31.食後の雑談
正午を過ぎた、長閑な昼下がり。
パンケーキを食べ終わったエルとルシアスは、紅茶片手にまったりと雑談を交わしていた。
「――あと少しで試験だね。 エル、勉強は大丈夫?」
「うん、まあ大体は。 でも算術がちょっと怪しいから、今度セラに教えてもらおうと思ってるよ」
「いいね。 僕も算術が少し不安だし、一緒に教えてもらおうかな......」
「私は全然構わないけど、セラは凄く嫌がりそう」
なんて言うと、セリシアの可愛らしいしかめっ面が思い浮かんで、ついつい笑みが溢れる。
それに対してルシアスは、「酷いなぁ」と苦笑いを返した。
「そういえば、エルは魔術の試験はどうするんだい? 君の場合実技は難しいんじゃ......」
「そっちも平気。 学院側が対応してくれてるから」
各季節の終わりに二日かけて行われる、年に四度の実力試験。
科目は読み書き、算術、剣術、魔術の四つ。
なかでも、魔術の試験は基本的に筆記と実技の二回に分けられている。
筆記だけならば問題ないのだが、やはり実技に関してはどうしようもない。
そこで、学院側は特別措置を設けてくれた。
「――模擬戦をやって、勝てば魔術の実技に合格をくれるんだって」
「そっか。 それなら心配ないね。 エルは強いし」
「さあ、どうだろ? 誰が相手になるか全く分からないし、もしその模擬戦で魔術の使用が許されるのなら、勝つのは難しいかな」
魔術が絡んだ勝負はどうしても分が悪くなる。
特に母様やシアニス、アメリアのような純粋な魔術師タイプが相手となると防戦一方になりやすい。
少し前から何となく魔力の流れを感じ取れるようになってはいるが、それも防御の判断が幾分かしやすくなる程度。
もう少し、魔術に対抗できる手段があればいいんだけど......。
なんて思いながら紅茶をちびちびと飲んでいると、ルシアスが一つ質問を投げかけてきた。
「――前から気になってたんだけど、エルはどうして剣術の道を? 不躾な言い方になるけど......魔術が使えないのに、戦うのは怖くないの?」
「え? ああ、ルシアスには話してなかったっけ」
機会がなくてすっかり忘れていた。
いつもはセリシアが一緒なので、この手の話題になりにくい。
まあ、だからこそルシアスもこの機会に少し踏み込んでこの話を振ったのだろう。
「もちろん、怖いよ。 魔術に自分から飛び込まなきゃいけないから。 痛いのもそこまで好きじゃないし。 だけど——」
と、エルはルシアスに自分が剣を振るう理由を一つずつ丁寧に語り始める。
――幼いながらに英雄を夢見て、憧れたこと。
母の魔術に魅せられて、魔術が好きになったこと。
自分自身に呪いが受け継がれているとわかった時のこと。
父の剣術を見た瞬間に感じたこと......。
「――他人からしたら、無茶で無謀な憧れだと思う。 自分でもそのことは理解してる。 だけど、どうしても諦めきれなかった。 目の前に憧れへの道があって、そこに少しでも可能性があるかもしれないって思ったら、考えるより先に身体が動いてたの。 怖いのも痛いのも、私にとってはあの時の絶望よりはマシだったから 」
いつ思い出しても、この想いは宝物のように煌めいている。
その煌めきがある限り、もう二度と憧れを諦めないと......諦めたくないと思えるのだ。
「そっか。 エルは英雄に憧れたのか......。ありがとう、話してくれて」
なんて、優しく微笑んでお礼を伝えてくるルシアス。
そこで、見返りと言ってはなんだが。
今度は逆にルシアスの話をするように促してみた。
「良いよ別に。 それより、ルシアスの話も聞かせて? 私ばかりじゃ不公平」
「もちろんいいとも。 何か聞きたいことある? 今なら何でも答えてあげる」
「それなら、どうしてセラにあそこまで嫌われてるのか、聞いてもいい? セラがあんな接し方をするのルシアスくらいしか見たことないから、理由を知っておきたいなって」
前々から疑問に思っていたのだ。
礼儀正しく優しいセリシアが、なぜルシアスにだけツンケンしているのか。
初日の時なんて、会った瞬間に露骨に顔を顰めていたほどである。
「あーそれに関しては......うん、全面的に僕が悪い。 かなり前にセラを傷つけるような振る舞いをしてしまってね。 昔からこんな性格だったから、何かと迷惑も掛けてたし。 その事があってから完全に愛想を尽かされたって感じかな」
