26.王都観光 前編
次の日の午前中。
約束通り、お昼の少し前にセリシアが呼びに来た。
そして、エルは淡い青に生地に白のレースの施されたワンピースに袖を通しており、その慣れない服装に、ぎこちない様子でルビスと一緒に屋敷の門へと歩く。
――昨日、師匠は事情を話すとすんなりと承諾してくれた。
もとより今日の午後は稽古の予定を入れていたのだが、この一年間ほとんど休みの日を取ったことが無かったので大歓迎だと言って......。
それにしても、コゼットは一体どこからこのワンピースを用意してきたのか。
動きにくくて仕方ない、とエルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「——エル様! おはようございます!」
「おはよ、セラ」
門を出るなり、挨拶と同時に抱きついてくるセリシア。
エルはそれを笑顔で受け止める。
幸い、今日は天気がすごくいい。
穏やかな日差し、暖かな微風。
お出掛けにはもってこいの日和になった。
「あ、エル様。紹介しますね! こちら私の身の回りのお世話をしてくれるメイドです!」
黄色の可愛らしいセーラーワンピースに身を包んだセリシアがそう言ってひらりと踵を返すと、隣でかしこまっていたメイドの方が一歩前に出て礼儀正しくお辞儀をする。
「フィーネ・マキア・シルヴァと申します」
――少し長い前髪が右目に掛かった、落ち着きのあるメイドさんだ。
全体的な所作も静かで品がある。
コゼットも本気を出せばこのくらい出来るのだろうか、とエルはそんなことを思った。
「私は小さい頃からフィーと呼んでるので、エル様も是非!」
「よろしくお願いします。 フィーさん」
エルがそう言うと、フィーネは優しく微笑む。
目尻が鋭いので、どこか近寄りがたい雰囲気を感じたが、実際はそんな事ないらしい。
「それじゃ、次は私の番だね。 こちら、私の剣術の師匠です」
なんてエルが紹介すると、ルビスも前に出てお辞儀をする。
「エルに剣の稽古をつけています。 ルビス・ロヴェインです」
「お、お師匠さん!?」
「よろしく、エーデルレオンのお嬢さん」
ルビスはそう言うと、目を丸くするセリシアに視線を合わせるため片膝をついて、エルに初めて会ったときのような笑顔を向けた。
しかし、それを見たセリシアは頬を赤らめてエルの背中に隠れてしまう。
「よ、よろしくお願いします......」
と、エルの背中に顔を埋めたままルビスの言葉に返事をするセリシア。
「あ、あれ。 嫌われた?」
「照れてるんですよ。 と言うか、久しぶりに見た気がします、今の笑顔。 初対面の時ぶりですかね?」
「いやぁ、エルの初めてのお友達だし、ちゃんとしなきゃと思って」
一年も一緒にいるエルはとっくに慣れているが、ルビスはそれなりに端正な顔立ちをしている上に、元副団長という事で何かと貴族令嬢への接し方に慣れて居るのか、よそ行きの顔になると妙な色気が増すのだ。
そんじょそこらの女性ならば、余裕で恋に落ちてるほどに男前である。
「いつも通り、素の状態でいてください。 なんか居心地悪いですから」
「うっ、なにそれぇ。なんか傷つくなぁ」
なんて言って、ルビスは余所行きの笑顔を苦笑いに変えて、肩を落とす。
そんな風にして王都観光の休日は始まった......。
——まず初めにエル達が向かったのは、ルビスの行きつけの酒場だった。
時間的には少し早いが、お昼ご飯にしようという話になったのだ。
しかし、昼間から酒場に女性一人と女の子二人を連れていくのはどうかと思うが......。
そこは安心、その酒場がお酒を出しているのは夜だけで、昼の時間はレストランとして営業しているとのこと。
そうして、歩くこと十数分。
王都で最も活気のある東の大通りを少し脇に逸れた小道に、その酒場はあった。
藤の花を加えた狼の看板。
名前を群狼の藤花亭と言うらしい。
「いらっしゃい! あ、ルビス!」
「やあ、ニア」
店内に入ると、エルより少し年上の茶髪の少女が出迎えてくれた。
少女の名前はサフィニア・ルミニス。 このお店の看板娘らしい。
実際にその明るい性格と、可愛らしい見た目から老若男女問わず好かれているのが簡単に想像できる。
エル達はそんなサフィニアに案内され席に着き、ルビスがオススメだと語るオムライスを注文することにした。
「――かしこまりました! オムライス四人前、すぐお持ちしますね!」
と、元気よく言ったサフィニアはカウンター奥の厨房へ引っ込んでゆく。
そして、しばらくすると、いい匂いと共に四人分のお皿をお盆に乗せてテーブルへ運ばれてきた。
美味しそうな香りとふわとろのオムライス。
四人は一瞬でお皿を空にすると、ほんの少し食休みをした後に、支払いを済ませて藤花亭を後にした......。
「――オムライス、私初めて食べました! 美味しかったですね! エル様!」
「そうだね、私は前に何度かコゼットが作ってくれたのを食べたことあったけど、ここのは格別に美味しかった」
お店を出てしばらく、エルとシアニスは感想を語り合っていた。
コゼットの作る料理は基本的にそこらの料理屋より美味しいのだが、オムライスだけはこの群狼の藤花亭に軍配が上がる。
