06.母様の気持ち
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——目が覚めると、もう夕方だった。
ほんのり痛む鳩尾と後頭部。
木陰の下、寝起きのボッーとした頭で木漏れ日の隙間から茜色の空を眺める。
そうしていると、気絶する直前のことがぼんやりと浮かんできた。
——結局、母様には勝てなかった......。
剣技や戦い方が未熟なのもあるが、何より魔術と言う牽制の手段がないだけであそこまで不利な戦いを強いられるとは予想もしていなかったのだ。
「あぁ、魔術が使えたら......」
なんて幻想を小声で呟いたと同時に、ミリスティアが木陰に入ってくる。
「エル......おはよう」
「あ、おはよう母様」
エルは返事をしながら体を起こして木に寄りかかり、ミリスティアはその隣に座った。
「まずは、ごめん。 まさかあの一撃を防がれるとは思わなくて、咄嗟に最大出力で風凪を唱えちゃった」
「うん、何が起きたか分からなかった」
気づいた時には既に宙を舞っていて、為す術なく地面に落ちた。
あの内臓がふわりと浮かぶ感覚、出来れば二度と味わいたくない。
「——それにしても、すごく強くなったんだねエル」
「うん......」
母親に褒められたエルは嬉しそうに笑った。
「その様子だと、夢はまだ諦めてないのかしら?」
「もちろん。 目指せ英雄だよ」
英雄レイド・ヴァーミリオンのように剣で人を助ける。
エルの夢は一切変わっていない。
「そうよねぇ。 私の娘だものねぇ......」
と、ミリスティアは苦笑いを浮かべて、どこか寂しそうな表情を見せた。
そして、俯きながら話し出す。
「——本当はね、母親としてこのまま、貴女の夢を応援していいのか悩んでるの......。 今日も、それを見極めるために手合わせをした。 もちろん、成長を見たいってのも嘘じゃなかったんだけどね? それでも、負けそうになって分かった。 エルはこのまま努力し続ければ絶対強くなる、魔術なんか無くても絶対に勝てるほどの剣士にね......。 けど、この世にもう魔王はいない。 英雄は必要ないの。 だからきっとエルが夢を追いかけた先で対峙するのは、殆どが人よ。 それでもエルは、夢を追いかけるの?」
――師匠にも、初日に似たような質問をされた。
だが、あれとは若干本質が違う。
師匠が言っていたのは道程の話だ。
魔術のない身で、険しい道程を進み続ける、努力を続ける覚悟はあるのか、という質問。
だが、母様の質問は強くなったあとの話。 夢を追いかけた先で人を殺す、もしそうなった時、迷わない覚悟はあるのか。
きっと、そういう意味だ。
母親としては、娘に人を殺して欲しくなんてない。
その気持ちを理解していたエルは、ほんの少し言葉を詰まらせるが、すぐに答えを返した。
「うん、追いかけるよ」
――今この世にある諍いや争いの殆どは人間同士のもので、最初に思い描いたような、誰にでも愛される英雄なんてものは決して生まれないのだろう。
だけど、それでも、と承知の上でこの夢を選んだのだ。
御伽噺でも、英雄達が助けられずに死んでしまった人達が多く描かれている。
そういう時、英雄達は常に自分達にも助けられるものに限りがあると、飲み込んで前へ進んでゆく。
それを見て、人には助けられる範囲に限界があるのだと、幼いながらに知った。
だから、少しでも強くなりたい、英雄達のように少しでも多く、自分の手の届く範囲だけは護りたいと、笑顔にしたいと、夢を見たのだ。
「――そっか。なら、ごめんね。わたし、エルを魔術が使えない体で生んじゃった。 貴女の道を、辛いものに......」
言葉を詰まらせて、抱えた膝に顔をうずめる母親に、エルはなんて声をかければいいのか分からなかった。
――確かに魔術が使えないと分かった時、すごく絶望してすごく悲しかった。
英雄の次に憧れたのは、母様の魔術だったからだ......。
しかし、魔術が使えないからと言って、母を恨んだりはしてない。
悪いのは全部、大昔の魔王で、母が直接魔術を奪った訳じゃない。
それに、自分にはまだ剣の道がある。
剣を振り続けられる限り、前を向いて立っていられる。
絶望したり恨んだりなんてのは、それすら出来なくなった時にすればいい。
しかし、ミリスティアはそうは考えられなかった。
他の子が持っているものを、エルだけが持っていない。
その罪悪感や、呪いに対する無力感で、自分自身を責め続けたのだ。
涙を流すミリスティアに対して、思う事を上手く言葉にできず。
エルはただ抱きつくことしか出来なかった。
「——泣かないで母様」
そうやって、ようやく絞り出せた言葉を優しく投げかける。
その優しさが、逆にミリスティアの心を締め付けた。
「ごめんね。本当にごめんなさい」
そう言って肩を震わせて俯き続ける。
——もっと強くなろう。 母様が自分を責めなくなるくらい。
誰よりも強くて、どんな魔術でも倒せない剣士に。
エルそんなふうに思いながら夕陽が完全に沈むまで、母親に寄り添い続けるのだった。




