第11話 この聖剣に誓う
修正した回は以上になります。
これからよろしくお願いします。
試験場には、まだ聖剣の残光が残っていた。
ストレージから現れた聖剣《アストレア》。
その輝きも、勇真の一太刀も、高位構築体を一瞬でねじ伏せた光景も――全部が、この場にいた者たちの常識を塗り替えてしまっていた。
もう誰も、神代勇真を“正体不明の学生”とは見ていない。
異世界から帰還した勇者。
荒唐無稽なはずの言葉が、今はもう笑えなかった。
目の前で見せられた力が、それを現実だと認めさせていたからだ。
「……神代勇真」
「はい」
「結論を言おう」
東條院慶臣の低い声が、静まり返った試験場に響く。
「君の力は本物だ。君の言葉にも、十分な信を置ける」
「ありがとうございます」
「その上で、単刀直入に頼みたいことがある」
勇真は黙って先を促した。
慶臣は一度だけ凛華を見て、改めて勇真へ向き直る。
「東條院凛華の護衛を、君に頼みたい」
その言葉が落ちた瞬間、凛華の心臓が大きく跳ねた。
試験は終わった。
けれど、本当に大きく動くのはここからだ。
そう思った直後だった。
「……ただし、その前に」
慶臣が言葉を切る。
試験場の空気がわずかに張りつめる。
幹部たちの視線が集まる中、慶臣は静かに言った。
「詫びねばならん」
凛華が目を見開く。
「お父様……?」
慶臣は娘の声にも揺れず、続けた。
「我々は君を試した。正体を明かさせ、力を測り、危険性まで確認した」
「娘を助けた恩人に向ける態度として、礼を欠いた部分もあっただろう」
「そのうえで、認めた途端に護衛を頼む。都合のいい話だ」
「信用するには証明を求め、認めたら頼る。勝手な物言いだという自覚はある」
そこで慶臣は、真っ直ぐ勇真を見た。
「すまなかった、神代勇真」
場が静まり返る。
東魔協会長にして東條院家当主。
その男が、これほど率直に頭を下げる。
それだけ、この依頼が重いということだった。
勇真はしばらく黙っていた。
それから小さく息を吐く。
「……正直、何も思わなかったわけじゃありません」
「ですが、必要だったんですよね」
「東條院さんが狙われているなら、簡単に信用できないのは当然です」
「俺が東魔協の立場でも、たぶん同じことをしたと思います」
幹部の一人が苦い顔をする。
まさにその通りだった。
勇真は続けた。
「いきなり“異世界から帰ってきた勇者です”なんて言われて、はいそうですかとはなりません」
「守る側が慎重になるのは当たり前です」
「だから……もう気にしていません」
「全部必要な確認だったなら、それで十分です」
凛華は思わず勇真を見た。
この人は本当に不思議だ。
あれだけの力があるのに、責めない。
相手の事情まで含めて受け止めてしまう。
慶臣もまた、静かにその言葉を受け止めた。
「……君は本当に十代か?」
「よく言われます」
「褒めている」
「でしたら、ありがたく受け取っておきます」
ほんの少し、空気が和らいだ。
だが慶臣はすぐに表情を戻す。
「では、正式に依頼しよう」
「神代勇真。君に凛華の護衛を頼みたい」
今度の言葉は、試験の延長ではない。
正式な依頼だった。
「東魔協の内側だけで完結できる危険ではない可能性が高い」
「協会内の護衛網は強化する。だが、学校生活や移動中まで完全に塞ぐことは難しい」
「だからこそ、外から来た規格外の戦力である君が必要だ」
勇真は黙って聞く。
慶臣はさらに続けた。
「力だけではない。君は現代術式にも即応した」
「凛華の戦い方の癖を見抜き、その場で修正してみせた」
「ただ強いだけではなく、守るべき相手を生かして戦える」
「それが今の凛華には必要だ」
凛華の肩が小さく揺れる。
父が、ここまで自分を評価し、必要を言葉にすることは珍しい。
気恥ずかしさと、それ以上の熱が胸に残った。
勇真は少しだけ目を伏せた。
平穏に生きたい気持ちは、まだある。
やっと戻ってきた現代だ。
母がいて、澪がいて、学校があって、普通の生活がある。
それを壊したくない気持ちは本物だった。
けれど――
