07.パーティーと第二王子
青空が澄み渡る晴天のお昼時。
軽快な演奏と豪華な料理の並ぶ王宮の大広間。
エルは青いドレスに身を包み、その会場の端でサンドイッチをかじっていた——。
「——エルにちょっと話があってな」
そう言って、ダリルはエルに一枚の封筒を見せる。
「今度、王宮でアスク殿下の誕生日パーティーがあるらしく、うちにも招待状が来たんだ」
「アスクって、あの?」
「あぁ、あのアスク・ヴァーミリオン殿下だ」
——アスク・ヴァーミリオン。
この国の第一王子だ。
剣の才能に必ず恵まれるというヴァーミリオン家で珍しく魔術に秀でた才能を持った王子で、 魔術師の中でも珍しい聖属性を使えるという。
魔術好きという共通点から兄のアルカードと仲がいいらしく、学院ではよく一緒に居ると聞く。
なので、招待状が来るのも納得なのだが......。
「それ、私も行かなきゃダメなやつ?」
こう見えても、アドニス家は何代にも渡って騎士を輩出している侯爵家なので、社交界でも政治面でもそれなりに地位のある家系ではある。
それに加えて一応ヘカーティア王族である母、ミリスティアが嫁いでいるのて、王族の誕生日パーティーの招待状も来るのも当然と言えば当然なのだが.....。
そう言った場面に際してドレスを着なければいけないのを、エルは億劫に感じていた。
——着飾るのが特段嫌いな訳では無い。
可愛い洋服は好きだ。
しかし、普段から動きやすい服装ばかりを着ていたせいで、ドレスのようなヒラヒラした服やスカートには慣れていないのである......。
貴族家の娘としてそれはどうなのか、と自分でも思ってはいるが。
しかし、今までこの手の誘いは極力断るようにしており、どうしようも無くなるのはまだ数年先だと甘く考えて、克服を後回しにしていたのだ......。
「今回は家同士の交友を深める名目で、学院に入学前の子供達の顔合わせも兼ねてるって話だ。嫌ならいつも通り断れるが、どうする?」
ダリルもその辺を理解しているので、こうして断るという選択肢を提示してくれるが......今回は相手が相手なので即答で断りづらい。
「えっと、アル兄様と母様は行くの?」
「あぁ、アルは行くはずだ。 アスク殿下とは友人だと聞くし。ティアは......怪しいだろうな。 立場を考えれば出るべきなんだろうが、そう言うしがらみが嫌いだから」
「そっか」
ひとまず、ドレス問題は一旦置いておくとして。
エルは同年代の子やアスク殿下に少し興味を惹かれていた。
剣の道を歩む以上、王家の存在はかなりデカイ。
なにせ憧れのレイド・ヴァーミリオンの子孫なのだ。
気にならないほうが難しい。
だがしかし、残念なことにアスク殿下は魔術ばかりで剣術はからっきしだと聞く。
故に、エルは返事に迷った。
「――まぁ、急な話だし。欠席してもアスク殿下も国王陛下も気にしないと思うぞ。でもアルス団長は少し落ち込むかもな。エルの話したら、凄く会いたがってたもんだから」
と、そんな迷いに一石投じるつもりでダリルは口を開く。
そして案の定、エルはその言葉に反応した。
「え、アルス団長って......あの騎士団長様?!」
この国でも五本の指にはいるほど強いと言われている剣の達人。
その腕前はヴァーミリオンの力を受け継ぐ王族に匹敵すると言われており、これまでの偉業から現代の英雄だとも謳われている人物だ。
——そんな人と会えるのなら、是非剣術についてお話がしたい。
欲を言えばその剣の腕前を見せてもらいたい。
「エル、行ってきたら? 団長はこう言う機会じゃないと簡単には会えないと思うし」
横で話を聞いていたルビスもそう意見をする。
そして、その言葉で決心がついた。
「わかった、アルス騎士団長に会えるなら......行く」
という事で——。
——王宮の大広間で第一王子殿下のパーティーに興じているというわけだ。
今回のパーティーはいわゆる立食形式で、会場は談笑に花を咲かせる大人達の喧騒で満ちている。
子供達も年齢層と男女で別れて幾つもグループを作っている様子。
しかしエルは一人、窓際でサンドイッチを齧りながら会場全体を見回していた。
