25.お出かけの約束
アメリアと戦ってから数週間が経った放課後。 学院からの帰り道。
エルとセリシアは人通りの多い通りを並んで歩いていた......。
「 ——エル様。明日は休日ですけど、なにか予定とかありますか?」
そう言って、エルの顔を覗き込むセリシア。
学院も毎日あるという訳じゃない。 週に一日、休日が設けられているのだ。
といってもエルは休日を自主稽古とルビスとの稽古に使っているので、以前と生活リズムはそう変わっていない。
「んー、師匠との稽古以外には特に予定ないよ」
そのことを伝えると、セリシアは突然エルの両手をがっしりと掴んで瞳を煌めかせながら身を寄せてきた。
その勢いに、エルは肩をビクッとさせる。
「なら、一緒にお出かけしませんか! 実は私、王都観光まだ出来てないんですよぉ!」
セリシアが王都に来てようやく二週間。
入学準備や引越しの片付けなどで忙しかったのが、ようやく落ち着いて来たのだろう。
「うん、いいよ......。 あ、でも私も全然詳しくないよ?」
そう、エルはあまり王都を出歩いたことが無い。
――生まれてこの方、屋敷に籠もって本読んでるか剣の稽古してばかりだったのだ。
いや、もちろん一度もない訳じゃない。
今着てる制服や去年パーティーに着ていったドレスは、ちゃんと服屋さんでサイズを測って仕立てて貰ったものだし、たまに母の買い物に着いて行ったりもする。
だが、その時は馬車での移動がほとんどなのだ。
おまけにコゼットに勝手にフラつかないよう、キツく釘を刺されているので、学院に入学して徒歩で登下校をするようになるまで、王都内を自由に歩いたことはなかった。
「――でしたら、一緒で探検ですね!」
セリシアはそんなエルの話を聞いてもガッカリせず、嬉しそうに笑ってくれる。
とはいえ、少女二人で出歩くのは危険ではないか、とエルは思い立つ。
ほかの国と比べて比較的治安がいいとされているヴァーミリオンの王都だが、南西にはスラム街もあり、騎士団や衛兵の目が届かない場所がいくつもあるくらいなのだ。
そのため、それを知っていたエルは一つだけ提案をした。
「流石に二人きりは不安だから、誰か大人の人に着いてきてもらおう? 」
いくら剣が扱えるとは言え、悪意を持った大人を相手にセリシアを守りきれるほどの実力も自身も、今のエルにはない。
「そうですね。 でしたらお互い一人、同行者を連れてくるということで!」
「わかった」
なんてセリシアの提案に、エルは快く頷く。
「それでは明日、お昼前にエル様のお家に呼びに行きますね!」
「わかった、待ってるね」
そうして屋敷に着くまでの間、どこへ行こうかセラと相談をしながら帰宅した——。
屋敷に到着し、セリシアと別れたあと。
エルは早速玄関で待っていたコゼットに明日の約束のことを話してみた。
が、しかし......。
「――すっっっっごく行きたいんですけど! 奥様の様子を見てるよう旦那様から言われてましてぇ......。 しばらくは屋敷を出られないんです、ごめんなさいぃ」
コゼットはそう言って、物凄く残念そうな表情で項垂れる。
――今月で母様が妊娠して五ヶ月になる。
体調が安定した反面、妊娠の影響で魔術の調子が悪いらしく、実験でやらかさないか見張る人が必要なのだとか。
せめて、こんな時くらい魔術に夢中になるのは辞めて欲しいとは思うが、母様の場合は何故か魔術を禁止した方が体調を崩すので、仕方がないらしい。
まあ、コゼットが来れないのは予想外だったものの、屋敷には他にも使用人は居る。
ビオラ・メイディルとグレイ・ディルフェリア。 幼い頃から屋敷に居る侍女だ。
コゼットほど常に一緒ではないので距離感に少々の差はあるが、家族同然の存在と言える。
「わかった、ならビオラかグレイにも聞いてみるね」
