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魔術師狩りのエルアリア【改稿版】  作者: 雪柳ケイ


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04.現実

 正午もとっくに過ぎた昼下がり。

  穏やかな風が吹いている庭で、エルは愛用の木剣を手に母の前に立っていた。


  急に母と戦う事になって、エルにはまだ戸惑いが残っている。

  がしかし、心どこかで少しワクワクもしていた。


  ——母は今でこそ研究職に就いているが、父と結婚するかなり昔、実家のヘカーティア王国では名の通った武闘派魔術師だったんだとか。

  エルは小さい頃からそんな母の武勇伝を聞きながら魔術の基礎を学んだ。

  故にその強さも凄さも十分知っているため、勝つイメージが全く出来なかった。


  しかし、これはいずれエル自身が突き当たる、越えなきゃいけない壁。

  理想を見る上で、必ず向き合わなければいけない現実だ。


  魔術の使えない身で、どこまで魔術に対抗出来るのか。

  この戦いは、今のエルが現実に対してどれだけ向き合えるかの指標になる。

  この数日で師匠から学んだことを試すチャンスだ、とエルは口角を持ち上げた。



 「——さてと、本気でやる。 と言いたいけど流石にハンデはアリにしないと怪我しちゃうから、私は初歩の魔術しか使わないわ。 それからエルは私に一撃でも入れたら勝ち、私はエルを降参させたら勝ちってことにしましょ。 いい?」


 「うん」


  本気のミリスティアを相手にしたのなら速攻で決着がつく。

  なのでエルは快く提案を受け入れた。


  だが、それでもエルが負ける可能性は濃厚だ。

  例え初歩の魔術だけだとしても、熟練の魔術師と八歳の素人剣士では歴然の差がある。


  一手で終わる勝負を、数手に引き伸ばすだけ。

  勝ち目があるとすれば、その数手でどれだけ喰らいつけるかが鍵になるだろう。


 「ちなみに、ハンデがあるからって手加減はしないからね?」


 「知ってる。私も全力でやる」


  それを聞いたミリスティアは、ほんの少し笑うとエルの顔に手を伸ばして両頬を手のひらでぐりぐりとこねくり回した。

  そうして、お互いに少し距離を取ると、端の方で見守るコゼットに声をかける。


 「——コゼット、開始の合図をお願いね!」


  ちなみにコゼットはこの手合せに反対の様子だ。

  不服そうな表情を浮かべて二人を見ている。

  しかし雇用主であるミリスティアには逆らえない様で、渋々といった様子で口を開いた。


 「はぁ......では。お二人共準備はよろしいですか?」


  そんなコゼットの言葉に、エルは木剣を正面に脇に構える。

  対するミリスティアは余裕そうに腰に手を当てて立っているだけだ。

  片手にはその辺で拾った木の棒を手にしている。


  杖のつもりなのだろう。

  魔術は杖があった方が狙いが安定するとかしないとか......。


  そして、次の瞬間、


 「——それでは、始め!」


  とのコゼットの力強い掛け声と同時に、エルは地面を勢いよく蹴って飛び出す。


  ——母様を木剣の間合いに捉えるまでだいたい七歩。

  魔術師との戦いで重要なのはまず距離を詰めることだと、本で読んだことがある。

  剣の間合いにさえ入れば、一撃掠めるくらいの希望はある......。


  がしかし、当然そう甘くはない。


 「——水玉(ア・ウル)


  残り三歩だった。

  あと三歩踏み込めば間合いに入ったのだが......。


  大きな水の玉が幾つも足元で弾けて、踏み込んだ所の土が一気に泥へ変化した。


  ぬるりとした嫌な感覚と共に、エルは足を滑らせバランスを崩す。

  なんとか耐えようと踏ん張りを効かせるが、間髪入れずに追撃が飛んできた。


 「——土塊(ド・グル)


  ミリスティアの詠唱とほぼ同時に、エルの顔目掛けて複数の土の塊が飛ぶ。

  咄嗟に横へ跳んでそれを回避するエルだが、ミリスティアは立て続けに魔術を詠唱した。


  エルはすぐさま体勢を立て直し、間髪入れずに飛んでくる土の塊を切り払う。

  そして隙を見て一歩踏み出した。


  ——あと二歩。 このまま土の塊を弾きながら近づければ.......。


  なんて、考えは次の瞬間には簡単に潰える。

  土塊の速度はギリギリ目で追える程度だが、一歩近づいただけで速度も一撃の重さも増してゆくのだ。

  弾く度に手に衝撃が伝わって痺れる。


  ——あと少し、あと少し踏み込めば間合いなのにっ......!


  あと一歩が遠い。 土塊を斬り払うたびに腕に力が入らなくなる。

  軽い木剣ですら、振り抜くのに溜めが必要になってきていた。


  エルの焦りが顔に浮かぶ。

  ミリスティアはそれを見逃さなかった。


 「——風凪(フィ・セラ)


  防戦一方の中での綻び。

  土塊を切り払う動作の合間を突いて、ミリスティアはトドメの一撃を狙う。


  暴風が、エルの体を正面から押し返した。

  その影響で次の一振が遅れる。


  そして、拳サイズの土の塊が、無防備なエルの鳩尾にめり込み砕けた......。


 「——くっぁ......!?」


  腹に強い衝撃と痛みが広がり、エルは息が吸えなくなって足から崩れる。

  あまりの激痛に、思わず足の力が抜けてしまったのだ。


 「降参する?」


  そう尋ねるミリスティアに、エルは俯いたまま首を横に振った。


  ――まだ母様に実力を見せられていない。

  こんなので終われない......。


  とエルは痛みに耐えて立ち上がろうと拳を握る。

  がしかし、その直後に詠唱すらなしで土塊が母の横に現れた。


  やばい、と思ったのも束の間、無慈悲にもその土塊はエルの顔を目掛けて飛んでくる。

  エルは咄嗟に上半身を起こして、無茶な体勢で剣を振り上げた。


  木剣と土塊がぶつかり、鈍い音を響かせる。

  ギリギリで土塊は砕け粉々になった土がパラパラと降り注ぐ。


  しかし、同時にエルの片手に強烈な痺れが広がっていた。

  無理に木剣を振り抜いた影響で、衝撃を上手く受け流せず、諸に手へ響いてしまったのだ。


  だが、流石のミリスティアも今のを弾くとは思ってなかったらしく、驚きの表情を浮かべて一瞬唖然とした。



  ——今しかないッ......!!

 


  エルはその隙を見逃さず素早く立ち上がると、前かがみに無理やり地面を蹴って前に出た。


  一歩、二歩。

  剣の間合いに、母を捉えた。


  ジンジンとする手に無理やり力を込め、剣を強く握る。

  そうして木剣を脇に構えると、深く息を吸って、刺すように痛む肺へ無理やり酸素を取り込む。


  剣を振る際に常にイメージしているのは、あの日あの瞬間の、父の目にも止まらぬ速さの斬撃......。

 

  思い描いた通りの太刀筋を木剣がなぞり、母様の胴体に刃が当たる――。

  そう確信した直後、


 「——風凪(フィ・セラ)!!!」


  ミリスティアはそう焦った声色でそう叫び、それと同時にエルの身体が浮いた。

 

 「なっ......?!」


  口から驚きの声が漏れた。

  握っていたはずの木剣は離れたところでくるくると宙を舞い、強烈な浮遊感に包まれ、天と地が逆さになる。


  そうして次の瞬間、エルは何が起きたのか理解する間もなく地面へ叩きつけられたのだった。


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