29.聖女と精霊
セリシアとのお出かけを楽しんだ次の日の朝。
「——おはようお二人さん。 なんだか距離が近くなってないかい?」
なんて、セリシアといつもの窓際の席へ座るなり、前のルシアスがそう話しかけてきた。
「おはよ、ルシアス」
「おはようございます! 昨日、一緒にお出かけしたんです!」
そう挨拶をしながら、エルの腕にベッタリと抱きついて満面の笑みで自慢するセリシア。
今朝はずっとこんな調子でずっとくっついているのだ。
どうやら、先日の時計塔での告白で色々と後ろめたさが消えたらしく、セリシアの甘えたい欲の抑制が外れてしまったらしい。
以前は少し距離が近い程度だったが、今では所構わず抱きついてくる。
多少の歩きにくさはあるが、エル的にはセリシアが可愛いので別に良いと思っていた。
「いいなぁ、僕もエルともっと仲良くなりたいなー」
と、二人に羨ましそうな視線を向けるルシアス。
「でもルシアスって休み時間になるといつも他の女子と一緒にどっか行くよね? 何してるの?」
別にルシアスの惚れた腫れたには一切興味のないエルだが、この学院で気兼ねなく話しかけてくれる数少ない友人なのだ。 多少気にはなる。
「んー、特に何かしてるわけじゃないけどね。 強いて言えば雑談かな。 僕は女の子の笑顔が好きだからね、笑わせてそれを眺めてるのさ」
なんて悪戯な笑みを浮かべて言うルシアス。
そして、そんなルシアスにセリシアは呆れたように苦言を呈す。
「それ、本気ですか? それなら貴方はもっと誠実になったほうがいいと思います。 笑わせた分だけ泣かせてますよね?」
ルシアスはそれに対し「あはは」と笑った。
「痛いところつくなぁ。 でもエルともっと仲良くなりたいのはホントだよ? 今度僕ともデートして欲しいなあ?」
「 許しませんよそんなの。 エル様にだけはほんっっっとに手を出さないでください!」
などと、じゃれ合う二人を微笑ましく観察していると、鐘の音が響いてシアニスが気怠そうに教室に入ってくる。
そうして、エルの一日が始まった……。
それから、数時間後。
三時限目の魔術の授業が終わって昼休み。
エルとセリシアはいつも通り食堂へ向かおうと、中庭沿いの回廊を歩いていた。
「――さっきの魔術の授業、難しかったですね。 性質付与? でしたっけ。 シアニス先生は簡単に水玉の形とか色を変えてましたけど、どうしてあんな滑らかに魔力を操れるんでしょう? 私、魔力操作が下手なので綺麗に形を保てないんですよね……」
セリシアは歩きながら先程の授業の内を振り返って、水玉で指先に小さな雫を作り出してはグニョグニョと形を変えている。
すると、セリシアの話を聞いてエルはとある英雄の逸話を思い出した。
――神霊の器メア・ドレイヴン。
セリシアと同じ、精霊と意思疎通が出来たという十三英雄の一人。
女神リオニュシアを信仰するリンドヴェル聖教国の聖女でもあり歴史上で唯一、《《全属性の魔術を扱えた》》と言われている。
だがもちろん、その逸話にはタネがあった......。
そう、精霊である。
精霊とは魔力の塊、魔術の祖だ。
女神によって作られた、魔術を扱うための生き物で、各属性にそれぞれ適した精霊が存在している。
それらと意思疎通ができるということは、精霊に何かしらの協力をもらって魔術を行使していたのだろう。
メア・ドレイヴンは英雄として人々に愛される以前に、精霊に愛されていた。
いや、メア・ドレイヴンだけではない。
精霊はそもそも人間の纏う魔力を好んでおり、中でも聖女の持つ親和性の高い魔力に引き寄せられる。
結果、歴代聖女の多くはメア・ドレイヴンのように、複数の属性の魔術を扱えたと言われている。
つまり、セリシアもやろうと思えば複数の属性が扱える可能性があるのだ......。
なんなら、魔力操作などの基本的な部分の手伝いも頼めるかもしれない。
「――ならさ、精霊に助けてもらったら?」
と、エルは早速思いついた事を提案してみる。
「え? 精霊にですか?」
「うん、十三英雄のメア・ドレイヴンも精霊が見えてたって言うでしょ? だからセラにも出来るんじゃないかなって……」
無駄な説明を省いて、要点だけを伝えるエル。
それを聞いたセリシアはほんの少し考え込んだ直後、何も居ない空中に話しかけ始めた。
「《《イア》》、できる? ......えっ?! うん、 なら試しに補助だけ......本当? ありがと」
セリシアがそう呟いた瞬間、先程から指先に浮かべていた雫が綺麗な立方体へと形を変えた。
「で、出来ちゃいました......。 小さい時から仲の良い精霊に魔力の操作を手伝ってもらったんですけど、扱いやすさが段違いです!」
なんて、嬉しそうに話すセリシア。
言ったは良いものの、本当に出来るとは思ってなかったエルは驚きを隠せないでいた。
そして、同時にセリシアが聖女だと確信を持つ。
しかし、聖女は必ずリンドヴェル聖教国の民であると言われている。
なのになぜ、ここヴァーミリオン王国に生まれたのか。
そんな疑問と共に、一つの不安が浮かんでくる。
もし、周りの人間がセリシアの力に気づいたら……。
今、王宮内は派閥闘争が過激だ。
セリシアに聖女の資格があるとなれば、リンドヴェルの教会に保護される前にその力を手に入れようと色んな勢力が動き始める。
話の通じる相手ならばまだ良い。
誘拐、監禁、脅し、拷問。
セリシアの意思に反して無理やり従わせようとする輩は確実にいる。
それを想像した瞬間、エルの胸には泥のように重苦しい不安が広がった。
セリシアが自主的に離れるのなら、それはそれで仕方がないと受け入れられよう。
けれどもし、誰かに奪われたのなら……。
そんなことを想像すると、どうしようもなく胸が苦しくなった。
「――精霊のこと、私以外の同級生に話した?」
「いえ、話してないですよ? 話したところで信じてくれる人が居なかったですし......。あ、でもルシアスは知ってます。 アレでも一応、幼馴染の従弟ですからね」
と露骨に嫌そうな表情で返答したセリシアに、エルはホッと胸をなで下ろす。
剽軽な性格のルシアスだが、ああ見えて口にしていいラインをなんとなく弁えているし、他人の事情を悪意を持って周りに言い触らすような人間ではないことは、出会って数週間でも理解できた。
であれば、次に注意するべきは今後のセリシアの立ち回りだろう。
セリシアは、自分自身の価値をまだ理解していない。
「なら、精霊の事は私達だけの秘密にしよう。 周りの反応が怖いしね」
エルがそう言うと、セリシアは相変わらず嬉しそうにコクリと頷く。
「二人だけの秘密! なんかワクワクしますね! けど、そもそも私はエル様が信じてくれればそれだけでいいですし! 両親からも精霊の事を周りに言い触らすな、と釘を差されているので!」
心配せずとも、既にセリシアの両親は同じところまで考えていたらしい。
「なら良かった......」
なんて、そんな話をしていると食堂へ到着するのだった......。




