06.稽古と封筒
母様と戦ってから数週間経ったお昼過ぎ。
今日も今日とて——カッ! という、木剣同士がぶつかる音が絶え間なくアドニス邸の庭に響いていた。
「——うん、指摘したところはかなり良くなってきたんじゃないかな?」
エルの鋭い打ち込みを、何食わぬ顔で防ぎながらルビスはそう言う。
「はい、力みもッなくなりました」
と、エルは剣を振り抜きながら自信満々に返事をした。
ルビスが師匠になってもうすぐ一ヶ月。春も段々と終わりを告げて、最近は少し雨の日が多くなってきている。
エルの実力はこの数週間でかなり伸びており、本人もその事をのを実感していた。
「——よし、なら今日から少し難易度を上げよう」
剣を交わす中で、ルビスはそう不敵な笑みを浮かべる。
「難易度を上げる?」
「エル、君と魔術師には大きな差がある。それは、魔術だけじゃない。 魔力もだ」
「......わかってますけど?」
今更何を、といった表情でエルはルビスを見る。
だが、ルビスが本当に伝えたかったのは、そういう意味ではない。
「いいや、わかってないな。 魔術師は魔力を操作できるだろ?」
ルビスが何が言いたいのか分からず、エルは首を傾げた。
「もしかして、ミリスティアさんに教わってないのか? 魔術師は身体強化が出来るんだよ」
「しんたいきょうか?」
そんなエルの反応を見たルビスは、どこか呆れた様子で笑顔を浮かべた。
「本当に知らないみたいだな。 魔術師は魔力を操作して筋力を底上できるんだ」
――魔力による身体強化。
魔術師は身体の中にある魔力を操作して一時的に身体能力を強化できる。
だが、魔術師の殆どは身体強化をする前に魔術で相手を倒す事が多い上に、相手が剣士ならば、身体能力を上げたところで接近戦での力量差がトントンになる程度で、付け焼き刃も同然だ。
しかし、それ自体は本人の魔術属性に影響されず、全ての魔術師が例外なく使うことが出来る。
「えっ、なんですかそれ。 ズルじゃないですか」
しかし、詳しいことを知らないエルは不満を溢す。
「ああ。 だからエルはその差を埋めなきゃならない」
「出来るんですか? そんなこと」
「あぁ、身体強化の方はエルの努力と技量次第である程度埋められる。 一番の問題は魔術だよ」
身体を鍛えていない魔術師が、いくら身体能力を底上げしたところで追いつけないほどに剣の腕を伸ばせばいい。
無理やりな方法だが、あながち間違いではないのだろう。
魔術が使えない以上、エルにはそれしか方法がない。
その上で、魔術を使えないのはやはり大きな弱点なのだと、エルは奥歯を噛み締めた。
「魔術師との戦闘は、如何に相手の魔術に対応できるかできまる。 そこで今日から、魔術を攻めの手に加えてみようと思う」
と言い放って、ルビスは剣先をエルの方へ向けると魔術を唱える。
「——風凪」
剣先から起こった力強い風に押され、エルはよろめく。
「幸い俺は風魔術を使えるから、 これで魔術の飛んでくる戦闘に慣れるところから始めようか」
「は、はい」
全くイメージが出来ていないものの、やる事だけは理解した。
要はこれまでの稽古に魔術が加わるだけだろう、とエルは軽く考える......。
がしかし、この日からエルは再び地面と仲良くすることになるのだった。
一週間後。 庭には全身泥だらけで頬や腕に切り傷や打ち身の跡を多数作ったエルが、肩で息をしながらも木剣を突き立て辛うじて立っていた。
――接近戦での読み合いに、魔術という選択肢が追加されたことで常に気が休まらない。 相手が魔術を使いづらい距離を保ちつつ、尚且つ相手から踏み込まれても致命的にならない間合いを維持するよう、意識して立ち回らなければいけないのだ。
幸い、母とは違って風属性しか飛んでこないので、そこは救いだが......。
魔術自体の練度の高さは、全くと言っていいほど侮れない。
騎士団でも屈指と言われていた剣の腕前と風魔術での連携。
