第14話 大丈夫。俺がいる
1章はこれで完結です。次回からは2章に繋がる閑話回、1.5章の開幕です!
警報が、夜の東京を切り裂いていた。
東魔協本部の結界監視盤には、都内各地の霊脈の乱れが赤黒く脈打って映っている。普段は冷静な術師たちの声にも、今夜ははっきり焦りが混じっていた。
「第四霊脈節点、汚染率さらに上昇!」
「南側結界、維持率六十二パーセント!」
「一般術師班では足止めが限界です!」
慌ただしい空気の中、勇真は前だけを見ていた。
その隣で、凛華が魔導杖《星霧》を握り直す。
「……来ます」
「ああ」
次の瞬間だった。
空間が裂けた。
結界の一角が真紅に焼き切られ、鬼炎が噴き上がる。熱風が吹き抜け、焦げた臭いが広がった。
炎の中から現れたのは、巨躯の鬼。
酒呑童子・朱天。
紅蓮の肌。禍々しい二本角。獣のような凶暴さと、人の悪知恵を宿した眼。
そして、その手に握られた一振りの刀。
長大な刀身は鬼炎をまとい、そこにあるだけで災厄を広げているようだった。
「……《童子切安綱》」
凛華が息を呑む。
勇真も目を細めた。
ただの武器じゃない。
朱天の鬼炎と呪力を増幅し、霊脈汚染の核にまでなっている。
朱天が嗤った。
『ようやく出てきたか。人の都を守る虫けらどもが』
その声だけで、前衛の術師たちの肩が強張る。
「前衛班、展開!」
「拘束結界、三重起動!」
「遠距離班、同時斉射――!」
だが、命令は最後まで通らなかった。
『遅い』
《童子切安綱》が唸る。
赤黒い斬撃が大地ごと薙ぎ払った。
「っ!?」
「結界が――!」
三重結界は一撃で焼き裂かれ、前衛術師たちはまとめて吹き飛ぶ。
凛華が前へ出た。
「下がってください! ここから先は私が抑えます!」
「凛華!」
勇真が呼ぶ。
だが、凛華は止まらない。
それでも、前とは違った。
全部を一人で終わらせようとしているわけじゃない。
踏み出しながら、ちゃんと勇真の位置を見ている。
勇真は小さく口元を緩めた。
――ちゃんと変わってる。
「《星彩連閃》!」
星光弾が夜を裂く。
連射。
散らし。
視線と重心を乱す牽制。
さらに間髪入れず、次の術式。
「《星鎖縛》!」
星の鎖が朱天の脚へ絡みつく。
朱天が断ち切ろうとした、その一瞬。
勇真が踏み込んだ。
「《裂歩》」
正面じゃない。
最も強い斬線を外した死角。
脇腹に叩き込んだ拳が、朱天の巨体をわずかに揺らす。
『ほう』
「凛華、右!」
「はい!」
凛華が雷光をまとって空へ跳ぶ。
「《雷迅翔》!」
「《雷花陣》――!」
夜空に雷の花が咲いた。
落雷が朱天の周囲へ連続で叩き込まれる。そこへさらに、
「《天雷槍》!」
だが朱天は《童子切安綱》を薙ぎ、鬼炎で雷槍を噛み砕いた。
『小賢しいな、小娘』
「でも、通ってる」
返したのは凛華じゃない。
勇真だ。
視線を落とした朱天の懐に、もう勇真はいた。
「《震脚》」
足場を狂わせる一撃。
「《魔力断ち》!」
鬼炎の流れがぶれる。
『ぬッ……!』
「今だ、凛華!」
「《流星砲》!」
一直線の砲撃が朱天の肩を抉り、鬼炎の膜を吹き飛ばした。
東魔協の術師たちがどよめく。
「通った……!」
「いや、神代君が動きを作ってる!」
凛華の魔法が勇真の起点に噛み合う。
勇真の踏み込みが凛華の火力を通す。
前衛と後衛。
護衛と被護衛。
師匠と弟子。
その全部が、今の二人には自然に重なっていた。
だが、朱天は止まらない。
抉られた肩が鬼炎とともに再生していく。
『よい。実によいぞ』
嗤った次の瞬間、朱天の姿が消えた。
「勇真君!」
速い。
巨体に似合わない速度。怪力の反動をそのまま加速へ変えている。
勇真は身を沈めた。
頭上を鬼炎の刃が掠める。
