08.厄介なご令嬢
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アルカードにお礼を言って、窓際を離れたエルは騎士団長を目指して真っ直ぐ歩いていた。
大人達の間を縫って、出来るだけ騎士団長を視界から外さないように会場を移動する。 がしかし、あと少しというタイミングで横の人集りから突然、影が飛び出してぶつかってしまった。
「——なっ!」
「——あうっ......!」
まるで壁にぶつかったかのような衝撃がおでこに加わり、エルは驚きの声を漏らして尻餅をついた。
「す、すまん! 平気か?」
ほんの少し仰け反っただけの相手の少年は、へたり込んだエルにすぐさま手を差し伸べる。
「大丈夫です。前が見えてませんでした、ごめんなさい......」
その差し出された手を取り立ち上がるエルは、少年の黄金色の瞳と目を合わせた。
——鮮やかで濃い赤色の髪と、胸元に金の刺繍が入っているシンプルな正装。
しかし少年はそれを着崩しており、胸元のボタンは全て留められておらず、白いシャツが見えている。 差し出された袖口からは包帯が見え隠れしている。
「あの、そちらこそ大丈夫でしたか?」
「......え? あぁ、平気だ。 そっちが無事なら、急いでるからこれで」
少年はエルの顔をボーッと眺めていたが、声をかけたところで我を取り戻し、慌てた様子でその場を離れていってしまう。
「あの、せめて——」
ようやく同年代の子とまともに言葉をかわせたので、名前くらい聞こうとしたところで、それを阻むように真っ赤なドレスに、深紅の髪の令嬢がエルの前に立ちはだかった。
「——ちょっとそこの貴女、どこ見て歩いてるの?」
同い年に見えるその令嬢がそう言ってエルを鋭く睨むと、続いて四人の令嬢に周りを取り囲まれた。
「誰にぶつかったかわかってるの? ちゃんと前を見て歩きなさいよ、鈍臭いわね」
そう言う赤ドレスの令嬢の高圧的な態度に、エルは驚いて目を丸くしてしまう。
「ご、ごめんなさい?」
トラブルを起こすのは避けたいと思ったエルは、とりあえず謝ってみたものの......。
「——というか、なに?その飾り気のないドレス。 そんなのであの方の視界に入るなんて、恥ずかしくないのかしら?」
と、謝罪に対してなぜか頬を赤くするほどヒートアップする、赤ドレスのご令嬢。
なぜそんなに怒っているのか分からず、エルは不思議そうな表情を浮かべた。
しかし、直後に赤ドレスの令嬢がそう言い放った一言で、その態度を一変させた。
「それにその髪色。 白髪だなんて......まるで魔王ね! しかも隠しもしないなんてどういう神経してるのかしら?」
この国で誰かを魔王と称したり、またはその縁者だと称することは侮辱にあたる。
しかも、他人に髪を馬鹿にされるのはエルにとって、特に聞き捨てならなかった。
「いま、なんて?」
――かつてエルの髪色は、母親譲りの綺麗な濃紺だった。
それはまるで夜明け前の星空のような、はたまた深い深い海のような、とても綺麗な色で。 エルはそれを気に入っており、毎晩コゼットに櫛で梳いてもらうのが好きだった。
しかし、初めて魔術を使った日、自分が呪いを持っているとわかった日から、髪の毛は徐々に白く染まり、やがて灰のようなくすんだ白髪へと変わってしまったのだ。
幼い頃のエルはそんな自分の髪を毎日鏡で目にしては、悲しくて涙を流していた。
魔術を使えなかった事よりも、大好きな母親とお揃いの綺麗な濃紺の髪を失ってしまった事が何より悲しかったのだ。
「――なんなのその目つき。 鈍臭い上に言葉も理解できないのかしら?」
そんな気持ちも露知らず、赤ドレスの令嬢はエルの地雷を踏み続ける。
結果エルは、冷静さを失って言い返してしまった。
「......良く知りもしない他人を見下せる貴女よりマシだと思う。 どこの誰だか知らないけど、きっと品性とか思いやりを親から貰わなかったのね」
「なんですって? もう一度言ってみなさい! 容赦しないわ!」
「何度でも言ってあげる、貴女は——」
と、言いかけた所で言葉を遮られる。
「——エル」
酷く冷たく、落ち着いた声で名を呼ばれ、エルはふと我に返る。
そうして、いつの間にか消えていた、周りの煩い喧騒が戻ってきた。
同時に、右手が優しく掴まれていたことに気づく。
——驚いて振り返ると、兄様と目が合った。
兄は軽く微笑むと、視線を赤ドレスの令嬢へ流してエルをグイッと抱き寄せる。
直前とは別の意味で顔が赤くなるが、おかげでエルは頭が冷えてゆくのを感じた。
「僕の妹になにか?」
「 い、いえ。 その......」
どこか冷たく、しかしいつもの眠そうな目付きでそう問いかけたアルカードに、赤ドレスの令嬢は言葉を詰まらせる。
「——用がないなら、僕達は失礼させてもらうよ」
「えっ? ああっ! ちょっと!」
そうして、アルカードは身を翻すと、背後でもたつく赤ドレスの令嬢を無視して、エルの手を引いてその場を離れるのだった......。
