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魔術師狩りのエルアリア【改稿版】  作者: 雪柳ケイ


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03.母様と魔術

  ——素振りを終え、お昼ご飯を食べ終えたお昼過ぎ。

  エルは服を着替えてから、予定通り魔術を教えてもらうためコゼットと一緒に母親の部屋を訪れていた。


  長い廊下を歩いて部屋の前に到着し、軽くノックして扉を開ける。


  すると、そこには異様な光景が広がっていた。

  空中を泳ぐ沢山の半透明の魚、ベッドで丸くなった半透明の猫、お座りした半透明の犬。


  そして、びしょ濡れの母親。


 「あらエル、どうしたの?」


  そんな状態の母は何食わぬ顔でそう言って、ドアのエルに視線を向けた......。


  ——ミリスティア・アドニス。

  旧姓はミリスティア・ヘカーティア。


  北大陸にある唯一の王国、ヘカーティアの王族の一人。

  ......とは言っても、実際はミリスティアの父親がヘカーティアの元第二王子だったので、低いながらも王位継承権を持っているだけで、ミリスティア本人は王族だの政治だのには全く一切興味のない性格をしている。

  実家にも基本帰ることはないので、エルはヘカーティアの王家とはあまり関わりを持っていない。

  それもこれも、お爺様が若い頃に王位継承を放棄する程の魔術好き(バカ)だったのが原因なのだろう。



 「――魔術を教えてもらおうと思って来たんだけど、なにこれ?」


  と、エルは要件を伝えつつ、目の前の半透明の生き物達へ視線を移した。


 「水の初級魔術のちょっとしたあそ......いえ、実験よ」


  そう答えるミリスティア。


  ――母はこの国の魔術学院で雇われているものの、仕事をほとんどを家でやってる。 おかげで私室が半ば実験室のような作りになっているのだ。

  何かの手違いで爆発してもある程度はこの部屋の中だけで収まるようにしたらしい。 昔、兄様に炎魔術を教えようとして屋敷全体を燃やしかけたことがあり、父様に叱られた結果こうなった......。


  それにしても不思議な光景だ、とエルはベッドの上に寝ている猫を撫でてみた。

  すると手のひらに本物同然のような暖かさが手に伝わる。


 「あぁん、あんま触らないで~。 結構繊細なのよ、この子達」


 「あ、ごめん」


  ミリスティアは慌ててベッドに歩み寄ると、猫を持ち上げてバケツに入れた。

  すると、猫はバシャと液体に戻ってしまう。


 「それで、要件は魔術の勉強だっけ?」


 「うん、今日は午後が暇だから」


 「なるほど、それじゃすぐっ片付けるからっ! 少しまっててちょうだい」


  と、ミリスティアは空中を漂う半透明の魚をジャンプして捕まえては、ぽいぽいとバケツに投げ入れながら言う。


 「わかった。何か必要なものある?待ってる間に準備しておくけど」


 「うーん、特にないわね。あ、コゼットはお茶をお願い」


 「かしこまりました」


 「じゃあ私は片付けるの手伝うね」


 「ありがと~」


  そうして、各々が行動を開始した。




 「——よし、それじゃ魔術の講義はじめます!」


  十数分後。

  すっかり綺麗になった部屋にミリスティアの声が響く。


  お待ちかね、魔術の勉強のお時間だ。

  エルはベッドに座り込んでぱちぱちと拍手をして合いの手を入れた。

  コゼットもお茶を用意し終えて、部屋の隅で茶菓子片手に様子を見守っている。


 「それじゃ、今日は風魔術の基礎も基礎。 風凪(フィ・セラ)を見せてあげる!」


  そう言うと、ミリスティアは張り切って部屋の真ん中に紙の束を準備し始めた。


 「母様、風魔術もつかえるの?」


 「もちろん! これでもヘカーティア家に名を連ねてた一人ですから? 光と水以外にも使えますとも!」


  そう自慢げに笑みを浮かべる母。

 

  ——魔術には属性がある。

  読んだことのある本によれば全部で八種類。

  火、水、土、風、光、闇、神聖、混沌。

  ほとんどの人は、使える属性が一つに限られている。


  だが、母――ミリスティアは特別だ。

  なんと、水、土、風、光の四属性が使える。

  世界中を見ても、これだけ多くの属性を扱える魔術師はかなり珍しい。


  しかし、そんなミリスティアだな総合値だけで見れば、ヘカーティアの中では落ちこぼれだった。

  魔力量や魔力操作の才能が乏しく、いうなれば器用貧乏、と言った感じなのだ。


  「まあ、なまじ珍しいだけに厄介払い......もとい政治のカードとして利用されて、こっちで研究やってるんだけどねぇ」


  とそれまでまで自信たっぷりだった笑顔に、いつの間にか自分への皮肉を混ぜる母様。


 「で、でもそのおかげで父様に出会えて私が生まれてるんでしょ?」


  エルがそう言うと、多少笑顔を取り戻す。


 「そうね! それに、別に無理やり利用された訳でもなかったから。 私自身が抵抗しなかったというか。当時はあの環境から逃げたい気持ちもあって、国王陛下(伯父上)に良いように使われてあげたのよ......」


