09.王宮の廊下にて
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兄の元へ戻ったエルは、他にやることも無いので、相も変わらずサンドイッチをチビチビと齧っていた。
「はぁ......」
口の中のサンドイッチを飲み込み終わり、深いため息が漏れる。
どうも、着慣れないドレスと息苦しいパーティーの空気に、少し気疲れしてしまった。
「——兄様、私ちょっと気分転換に静かなとこで休んでくるね」
エルは横で本を読むアルカードにそう声をかけて、大広間を離れようとする。
「僕も行こうか? さっきみたいな状況にならないとも限らないし」
そう言われて、エルの脳裏にさっきの赤ドレスの令嬢の顔が浮かんだ。
「……大丈夫。 会場出てすぐのとこで、少し息整えるだけだから」
さっきのは半分不可抗力でトラブルになり掛けただけで、何もしていない。
今回は息を吸いに廊下に行くだけ。そんなに連続でトラブルに巻き込まれるなんて事はない......はず。
と一瞬迷いつつもエルはアルカードの提案を断った。
「ふーん、あっそ」
そんなエルの返事にアルカードは不貞腐れたように呟くと、視線を手元の本へ戻す。
「ありがとね、アル兄様」
と、お礼の言葉をかけると、アルカードは照れくさそうにシッシッと手を振る。
エルはその様子を面白そうに笑いながら、その場を離れるのだった。
パーティー会場の大広間から出るとそこは長い廊下が続いていた。
等間隔に嵌められた窓の外には、王宮の素晴らしい庭園が広がっている。
エルは気分転換に廊下を少し歩いて、会場を離れると、すぐ側にあった窓をほんの少しだけ開けて外の空気を廊下に入れた。
お昼過ぎの穏やかな風が頬を掠めて、綺麗に咲く花々の香りが流れ込んで緊張で張り詰めた心をゆっくりとほぐしてくれる......。
そうして、遠くに聞こえる音楽と風で揺れる花々のざわめきに耳を傾けて過ごしていると、廊下の奥から微かに悲鳴のようなものが聞こえてきた――。
◇◆◇◆◇
「——や、やめて」
大広間から離れた陽の射さない廊下。
少女は同年代の令嬢に囲まれ涙を流していた。
しかし、目の前の令嬢達はそれを嘲笑する者ばかり。
いくら助けを求めても、誰も来ないし、何も現れない......。
「やっぱり、何も出てこないじゃない。 嘘つき」
目の前に立つ、茶髪の令嬢に突き飛ばされ少女は尻餅をつく。
そうやって、叩けば鳴る玩具のように悲鳴を漏らすのを見て、茶髪の令嬢もその取り巻き達もニヤニヤと笑いを浮かべる。
そんな状況に少女はただ俯くことしかしなかった。
――生まれて初めて王都に来た。
初めて同い年の女の子と遊んだ。
そうして初めて、自分が他人と違うのだと理解した。
だけど、誰にも嫌われたくなくて……。
孤独になるのが嫌で、反抗する勇気も、別の友人を作る勇気すら持てないから。
この、不条理な現実を甘んじて受け入れてしまう。
けれどなにより、そんな風に勇気のない自分が、嫌で嫌で苦しくなる。
「——いつまで座ってるつもり? ほら立ちなさいよ」
少女は茶髪の令嬢に髪を引っ張られ、それにつられて床に這いつくばる形に倒れ込む。
——痛い。怖い。苦しい。
「立てって言ってるでしょ?」
茶髪の令嬢は、苛立った様子で地団駄を踏んで威嚇した。
けれど、床に這いつくばった少女は恐怖のあまり蹲って動けないままでいた。
——涙が溢れて、目の前がぐちゃぐちゃになる。
「だれか。たすけて......」
そんな、小さな悲鳴が……。
涙とともに、少女の口から零れ落ちるのだった。
◆◇◆◇◆
声を辿って廊下を進んでみると、同い歳くらいの少女が床に倒れ込んで居るのが見えた。
