10.一瞬の立ち合い
ちょっとした加筆、修正をしました、物語の本筋に変更はないです。
すみません。
王宮内のとある中庭。
エルと第二王子のジークはお互いに木剣を構えあっていた。
「——そ、それじゃあいきますよ......はじめぇ!」
そんな震え声の号令とほぼ同時に、エルは勢いよく地面を蹴る。
そして、次の瞬間。
木剣同士のぶつかる鋭い音が中庭全体にこだました——。
「まて、少し俺の興味に付き合って欲しいんだが、いいか?」
その場を去ろうとしたエルの肩に手を置いて、ジークは微笑んだ。
「まだ、お互いちゃんとした自己紹介も出来てないだろ?」
――まあ、確かに。 王族で、しかも助けてもらった相手に自己紹介もせずに立ち去るのは少し失礼すぎるか、と思いエルは第二王子の方へ振り返る。
「あ、すみません。 エルアリア・アドニスです」
そうドレスに手を添えて、エルは礼儀正しくお辞儀をした。
「ジーク・ヴァーミリオンだ。よろし——」
「——あ、あの! 私、セリシア・エーデルレオンって言います!八歳です!」
と、助けた令嬢はいつの間にか横に移動しており、興奮した様子で王子の自己紹介に割り込んできた。
「あ、あぁセリシア嬢、よろしくな」
ジークはそんなセリシアにタジタジになっているが、当の本人はジークなど眼中に無いと言った様子で、エルの両手を取って熱い視線を向ける。
「私のことは是非! セラと呼んでください!」
「あ、うん。 なら私の事はエルでいいよ。 同い歳だし」
「はい! エル......様」
恥ずかしさに頬を赤らめながらも、はにかんだ笑顔で名前を呼ぶセリシアが余りにも愛らしすぎて、エルも無意識に頬が緩んでしまう。
そんな風に、セリシアと二人だけの空間を作っていると、横でそれを見ていたジークが気まずそうに咳払いした。
「んんッ! すまん、そろそろ本題を話していいか?」
「あ、すみません」
と、エルはジークに視線を向けた。
王族と関われるならエルにとって損は無い。
しかも相手は剣の得意な第二王子の方だ。
今日会えるのは第一王子だけだと思っていたエルにとって、運が良かったと言える。
「——さっき、兄上からお前の話を聞いてな。親友の妹が剣士を目指して居るらしいと......」
そのジークの言葉で、エルは合点がいった。
第一王子経由で話を聞いているのなら、名前を知っていても不思議じゃない。
しかし一体どんな話を聞いたのか、少し気になった。
「それから騎士団長からもな。会議があるからってすぐ別れたんだが、その際にもお前の名前が出た。 それで凄く興味が湧いたんだ。 だから、その——」
直後、ジークから飛び出た提案にエルは驚く。
「——俺と一戦。 手合わせしてくれないか?」
王宮の長い廊下に、静寂が訪れた。
吹き抜けるそよ風、揺れる草花。
差し込む陽射しはエル達を明るく照らしている。
——戦ってみたい。
そんな好奇心が、エルの脳裏を駆け回っていた。
がしかし、仮にも相手は王族。
そう簡単に手合わせなんてして良いのか、という疑問が即答を躊躇わせた。
その上もう二つ、エルには断らざるをえない理由がある。
「正直すっごくやりたいんですけど、今はちょっと......」
やりたい意思を伝えつつも、エルは自分のドレスに視線を落とす。
一つは今の服装だ。
「あ、まぁ......そうか。 そうだよな。 興奮のあまり失念してた」
ジークも盲点だったと言わんばかりに苦い顔をした。
――正直、このドレスが無ければやると即答していたくらいだ。
王族の実力を間近で見れる機会なんて、今後あるかどうかすら分からない。
エル自身そんな魅力的な提案を、出来れば断りたくないと心の底から思ってはいる......が、仮にこの姿で手合わせをする場合、着ているドレスのスカートを裂いてスリットを作るなりしないと、大立ち回りなど不可能なのだ。
しかし、それをすると母が怒るし、父が泣く。
ドレスと王族との手合わせ、どちらかを天秤に掛けた結果、エルは渋々ながらドレスを取った。
