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魔術師狩りのエルアリア【改稿版】  作者: 雪柳ケイ
1章

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28.王都観光 後編

  ルビスに連れられて着いたのは、王都の西にあるもう一つの時計塔。

  魔術学院の時計台とは違って、こちらは自由に上まで登ることができ、王都全体を一望できた......。


 「——綺麗ですね! エル様!」


 「うん、こんなに高いとこ登ったの初めて」


  気持ちのいい夕方の春風が頬を掠め、髪の毛をなびかせる。


 「どう? 俺のお気に入り。 昔、親友と王都に出てきた日に見つけた隠れ絶景スポットだよ。 ここ数年は、来てなかったけどね......」


  ルビスはそう言って、手すりにもたれて王都の街並みを眺めた。

  それを真似て、エルとセリシアも並んで手すりに寄りかかる。


  すると、正面の地平線に沈む夕日が見えた。

  茜色の空が少しずつダークブルーに染まって、一等星から続々と星が輝きを放ち始める。

  そんな光景を見て、楽しい休日の終わりに寂しさを感じていると、隣でセリシアが呟いた。


 「私、エル様に出会えてすっごく幸せですね」


  と、満足そうに微笑んだセリシアの言葉に、エルは照れくさくなって笑みを零す。


 「えへぇ? いきなりどうしたの?」


 「今日一日、ずっと一緒に居て思ってたんですけど、今その気持ちが溢れちゃいました......」


  夕日に照らされ頬を赤くしたセリシアは、照れくさそうに笑いながらそう言う。


 「それなら、私もセラに会えて幸せだよ。 あの日パーティーで出会った時からずっと思ってる」


  ――大事な大事な初めて出来た友達。 セラのおかげで毎日が楽しい。

  隣に居てくれるだけで安心できるし、その可愛さに勇気づけられ、癒されている。


  その気持ちを、エルは恥ずかしがらず言葉にして伝えた。


 「そう言ってもらえるなんて。 嬉しいです、本当に......」


  しかし、そう言ったセリシアの顔からはスっと笑みが消えて、影が指したような気がした。

  まるで何かに怯えているかのような、怖がってるような.......。


  そして、ほんの少しの沈黙の後、セリシアはなにかを決心したような表情を見せる。


 「――私、エル様に話しておきたい事があるんです」

 

 「な、なに?」


  エルは出来るだけ普段通りを装って聞き返すが、内心何を告白されるのかビクビクしていた。


 「あ、いや別に......そんな大した事じゃないんですけどね」


  そんなエルの様子を感じ取ったのか、セリシアも落ち着きの無い様子で視線を泳がせる。


  焦燥、恐怖、後ろめたさ。

  そんなセリシアの感情が、揺れるその瞳に全て詰まっていた。


 「その......嘘だと思ったり、変だと思うかもしれないんですけど。 出来れば、エル様には信じて欲しいので話します」


 「うん」


  そうして、妙に落ち着きのないセリシアは目をつぶって勇気を振り絞るように、震える声で言葉を紡いだ。




 「——私、精霊が見えるんです」




  風が吹く。

  春の終わり、黄昏時の風はほんの少し冷たくて。

  ヒンヤリとした空気に鳥肌が走る。

 

 「......精霊?」


  僅かな沈黙を経て、エルは思わず聞き返してしまう。


  ――精霊とは、あの精霊だろうか。

  魔王が生まれるよりもはるか昔。

  まだ、神様が地上にいた頃。

  人と神の間に立つ存在と言われていた隣人。


 「はい、精霊です......」


  どうやらエルの聞き間違えではないらしい。


 「み、見えるって、どんな風に?」


 「基本、人にくっついてるのが見えます。 周りを飛んでたり、髪の毛の中に潜ってたり、後ろをついて歩いてたり、背中にまとわりついてたり、様々ですけど。 私にはそれが見えて聞こえるし、話もできます」


  精霊を知覚できて、話もできる。

  それは、にわかには信じられないことだった。



  ――そもそも精霊とは、創造主である女神リオニュシアが世界に溢れる魔力を操作するために作り出した、高い知性を持った生き物だ。

  魔術とは、それら精霊が遥か昔に作り出し、人へ伝えた物である。

  そして、精霊は魔力に近しい存在であるため、現代の魔術師では視認することができず、また話すこともできないとされている。


  だが、特別な存在。

  聖女だけは例外だ......。


  ヴァーミリオンの兄弟国であるリンドヴェル聖教国には、精霊と意思疎通のできる聖女と呼ばれる存在がいる。

  十三英雄の一人であるメア・ドレイヴンも過去の聖女の一人であり、歴代の中で最も精霊との親和性が高く、女神リオニュシアの権能を借り受けることすらできたそうだ。


  聖女に選ばれる条件はただ一つ。

  精霊を知覚することが出来ること。

  つまり、セリシアも聖女としての資質、資格を持っていることになる。


  しかし、それを直ぐには信じられなかったエルは、セリシアが冗談を言っているのだと、つい疑いの目を向けてしまった。

  だが、直後にはその言葉と行動を恥じた。


 「ほ、本当なんです! 本当に......見えるんです」


  エルが信じていないと悟ったセリシアは、目尻に涙を浮かべて、顔を俯かせてしまう。


  セリシアは、この事を打ち明けるのを直前まで躊躇っているようだった。

  きっと、今まで何度も周りから信じて貰えなかったのだ。


  どれだけ仲が良くても、信じてもらえないかもしれない。 もしかしたら変な子だと思われて、もう友達じゃいられなくなるかもしれない。

  そんな不安が邪魔をして、出会ってから一年もの間、打ち明ける勇気を出せずにいたのだろう。


  エルは今にも泣き出しそうなセリシアの顔を見て、それを察した。

  なぜならば、エルも同じだったからだ。


  ――魔障の呪いについて、最初に出会ったパーティーの日には話せず、半年経って手紙で打ち明けたのだ。 その時も、言葉を選びに選んで、何度も書き直したし、封筒に入れたあとも、やっぱりやめようかと悩んだほどだった。


