24.アメリア・ヴァーネットは素直じゃない
昼休みの終わり際。 アメリアとの勝負にギリギリで勝利したエルは、医務室にてクラリスの治療を受けていた......。
しかし、もちろんクラリスに火傷の理由を聞かれない訳もなく、
「これまた、派手に怪我したね~。 原因は?」
「あ、いや。 こ、これはそのっ......!」
なんて、悪戯な笑顔を浮かべるクラリスに、横のセリシアが冷や汗を浮かべて言い訳をしようとした。
だが、医務室に来た時点で、何かあったことがバレるのは確定していたのだ。
むしろ、治療をしてくれているだけありがたい、とそう思ったエルは理由を正直に説明する。
「――ふむふむ、なるほど? うん、思いっきり校則違反だね! もちろん喧嘩を売ったのがわるきけど買ったキミもだよ?」
話を聞いたクラリスは、治療をしながらエルの事を叱った。
しかし、本気で怒っている様子はなく、諭すような優しい叱り方をしてくれる。
そんなクラリスに、
「......ごめんなさい」
と、エルは素直に反省の気持ちを示す。
「ま、この学院に居る以上はいつかは経験することだしね。 制服、替えのやつ用意してあげるから今日はそれ着て帰りな?」
しょっちゅうこんなことが起きているのか、クラリスは慣れた手つきで治療を終えると、奥の棚から新品同様のジャケットを持ってくる。
「――良かったわね、跡が残るほどの火傷がなくて〜」
クラリスはそう言うと、ついでに奥の棚から何かの軟膏を持ってきてエルの頬へ塗りたくった。
聖属性の魔術での治療と言うのは、実はそんなに万能という訳ではない。大きすぎる怪我にはあまり効果がないのだ。
過去には失った腕を生やすなんて芸当が出来る魔術師も居たらしいが、現代ではほぼあり得ない。
しかし、クラリスはかなり腕がいいらしく、エルの全身の火傷は傷跡が残らないほど綺麗さっぱり治されていた。
エルがそのことに感謝を告げながら、クラリスに頬を撫で回されていると、昼休みの終わりを告げる鐘がなった。
「ん、お昼休みおわりー! ほら、教室に帰った帰った」
「あ、はい。 ありがとうございました」
鐘の音に肩をビクッとさせたエル達は、クラリスにペコリと頭を下げると、急いで医務室を後にするのだった。
◇◆◇◆◇
エル達が実技場を去ってから数分。
アメリアは未だに地面にうずくまってお腹の痛みに悶えていた。
――アメリアは幼い頃から、常に努力をしてきた。
父親に言われた通りジークと婚約し、この国の王女になるためである。
ジークの隣に立てるような完璧な淑女になりなさい、と両親に厳しく育てられ、生まれた時からジークのためだけに、己を磨き続けてきた。
読み書きは当然、所作や礼儀作法、魔術に政治など、本当に沢山の努力を......。
そうして、一年前の春。
第一王子の誕生日パーティーで、初めてジークと出会った瞬間。
アメリアは、恋に落ちたのだ。
多くの令嬢に囲まれた中で、一際目を引く真っ赤な髪と黄金の瞳。多少着崩した礼服が似合う、少し気のつよい顔立ち。
――そんなジークの姿を目にしたその瞬間、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。
アメリアにとってジークとは生きるための目標であって、恋愛の対象ではなかった。
それまでは純粋に、親に褒められたいと言う、幼子ならば誰もが持つ感情で努力をしていたのだ。
しかし、ジークを目の前にした瞬間、アメリアは本当の恋に落ちた。
それは、父親に言われたからではない。
アメリア本人の胸から溢れた、純粋な気持ちだった。
その日、ジークに名前を呼ばれたのが、物凄く嬉しかったのだ。
言葉を交わすのが何よりも楽しくて、アメリアはジークの瞳に映った自分を見て世界で一番幸せだと感じた。
だがしかし、ジークはアメリアよりも、エルアリアに夢中になった......。
学院に入学するまでの一年間、ジークと顔を合わせる機会を出来る限り増やし、幾度と会話を交わしたが、ジークが心の底から笑顔を見せたのは、剣術とエルアリアについて話すときだけだったのだ。
――その度に、胸がざわついて居てもたってもいられなくなる。
なんで自分にはその目を向けてくれないの。
どうして、エルアリアのことを話すときは、いつも笑顔なの。
なんで、どうして......。
そんな苦しい気持ちでアメリアの胸は一杯になった。
――エルアリアなんかのどこがいいのか。
自分の方がジークの隣に相応しい。
家柄も、立ち振舞も、教養も、見た目も。
出来部ことは全て努力した。
しかも、エルアリアは魔障の呪いを持っていると聞く。
なのに、なんで......。
その答えは学院に入学して、すぐに理解した。
実力測定でエルアリアが戦う姿を見た瞬間、アメリアは思ったのだ。
きっと、ジークはエルアリアの強さに引かれている、と。
ジークは何度も、エルアリアとの手合わせの時の話を楽しそうに語る。
彼にとって立場や見た目は二の次なのだ。
確かに、興味を持ったきっかけは白髪と言う見た目だったのかもしれない。
けれど、それ以上にジークを引き付けたのはエルアリアの《《強さ》》だ。
魔術が使えないとしても、それを補うほどの剣術の腕。
それによってエルアリアはジークの心に鮮烈に刻まれている。
――だったら、そのエルアリアよりも強いと証明すれば、あの瞳を向けてくれるはず。