「ふーん、ルシアスって昔からそんな感じだったんだ。 何か理由とかあるの?」
「んー、改めてそう聞かれるとなかなか答えに困るね。 単にこれが僕だから、としか言いようがないかな。 まあでも、強いて言えば親の影響かな? うちの屋敷、父親の趣味で使用人が女性しか居なくてね。 その父の真似をして彼女達と接するとすごく受けが良かったから、笑顔とか見れるのが嬉しくて続けてたらいつの間にかって感じ。 父は余り表裏がない人だから僕もそれを見習って女性にはお世辞も嘘も言わないようにしてるんだ」
どうやら、ルシアスの性格は父親譲りらしい。
綺麗なものは綺麗、可愛いものは可愛いと相手に澱みなく伝えられるのは一種の美徳と言えるだろう。
褒められて嬉しくない人なんてそう居ない。
ただ一つ問題があるとすれば、その言葉が少し軽すぎることだ。
普段から軽薄に他人を褒めすぎる。
悪意を持ってないのは理解できるが、甘味も過ぎれば気持ち悪くなるというもの。
「そう言えば、私の見た目も褒めてくれてたよね。 あれも本心だったんだ?」
「もちろんだとも。 その白い髪も薄紫の瞳も凄く綺麗だよ。 皆が気味悪がるのは......仕方がないかもしれないけど、僕は好きだよ? 遠くからでも、一目でエルだって分かるし!」
なんて屈託のない笑みで言うルシアスに、それまで静かに聞いていたコゼットが横で「分かってますね」と言わんばかりに何度も頷く。
それに呆れたように笑いつつ、エルはそれを隠すように紅茶のカップを口へ運んだ......。
――そうして、雑談に花を咲かせること一時間。
二人のティーカップは空っぽになっており、それに気づいたルシアスの「そろそろ帰ろっか?」という言葉で、デートはお開きになった。
支払いを済ませ店を出ると。
来たときと同じドレンシア家の馬車が店の前にタイミングよく滑り込んでくる。
どうやら大体の帰宅時間を決めて、馬車を近くで待たせていたらしい。
丁度ティーカップが空になったので、それを口実に帰宅を切り出したのだろう。
流石はデート慣れしてるなあ、と感心しつつ乗り込むと。
馬車はエルの屋敷へと走り出した......。
屋敷へと到着し馬車を降りた所でルシアスと別れの挨拶を交わす。
「――今日はありがと。 お菓子美味しかった」
「それは良かったよ。 今度はセラも加えて三人で行こうか」
「いいアイディアだね。 セラも喜ぶと思う」
「それじゃ、また明後日。 学院で」
「あ、うん。 また学院で」
と、小さく手を振った所でルシアスを乗せた馬車は走り出す。
それを見送ったエルは軽くため息をつくと、コゼットと共に屋敷へと入る。
こうして、ルシアスとの2人きりのお出掛けは終わりを告げるのだった。
◇◆◇◆◇
エルを屋敷へ送り届けた帰り道。
ルシアスは景色の流れる窓の外を眺めながら。
一人、物思いに耽っていた......。
——初めは、ただの興味だった。
噂の白髪令嬢が、どんな性格の子なのか。
それを知りたくて仲良くなろうとした。
しかし、それはキッカケに過ぎない。
あの日、薄氷の上で剣を振るうエルを見てルシアスの考えは変わった。
氷上を駆ける綺麗な白い髪。
相手を真っ直ぐ捉え続ける薄紫の瞳。
しなやかに、力強く振り抜かれる木剣と腕。
そんな光景を見て、妙に胸がざわついた。
エルは魔術が使えない。
それじゃあ、なぜ戦えるのか?
なぜ、剣を振るうのか?
剣や魔術から、怖いという理由で逃げた自分には到底理解できなくて......。
——同時に憧れた。
自分よりも持たない彼女が、自分の持ち得ないものを持っている。
それが羨ましくて、眩しくて、そしてなにより格好いいと思ったのだ。
一度絶望の底に叩き落とされても、諦めずに憧れを追い続けてきたエル。
これまで、逃げてきた自分とは正反対だ。
そんな憧れのそばで、その憧れを追い掛ける......。
相当努力しなきゃいけないな。
なんて、らしくない自分の考えにルシアスは馬車の中で一人、乾いた笑いを漏らすのだった。
以前、一度31話を公開してましたが
作者の勝手な都合ながら満足できる仕上がりではなかったため書き直して再投稿しました
混乱した方が居ましたら申し訳ありません