「お二人さん、行きたい所は決めてあるのかい?」
と、少し歩いたところで、二人の少し前を歩くルビスが振り返って尋ねてきた。
「はい、いくつか......。 あ、でももし師匠のオススメとかがあれば先にそっちを見て回ってもいいですよ」
昨日の帰宅の道すがら、セリシアとは行きたい場所を事前に相談してある。
だが、折角ならばルビスのオススメを聞くのもありだと、エルは思っていた。
セリシアも同じ考えらしく、エルの言葉に同調を示す。
「そうですね、お師匠さんなら王都に詳しそうですし!」
そう言うと、ルビスは得意げにニヤリと笑って道の奥を親指でさした。
「なら、すぐそこの市場を見てみないか?」
こうして、エル達の次の目的地が決まったのだった......。
——細い小道をいくつか抜けた所で、急に雑踏の声が辺りに溢れ出す。
エル達は今、東の露店通りへと来ていた。
舗装された石畳の上を多くの人が行き来する。
ズラっと並んだ露店からは、賑やかな呼び込み声が絶えず飛び交っていた。
野菜に果物、小物や日用品、ちょっとした武器や鎧、アクセサリーなんかも売っており、 観光客や住民で賑わっている。
そうして通りを抜け、王都を横断する東の大通りまで出ると、カフェやお菓子屋さん、書店に服屋、そしてその他専門店など、幅広いお店が立ち並んでいるのだ。
欲しいものは王都の東で殆ど手にはいると言われるほど、この辺りには何でもあるらしい。
「――す、すごい活気ですね。 流石は王都です。 実家の街にも市場はありましたけど、ここまで賑わっては居ませんでした......」
と、そんな光景を初めて見た隣のセリシアが、感嘆の言葉を漏らす。
――エルも内心感動していた。
馬車の通る大通りからは、この露店通りの入口しか拝むことができない。
以前馬車に乗ってチラリと横切った際は通り過ぎてしまったのだ。
そうして、口をあんぐりと開ける二人に、前を歩くルビスが「はぐれないようにね」と言うと、セリシアはエルの手を握って身を寄せた。
ほんの少し歩きづらいものの、並んだ露店の商品を見て、コロコロと表情を変えるセリシアの可愛い様子が間近で観察できるので、これもこれでありか、とエルは受け入れた。
そんな調子でルビスの背中を追いかけながら、色々と見て回っていると、ふとセリシアがアクセサリーの並んだ店の前で足を止めた。
「――エル様! 折角ですし一緒に何か買いませんか?」
セリシアはそんなアクセサリー達に目を輝かせてそう言う。
初めて一緒に出かけたのだ、記念になにか買うのも悪くないか、とエルも並んだアクセサリーに目を通す。
「いいよ。 何か欲しいの見つけた?」
指輪や首飾り、ブレスレットに髪飾りなどが置いてある。
どれも、宝石などがあしらってある訳では無くシンプルながら、細工が丁寧で綺麗かつ可愛らしいなので、普段使いするのに丁度いい感じだった。
「――お嬢ちゃん達、お友達同士かい?」
と、並べられたアクセサリー達と睨めっこする二人に、店主のお姉さんが話しかけてくる。
そして、そんなお姉さんの質問に二人は、
「そうです!」
「そうです」
と同時に顔を上げて答えた。
すると、お姉さんは「あっははははは」と大声で笑う。
「おっと、悪いね。 こんなにも可愛らしいお嬢さん達がアタシの駄作を見て悩んでくれるのが嬉しくてつい~」
「駄作だなんてそんな! どれも綺麗ですし可愛いですし、素敵ですよ!」
セリシアはそう言って、自分の商品を卑下するお姉さんの言葉を、否定した。
エルも同じ事を思ったので首を縦に振ってセリシアの言葉に同意を示す。
しかし、お姉さんはそれに対し、
「にしては長い事悩んでたみたいだけどねえ?」
なんて、悪戯な笑みを浮かべてセリシアを困らせた。
「えぁ。 それは......どれも良すぎて自分じゃ選べなかったんです!」
と、セリシアは慌てて弁解をする。
「そう? なら自分に似合うのを買うんじゃなくてお互いに似合うのを買ったらどうだい? それぞれ、相手に似合うのを選んで交換するのさ」
そんなお姉さんの提案に、セリシアはハッとすると、キラキラと目を輝かせた。
「良いですねそれ! 私よりエル様に似合いそうだって思ったのが沢山あるんです!」
セリシアはそう言って、その輝いた視線をエルへ向ける。
「じゃあ、お姉さんの言う方法で選ぼうか。私も自分よりセラに似合いそうって思ったのが何個かあるの」
と、エルが微笑んで返事をするをすると、セリシアは目の前に並べられたアクセサリー達に視線を落とした。
そうして、お互いにすぐさまコレだ、と思ったものに手を伸ばす。
エルはセリシアの綺麗な金髪に似合いそうな花の細工が施された金属の髪留めを。
セリシアはキラキラと光る薄紫の髪を結ぶための紐を手に取っていた。
「お、決まった?」
お姉さんの質問にお互い目を合わせると、二人同時に力強く頷いた。
「これください!」
「これください」
「まいどあり!」
そう元気よく言ったエル達は、代金を支払って早速買ったものを交換する。
「ありがとうございます、エル様! 大事にしますね!」
「こちらこそ!」
そうして、お互いに幸せな笑みを浮かべながら、エル達はその露店を後にするのだった......。




