19.中庭での邂逅
目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に映った。
エルはカーテンに囲まれたベッドの上に下着姿で寝かされており、横にはセリシアが座っている。
「――エル様!」
エルの目が覚めたことに気づいたセリシアが、心配そうに顔を覗き込んだ。
エルはぼんやりする頭で、そのセリシアの顔を見つめながら、何があったのかを思い出そうとする。
「セラ......ここは?」
セリシアへそう尋ねながら、重い身体を起こしてみると鳩尾に激しい痛みが走った。
「いっ......つぁ」
よく見ると、鳩尾に拳サイズの青痣がある。
それに加え、両腕には小さな切り傷が数え切れないほど......。
「あっ、まだ寝てて下さい。 すぐに先生呼んできますから」
痛みに悶えるエルに、セリシアは慌てて席を立ち、カーテンの向こうへと走ってゆく。
それを横目に、痛みで頭が冴え渡ったエルは何があったのかを思い出した。
鳩尾を穿たれた際の痛み。
空中に吹き飛ばされる感覚。
地面に叩きつけられる衝撃。
――元より、実力を見るテストであったからには勝ち負けなどはないのだろうが。
それでもあの戦いでエルは、シアニスにまともに剣を届かせることはできなかった。
その事実が、鳩尾の痛みと同時に敗北と悔しさをエルに実感させる。
そして、そんな風に模擬戦での立ち回りについて自己反省をしていると、
「――目ぇ覚めた?」
と、明るい色の茶髪に白衣を羽織った女性が、カーテンから顔をのぞかせた。
周りの景色と先程のセリシアの台詞からして、ここは医務室。
そして風貌からして、目の前の女性が医務室の先生なのだろう。
と、エルは女性の顔を見て冷静に分析する。
「おはよ~。 私はクラリス・ローフェリア。 この学院で医務室の先生として雇われてる魔術師でーす。 よろしく~」
そう言って、かなり気さくに話しかけてくるクラリス。
――医務室勤めと言うことは、クラリスは治癒魔術が使えるのだろう。
治癒魔術は聖属性に分類される魔術。 世界中で見ても、聖属性を使える魔術師は数がとても少なく、加えて習得難易度が高いことから、とても貴重な存在とされている。
「あ、よろしくお願いします......あの、私どのくらい寝てました?」
毛布を肩まで抱き寄せ、そう尋ねるエル。
「そんなに長くはないかな? シアニスがキミを運び込んでから、せいぜい二十分ちょいって感じ? あ、シアニスがやり過ぎたって謝ってたよ」
「そうですか、ありがとうございます」
模擬戦が始まったのが二時限目の終わり際。
そこから二十分と言ったら、既に三時限目に入っている。
「それより、新入生はもう今日は帰って良いことになってるらしいけど? 平気? 誰か迎え呼ぼか?」
入学初日ということもあってか、エル達は二時限目で授業は終わりらしい。
しかし、エルはまだ帰宅するつもりはない。
お昼を食堂で一緒に食べようと、兄と約束をしてあるのだ。
昼休みは三時限目が終わったあと。
まだ四半刻くらいは余裕がある。
「――平気です。 それより、私の制服どこですか?」
「ああ、ごめんごめん。 泥だらけだったからシアニスに魔術で綺麗にして乾かすよう言っておいたの。 そこにあるよ~。 因みに、脱がせたのはアタシとお友達の娘だから、そこは安心してね!」
そういって先生の指した先へ視線を向けると、枕元にきれいに畳まれたエルの制服が置かれていた。
――地味に疑問に思っていた、なぜ脱がされているのか、が解決した。
気絶する直前、思いっきり水溜りの上を転がったのだ。
そりゃあ、泥だらけにもなるよね。
と、エルは納得しつつ、そそくさと制服を手に取る。
そうして、制服を着たエルは、ベッドを降りてカーテンをくぐった。
すると、すぐそばで待っていたセリシアが駆け寄ってくる。
「――エル様、もう大丈夫なんですか?」
