人が口を開いた。


「本来なら封印指定です。第一級隔離庫へ即時移送が規定ですが……」


「できないんですよね」


 勇真が先に言う。


 幹部は苦い顔でうなずいた。


「完全封印の保証ができません」


「現状の隔離設備では、この刀の霊圧を長期安定させるには不足している可能性があります」


「不用意に収めれば、逆に封印庫側が侵食される恐れもあります」


 別の幹部が補足する。


「鬼の呪力は削げていますが、器としての格が高すぎる」


 慶臣が結論を告げた。


「よって、《童子切安綱》は当面の間、神代に管理を依頼する」


 ざわ、と室内が揺れた。


 だが反対の声は出ない。


 それが、今の東魔協の答えだった。


「協会として可能な限りの補助は行う」


 慶臣は脇の机に視線を向ける。


「持ってこい」


 補佐術師が包みを開く。


 中には、深い黒を基調に銀の封印紋が走る鞘と、落ち着いた色合いの刀剣ケースがあった。


「鞘には封圧式を施してあります」


「刀の力そのものは消せませんが、日常域での霊力漏出は大きく抑えられるはずです」


「加えて、このケースには認識阻害魔防を編み込んでいます。一般人には“特に気にする必要のない荷物”として処理されるでしょう」


「ずいぶん用意がいいですね」


 勇真が言うと、慶臣は淡々と返す。


「お前に持たせると決めた時点で、最低限の体裁は整える必要がある」


「東魔協の管理下にないとは言わせん」


 勇真は少し笑った。


「なるほど」


「ありがたく使わせてもらいます」


 術師が鞘を差し出す。


 勇真は《童子切安綱》を持ち上げ、その刀身を収めようとした。


 その瞬間。


 刀が、かすかに鳴いた。


 細い鬼気が刃文の奥からにじみ、室内の空気がびり、と粟立つ。


「っ……!」


 術師たちが身構える。


 凛華も即座に立ち上がり、杖を構えた。


「勇真君!」


「大丈夫」


 勇真は短く言って、半歩だけ刀を引く。


 黒い揺らぎが鞘口に絡みつく。


「《浄断(パージ)》」


 低い声と同時に、指先から淡い白光が走った。


 刀身にまとわりついた残滓を、静かに、だが容赦なく断ち切る。


 同時に凛華も杖を向ける。


「《星霧障壁(ネビュラ・イージス)》」


 星の粒子が薄い結界を編み、会議卓の周囲を包んだ。


 万が一の漏出を外へ逃がさない、最小最適の防壁。


 白光と星霧が交差する。


 鬼気は数秒で霧散した。


 静寂。


 そして勇真は、何事もなかったように刀を鞘へ収める。


 かちり、と乾いた音。


 今度はもう何も起きない。


「……封圧、完了しました」


 補佐術師が呆然とつぶやく。


「今の反応を、そんな簡単に……」


「簡単ではありませんわ」


 凛華が少しだけ誇らしげに言った。


 視線が集まる。


 けれど凛華は気づいていないふりで、勇真だけを見ていた。


「勇真君だから、です」


 勇真は鞘を軽く見てから、ケースへ納める。


「これなら持ち歩けそうだな」


「お気に召したなら何よりだ」


 慶臣が言う。


「壊すなよ」


「それは東魔協側にも言ってください」


 軽口が落ちて、今度は何人かがはっきり息を緩めた。



 会議も終盤に入る。


「会長、発言を」


「言え」


 幹部が勇真へ視線を向ける。


「神代君。本部の若手を少し見てもらえないか」


「……は?」


 勇真の顔が露骨に嫌そうになった。


「なんでそうなるんですか」


「君が一番手っ取り早いからだ」


「嫌な理由としては十分ですね」


 咳払いで笑いを誤魔化す気配がいくつか走る。


 幹部は真顔のまま続けた。


「先の試験でも、東條院さんへの助言で結果を出している」


「今回の戦闘でも、共闘の質を引き上げたのは君だ」


「理解し、見て、指摘し、伸ばせる。そこまでできる人材は本部にも多くない」


 勇真は眉を寄せる。


「戦うのと教えるのは別ですよ」


「だが君は両方できる」