淡い黄色のドレスに身を包み、くせ毛で白みの強い金髪のショートボブをそよ風で揺らしているその少女は、目元に涙を浮かべて俯いている。
それを見たエルは胸が苦しくなり、同時に苛立ちで頬が熱くなった。
茶髪の令嬢を筆頭に、数人の令嬢がクスクスと笑って、その少女を囲んでいるのだ。
「――なにしてるの?」
と、エルは冷たい声色で問いかけた。
すると、一斉に嘲笑が消える。
「なによ貴女。 ただ少し遊んでただけ、文句ある?」
一番先頭の茶髪の令嬢はエルの姿を視界に入れると、ジロリと睨みをきかせた。
その背後で、他の取り巻きの令嬢達も奇異な目を向けてくる。
関係ない奴はすっこんでろ、と言った様子だ。
「遊んでた?」
「ええ、そうよ」
何をふざけたことを言っているのかと、エルはつい聞き直してしまう。
どうやら、この令嬢達にとって誰かを泣かせることは遊びらしい。
あぁ、こんな事ならば兄様に付いてきてもらえばよかったかな。
なんて思いながら、エルはほんの少し笑って見せる。
「ふ~ん......楽しそうね」
そんなエルの返事を聞いて茶髪の令嬢はハッと乾いた嘲笑を漏らした。
床に倒れる少女はエルの答えに更に大つぶの涙を溢れさせる。
しかし次の瞬間エルは倒れた少女と茶髪の令嬢達の間に立つと、その場にしゃがみこんで床の少女に優しく手を差し伸べた。
「——は?」
「——え......?」
周りの取り巻きも、茶髪の令嬢も、涙を零す少女も、エルのその行動に言葉を失う。
「あ、今の楽しそうは貴女達への同意じゃないから。むしろ蔑み」
エルはそう茶髪の令嬢達を煽ると、少女に優しく微笑みかけた。
「あのね。 私、全然友達ができなくて。 良かったら一緒に遊んでくれない?」
そう言ったエルに対し、うるうるとした綺麗な翠の瞳を大きく見開いて、恐る恐る手を伸ばす少女......。
エルはその手を取って力強く握ると、一気にふわりと立ち上がらせた。
「ほら、いつまでも転んでちゃ可愛いドレスが台無しになっちゃう」
「ど......して」
そんな少女の問いに、エルは満面の笑顔で答える。
「目の前に、泣いている子がいたから。 それ以外に理由が必要?」
——こんな時に優しく微笑んで手を差し伸べられる。
そんな人間に、英雄に、憧れた。
だから、理由なんて他に必要ない。
「それに、あんな子達と話すより、貴女と居たほうが楽しいパーティーになりそうなんだもの」
そうエルは悪戯っぽく笑って答えると、少女はますます涙を零す。
すると、それまで黙って聞いていた令嬢が、不満げに声を上げた。
「――なによそれ、カッコつけてるつもり?」
その台詞に背後を振り返ると、茶髪の令嬢はエル達を睨んでいた。
どうやら茶髪の令嬢は玩具を取られたのが不服らしい。
「あんたもそのグズと同じにしてあげるんだから!」
茶髪の令嬢はすぐにその不満を爆発させて、右手を振りあげる。
エルはそれを瞬きすらせず捉えた。
師匠の剣に比べれば、とても遅く隙だらけの攻撃。
やろうと思えば、後の先を取ることもできる。
しかし、エルは咄嗟に先程の失敗を思い出して、何もせず回避をした。
片足を軽く引いて、半身でビンタを避ける。
ぶんっと目の前を手のひらが通過し、茶髪令嬢の顔に驚きが浮かぶ。
「なに避けてんのよ!」
茶髪令嬢は避けられた事に更に腹を立て、再度手を振りあげた。
しかし、次の瞬間——
「——まさか、帰り道で会えるなんて。 ツイてるな」
と、後ろから聞き覚えのあるような声が響いた。
その場にいた全員が驚いて、声のした方に視線を向ける。
するとそこには、黄金の瞳を陽の光で輝かせた、赤髪の少年が立っていた。