「うん。まだちょっと痛むけど、平気」
なんて、心配をかけまいと取り繕うエル。
実際、ルビスとの稽古で似たような状況をしょっちゅう経験しているため、この程度の痛みには慣れている。
「内臓とかは大丈夫そうだったし、怪我も見たところ痣だけだったから、治癒魔術とかはしなかったよ。 それでも、痛みが長引くようだったら、ここに来るなり医者に見せるなりしなね~」
そう言って、先生はエルの寝ていたベッドを綺麗に整え始める。
「はい、ありがとうございます」
エルはそんな先生にペコリと頭を下げて、セリシアと共に医務室を出た......。
そうして、医務室を後にした二人は、この後をどうしようかと相談をしながら、長々と続く静かな廊下を歩く。
「――同級生は殆ど帰ったみたいですね。ルシアスも野次馬で集まった子達を追い払うって言いながら、女の子達と帰っちゃいましたし。 私達も帰りますか?」
「あ、いや。 お昼アル兄様と食堂で食べる約束してるの。 だから時間まで少し学院内を見て回ろうかな。 セラはどうするの?」
「そ、そうなんですね。あー、私は特に決めてなかったです......」
と、セリシアは一瞬寂しそうな表情を浮かべると、苦笑いを浮かべた。
どうやら、したかった話の流れに持っていけなかったらしい。
そこで、エルは気を利かせてセリシアがしたそうな話題を振ってみる。
「もしかして、お昼誘おうとしてた?」
「あっいえ! まあ、その。ご一緒出来たらなぁとは考えてました、はい......」
なんて、エルの質問に恥ずかしそうにセリシアは目を伏せる。
「なら、セラも一緒に食堂でお昼食べる? 兄様なら気にしないと思うし」
そうエルが誘うと、セリシアの顔が一気にパァッと明るくなった。
「いいんですか? やったぁ!」
と、嬉しそうに抱きついてくるセリシア。
そんな様子に、エルは優しく笑みを浮かべる。
それから、二人はくっつきながら、上級生の授業の邪魔にならないよう気おつけて、学院内を歩き回るのだった......。
そうして、学院内をある程度散策し終えた二人は、お昼前の暖かな日差しの降り注ぐ中庭に置かれたベンチに腰掛けて休んでいた。
「――当たり前ですけど、すごく広かったですね。 私一人だと迷っちゃいそうです」
そう足をぶらぶらさせながら楽しそうに言うセリシア。
「確かに。 けど兄様曰く、一年生のうちは魔術も剣術も実技場しか使わないって言ってたから大丈夫だと思うよ」
四年生以降は魔術の授業で色々な教室を使うらしいが、その頃には流石に学院内で迷うことは無くなってるはずだ。
「ううっ、剣術......。 ちょっと憂鬱です。 エル様が戦ってるところを見るのはカッコよくて好きなんですけど、 自分が剣を持つってなるとどうしても怖くて緊張しちゃうんですよね」
「怖い?」
何が怖いのか、とエルは首を傾げた。
「はい、私運動が苦手なので......。 自分より相手に迷惑かけないか怖くて」
そう苦笑いを浮かべるセリシアの話を聞いて、エルは納得する。
――セリシアは優しいのだ。
常に他人を考え、自身が周りに与える影響を勘定に入れて動いている。
もちろん、エルも同じような考えを基に行動を決定しているが、導き出す答えが違う。
エルの場合、他人によい影響を与えられるのなら迷わずその選択肢を取れる。
だが、セリシアはそもそも他人に影響を与えることに怯えている。
それは弱さでもあるが、セリシアの良いところだとエルは思った。
「......セラは優しいね」
「えぇへ? そ、そうですかぁ?」
と、照れくさそうに笑顔を浮かべるセラ。
そのコロコロと表情の変わる様が余りにも可愛らしくて、エルも思わず笑みをこぼす。
と、そんな風に二人の時間を楽しんでいる中、不意にエルの名が叫ばれた。
「――エルアリア・アドニス!」
