20.兄様達との昼食
ようやく三時限目が終わり、昼休みの時間だ。
中庭を離れたエルとセリシアは少し早いが、アルカードとの待ち合わせ場所の食堂前へと来ていた。
しばらく二人で雑談をしながら待っていると、徐々に食堂へ来る人が増えてあっという間に廊下は騒がしくなる。
そんな人混みの中、アルカードは容易にエル達を見つけて声を掛けてきた。
「――早いね。少し待たせた?」
「ううん、そんなに待ってない」
そう返事をするエルに続いて、その背中からセリシアがひょこっと顔を出す。
「こんにちは! お久しぶりです! セリシアです!」
「ああ、久しぶりだねセリシア。 制服、似合ってるよ」
「ありがとうございます!」
そう嬉しそうにするセリシアを横目に、エルは自分の制服姿には何もないのかと喉を鳴らす。
すると、アルカードは苦笑いを浮かべてエルに視線を向ける。
「あ、エルも似合ってるよ」
と、褒められたエルが「ふふん」と鼻を鳴らして喜んで居ると、アルカードの背後に見覚えのある赤髪のポニーテールがチラついた。
「――や!エルちゃん! セリシアちゃん!」
そう、アスク・ヴァーミリオンだ。
そんな第一王子の登場に、その場にいた全員が驚く。
「なっ?! お前さっきシャロン達に中庭で食べないか誘われてただろ、なんいるんだよ」
「いやぁ、アルの事だから妹ちゃんと昼食の約束をしてるんじゃないかと思ってね。 いつものメンバーの誘いは断って、僕も混ざりに来ちゃった!」
生徒によっては、自分たちで昼食を持ってきている子達も居るらしい。
特にアスクに関しては二年前に食堂のメニューに毒が盛られた事件があってから、中庭で取り巻きの子達と食事をするようにしているそうなのだが......。
「――今からでも遅くない、シャロン達のところへ戻れ。 彼女最近機嫌悪いだろ? ちゃんと相手してやらないとそのうち爆発するぞ」
「大丈夫、そうなったらアルも一緒に道連れにするから~」
「あーもう、いちいち纏わりつくな」
そう言ってじゃれ合う二人を微笑ましく眺めるエルとセリシア。
エル的には、前に見たクールで礼儀正しいアスクも好きではあるものの、こっちはこっちで兄の珍しい一面を引き出してくれるので、見てる分には面白い。
しかしそんな最中、どこからともなく「ぐぅ~」と音が鳴り響いた。
すると、セリシアが顔を真っ赤にしてエルの影に隠れる。
その様子を見たエルは即座に全てを察して、自ら名乗りを上げた。
「......すみません、私のお腹です。 そろそろ行きませんか?」
「おや、それはすまない! ほらアル、君のせいで妹ちゃんがお腹をすかせてるぞ?」
と、悪戯な笑みを浮かべたアスクに詰められ、アルカードは溜息を吐く。
「あぁもう......わかったよ。それじゃ、行こうか二人とも」
頭を抱えながら、苦虫を噛み潰したような顔で納得したアルカードは、じゃれあいで崩れた制服を整えながら、エルとセラを先導して食堂の中へと足を向けた......。
とてつもなく広い食堂内には大量のテーブルとイスがズラっと並んでおり、大きな天窓からは太陽の光がこうこう差し込んで居た。
その奥には、料理が何種類も大量に盛り付けられたお皿と、湯気の立ち込めるスープの鍋が置かれた机に長い行列が出来ている。
エルとセリシアはアルカードについてその行列へ並んだ。
すると、背後のアスクが色々と説明をしてくれる。
「――すごい食堂でしょ。 寮で暮らしてる子は朝食と夕食もここで食べられるらしいよ。 出る料理は毎日違うし、休日も変わらず食べれるから王都出身でも寮暮らしを選ぶ子もたまに居るくらいなんだって」
「そうなんですね」
「これなら、寮生活も良かったかもですね」
と、セリシアは食堂の光景にワクワクした様子を見せる。
そう言っている間にも列は進み、料理の前に到着した。
初めての二人はアルカードの見様見真似で料理をお皿に盛り付け、お盆に乗せてゆく。
今日のメニューは、パンとサラダ、野菜のスープに鶏肉の甘辛焼き、そしてデザートにリンゴ、と言う感じらしい。
料理を盛り付け終わった四人は列を抜けると、食堂内を見渡して空いてる席を見つけて、そこに座った。
「――それじゃ、食べよう」
四人が落ち着いたところで、アルカードがそう言って、料理を口へ運んだ。
それを見て、エルもセリシアも恐る恐る食器を手に取る。
そして――、
「あ、美味しいですね」
「うん、美味しい......」
と、スープを口に入れた瞬間セリシアがそう呟き、エルもそれに同意すると、アスクは自慢げに口を開いた。
「ここの厨房の腕前は王宮並だからね」
確かに、王宮のパーティーで口にしたのと遜色がないほどの味だった。
香ばしくジューシーな鶏肉に、シャキシャキとした鮮度のいい野菜と、丁度いい塩加減のスープ。 それから柔らかくてふわふわのパン。
セリシアもエルも喋る事を忘れて、食べ進める手が止まらない。
そうして、あっという間に四人とも料理を全て食べ終わり......。