「ありがたい申し出ですけど、今回は丁重にお断りを――」
「いや待て。要はそのドレスに傷がつかなければいいんだろ?」
と、断りの旨を伝えようとした所で、ジークが割り込んで口を開く。
「......まぁ、そうですね?」
「そちらの事情はある程度把握している。 だから、魔術なしの一撃勝負ってのはどうだ? 俺から攻撃するから、そっちはそれを防御する。 もし防御出来なくてもドレスに傷をつけないよう寸止めで直撃は避ける。 これならいいだろ?」
なんて、苦し紛れの提案をジークは口にする。
――どうやら、魔障の呪いについても知っているらしい。
確かに、 一撃だけならば防げないこともないだろう。
体格的にもジークの方が少し背が大きいだけで、そんなに差はない。
興味本位で実力を測るのなら分かりやすいし、なおかつ動き回らないでいいので、ドレスでも問題はないはずだ。
一つ心配ごとがあるとすれば、防げなかった時にドレスが汚れるかも知れないという事だけだが......。
「もし、ドレスが汚れるかもって言うならメイドに頼んで魔術で綺麗にできる。 それと、俺が王族だからなんて理由で躊躇っているのなら言っておくが、手合わせを申し込んだ以上怪我をするのは承知の上だ。 そこは気にするな」
と、エルの考えを見透かして先手を打つジーク。
それほどまでに手合わせをしたいのかと、内心少し驚きつつも.......。
今の言葉でエルの心の天秤は、戦う方へと傾いた。
「......わかりました。 殿下の申し出を受け入れます」
これ以上は断る理由を探すほうが難しい、とエルは自分を納得させる。
「――あの、私も行っていいでしょうか?!」
ここまでの会話を隣で黙って聞いていたセリシアがビシッと手を挙げる。
「もちろん。私はいいよ」
「あぁ、一人くらい見学者が居た方が面白いだろ」
そうして、三人は王宮の中庭へ移動するのだった——。
——廊下を進み、回廊から人気の一切ない中庭へと出る。
エルはジークの正面に立って、用意してくれた木剣を正面に構えた。
心臓が早鐘を打って、木剣がいつもより重く感じる。
胸の奥で期待と高揚が入り交じって呼吸が浅くなっていた。
そんなエルに準備はいいかと聞いてくるジーク。
エルが落ち着いて「大丈夫」と返すと、ジークはセリシアに目線で合図を送った。
「そ、それじゃあいきますよ......?」
ジークのアイコンタクトでセリシアは開始の合図を準備する。
そして、その直後——
「——はじめぇ!」
とセリシアの上擦った声が中庭に響く。
それと同時に、ジークは勢いよく地面を蹴った。
お互い、手の内は全くの未知数。
剣の速度も、一撃の重さも、技の練度も。
だが、無駄に思考を巡らせる時間も余裕はない。
ジークの速度がエルの予想よりも数段早かったからだ。
木剣を右肩に担ぐように構えて突進してきたジークは、エルを間合いに捉えると、素早い横薙ぎを放った。
対するエルは木剣を右脇に構え、弾き返しを狙う。
——迫る刃をしっかりと目で捉え、そして刹那の先をイメージする。
今必要なのは、素早く、重い切り返し......。
状況的には防御するだけのこちらが圧倒的有利。
このまま一撃で剣を弾き飛ばすッ——!
エルは頭の中で動きを組み立て、それをなぞる。
右下から左上への切り上げ。
木剣同士のぶつかる鋭い音が、中庭全体に響き渡った......。
次の瞬間、エルの手から木剣が消え、首元にはジークの木剣が突き立てられていた。
——木剣同士が衝突する瞬間、エルの狙いを読み切ったジークは、繰り出された切り上げを刃の腹で受け止めると、そのままするりと滑らせ絡め取るようにして木剣を弾き飛ばしてしまったのだ。
一瞬の間を置いて、木剣は軽い音を鳴らしてエルの背後に落ちる。
「悪くない一撃だった。防御に徹する勝負じゃなければ、もう少しやりようもあっただろうが......ま、今回は俺の勝ちだな」
シタリ顔でそう言ったジークに、エルは両手を上げ潔く負けを認めるのだった。




