23.炎が咲く
暖かな日差しの降り注ぐ昼休み。
エルは、木剣を手にアメリアへ向かい合っていた......。
なぜこんな事になっているのか。
事の発端は十数分前、アメリアに勝負を挑まれたところから始まる——。
「――私と、このアメリア・ヴァーネットと今すぐ勝負しなさい!」
「はい? えっと……なんで?」
アメリアの言葉に理解が追いつかず、口から思わず疑問の言葉が零れた。
「貴女がリオウに勝ったからよ!」
なんて、当然のような表情で言うアメリア。
それを聞いても、理解も納得も出来なかった。
そんな最中、アメリアの背後からリオウが姿を表す。
「――ちょっ……あの、アメリア……待って」
全力で走ってきたのか、息を切らしながらも止め入ってくるリオウ。
「あらリオウ、遅かったじゃない」
「アンタ……俺を理由に、エルアリアと戦いたいだけ……ッスよね?」
「あら、 私の可愛い従者が負けたのよ? 仇を取ってあげるのが主人たる私の務めじゃない。 決して、この白髪頭が気に食わないからなんて私的な感情じゃないから」
最後に思いっきり本音が漏れてますけど、なんて突っ込んだら藪蛇かと、おもわず余計なことを言いそうになった口を噤むエル。
そして、今はそれよりも二人が主従関係だと言う話に興味を持っていかれた。
以前中庭で顔を合わせた時に、なんとなく上下関係は見えていた。
しかし、それが主従関係であるのなら、この二人の距離感はいささか不思議に見える。
リオウはアメリアに一定の忠節を向けているが、同年代の友人のような気軽さも持ち合わせている。
アメリアはリオウを乱暴に扱っているように見えて、明確に強い信頼を向けている。
お互い主従の意識はあるものの、友人や幼馴染の様な感覚を持っている様に見えるのだ。
と、そんな二人の関係性を面白く思っていると、アメリアが視線をこちらに向けてくる。
「前に言ったわよね? 決着は必ずつけるって。 私は本気よ。 当然、受けて立つわよね? エルアリア・アドニス」
なんて提案に、返事を迷うエル。
――これは偏見だが、アメリアが剣術を得意にしているとは思えない。
しかし、勝負を持ち掛けるくらいには、何かしらの自信があって挑んできている。
多分、魔術なのだろう。
入学初日、アメリアはジークに「火の中級魔術を使えるようになった」と話していた……。
初級魔術と中級魔術では習得の難しさに大きな差がある。
初級魔術は言葉を覚えたばかりの幼子ですら、詠唱さえ出来れば使えてしまう。
だが、中級魔術はそれほど簡単ではない。
複数の特性を持っているため、そもそもの魔力消費も魔力操作の難易度も跳ね上がっているのだ。
九歳でそれを習得するという事は、それだけアメリアの魔術の実力が高いことを示している。
対して、エルは剣術の実力だけで言うならば同級生の中でトップに近いだろう。
しかし魔術が絡んだ場合は下から数えたほうが早い。
エル自身それは理解しており、アメリアとの勝負に勝てる自信が湧いてこないのだ……。
とはいえ、これはチャンスだ。
魔術師相手の経験を積める上に、アメリアにはパーティーでの借りがある。
「――いいよ、やろう」
エルは口角を吊り上げ、自信に満ちた声色でアメリアに返事をした。
しかし、そんなエルの答えを聞いたセリシアが驚いた様子で間に割り込んでくる。
「エル様! 本当にやるんですか? 校則違反ですよ?!」
「うん。 だから今回セラは着いてこなくていいよ。 一緒にいたらセラも怒られちゃう」
セリシアの心配に、そう言い放ったエルはアメリアの横を抜けて食堂の外へと足を向ける。
「い、いえっ! 行きます! けど......」
セリシアはそんなエルの背中に、慌ててついて行く。