気づけば皆、満足げに溜息を吐いていた。
「――これを毎日食べれるのって、少し贅沢ですね」
「まあ、今日が少し特別なんだけどね」
と、アスクはセリシアの呟きに言葉を返す。
「今日は新入生のために少し豪華らしい。 夜はこれより凄いんじゃない?」
アルカードが続けて補足を付け加えると、「だろうね」とアスクが苦笑いで返事をした。
「真面目に寮生活も悪くないと思えてきました......」
「いいの? 好きなタイミングでお泊りできなくなるよ?」
なんて、冗談を言ったセリシアに、エルは悪戯な笑顔を浮かべると、セリシアは慌てて前言を撤回する。
「嘘です嘘です! 冗談です!」
そんなやり取りを見て、アスクは「あはは」と笑って席を立った。
「さてと。 僕は少し用事があってね、先に失礼するよ。 アル、申し訳ないんだが食器を片付けておいてくれるかな?」
「はぁ、仕方ない」
なんて、どことなく不満気に返事をした兄様だったが、いつもよりはすんなりと殿下の頼みを受けたように思えた。
「悪いね。 それじゃ、新入生のお二人さん。 明日からの学院生活も楽しんで!」
「あ、はい。 ご一緒出来て嬉しかったです!」
そう言って、アスクはセリシアの言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべると、足早に食堂を出ていってしまった。
それを見送ったアルカードはふたつのお盆を手に席を立つと、エル達もそれについて行き食器を片付ける。
そしてその後、エル達三人は食堂を出て学院の門へと足を向けた......。
「——僕はここまでだね」
門の前まで来たところでアルカードがそう言って足を止める。
「見送りありがとう、アル兄様」
「お昼、またご一緒しましょうね!」
そう笑顔を浮かべるセリシアに対して、アルカードも嬉しそうに微笑みを見せた。
「なんなら明日もこの三人で食べようか。 エルも良いでしょ?」
珍しい事に、兄もセリシアのことをかなり気に入っているらしい。
「うん、いいけど」
「ホントですか?! やった!」
元々、昼食は殆どセリシアと食べる気で居たエルにとって兄が加わるのは、むしろ大歓迎だ。
と、そんな約束をしたところで鐘の音が響いた。。
「あぁ、教室に戻らないと。 それじゃあ二人とも気をつけて帰るんだよ」
アルカードは名残惜しそうにそう言うと、そそくさと学院内に戻って行く。
エルとセラはその背中に軽く手を振って、帰路へ着いた。
こうして、エルの学院初日は終わりを告げたのだった——。
——屋敷の前でセラと別れたエルは、広い庭を抜け玄関のドアに手をかける。
「ただいま」
と、呟いて玄関のドアを開けると、目の前にコゼットとルビスが立ってるのが見えた。
「あっ! おかえりなさい、エル様」
「おかえりエル」
なぜルビスが居るのかと、エルは驚きのあまり固まってしまう。
「......ま、まだ約束の時間まで余裕あったと思うんですけど?」
今日から学院が始まると言うことで、ルビスとは約束の時間をすこし遅らせるように事前に話をしてある。
そして、学院を出る前はその約束の時間まで、時計の針が二巡するくらいは余裕があったのだが......。
「――エルの制服姿を是非見てくれってコゼットさんが宿まで呼びに来たんだよ」
そう苦笑い混じりに事情を説明するルビスとは裏腹に、テンション高めでエルの背後に回り込み、仁王立ちをするコゼット。
「どうですか、ルビスさん! エル様のスカート姿! 珍しくないですか? 可愛くないですか?!」
よほどエルの制服姿が気に入ったのか、コゼットは朝からずっとこの調子である。
そして、そんなコゼットの質問にルビスは親指と人差し指を顎に当てて、エルを吟味するように眺めると、直後に頷いて親指を立てた。
「――うん、すごく可愛らしいし似合ってる!」
「あ、ありがとうございます......」
エルは褒めてもらったお礼を言うが、恥ずかしさに襲われてルビスの顔から視線を逸らしてしまう。
「エル様照れてるんですかぁ?」
そして、逸らした先でコゼットがイラつくような笑みを浮かべて、はしゃぐ様子が目に入った。
そんな様子に、徐々に怒りが湧いてきたエルはちょいちょいと手招きをする。
「......コゼット。ちょっと」
「はいはい、なんですか~?」
と、無防備にそばに寄って来たところで、しゃがむようにジェスチャーをすると、コゼットは何の疑いもなくそれに従う。
――そして次の瞬間、エルは目の前に突き出されたおでこに向かって、渾身のデコピンを放った。
「あたぁっ!!!」
屋敷全体に響き渡る程の悲鳴を上げて床を転がるコゼット。
しかし、エルはそれを無視してルビスへと視線を向ける。
「師匠。私は着替えて来るので先に庭へ行っててください。 それと、そこのアホはほっといて大丈夫です」
「あぁ......。うん、分かった」
そうして、引きつった笑顔を浮かべたルビスにお辞儀をして、エルはそそくさと自室へ向かうのだった。