母の配慮のお陰でドレスのフリフリは少なめだが、今日は髪を下ろしてみた。それなりに可愛らしく仕上がっているのだが......。 同年代の子達に声をかけようとすると、エルの事を気味悪がって蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。
どうやら、魔障の呪いについての噂が既に広がっているらしい。
どこから漏れたのか、思い当たる節がないこともないけれども......。
呪いが魔王由来だからか、この国では呪いを持つ者は良い印象を持たれない。
それが例え王族でも、だ。 数世代前までは魔障の呪いを持った王子、王女が生まれた時は、兄弟国であるリンドヴェル聖教国の教会へと預けるくらいには忌避されていたらしい。
ヒソヒソと、離れたところで向けられる心地の悪い視線と嘲笑と話し声。
しかし、呪いが発現してすぐの頃に使用人達から似た扱いをされていたエルは、この状況に慣れてしまっていた。
――あまり気にしないようにしよう。
せっかくのパーティーを楽しんでいるところに、無理に突っ込んでいって空気を壊すつもりもない......。
そもそも今日は元々のアルス騎士団長と知り合うために来たのだ。
と、エルはサンドイッチを貪りながら、気持ちを切り替えて騎士団長を探す。
しかし、そのアルス騎士団長がどこにも見つからない。
護衛役と聞いたので、てっきり主役のアスク殿下と一緒に居ると思っていたのだが、予想が外れてしまった。
会場に到着してすぐ、アスク殿下に挨拶をしたの際は側に見当たらなかった。
長い事こうして端から会場全体を見渡してみているが......。
なにぶん人が多くて、なかなか見つけられない。
そうして、しばらく団長を探し続けていると、珍しく正装に身を包んだ本を片手に兄が話しかけてきた。
「——エルは、遊ばないの?」
先程まで学院の友人達に挨拶して回っていたらしいが、どうやらそれも済んだらしい。
「うん、皆んな私とは友達になりたくないみたい。 それよりアルス騎士団長を探してるの。兄様知らない?」
歩き回っていた兄なら見かけてるかもしれない、と思ったエルはそう尋ねる。
「あぁ、騎士団長さんならさっき向こうでお父様と話してたよ」
そう言ってアルカードは会場の中心を親指で指した。
その先に目をやると、父の隣に背が高くてガタイのいい茶髪の初老男性が立っているのが見えた。
剣の持ち込みが禁止のこの会場で唯一帯剣をしているその男は、一目で騎士団長と分かる程の風格を漂わせている。
「ほんとだ。 ありがと、アル兄様」
エルは笑顔で兄に礼を言うと、半分残ったサンドイッチを口の中に放り込んで、駆け足で窓際を離れた——。
◇◆◇◆◇
「——殿下! お待ちください! 本当に行かれるのですか?」
王宮内の長い廊下を、赤髪の少年が白いシャツのボタンを止めながら歩いていた。
そして、その後ろを慌てた様子のメイドがジャケットを手について行く。
「兄上の誕生日パーティーに弟の俺が行ってはいけない、なんてことは無いだろ?」
「そ、そうですけどぉ......」
「長居はしない。一言伝えてすぐに戻るよ」
——本来なら、今は魔術の訓練をしている時間なのだ。
抜け出したのがバレると世話係のコイツも父上に叱られる。
だが父上も今日は少しくらいなら大目に見てくれるだろう。ここ最近は騎士団の連中を相手にしても、それなりに戦いになるくらいには上達したしな......と、少年は世話係のメイドを置いて足早にパーティー会場へと向かう。
その少年の名はジーク・ヴァーミリオン。
ヴァーミリオン王国の第二王子だ。
ジークは、兄アスクとは対照的にヴァーミリオンの血に刻まれた剣の才能、英雄の力を余すこと無く受け継いでいた。
まるで兄が持って生まれなかった分を代わりに与えられたかのように......。
第一王子であるアスクは、なぜか剣の才能が全くと言っていいほどにない。
素振りをさせれば剣を放り投げ、二歳も年下のジークと剣のみで手合わせをすれば、たった数秒で地面に転がるほどだ。
そんなアスクを、保守派の貴族たちは王位継承権第一位だとは認めなかった。