  そう言って、ミリスティアはおもむろに指先を紙の束へと向けた。

  そして、すかさず詠唱を始める。


 「——其は無貌の精霊、命を運ぶ恵の息吹。大地を駆けろ、風凪(フィ・セラ)


  ミリスティアが指をくるくるとさせると、部屋を微風が駆け抜け、床に積まれた紙の束をヒラヒラと舞い上がらせて、最後にエルの髪をふわりと揺らした。


 「さてと、私の話は置いといて! 魔術の解説始めるわよ? 今のが風の初歩の魔術、風凪(フィ・セラ)。 魔力で空気を集めて風にして流す魔術」


  ぱちぱちと手を叩き、「お~」と感嘆の声を上げるエル。


 「風魔術ってかなり厄介なのよ~」


  そう言ってミリスティアはエルの顔に再度風凪(フィ・セラ)を唱える。

  それに対し、エルは「うわぅ」と情けない声を漏らして咄嗟に目を瞑り、目尻に涙を浮かべた。


 「こんな感じで、基本視認出来ないし。 使い手によっては風凪(フィ・セラ)だけでも人を吹き飛ばせるし......」


  ——魔力の影響で風が起こる場所は多少歪んで見えたりはする。

  ただ、それも微々たるもの。 接近戦をしてる時に使われれば反応するのすら難しいはずだ。


 「場所によっては砂利とか砂とかを巻き上げたりも出来るから、相手にするとかなり面倒なのよね」

 

  母の魔術の授業では毎回こんな感じで、豆知識や応用の仕方を主に教えてもらっている。 この前は詠唱省略と魔法陣について教わった。



  ——詠唱省略とは、その名の通り。

  先程母が唱えた長ったらしい詠唱を無視して、名前だけを唱えて魔術を発動する技術のことである。

  基本的に、魔術を使うには詠唱が必要なのだが、魔力操作に長けていたり、使い慣れた魔術であれば、名前を唱えるだけでも魔術が使えるようになるんだとか。


  敵を正面に相手取るような一瞬を争う場面では欠かせない技術だ。

  もちろん、きちんとした詠唱にも、魔力の消費を抑えたり無駄に魔力操作を行わなくていいという長所がある。


  そして魔法陣とはそれら詠唱とは別の、もう一つの魔術の発動方法だ。

  魔術は《《言葉》》と深く関係しているらしく、詠唱の場合は発した言葉に、魔法陣の場合はその場に刻んだ言葉へ魔力を持たせることで、術を形作っているらしい。


  大昔は魔法陣での発動が主流だったのだが、四百年前の英王大戦の真っ只中、ご先祖様でもある十三英雄の賢王ニクス・ヘカーティアが魔術詠唱を創り出してからは、廃れていったのだとか。


  もっとも、未だに魔法陣での発動にこだわる流派の人も居るらしいが......。

  魔術が使えないエルには関係のない話だと、その説明は省かれた。



  なんて、エルが以前の授業内容を思い出している間にも、母の話は続いてゆく。

 

 「——ちなみに風魔術は他の魔術との組み合わせがしやすい魔術だから注意することね」


 「ふーん、組み合わせか......」


  そう、魔術は組み合わせが可能だ。

  持続的に魔力を流し続けることで術自体は形を保ち続ける。

  エルが今知ってるのは炎、水、土の初歩の魔術の三種類だけだが、パッと思いつくだけでも何個か厄介な組み合わせが浮かんだ。


  ——例えば炎の魔術、火種(ヒ・エラ)

  それ単体では、小さな火を出したり飛ばしたりするだけの魔術だが。

  風凪(フィ・セラ)と組み合わせれば、直接魔力を操作せずとも、その炎を大きくできる。


  まあしかし、風凪(フィ・セラ)自体の魔力消費と火種(ヒ・シユ)の炎を大きくする時に消費する魔力、果たしてどっちが多いのか分からないが、組み合わせやすいって言うのはこういう事なのだろう。

  工夫次第で魔術は無限に広がる。


  ——と、エルが魔術の組み合わせについて色々と考えを巡らせている間に、母様はいきなり部屋を出ていこうとする。


 「さて、それじゃエル? 木剣を持って庭に出て」


 「えっ、なんで?」


 「ちょっと身体を動かすのに付き合ってほしくて。 簡単な手合わせといきましょ!」


 「いいけど......」


  急だな、とエルは思った。

  しかし、ミリスティアの性格はまさに自由人。

  やりたい事をやると決めたら、いくら反対しようが聞いてくれないのをエルは理解している。


 「この数ヶ月でエルが、どれだけ成長したか見せてほしいの」


 「......わかった。 先に庭に行ってて」


  そう言って、エルは真面目な表情で語る母に少し戸惑いつつも自室に木剣を取りに行くのだった。

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