異界結界の中で、ひとりで前に立っていた凛華の姿が浮かぶ。
助けに入った時の、驚いた顔。
それでも折れずに立とうとしていた強さ。
試験の中で悔しさを滲ませながらも、自分の助言を飲み込んだ真っ直ぐさ。
放っておけるわけがなかった。
勇真は顔を上げる。
そして今度は慶臣ではなく、凛華を見た。
視線がぶつかった瞬間、凛華の胸が熱を持つ。
自分が彼の答えを、こんなにも待っていることをもう誤魔化せなかった。
「……分かりました」
その一言だけで、凛華の心が大きく揺れる。
だが勇真はそこで終わらなかった。
「引き受けます」
「東條院会長に頼まれたからだけじゃありません」
「俺自身が、そうしたいと思いました」
「神代君……」
凛華の唇から、かすれた声が漏れる。
勇真は少しだけ頬をかいた。
「東條院さん、無茶するだろ」
「い、一言目がそれですか?」
「するだろ」
「……否定はできません」
「やっぱりな」
少し呆れたように言って、勇真は真っ直ぐ続けた。
「見てて危なっかしい」
「だから俺が守る」
短い。
けれど、まっすぐだった。
凛華はもうまともに顔を見ていられない。
それなのに、目を逸らしたくもなかった。
慶臣が静かに頷く。
「ならば、誓約を交わしてもらう」
「誓約、ですか」
「東魔協の護衛契約には、正式な儀礼がある」
幹部の一人が前へ出て、小さな黒塗りの台を差し出した。
そこに置かれていたのは、東魔協の紋章が刻まれた銀の印。
護衛印と呼ばれる術具だった。
「これは護衛契約の証であり、術式的な誓約の媒介でもあります」
「被護衛者の守護符、あるいは加護を宿した媒介と、護衛者の武具を打ち合わせる」
「それによって契約は成立する」
「――金打です」
場の空気が引き締まる。
凛華は胸元へ手をやった。
制服の内側に下げていた、小さな守護符。
東條院家に伝わる守りの術式が刻まれたそれを、慶臣が静かに見る。
「凛華」
「……はい」
凛華は一歩前へ出る。
勇真も台の前へ進んだ。
その手には、すでに聖剣がある。
澄み切った光。
ただそこにあるだけで、格の違いを思い知らせる剣だった。
凛華は息をのむ。
やはり、この人は本当に勇者なのだ。
勇真はアストレアを手に、凛華の前へ立った。
近い。
それだけで、凛華の心拍が乱れる。
勇真は静かに聖剣を掲げた。
「この聖剣に誓う」
その一言で、場の空気が張りつめた。
「東條院凛華」
「……っ」
名を呼ばれ、凛華の肩がかすかに震える。
「お前は俺が守る」
「東魔協の外でも、学校でも、戦場でも」
「何が来ても、俺が前に立つ」
凛華は言葉を失った。
それは契約文言なんかじゃない。
彼自身の決意だった。
「だから、一人で全部背負おうとするな」
「危なくなったら頼れ」
「無茶しそうなら止める」
「それも含めて、俺の役目だ」
そこで勇真は、少しだけ表情を和らげた。
「……まあ、世話焼きって言われたら否定できないけど」
その一言に、凛華は思わず小さく笑ってしまう。
「ふふ……」
「今、笑っただろ」
「笑っておりません」
「いや、笑ってた」
「気のせいです」
ほんの少しだけ空気が軽くなる。
でも胸の奥の熱は、むしろ強くなった。
慶臣が告げる。
「金打を」
凛華は守護符を外し、両手でそっと持ち上げる。
指先がわずかに震えていた。
勇真はそれに気づき、声を落とす。
「大丈夫か、東條院さん」
「……はい」
「無理なら少し待ってもいい」
「いえ」
凛華は首を振った。
そして勇真を見上げる。
「今、交わしたいです」
一瞬だけ、勇真が目を見開く。
だがすぐに頷いた。
「分かった」
アストレアの鍔がわずかに傾く。
凛華の守護符が差し出される。
次の瞬間。
鍔と護符の金具が、静かに打ち合わされた。
――キンッ――
――澄んだ金属音が、試験場に響く。
高く、透明で、どこまでも澄んだ音だった。
同時に、アストレアから白銀の光が溢れ、凛華の守護符から蒼白い光が返る。
二つの光はぶつからない。
溶け合うように重なって、足元に淡い誓約陣を描いた。
複雑な紋様が一瞬だけ浮かぶ。