そう思って勝負を挑み、そして負けた。
もちろん初めから全力をぶつけていた......。
いや全力のつもりだったのだろう。
心に慢心があった。
魔術が使えない相手に負けることはないだろうと、高を括ったのだ。
火花で肌を焼かれても、怯まず突き進む精神力。
咄嗟に現れた魔術に反応できる剣の実力。
剣術の天才として生まれたジークがエルアリアに興味を持つのも納得できてしまった......。
たがしかし、納得したからといって諦められるほど素直にはなれない。
「もっと、努力するわ......」
――魔術だけじゃ足りない。 接近戦でも勝てるようになる。 エルアリアより強くなって、いつか絶対あの笑顔を向けてもらう。
そう、心に誓ってアメリアは拳を強く握った。
「――はいはい、応援はしますけどね。 早くしねぇと昼休み終わりますよ?」
リオウはそんなアメリアの呟きを、真横にしゃがみ込みながら、膝に頬杖を付いて聞いていた。
それに対しアメリアは、
「うるさいわね! 痛いのよ! 早く手を貸して!」
と、 アメリアは涙を堪えながら言う。
リオウはその態度にやれやれと笑みを浮かべながら、肩を貸して医務室までしっかりと付き添うのだった。
◆◇◆◇◆
医務室を後にしたエルは、セリシアと一緒に教室へと戻ってきていた。
いつもの窓際の席に座り四時限目の開始を、雑談しながら待つ二人。
「——うぅ、お腹すいた......」
「結局、お昼ご飯食べてないですもんね~」
なんて、うなだれるエルにセリシアが隣で苦笑いを浮かべる。
すると、丁度そのタイミングで教室に戻ってきたルシアスが会話に参加してきた。
「やぁエル、あのアメリア・ヴァーネットと喧嘩したって本当かい? 学校中で噂になってるよ?」
そう、前の席に着きながら噂の真偽を確かめるルシアス。
食堂で、しかもあんな大声で話してたら噂にもなるだろう。
しかし、些か広がるのが早すぎるのではないか、とエルは周りからの視線を感じ取って思った。
「......本当、実技場で一勝負してきた」
「へー! どっちが勝ったんだい? 」
そんなルシアスの質問に、教室中の噂好きが耳を傾ける。
エルは心なしか、教室の騒がしさがマシになったような気がした。
「それは......」
「エル様です! エル様が勝ちました!」
と、エルの言葉に割り込んで興奮気味に答えるセリシア。
どうやら、わざと教室中に響くような声で答えたらしく、セリシアの答えにざわめく同級生達を見て「むふー」っと鼻を高くした。
「セラが戦ったわけじゃないだろう? ってそれよりも、アメリアは中級魔術を使えるらしいじゃないか。 魔術もなしによく勝てたね、すごいよ」
なんて、セリシアにツッコミを入れつつも褒めるルシアスに、エルは謙遜の言葉を返す。
「かなり、ボロボロだったけどね」
――実際、内容で言ったら転んで炎に囲まれた時点で負けていた。
アメリアが炎の蕾を即座に再詠唱していれば詰みだったのだ。
別に完全勝利だけを勝利とは言わないが、今回は勝った気がしない。
なんて反省をするエルだが、周りは勝利という事実しか把握しない。
実際の戦いの内容は、セリシアとリオウしか見ていないのだから。
「――でもさ、アメリアって第二王子派の筆頭って話だし、アメリアにも取り巻きの男子が大勢いるらしいから、僕は少し心配だよ」
と、少し政治的な話をするルシアス。
――第二王子派......。
学院側でいくら身分を考慮しないというスタンスをとっていても、生徒達が同じとは限らない。
第一王子派と第二王子派。
貴族出身の子達はその辺にとても気を使っている。
いわゆる王位争いと言うやつだ。
現国王のレオリス陛下は、まだどっちを次期国王にするかは発表していない。
だが継承権に関して、現状かなりややこしいことになっている......。
ヴァーミリオンの血を引いていながら剣を扱えない長男、アスクを王位につかせたい派閥と、幼いながら歴代のヴァーミリオン家でも屈指の剣の腕を持つジークに王位を継がせるべきという派閥で、長いこと政治争いが続いているのだ。
その争いが、学院内にも持ち込まれており、一般家庭出身の子達もその影響を受けて派閥を意識し始めている。
そして、エル達が入学してから早くも一週間。
教室にはまだ中立の子が多いが、半分は第二王子派に属しているらしい。
この調子だと、中立の子が少数になるのも時間の問題だろう。
かくいうエルはスタンス的には中立でいようと思っている。
アスクにもジークにも面識がある以上、どちらか選べと言われたら難しいのだ......。
――それにしても、アメリアが何故突っかかってくるのか、それが不思議でならない。
パーティーでの一件があるにしても熱が入りすぎていると思うのだ。
正直な話をすると、今日までアメリアをそこまで意識していなかった。
ただほんの少し因縁のある、ただの同級生だと認識していたのだ。
だがしかし、先程の戦いで嫌でも焼き付いた。
脳裏に、身体に、胸の奥底に、あの火花が、あの熱気が、あの情熱が、アメリア・ヴァーネットと言う存在が、とても鮮明に......。
なんて、エルがそう考えて居ると、鐘が鳴り響いてシアニスが教室へ入ってくる。
「はーい、四時限目はじめるわよ~」
と、その掛け声で教室の騒がしさは段々と静かになり、エルの中に残った戦いの余韻もゆっくりと消えてゆくのだった。