「……やっぱ、刀がある分だけ面倒だな」
体術と魔法だけでも戦える。
でも、あちらには刀の間合いがある。
――剣があれば早い。
ただし《アストレア》は強すぎる。
まともに解放すれば、朱天ごと周囲の結界まで巻き込みかねない。
使うなら一瞬。
決着の一撃だけ。
「凛華!」
「分かっています!」
「《天穹星雨》――!」
星弾の雨が降る。
朱天は鬼炎でそれを斬り払い、強引に前進する。そこへ凛華が重ねた。
「《光輪結界》!」
光の輪が進路を絞る。
『邪魔だッ!』
輪を焼き切った瞬間、勇真が横合いへ。
「《瞬駆》」
「《破刃》!」
鬼炎装甲が内側から割れる。
『ぐッ……!』
「《極星砲撃》!」
眩い極光が朱天を呑み込んだ。
爆発。
瓦礫。
衝撃。
だが、まだ倒れない。
爆煙の中から、さらに濃い鬼炎が立ち上る。
『小娘……よくも、ここまでやったな』
朱天の視線が凛華を捉えた。
嫌な気配が走る。
「凛華、下がれ!」
凛華は即座に防御へ切り替えた。
「《星霧障壁》!」
何重もの障壁が展開される。
だが、重い。
《童子切安綱》の斬撃が叩きつけられるたび、障壁が軋み、削れ、ひび割れていく。
あと半拍、足りない。
押し切られる。
その瞬間、勇真が割って入った。
「《縮地》」
一瞬で間合いを潰し、凛華の前へ。
「《障壁》!」
鬼炎と防壁が正面衝突する。
轟音。
地面に深い溝が走る。
「勇真君……!」
勇真は振り向かない。
ただ、低く、はっきり言った。
「大丈夫。俺がいる」
その一言で、凛華の恐れが消えた。
一人じゃない。
守られるだけでもない。
この人の隣で戦える。
胸の奥の迷いがほどけていく。
「……はい」
もう声は震えていなかった。
「なら、止めます」
「頼む」
勇真が前へ出る。
「《斬波》!」
追撃を牽制。
その隙に懐へ。
「《術式崩し》」
見抜いたのは、刀と鬼炎の連動。
完全には壊せない。
でも、一瞬だけ狂わせることはできる。
鬼炎がぶれた。
『何をした、人間!』
「お前の火、少し借りた」
「《震脚》!」
朱天の巨体が沈む。
その時にはもう、凛華が決戦級の魔法陣を展開していた。
夜空いっぱいに広がる星辰。
幾重もの円環。
杖先に集束する光と雷。
「勇真君」
「ん?」
「私は、もう一人では戦いません」
魔法陣がさらに輝く。
「あなたが前にいてくれるなら、私はその背を信じて撃てる」
「それでいい」
凛華は高く杖を掲げた。
「《星冠天撃》――!」
星の輪が朱天の四肢と鬼炎を縛る。
続いて雷が落ちる。
最後に、圧縮された星光砲撃が叩き込まれた。
『ガァァァァァアアアアアッ!?』
朱天の動きが止まる。
完全じゃない。
でも、十分だ。
勇真は息を吐き、右手を空間へ差し入れた。
裂けたストレージの向こうから、白銀の光が溢れる。
聖剣《アストレア》。
抜いた瞬間、戦場の空気が変わった。
鬼炎の熱が押し返される。
瘴気が怯む。
朱天の顔に、初めて驚愕が走る。
『その剣は……!』
「これで終わりだ、酒呑童子」
勇真が駆ける。
凛華の魔法が作った道を、迷いなく。
「《星冠斬》――!」
聖剣が振り抜かれた。
それはただの斬撃じゃない。
凛華の《星冠天撃》と共鳴した聖光が一本の白い軌跡となり、鬼炎を断ち、呪力を裂き、再生の核を貫く。
朱天の巨体が止まった。
胸の中心に、白い亀裂が走る。
『……見事、だ』
赤黒い煙が漏れる。
『だが、終わりではない……封は、もう……次は、西だ』
その言葉を最後に、酒呑童子・朱天は鬼炎の塵となって崩れ落ちた。
戦場が静まる。
だが、終わりじゃなかった。
「まだです!」
凛華が叫ぶ。