そしてすぐに、守護符とアストレアへ吸い込まれて消えた。
幹部たちがざわめく。
「共鳴率が高すぎる……」
「聖剣側が拒絶していないどころか、応じている……」
「これほど自然な成立は見たことがない……」
だが凛華には、もう周囲の声がほとんど入らなかった。
胸の奥へ、じんわり熱が広がっていく。
守られるという感覚が、言葉ではなく誓約そのものとして染み込んでくる。
「……っ」
思わず足元が揺れた。
「東條院さん!」
勇真がすぐに手を伸ばし、肩を支える。
近い。
近すぎる。
「だ、大丈夫です……!」
「本当に?」
「ほ、本当です……!」
声が上ずる。
頬の熱がどうしようもない。
勇真が心配そうに覗き込んでくる。
「顔、赤いけど」
「こ、これは……誓約の反動です」
「反動でそんなふうになるのか?」
「な、なります……!」
勢いで言い切ると、勇真は少し困ったように笑った。
その笑みに、凛華はさらに顔が熱くなる。
慶臣が静かに宣言する。
「誓約は成立した」
「本日この時より、神代勇真を東條院凛華の正式な護衛として認める」
東魔協の術師たちが一斉に姿勢を正した。
契約の成立。
同時に、勇真の立場がはっきり変わった瞬間だった。
凛華は胸元の守護符を握る。
そこにはまだ、誓約のぬくもりが残っていた。
そのぬくもりを感じながら、凛華は勇真へ向き直る。
「……はい。よろしくお願いいたします、神代君」
小さいけれど、はっきりした声だった。
勇真も真っ直ぐ頷く。
「ああ。任せとけ」
その返答だけで、凛華の胸はまた熱を持つ。
だが、そこで慶臣が小さく咳払いをした。
「……もう一つ、決めておくべきことがある」
「え?」
「呼び方だ」
凛華がきょとんとする。
勇真も一瞬だけ目を瞬いた。
幹部の一人が補足した。
「今後、神代君は凛華様のすぐ近くで行動することになります」
「学園でも協会外でも、緊急時に“東條院さん”“神代君”では少し距離がある」
「普段から近くにいるなら、呼び方も自然であるべきでしょう」
もっともすぎる理屈だった。
逃げ道がない。
凛華は息を呑み、勇真も小さく息をつく。
「……じゃあ、俺から呼ぶ」
そう言って、勇真は凛華へ向き直った。
目が合う。
ほんの少し間を置いて、勇真は柔らかく呼ぶ。
「凛華」
たったそれだけ。
それなのに、凛華の胸は誓約の時とは違う意味で大きく高鳴った。
儀礼じゃない。
契約文でもない。
ただ、彼自身の言葉として呼ばれた。
「……っ」
息が詰まる。
勇真が少し眉を下げる。
「やっぱり、変だったか?」
「い、いえ……変ではありません」
「ただ……少し、心の準備が必要でした」
その返答に、場の空気が少し和らいだ。
勇真も肩の力を抜いたように笑う。
「じゃあ、次はそっちだな」
その一言で、凛華の心臓が跳ねる。
神代君。
ずっとそう呼んできた。
でも今、求められているのはその先だ。
誓約を受けた。
守ると誓われた。
なら、自分もちゃんと応えたい。
凛華は勇真を見つめ、震える声で言う。
「……勇真くん」
言えた瞬間、頬が一気に熱くなる。
勇真の方も、さすがに少し目を丸くした。
「…お、おう」
「はい……」
ぎこちない。
でも、そのぎこちなさが今の二人には妙に似合っていた。
「問題なさそうですね」
「何がですか」
「連携確認です」
「絶対それだけじゃないだろ」
勇真が小さく言うと、凛華は視線を逸らしながら返す。
「そ、それ以上は言わないでください……」
「悪い」
「全然悪いと思っていない顔です」
「半分くらいは思ってる」
「半分なんですね……」
そこで凛華は、ふっと笑ってしまう。
勇真はそんな彼女を見て、少し目を細めた。
「まあ、慣れていこう」
「急には無理でも、少しずつでいい」
「……はい」
慶臣はそんな二人を見ながら、ほんのわずかに目元を緩める。
「学園では自然に振る舞え」
「ただし、目立ちすぎるな」
「難しい注文ですね」
「君なら何とかしろ」
「無茶振りですよ、それ」
「凛華にも似たようなことを言っていただろう」
「……返す言葉もありません」
それに、凛華が少しだけ笑った。