  同じだったのに――。


  そう考える間にも、セリシアはエルの視線に怯えて、涙を堪えるように表情を崩しながら後退りをしていた......。


 「——セラ!」


  それを見たエルは、慌ててセリシアの手を握って抱き寄せる。


 「多分、今まで何度も嘘だって言われたんだよね。 だからこんなに怯えてたんだよね......」


  罪悪感で、喉に言葉が詰まる。

  けれど、エルは無理やり声を押し出して、気持ちを伝えた。


 「一瞬でも疑ってごめん。 私も同じだったのに......」


  そう言うと、ほんの少しの沈黙の後、セリシアは涙を流しながら肩を震わせてエルの胸に顔をうずめた。


 「初めてエル様に出会ったあの日。 あの子達に話したんです。 そしたら......嘘つきだって」


  言葉を震わせながらゆっくりと口を開くセリシア。

  どうやら、あの日虐められてた原因はこれだったらしい。


 「でも私、臆病だから。 友達のままが......良くて。 一人は......イヤで。 痛くても、怖くても......我慢してて」


  セリシアは一言一言を絞り出す度に、大粒の涙を零す。


 「あの時......手を差し伸べてくれたのは嬉しかったけど......同時に怖かった。 また、同じことになるかもって......。 だからずっと......言えなくてぇ!」


  いつもは敬語のセリシアも、この時ばかりはそれを忘れていた。

  理由は悲しいけれど、エルはその事を少し嬉しいと思ってしまう。


 「私も、魔障の事は気味悪がられると思ってパーティーの日に話さなかった。 あとから手紙で伝える方法に逃げた。 セラと一緒だよ、怖かったの......」



  それはエルが、ダリルの稽古を見て、剣術に希望を見出す少し前の話だ。


  魔障の呪いで魔術を使えないと分かって、髪が白くなり始めた頃、使用人達はエルを避けるようになった。


  目を合わせない、口を利かない、喋りかけると嫌な顔をする。

  それまで普通に接していたのに、少し手が触れただけで悲鳴をあげて距離をとられる。


  その時初めて、自分の呪いは他人からしたら気持ちの悪い、得体のしれない存在なのだとエルは自覚させられた。


  ――あの瞬間の恐怖に染まった使用人の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。

  だからエルは魔障を持っていることを、初対面の人に話さなくなった。

  気味悪がられたくないから、嫌われるのは辛いから......。



 「――私は信じるよ。 誰が何と言おうと、セラの事を信じる」


  大声を上げながら泣くセリシアの頭を、エルは無意識のうちに優しく撫でていた。

  使用人達に気味悪がられても、コゼットだけはこうして、泣いていた自分の頭を撫でてくれた。 優しく抱きしめてくれた。


  それが、すごく嬉しくて、すごく落ち着いたのを思い出したエルは、無意識に同じことをする......。




  ――それから、夕日が完全に地平線に沈んだ頃。

  ようやく泣き止んだセリシアは鼻をすすりながらエルから離れる。


 「......すみません。 もう暗くなっちゃいましたね」


  そう言うセリシアの目尻は真っ赤になっていた。


 「そうだね。 師匠と一緒に家まで送るよ」


  そう言ったのと同時にエルはフィーネとルビスの存在を思い出して、咄嗟に振り返る。

  が、いつの間にか二人は居なくなっており、時計塔の上には二人だけが残っていた。


  どうやら、二人は気を利かせて先に下へ降りたらしい。

  恥ずかしいところを見られなくて良かった、とエルは胸をなで下ろしつつ、セリシアと一緒に時計塔を降りた。



 「すみません、お待たせしました。 帰りましょう」


  時計塔を出ると、予想通り二人が待っていた。


 「いいよ、気にしないで。 危ないから屋敷まで送る」


  ルビスはそう言って寄りかかっていた壁から離れるとそそくさと歩き出す。


 「......そうですね。 早く帰りましょう」


  フィーネはそう言って、セリシアの荷物を手に一番後ろを歩く。

  そうして、四人は帰路についたのだった。




 「——そう言えばさ、精霊ってどんなのがいるの?」


  帰り道、ふと気になったエルはセリシアに尋ねてみた。


 「見た目ですか? 人によって色々ですよ。 例えばフィーには、透き通った水の猫が肩に乗ってますし、お師匠さんはもっふもふの雲で出来た狼が足元を一緒に歩いてます。 アメリアさんでしたっけ? あの方は燃えてるトカゲが頭に乗ってましたね」


  精霊は自身と同じ属性の魔術を好むと言う。

  つまり、憑いている精霊はその人の魔術属性と同じになるのだろう。


  では、魔術の使えない自身はどうなっているのか......。

  そんな疑問を、エルは思いつく。


 「――セラ、私の精霊は?」


 「えっ!? エル様ですか?」


  セリシアはエルの質問にビクッと肩を跳ねさせた。


 「えーと......お師匠さんと似た狼ですよ? まだ小さいです!」


  そう、視線を泳がせながら苦笑いで答えるセリシア。


 「ふーん、そっか」

 

  ルビスと同じ、と言うことはもしエルが魔術を使えた場合。

  属性は風となっていたのだろう。

  しかし、聞いてみたは良いもののどっちにしろ魔術は使えないのだから意味はない、なんて思うエルなのであった......。

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