22.厄介なご令嬢、再び
「——そこまで!」
実技場にグリオンの野太い声が響く。
「ごほっ! ごほっ!」
「はぁ......はぁ......」
模擬戦は決着がついたものの、お互いにその場を一向に動けないで居た。
ザワザワと、興味や驚き、侮辱の視線が二人を刺す。
エルは肩で息をしつつ、その場にへたり込んでしまう。
未だに右腕は痺れたまま。
ダラリと垂れ下がって、言うことを聞いてくれない。
「エル!」
「エル様、大丈夫ですか?!」
そんな中、セリシアとルシアスが観客席を降りて駆け寄って来る。
エルはそんな二人の声に顔を上げると、引きつった笑顔で返事をした。
「へ、平気。 ちょっと......疲れただけ」
――油断した。 同級生にジーク以外でこんなにも強い生徒が居るとは予想もしていなかった。 剣の速度は、容易に目で追える程度。
だが、一撃の重さならば師匠のルビスと同等と言える。
受け止めただけでも、その衝撃で反撃を繰り出すまでにどうしてもラグが出来てしまう程だ......。
なんて、エルが直前の戦を振り返っている最中、吹き飛ばされたリオウは鳩尾を抱えながら起き上がる。
「ごほっ......あぁ、痛ってぇ」
「ごめん。私、無我夢中で」
模擬戦とは言え相手を吹き飛ばすほどの一撃を鳩尾に入れたのは少々やり過ぎだったか、とエルは罪悪感で謝罪をこぼす。
しかし、裏を返せば手加減出来るほど余裕を持てる相手じゃなかったということでもある。
なりふり構って居てはエルの方が負けていたのだ。
「んぁ、気にしなさんな。 俺の攻撃も、まともに食らえば気絶くらいはしてただろうし」
そう言って、リオウは咳をしながら木剣を支えに立ち上がる。
「えっと確か、エルアリア......だったか?」
「あ、うん。 エルアリア・アドニス」
「俺はリオウ・グラント。 適当にリオウって呼んでくれや。 てかナイスカウンターだったぜ、エルアリア」
リオウはそう話しながらもエルの前まで来ると、右手を差し出した。
そして、エルがその手を掴むと、グイッと持ち上げて立つのを手伝ってくれる。
「ありがとう。 そっちこそ、すごく強かった。 リオウの戦い方って千戦流だよね?」
エルの周りは殆どが聖王流のため、それ以外の流派と戦ったのは今回が初めてだった。
「あぁ、元傭兵の両親がアシヅ出身でね。 それで俺も千戦流を仕込まれたのよ」
――葦津。 ヴァーミリオン王国からかなり東に存在する島国の名前だ。
十三英雄の一人、千戦万勝 アサヒ・カムロの出身地でもある。
千戦流の名前はこのアサヒ・カムロの二つ名から来てるらしい。
「珍しい。 千戦流は使い手の数が少ないって師匠が言ってたけど?」
アシヅはあまり外国との接点を持つことがなく、剣士の殆どが国内に留まっているため情報があまり出回っていないらしい。
同じ学年に千戦流の使い手が居るのはかなり幸運なのだろう。
が、しかし、リオウはあまり剣に興味がないらしい。
「珍しいだけだよ、俺そんなに強くないもんで、出来れば授業もサボりたいくらいなのよねぇ」
と、苦笑いを浮かべて返事をする。
「——お二人さん、いい模擬戦をありがとう!」
と、リオウとの会話に夢中になっていると、グリオンが近寄って声をかけてくる。
「エルアリア、右手は大丈夫かい? もしまだ不調が残ってるようなら少し休んでていいよ。 それと、そっちの......」
「リオウ・グラントです」
「リオウも痛みが続いてるようなら、少し安静にしなさい」
グリオンはそう言うと、観客席の同級生達にも指示をして、授業を進行させる。
どうやら、この後はペアになって軽く打ち合いをするらしい。
リオウは「サボれるぜ、ラッキー!」と言ってそそくさと端っこの方へ歩いて行ってしまったが、エルの方は右手の痺れも既に引いていたので、引き続き参加することにした。
「セラ、一緒にやる?」
「はい! あ、でも本当に休まなくて大丈夫なんですか?」
「もう全然平気だよ、ほら」
心配するセラにエルは右手を動かしてみせた。
が、実際は血ではなく砂が流れているのかと勘違いするほどにまだ痺れが残っているのだ。
しかし、せっかくの剣術の授業を無駄にはしたくないと、エルはそれを隠して無理をする。
そして、そんな様子を横で見ていたルシアスが会話に参加してきた。
「いいなあ、僕もエルと一緒が良かったよ」
ルシアスがそう羨ましそうな視線を向けると、それに対しセリシアは、爽やかな勝ち誇ったような笑顔を見せる。
「貴方は別の人と組んでくださいね!」
「ちぇ......。エル、次は絶対僕と組んでよね~?」
なんて、ルシアスは悔しそうに言うと、わざわざ離れたところに居る別の女子に声を掛けに行く。
がしかし、女子はルシアスに声を掛けられた途端にエルを一瞥してギョッとすると、そそくさと逃げて行ってしまう。 噂のせいだろう。
ルシアスはそれを追いかけて同級生達の中へと消えて行く......。
そんな背中を呆れたように笑って見送っていると、セリシアが木剣を構えて口を開いた。
「それじゃエル様、お願いします!」
「あ、うん。 私は攻めないからセラの方から好きに打ち込んできて良いよ」
「はい!」
そうして、エルは右手を労るように立ち回りながら、授業が終わるまでセリシアと軽く打ち合いをして過ごすのだった.......。
剣術の授業が終わり、エル達はお昼ご飯を食べに食堂へ足を運んでいた。
「――やっぱり、剣術は苦手です」
と、セリシアが溜息混じりに肩を落とす。
「そう? 結構上手だったけど?」
「いえ、私は魔術を頑張ります! 剣は怖いので!」
――実際、セリシアの動きは悪くなかった。
運動が苦手だと言う割には動けていたし、反応速度も悪くない。
ただ一つ、セリシアはどうも間近で相手の敵意に晒されるのが怖いのか、剣を振る時や攻撃を受ける時に目をつぶってしまう癖があるのだ。
性格的に、そもそも剣術というのが合ってないんだろう。
本人の言う通り、魔術の方が向いているのかもしれない。
なんて考えて、食堂の列に並んでいると、真後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「——エルアリア・アドニス! ようやく見つけたわ!!!」
声を聞いただけで振り返らずとも相手の顔が頭に浮かんだ。
深紅の髪に、深みのある紫紺の瞳。
そう、声の主はアメリアだ。
列に並んでいた数人が、一斉に視線を向ける。
なんの用かは知らないけれど厄介事には間違いない、とエルは溜息を付きながら振り返った。
「はぁ、何か御用ですか?」
エルは嫌な予感に気が引けつつも、要件を尋ねる。
すると、アメリアは鼻息荒くしてエルへ詰め寄り、
「私と! 勝負しなさい!」
と、食堂に響き渡る大声で言い放つのだった......。