「アメリア、実技場でいい? 」
そして、廊下に出たエルは背後のアメリアに場所の提案を投げる。
「ええ、いいわよ」
と、アメリアはエルの提案に同意を示して、そそくさと廊下を歩いていった。
――そうして、十数分後。
二人は実技場にて向かい合っていた。
エルは木剣を手に、アメリアは木の杖を手に。
「ルールはさっきの授業と同じでいいよね?」
軽く準備運動を終えて、ルールの確認を始める。
「ええ。 行動不能になるか、負けを認めるまでやるわよ」
アメリアはストレッチをしながらそう返事をすると、エルを睨んだ。
どうしてここまで敵対心を持たれているのか、不思議でならない。
心当たりと言えばパーティーでの一件なのだが......。
元はと言えばあれもアメリアが突っかかってきたのが原因である。
もちろん、言い返したこちらにも非はあるだろうが、暴言の割合で言えば七対三くらいでアメリアの方が多かったと記憶してる。
――だが、アメリアの敵対心の理由はそれではない……。
「――それじゃあ、準備はいいか?」
開始の合図はリオウに任せられた。
エルとアメリアは無言で頷いて準備できてると視線を送る……。
そして次の瞬間、
「それじゃあ......。 はじめ!!」
と 静寂を切り裂いて、開始の合図が実技場に響いた。
――セリシアの掛け声と共に、エルは勢いよく走り出す。
定石通り、先ずは距離を詰める。
アメリアは中級魔術を扱えるほど、魔術に長けているはず。
だけど逆にそれが弱点だともいえる。
接近戦に持ち込めさえすれば勝てる……。
なんて、エルは頭の中で勝ち筋を組み立てるが、直後に状況が一変した。
「――火炎花!!」
詠唱と同時にアメリアの足元でバチバチと火花が弾け、散った火種から花の形をした小さな炎が咲き乱れる。
それらは連鎖する様に燃え広がると、一瞬にして炎の花畑を作り出した。
エルはそれに対し、咄嗟に木剣を振り抜いて風圧で自身の周りの炎の花を消し去る。
そして、完全に炎に包囲される前に、加速してアメリアに近づこうとした。
がしかし、当然アメリアはそれを阻む様に次の魔術を放ってくる。
「――火種!」
「あつっ……!」
顔の横で火花がバチッと弾け、エルの頬を焼く。
痛みと恐怖で、否応なしに足が止まった。
既に炎の花畑は背後にまで回っており、完全にエルを囲い込んでいた。
――アメリアは初手から中級の魔術を惜しげもなく詠唱省略で広範囲に展開した……。
決して、侮っていた訳では無い。
もちろん油断もしていなかった。
だがこちらの想定を、アメリアの本気が超えてきたのだ。
「――エル様!」
「お、ちょちょちょ! 危ないって」
セリシアがエルを助けに走り出そうとしたところを、リオウが腕を掴んで引き止める。
――それでいい、巻き込む訳には行かない。
と、エルは炎に囲まれた状態でその会話を拾い安堵する。
「これで終わり? 貴方も魔術を使ったら?」
アメリアはエルが魔術を使えないことを知っていて、わざと言っているだろう。
しかし、エルには言い返す余裕もなかった。
アメリアは、エルが一歩踏み出すたび的確に、顔や手足の近くで火花を炸裂させる。
その度に、エルは火傷の痛みと火花の弾ける音で腰が引けてしまう。
加えて散った火種は更に炎の花を咲かせる。
そして、即座にそれを踏んで消すがそれをしている間にも火花がそばで弾けるのだ。
《《普通》》であれば、これで詰み。
アメリアはこのまま降参するまで、エルを痛めつけてやろうと考えていた。
燃焼によって酸素が消費され、呼吸がしづらくなる。
熱気が喉と肺を焼き、咳が漏れる。
しかし、そこで簡単に諦めるほどエルは普通の女の子ではなかった。
——無理にでも火花を無視して、炎の花を突き抜けるッ!