「——全く、厄介なご令嬢が居たものだね。エルの綺麗な髪を貶した挙句、父上と母上まで馬鹿にするなんて」
エルを連れて騎士団長の元へ歩くアルカードは、珍しく怒りを露わにする。
——いつも眠そうに本を読んでいる兄も、家族を馬鹿にされると流石に怒るんだ、とエルは内心微笑んだ。
「ごめん、兄様。ありがと」
あと何度か言葉を交わしていれば、あの赤ドレスの令嬢と大きなトラブルになっていただろう。 そうなれば面倒事になっていたはずだ。
「気にしないでいいよ。 それよりほら、騎士団長に会うんだろ?」
兄様はそう言って、若干落ち込み気味で居るエルの頭を軽く撫でて背中を押してくれた。
——魔術が使えないと分かって書庫に行かなくなってから、言葉を交わす回数は減ったが、兄様は相変わらず優しいままだった。
エルはそれが嬉しくて、笑みを零す。
「うん。ほんとに、ありがとう」
心を込めた感謝を振り返ってもう一度伝えると、エルは兄から離れる。
そうして、ようやく騎士団長の前へと到着するのだった。
「——そんじゃあ西の森への補給は少し早めにするか?」
「そうですねその方向で進めましょう。 その点を含めてこの後の会議で......」
と騎士団の儀礼服に身を包んだ男達は、真剣な表情で会話をする。
そんな二人に、エルは恐る恐る声を掛けた。
「——あの、お父様。 少しよろしいですか?」
「ん? あぁエルか、どうした?」
「ア、アルス騎士団長様に挨拶したくて......」
緊張で言葉が震えるエル。
「あぁ、そうか。 団長、これが前に話した娘のエルアリアです」
そう言って紹介してくれた父の隣で、エルは礼儀正しくお辞儀をした。
「は、初めまして、アルス騎士団長様。エルアリア・アドニスです」
「ほぉ!こいつぁ、可愛らしいな!」
アルス団長は顎に手を当てて感心するようにそう言い放つ。
「——アルス・ウィルテュール・グレイディウスだ。この国の騎士団長をやってる。よろしくな、嬢ちゃん!」
そう言って騎士団長はニカッと笑って手を差し出してくれる。
その手をすかさず握るエルは、顔には出さないものの内心では興奮していた。
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
十三英雄ほどでは無いが、アルス騎士団長も十分憧れの対象と言える。
たった一人で五千の魔獣を全て屠っただとか、剣を一振りしただけで森の木を殆ど切り倒しただとか......。
そんな御伽噺のような武勇伝を、父から聞かされる度にエルは心躍らせ、目を輝かせてきたのだ。
「——ははは!まあ堅っ苦しいのはここまでにしようや。そう緊張せず、楽にしてくれよ」
「は、はい。 それじゃあ、お言葉に甘えます」
噂の通りの、豪快で気持ちのいい性格。
堅苦しいのに慣れていないエルは、助かったと胸をなで下ろした。
「聞くところによると、嬢ちゃんは剣士を目指してるんだってなぁ? 剣の稽古は楽しいか?」
「あ、はい」
ルビスが剣の師匠になってから一ヶ月ちょっとが経つ。
その間、エルは本当に充実した日々を送れていると実感していた。
「確か......剣を教えてるのはルビスなんだって?」
「はい、師匠のおかげで前より稽古が楽しくなりました」
毎日ボコボコにされては、痣だらけ土だらけになる日々だが、エルは確実にほんの少しずつ強くなって、憧れへ一歩ずつ確実に近づいている。
「そうか......。ルビスのおかげか。 あいつは元気にやってるんだな」
アルス団長はそう呟いて、どこか遠い瞳を見せた。
――あれ程の強さを持つ師匠を、国や騎士団がそう簡単に手放すはずも無い。
やはり、師匠が騎士団を辞めたのにはそれなりの事情があるらしい。
なんて、アルスの様子を見て考えていると、奥から騎士団の制服を着た若めの男性が人混みをかき分けて声を掛けてきた。
「—— 団長、お話中のところすみません。 そろそろ会議の時間です」
「あ? あぁ、そうか」
どうやら、パーティーの最中だと言うのに会議があるらしい。
「そういう訳だ、エル。 すまないが団長とのお話はここまでだ」
「あ、はい......」
仕事ならばしょうがないと、エルは残念な気持ちを表に出しながら返事をした。
「すまんな。 ま、今度暇な時にでも騎士団庁舎に来るといいさ、タイミングが合えば俺が剣の腕を見てやれるし、うちの若いヤツらと手合わせでもすりゃあ稽古も捗るだろ」
「い、いいんですか?」
騎士団長に稽古をつけてもらえるなんて、エルにとってこれ以上に嬉しいことは無い。
「おう! ついでにルビスも連れて来い! 久しぶりに顔が見てぇ!」
そんな団長の言葉に、父ダリルは一瞬顔を曇らせた。
「......それじゃエル、パーティーを楽しんでおいで」
「おし! それじゃあな、嬢ちゃん!」
「あ、はい」
二人はそう言って踵を返し、パーティー会場から出ていく。
そうして、それを見送ったエルも窓際で本を読む兄の元へ戻ることにしたのだった。