「白髪に薄紫の瞳......。間違いない、エルアリアってのはアンタのことだろ?」
そう言って視線を向けてくるのは、さきほど大広間でぶつかった少年だ。
なぜ名前を知っているのか、少年の問にエルの頭には疑問が浮かんできた。
「はい、まあ。 そうですけど?」
あの時、名乗ってはいないはず。
いや、確実に名乗っていない。
なのにどうして......。
なんて警戒つつも少年の問いに答えた瞬間、怯えていた少女が小声で何かを呟く。
「だ、第二王子殿下......」
エルはその小さな呟きを聞き逃さなかった。
しかし、脳がそれを処理するのに、数秒を要した。
「――第二王子殿下?!」
一瞬の間を置いて、エルの驚きの声が王宮の廊下に響き渡る。
「は、初めて見た......」
そう噛み締めるように呟いたエルを第二王子は笑う。
「ははっ。 初めてじゃないだろ?」
「あ、そっか」
そう、大広間で一度ぶつかっている。
しかし、あの時は彼が第二王子だと知らなかった上に、騎士団長に会うことで頭がいっぱいだったので気づかなかったのだ。
「やっぱり、俺の事を知らなかったみたいだな」
と、口の塞がらない様子のエルを見て悪戯に微笑む第二王子。
「お、お恥ずかしながら」
「いや良いんだ、気にするな。 それより、これが一体どう言う状況なのか、聞いてもいいか?」
そんな第二王子の問いかけで、ようやく現状を思い出し、慌てて視線を茶髪令嬢とその取り巻きたちに向ける。
「な、なんでもないんです! これはその、遊んでただけですので!」
茶髪令嬢は振り上げた手を背中に隠し、引き攣った笑顔で王子の問いに答えた。
「それにしては尋常じゃない雰囲気だったな? それに、そこの令嬢は目に涙を浮かべているように見えるが?」
王子はそう言ってエルの背に隠れた令嬢に視線を向ける。
「それは......。こ、この女が泣かせたんです!」
そう言って突然エルを指さす茶髪令嬢。
「はっ?」
と、茶髪令嬢の吐いた有り得ない言い訳に、エルは驚きの声を漏らして目を丸くする。
「私達が遊んでたところに、この女が急に入ってきて泣かせたのです!」
冷や汗ダラダラでそう弁明する茶髪令嬢に、エルは呆れ返ってしまい咄嗟に反論する言葉が出てこなかった。
「そうなのか?」
事実確認の為、今度は茶髪令嬢の取り巻き達へ視線を向ける第二王子。
「えっ......?」
「いや......」
「その......」
「えぇと......」
茶髪令嬢の突飛な言い訳に、取り巻き達は着いていけずに一様に目を泳がせた。
しかし、それを見ていた少女がエルのドレスの裾を掴みながら一歩前に出る。
「ち、違います!虐められて泣いていた私を、この方が助けてくれたんです!」
少女は上擦った声色で、涙が溢れそうになりつつも、それでも勇気をだしてそう言い放つ。
「ほう? ならコイツらは俺に嘘をついたことになるな?」
そう言って王子は茶髪令嬢達を睨みつける。
ピリッとした沈黙が廊下に流れて、いじめていた令嬢達は今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
「......まあいい。 嘘については咎めはしない。 だがさっさと消えてくれ不愉快だ」
と、第二王子が大きなため息を吐いて追い払うように手をシッシッと振ると、茶髪令嬢一行は一斉に走り出した。
そうして、その背を見送ったエル達も第二王子にお礼を言って、別の場所へ移動しようと歩き出した瞬間......。
「――ちょっと待った。 少し付き合ってくれないか?」
エルは第二王子にがっしりと肩を掴まれ、そう微笑まれたのだった。