両方を高い水準でこなすその実力は流石騎士団の元副団長だな、とエルはルビスに感心を向ける。
「——休憩する?」
「いえ、もう少しやります」
エルは額を伝う汗を拭って、ルビスの目を真っ直ぐ見て返事をした。
ルビスはそれに微笑むと、片足を半歩引いて前かがみに、木剣を脇に構える。
そして——
「——風凪!!!」
ほんのさっきまで離れたところにいたはずの師匠はとてつもない強風を追い風にして、目の前まで素早く踏み込んでくると、右からの横薙ぎを放つ。
その速度と威力は、この前相手にしたミリスティアの魔術とは比較にならないほど速い。 その動きは目で追えず、勘に頼ってギリギリで凌ぐのが精一杯。
それが毎回続いて息が詰まる。
迫る横薙ぎを半歩引いて回避し、すかさず前へ踏み込んで距離を詰め、逆袈裟に木剣を振り上げる。
ルビスはそれを半身で避けると、地面を蹴って後ろへ距離をとった。
一週間も相手にし続けたおかげで、エルもようやく慣れてきたらしく、拙いながらも切り返しができるようになってきていた。
「一週間前よりは反応できるようになったね」
と、 エルを褒めつつ、木剣を正面に構え直すルビス。
次の攻撃が来る。
まるで空気を相手にしているように掴みどころがない、とエルは顔を顰めた。
――今の反応速度と技術では、ルビスの攻撃を避けた後に踏み込むまでが精一杯で、そこから攻撃をするイメージに体がついて来ず、どうしても一手遅れてしまう。
であれば、どうするべきか......。
「——ギリギリですけどねっ!」
と返事をしながらも、エルは剣を脇に構え走り出す。
後手で届かないのならば、自ら攻めるしかないと考えたのだ。
そうして、ある程度ルビスへ近づいたところで、更に地面を蹴って加速。
もはや地に足はついておらず、地面スレスレを跳ぶように移動すると、懐へ素早く潜り込み、着地と同時に逆袈裟斬りを繰り出した。
......がそれも先ほど同様に半身で軽々と避けられてしまう。
しかし、それを確認したエルはすかさず更に一歩深く踏み込み、返す太刀で大上段から木剣を振り下ろした。
エルは最初から避けられる前提で動きを作ったのだ。
しかし、ルビスはそれすらも予想していたと言わんばかりに、エルの攻撃を弾いた。
結果、カッという軽い音を庭に響かせて、エルの手から木剣が弾け飛ばされる。
そうして弾かれた木剣がクルクルと宙を舞い一拍置いて背後へと落ちると、エルは糸が切れたかのように地面にへたり込んでしまった。
「ダメか......」
と、呟きながら肩で息をするエル。
「――いいや、いい動きと判断だったよ」
「本当ですか?」
「あぁ、実際魔術で対応出来なかったからね。 魔術師くずれのゴロツキ程度なら今の感じで勝ててたと思う」
なんて励ましてくれるルビスに、エルは顔をあげた。
「師匠は、ゴロツキ相手にしたことあるんですか?」
「まぁ、少し前までスラムで生活してたからね」
言いにくそうに苦笑いを浮かべた師匠。
元副団長からスラム暮らし......。
そもそもなぜ騎士団を辞めたのか、そんな疑問を口にしようとした瞬間、聞き馴染みのある声がそれを遮った。
「――すまない二人とも、少し良いか?」
低く、落ち着いた声色。
それは、父ダリルのものだった。
「あ、ダリル先輩」
「父様」
この一ヶ月、父は騎士団の遠征任務とやらで屋敷を長いこと空けており、二人は全く顔を合わせられていなかった。
が、どうやら任務が終わって帰ってきていたらしい。
「ただいま、エル。 剣術かなり上達してるな、見てたぞ」
と、頭をポンポンと撫でてくれる父に、エルは嬉しそうに笑みをこぼす。
「すまんな、稽古中に」
「気にしないでください。 それより何か用があって来たんですよね?」
「あぁ、エルにちょっと話があってな」
そう言って、ダリルはエルに一枚の封筒を見せた......。