「やだなあ……」


 その横で、凛華が少しだけ目を丸くしていた。


 驚きはあった。

 でも、それ以上に誇らしかった。


 父に認められ、幹部に必要とされる勇真が、どうしようもなく誇らしい。


 だから凛華は、自然に口を開いていた。


「……私は、賛成ですわ」


 勇真が横を見る。


「凛華まで言うのか」


「ええ」


 凛華は柔らかく微笑んだ。


「あなたの教えで、私がどれだけ変われたかは、私自身が一番よく知っていますもの」


「本部の皆さんにとっても、無意味ではないはずです」


 それは強い推薦だった。


 勇真は少し黙って、それからため息をつく。


「……分かりましたよ」


「少しだけですからね」


「本格的に先生役はやりませんよ」


「十分だ」


 慶臣が即答する。


「必要な時間だけでいい」


「話が早いですね、東條院会長」


「逃がす理由がない」


 きっぱり返され、勇真はもう一度ため息をついた。


 だが、幹部たちの顔には納得があった。


 もう誰も、神代勇真を得体の知れない外部協力者とだけは見ていない。


 共に戦い、次へ進むための戦力。

 東魔協の内側に食い込む、新しい切り札として見始めていた。



 会議を終えた廊下は静かだった。


 夜更けの本部は照明が落とされ、窓の外には、ようやく災厄を耐え切った東京の灯りが広がっている。


 勇真はケースに収めた《童子切安綱》を肩にかけた。


 隣を歩く凛華が、そっと口を開く。


「お疲れさまでした」


「凛華も」


「今日は、本当にいろいろありすぎましたわね」


「それはそうだな」


 少しだけ、二人で笑う。


「でも……嬉しかったです」


「何が?」


「お父様が、皆さんが、勇真君をきちんと認めてくださったことが」


「……そっか」


 短い返事。


 でも、それで十分だった。


「それに」


 凛華は少しだけ声を落とす。


「京都でも、きっとあなたが必要になります」


「だろうな」


「ですから」


 凛華は足を止め、勇真を見る。


「これからも、隣にいてくださいませ」


 移動車両の中で口にした時より、少しだけはっきりした言葉だった。


 勇真も足を止める。


「護衛だからな」


 それから、少しだけ目元を和らげた。


「それに、もう今さら離れる気もない」


 凛華の胸が強く鳴る。


 冷静でいようと思うのに。


 そんな一言で、簡単に揺らされる。


「……本当に、ずるい人ですわね」


「褒め言葉?」


「受け取り方は、お任せします」


 そう言って凛華は歩き出す。


 横顔は、ほんのり赤い。


 勇真は気づきながら、あえて何も言わず、歩幅だけを合わせた。


 東京の災厄は、ひとまず退いた。


 だが、鬼門衆の手はまだ伸びている。


 西。


 京都の霊脈異常。


 東西を繋ぐ不穏な流れ。


 そして、その先に待つ次の敵。


 本部ではすでに、京都合同調査の準備が静かに進み始めていた。


 東魔協の結論は出た。


 神代勇真は、もはや一時的な外部協力者ではない。


 東魔協が内側の戦力として扱い始める、規格外の切り札だ。


 その肩には、封を施された《童子切安綱》。


 その隣には、以前よりずっと自然な距離で歩く凛華。


 戦いのあとに残るものは、傷や疲労だけじゃない。


 認められた立場。


 次へ進むための役目。


 そして、言葉にしきれないまま深まっていく二人の繋がり。


 西の夜は、まだ見えない。


 けれど、その気配はもう届いている。


 次の舞台は、京都。


 新たな戦いは、もう始まりかけていた。


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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。


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