さっきまで緊張で胸がいっぱいだったのに、今はそれとは違う温かさがある。
こんなふうに笑える自分に、凛華は少し驚く。
その時、勇真がふと現実的なことを口にした。
「明日から、たぶん学校で面倒なことになるな」
「え?」
「急に俺が近くにいたら、相馬たちが絶対騒ぐ」
「あ……」
そこまで想像が及んだ瞬間、凛華の表情が固まった。
「そ、それは……かなり困ります」
「だよな」
「どうしましょう……」
「どうしようもできないな。たぶん諦めるしかない」
「そんな……」
肩を落とす凛華に、勇真は苦笑する。
そして少しだけ声を柔らかくした。
「まあ、安心しろ」
「多少騒がれても、ちゃんと隣にいるから」
その一言が、また真っ直ぐ胸に入ってくる。
凛華はうつむいて、小さく呟いた。
「……本当に、ずるいです」
「何が?」
「何でもありません」
これ以上は言えなかった。
もう少しでも本音を零したら、平静でいられなくなる。
慶臣は二人を見つめ、静かに言う。
「勇真」
「はい」
「娘を頼む」
名前で呼ばれたことに、勇真は一瞬だけ驚いた顔をした。
だが、すぐに真っ直ぐ頷く。
「はい」
「必ず守ります」
迷いのない声だった。
凛華はその言葉を胸の奥で大切に受け止める。
もう、一人じゃない。
そう思えた。
試験場を後にする前、凛華は勇真の隣へ並び、そっと声をかけた。
「勇真くん」
「どうした?」
「……改めて」
「明日から、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
勇真は少しだけ笑う。
「よろしくな、凛華」
その呼び方に、凛華はまた胸が熱くなった。
けれど今度は、ちゃんと笑えた。
「はい」
こうして、東條院凛華を守る正式な護衛として。
そして、互いを名前で呼び合う少しだけ特別な関係として。
二人の新しい日常が、静かに始まった。
◇
その夜。
勇真が家へ帰ると、リビングには美咲と澪がいた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさい、勇真」
いつもの声。
いつもの家の空気。
それだけで、張っていたものが少しほどけた。
「ああ。ただいま」
靴を脱いだ瞬間、澪がじっと勇真の顔を見つめる。
「……お兄ちゃん、なんか今日ちがう」
「何がだよ」
「うーん……」
澪は少し首を傾げてから、兄の顔をまじまじと見て言った。
「少しだけ、顔がやわらかい」
「は?」
勇真は思わず間の抜けた声を出す。
自分ではそんな自覚はない。
だが、ソファから立ち上がった美咲は小さく笑った。
「いいことがあったのか、覚悟を決めたのか。そのどっちかでしょうね」
その一言に、勇真の肩がわずかに止まる。
鋭い。
さすが母さんだ、と思う。
けれど詳しくは言えない。
言えば二人を危険に近づける気がした。
「……ちょっと、頼まれごとを受けた」
それだけを答える。
澪は不思議そうに瞬いたが、無理に踏み込んではこなかった。
美咲もまた、追及せず穏やかに言う。
「そう」
「でも、帰ってくる場所だけは忘れないで」
勇真は一瞬だけ目を伏せる。
凛華を守ると決めたこと。
自分の立場が今日から変わったこと。
それでも、帰る場所はここだ。
「ああ。忘れない」
短く返すと、美咲は安心したように微笑み、澪もほっとしたように笑った。
「じゃあごはん、温め直すね」
「助かる」
「今日はちょっと豪華よ。勇真、頑張った顔してるもの」
「顔で判断しないでくれ」
そう言いながらも、少しだけ口元が緩む。
それを見て、澪が嬉しそうに笑った。
「あ、やっぱり今日ちがう」
勇真は苦笑しながら、明かりのついたリビングへ戻っていく。
守ると誓った相手がいる。
帰る場所もある。
その両方を胸に抱えたまま。
――翌日から、学校でも護衛関係が始まる。
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チェックはしていますが、誤字脱字、言い回しがおかしい所があれば教えてください。