剣を持ってこそヴァーミリオン王族だと、第二王子であるジークこそ次の王にふさわしいと主張し、王宮内はアスク派とジーク派に分かれた。
だがしかし、ジーク本人は兄のことも、兄の使う魔術のことも全て尊敬していた。
故に派閥がどうの王位争いがどうのなんて気にせず、ただ「誕生日おめでとう」と一言伝えたかったのだ......。
「——おや、ジーク殿下もいらっしゃったんですね」
大広間に到着するなり、入口付近で話し込んでいた貴族が気づいて、話しかけてきた。
「あぁ、兄上に一言お祝いの言葉を伝えようと、思ってな......」
そう、少し足を止めて返事をした数秒後には、近くで群れていた貴族令嬢達が寄って来て行く手を塞いでしまう。
赤青黄色とカラフルで派手なドレスに囲まれて、ジークは目眩に襲われた。
——もう少し落ち着いたドレスを着た令嬢は居ないのか......。
と内心で思いつつも、愛想笑いを浮かべる。
そうしていると、グループで一番派手な赤色のドレスを身にまとった、深紅の髪色の令嬢が、他の令嬢を押しのけて前に出てきた。
「はじめまして、ジーク殿下!私、ヴァーネット侯爵の娘、アメリアと申します」
そうお淑やかにドレスの端をつまんでお辞儀をする少女。
——アメリア・ヴァーネット。
ヴァーネット侯爵家の一人娘で、ジークを担ぎ上げてる貴族達の筆頭。
保守派と呼ばれる貴族達の中でもかなりの発言権、影響力を持っているのがアメリアの父ジェイド・ヴァーネットなのだ。
そうなれば当然家柄もしっかりしてる。
そのうえ、その実績や影響力は派閥を加味しない場合でも五本の指に入る。
王族としてはあまり無下にはできない存在なのだ。
「やぁヴァーネット嬢。お父上から聞いた通りの可愛らしさだな。 その真っ赤な瞳、お父上にそっくりだ」
と、ジークは愛想笑いを作り、社交辞令で返す。
実際、ジークはジェイドと数える程しか会ったことがない。
だが、数度の会話で何度もアメリアとの婚約を持ちかけられている。
ジークはその度に戯言として流しているが、ジェイドが冗談を言っていないことは理解していた。
「殿下、私の事は是非アメリアと。 もちろん呼び捨てで構いませんわ」
「そうか? なら遠慮なく呼ばせてもらおう。アメリア」
そう、アメリアを呼び捨てにしただけで、周りの令嬢達が色めき立つ。
この年頃の女子は、この程度の会話ですら、キャーキャーと騒ぎ立てる。
苦手な雰囲気に、ジークは口端を一瞬歪めてしまう。
しかし、誰も気づかないほど小さなその歪みを、ジークはすぐさま取り繕った。
——誰かと言葉を交わす度に、こうも周りで騒がれると落ち着かないな......。
口には出さず胸の内でそう呟いたジークは、とにかく兄に祝いを伝えてこの場を早く立ち去ろうと思い、行く手を阻む令嬢達に言葉を投げかけた。
「悪いんだが、今日は兄上に一言お祝いを言いに来ただけで、すぐに戻らなくちゃならないんだ。 道を開けてくれるか?」
そう言うと、令嬢達はそれぞれ残念そうに声を上げる。
「あら、そうでしたの......」
アメリアも一瞬しょんぼりとした表情を浮かべたが、すぐさま笑顔を作り、周りの令嬢達に道を開けるよう目配せをした。
「また別の機会にゆっくりと話そう」
そう言ってジークが令嬢達の包囲から抜け出した直後......。
人混みの奥から、白くて小さな影が飛び出した。
ジークは直前までアメリアへ視線を向けていたせいで、それに気づくのが遅れてぶつかってしまう。
「——なっ?!」
「——あうっ......!」
ほぼ同時に驚きの声が漏れ、脇腹に衝撃が加わった。
幸いジークの方は咄嗟の踏ん張りが効いて転ばなかったが、代わりにぶつかった白髪の少女が尻餅をついてしまう。
「す、すまん、平気か?」
ジークは慌てて、少女に手を伸ばした。
「大丈夫です。前が見えてませんでした、ごめんなさい......」
そう言って俯いた少女が手を取って立ち上がり、そこでようやく二人は目が合う。
薄紫の瞳に、シンプルで落ち着いた青いドレスを身に纏うその少女に、ジークはほんの一瞬、目を奪われてしまうのだった......。