主を失った《童子切安綱》だけが、空中で不気味に脈動している。むしろさっきまで以上に鬼炎と怨念を噴き上げていた。
「刀が暴走している!?」
「触れれば呪われます!」
東魔協の術師たちが叫ぶ中、勇真は前へ出る。
「勇真君、待って!」
「放っておく方が危ない」
このままでは、周囲の霊脈まで喰われる。
勇真は迷わず柄を掴んだ。
瞬間、怨念が腕へ噛みつく。
鬼の咆哮。
焼けるような熱。
意識を侵そうとする呪詛。
「っ……!」
「勇真君!」
「大丈夫だ。まだ、いける」
右手に《童子切安綱》。
左手に《アストレア》。
「《浄断》……!」
白い光が刀身を走る。
赤黒い鬼炎が剥がれ、怨念が砕け、穢れだけが削がれていく。
やがて震えが止まった。
禍々しい赤が消え、澄んだ鋼の地肌が現れる。
残ったのは、鬼の妖刀ではなかった。
鬼を斬るための霊刀。
《童子切安綱》。
勇真は重さを確かめるように握り直す。
「……なるほどな」
《アストレア》ほどの格はない。
でも、現代で振るうにはこっちの方が扱いやすい。
東魔協の術師たちがざわめく。
「妖刀を浄化した……?」
「そんなこと、できるのか……」
勇真は《アストレア》をストレージへ戻し、《童子切安綱》だけを残した。
それから、凛華を見る。
「終わったな」
その一言で、張り詰めていたものが切れたのだろう。
凛華の肩がわずかに揺れた。
「……はい」
次の一歩で、足元がふらつく。
勇真はすぐ支えた。
「凛華」
腕を支えられ、凛華は一瞬だけ目を見開く。
けれど、振り払わない。
「すみません……少し、魔力を使いすぎたみたいです」
「少しじゃないだろ」
淡々とした声。
でも、不思議と責められている感じはしない。
「……また、助けられましたね」
「護衛だからな」
いつもの短い返事。
でも、今日は続きがあった。
「ただ、それだけじゃない」
「……」
「凛華もちゃんと強くなってた」
凛華の瞳が揺れる。
「今日のは、俺がいたからできたってだけじゃない。お前が変わったからだ」
その言葉が、胸に深く落ちた。
守られただけじゃない。
ちゃんと見てもらえていた。
「……ありがとう、勇真君」
凛華は視線を少し落として、それでもはっきり言った。
「あなたがいてくれると、私は戦える」
「知ってる」
あっさり返されて、思わず顔を上げる。
勇真は少しだけ困ったように笑っていた。
「だから、ちゃんと隣にいる」
心臓が大きく跳ねた。
凛華はそれ以上、すぐには言葉を返せなかった。
周囲では現場回収と封印処理が始まっている。
だが、術師たちの目はもう違っていた。
勇真は危険な外部協力者じゃない。
凛華の隣に立つのが自然な存在。
そんな認識が、静かに広がっていく。
やがて東魔協の幹部が近づいてきた。
「東條院様、神代君。本部で緊急会議が開かれます」
「戦後解析と、酒呑童子の残した言葉の検討です。西日本側の件も含めて、すぐ共有したいとのことです」
西日本側。
つまり、京都。
勇真と凛華は視線を交わした。
戦いは終わった。
でも、次はもう始まっている。
「行けるか」
「はい……大丈夫です」
勇真は支える手を少しだけ緩める。
夜明け前の空は、まだ暗い。
けれど東京を覆っていた災厄は、確かにひとつ薄れた。
その代わりに浮かび上がるのは、西へ続く次の戦いの影。
鬼炎の残り香が漂う戦場を後にして、二人は東魔協本部へ向かった。
東京の決着の先にある“次”が、もうすぐはっきり姿を見せる。
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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。