と、ほかの使用人達を探そうとした瞬間、エルの背後の玄関が開かれる。
「おっとエル、今帰り? もしかして少し早かったかな?」
そう言ったルビスの顔を見た瞬間、エルはあることを思いついた。
――同行を頼める関係性で、なおかつ王都の地理に詳しい。
そして何よりも、強い。 もし、何かしらのトラブルに巻き込まれても師匠であれば頼りになる。
「......師匠。 明日の午後は稽古休んでお出掛けしませんか?」
なんて、エルは笑みを浮かべてルビスの方を振り返る。
「え?」
しかし、そんないきなりの誘いにルビスはポカンとした表情を浮かべたのだった。
◇◆◇◆◇
エーデルレオン家の屋敷。
エルと別れたセリシアも、時を同じくして自身の屋敷へと帰宅していた.....。
「――おかえりなさいませ、セリシア様」
自室に入った所で出迎えてくれたのは、幼い頃からずっと世話してくれているフィーネだった。
――フィーネ・マキア・シルヴァ。
セリシアの両親から厚く信頼されており、着いて来れなかった二人の代わりに保護者を任されている侍女である。
「ただいま、フィー」
と返事を返しつつ、セリシアは制服をダラシなく床に脱ぎ捨て下着姿でベッドに倒れ込む。
「その様子ですと、今日もアドニス嬢に話せなかったのですね......」
「ん~」
フィーネの問いにセリシアは枕へ顔を埋めたまま不貞腐れたように返事をする。
「はあ、制服はちゃんと脱いでください。 皺になりますので。 それと、せめて服を着替えてからベッドにお入りになってください、はしたないですよ?」
なんて、フィーネは下着姿でベッドに潜り込むセリシアにお説教をしながら、床に散らかった制服を拾い上げ始める。
セリシアは昔から悩み事が出来ると、たまに私生活がダラシなくなる。
気の許せる空間では、頭の中が悩み事ばかりになってしまって、それ以外の事は何も手につかなくなるのだ。
特に王都に引っ越して学院へ入学してからその回数が多くなっていた。
心の底から慕っている友人に、秘密を話せていない事への罪悪感や焦り、不甲斐なさで、自分自身を責めてしまっているのだろう。
学院から帰ってくるとこうして、しばらく枕に顔を埋めて動かなくなり、たまに足をバタバタさせては唸り声を上げる。
そして、それが終わると部屋着に着替えて日課の魔術練習を始めるのだ。
フィーネは昔からそんなセリシアの世話をしてきたので、慣れて居るものの。
ここ最近は、ほぼ毎日そんな調子なので少し心配になっていた。
「――あ、ねぇフィー。 明日エル様と朝からお出かけするから着いてきてぇ」
「お出かけ、ですか? まあ、屋敷の片付けも終わりましたしね。 ......かしこまりました、とびきり可愛い洋服を準備しておきます。 それでは、夕食の用意をしてきますので、何かあればお呼びください」
と、フィーネは恭しく頭を下げると、制服を持ってセリシアの部屋を出ていった。
静寂が、部屋を包む。
日中の疲れが残っていたのか、セリシアは微睡みながら窓の外を眺めた。
照らす夕日がどんどんと陰り始めて、部屋が少しずつ薄暗くなる。
ずっとそばに居たい、そんなことばかり考えて、セリシアはエルの顔を思い浮かべる。
だが、秘密を話したらどんな顔をするか、どんな視線を向けられるか、それを想像すると怖くなって、セリシアは泣きたくなるほど胸が苦しくなった......。
『――セラ、遊ぼ~! 』
どこからともなく頭に響いた水流のように澄んだ声に、セリシアは深く溜息を吐くと、閉じかけた瞼を開いた。
日課である、彼女達との魔術練習の時間だ。
「......着替えるから、少し待ってね」
と、その声に返事をするとセリシアは起き上がってベッドを出るのだった......。