顔を上げて花畑の上でしたり顔をするアメリアを真っ直ぐ視界に捉えたエルは、喉の奥の恐怖を飲み込んで、その他の思考を頭の片隅へ追いやる。
「あら、まだやる気?」
アメリアはエルの鋭い視線に、したり顔で指先をヒョイヒョイと動かして魔力を操作するが、その指先の動きと魔力の流れを頼りにエルは次に火花が起こる場所を予想した。
そして、予想が出来ればある程度心の準備も出来るというもの。
バチッ!バチッ!と顔や胸の前で火花が散る。
その度に、鼓動が高鳴り身体が勝手に逃げ腰になるが、その恐怖を足元に咲く炎の花ごと踏み消して突き進む。
そんなエルの様子に苛立ちを見せたアメリアは、舌打ちをして別の魔術を詠唱する。
「――火炎花!!!」
先程と同じ炎の花を作る魔術。
しかし、目の前に現れたのはエルの身長を遥かに超える炎の蕾だった。
魔力の流し方を変えて形をイジったのだろう。
――だが、エルは冷静にその流れの綻びを見極めると、炎の蕾に向かって剣を振り抜く。
すると、火炎花はゴォウッと音を立て、木剣の刃を焦がしながら風圧と共に掻き消える……。
「なっ?!」
まさか炎の蕾を斬られると思ってなかったアメリアが驚いて動きを止めると、エルはその隙を見逃さず、すかさず花畑を突っ切った。
――本来、あの大きさの火炎花は剣で斬れるほど脆くはない。
だがどの属性の魔術も、その強度は術者の魔力量や魔力操作の熟練度によって大きく影響される。
そしてアメリアはまだ中級魔術である火炎花を使えるようになったばかりであり、 その上詠唱省略の多用によって魔力操作が雑になっていた。
つまり、綻びがあちこちにある状態だったのだ。
故にエルでも魔力を断ち切り、炎を掻き消すことができたのである。
次の瞬間、アメリアの懐へ潜り込んだエルは、冷静に淀みなく木剣を構え直し、容赦なく正面からの突きを放った……。
――その剣先は何にも遮られることなく、唖然とするアメリアの臍の辺りに吸い込まれる。
口から空気を吐き出しながらほんの少し後ろへ吹き飛び、地面を何回か転がるアメリア。
そうして、実技場はそれまでの火花が弾ける騒がしさとは打って変わって、静寂と焦げ臭さに包まれていた。
「――アメリアッ!!」
地面に横たわり、動かなくなったアメリアを見て、リオウが慌てて駆け寄る。
「......っ!」
アメリアは目尻に涙を浮かべ、倒れたままお腹を抱えて丸まっていた。
そんな二人の様子を横目に息を整えていると、セリシアが駆け寄ってくる。
「エル様、平気ですか!?」
「え? あぁうん」
なんて返事した瞬間、身体のあちこちにヒリヒリとした痛みが走った。
「いや。 ちょっと、ううん。 かなり火傷したかも」
加えて、スカートの裾や制服のジャケットがところどころ焼けて穴が空いている。
そんなボロボロのエルを見て、セリシアは物凄く心配した様子を見せた。
「すぐに医務室行きましょう!」
「うん……。 あ、でもその前に! リオウ、そっちは大丈夫?」
流石にお腹に全力の突きはやりすぎだったか、と不安になってアメリアを心配する。
しかし、アメリアはプルプルと震える腕を支えに腹を抱えながら起き上がってエルを鋭く睨んだ。
「こ、こんなの全然平気! アンタなんかに、気に掛けられたくないわよ!」
「......らしいッス。 すまんね、ウチのわがままお嬢様が」
そう言ってリオウはアメリアの背中に手を添えて支えると、エル達に苦笑いを浮かべた。
「俺らは後から医務室いくから、そちらさんは先に行っててくれよ」
「......分かりました。 さ、速く行きましょうエル様!」
「えぁ、うん」
と、急かすセリシアに手を引かれ。
エルはほんの少しアメリアを心配しながら、実技場を後にするのだった。