何事かと、声のした方へ視線を向けると、そこにはいつぞやパーティーでトラブルになりかけた赤毛のご令嬢が居た。
その隣にはジークが困り顔を浮かべて立っている。
エルは、名乗った覚えのない相手に名を呼ばれたことに警戒心を向けた。
がしかし、そこにジークが挨拶を投げかける。
「よ、エル。 パーティーぶりだな」
なんて、軽いテンションのジークに唖然としていると、黒髪の男子がアメリアを宥めるために前へ出てきた。
「ちょいちょいアメリアさん? いきなり大声ってのはどうなんですかい......」
そう言ってアメリアの肩に手を置いて、落ち着かせようとする黒髪の男子だったが、アメリアは「うるさい」と言って、裏拳をその顔面にめり込ませた。
「あだっ?!」
と、黒髪の男子は鼻血を噴き出しながら後頭部から地面へ倒れ込む。
ジークはそんな黒髪の男子の顔を覗き込み、笑いをこらえた震え声で手を差し伸べる。
「くはっ......。 へ、平気か?リオウ」
「へ、平気っす」
そんな二人のやり取りを一瞥して、アメリアは一歩前に出て口を開いた。
「――私の事、覚えているかしら?」
その問いにエルはアメリアと視線を合わせる。
「も、もちろん」
一年前のパーティーで両親と髪の毛を馬鹿にされたのだ。
忘れる筈がない。
「そう言えば、お互いにまだ名乗ってないわよね?」
一応、アメリアはジークからエルの話を聞かされており、名を知っているが。
本人同士での自己紹介はまだだ。
「エルアリア・アドニスです.....」
「アメリア・ヴァーネットよ......」
互いに名乗った二人は、握手ではなく刺すような視線を交わした。
ピリついた空気と沈黙が、二人の間に流れる。
端から見たら一触即発。
しかし、エルもアメリアも、今この場で何かをするつもりはなかった。
特にアメリアは横にジークが居るため、今日は様子見程度にしようと決めていたのだ。
だが、そんなの他人が分かるわけもなく、セリシアが二人の間に割って入る。
「――エル様、落ち着いてください。 まださっきの怪我もあります。 それに、喧嘩は良くないですよ。 先生に見つかったら叱られちゃいます」
と、そう言ってエルを押しなだめるセリシア。
――その表情は妙に焦っていた。
「うん。 分かってるセラ。 大丈夫」
取り敢えず、トラブルを起こすつもりはないエルは、そう返事をしてセリシアを落ち着かせる。
すると、そのやり取りを見たジークも、アメリアに声をかけた。
「セリシア嬢の言う通りだぞ、アメリア?」
「わかってますわ、殿下」
なんて、それぞれが言葉を交わしたのと同時にカーンと鐘の音が四度響く。
三時限目の終わりの報せだ。
そんな鐘の音と共に、エルとアメリアの間に流れていた張り詰めた空気が消える。
「おっと、もうそんな時間か。 流石にそろそろ帰宅しないと父上に叱られる。 俺もエルと話したかったんだが......」
そう言ってジークはエルを見ると「また今度だな」と、惜しそうに言葉を続けた。
「――すみませんね、ジーク様。 元々はジーク様が会いたいと言ってあの子探していたのに、ウチのお嬢がしゃしゃり出まして......」
それまで後ろの方で黙っていたリオウなる黒髪の男子がそう口を開いた。
「いいんだ、気にするな。 アメリアもエルのことが気になっていたんだろ?」
と、ジークは悪戯な笑みをアメリアへ向ける。
すると、アメリアは慌ててそれを否定した。
「ち、違います! 私はただっ......! 気に食わない相手が無様に負けて怪我をしたから、それを笑ってやろうとしただけですわ!」
そう言い切ると、エルの方へ振り返ってムスッとした顔で睨みを利かせる。
しかし、その反応をジークは面白げに笑って眺めた。
「んぅ......エルアリア・アドニス! 貴女とは、いつか絶対決着をつけるわ! ほら、さっさと帰るわよリオウ!」
ジークの様子に更に顔を赤くしたアメリアは、捨て台詞を吐いてそそくさと中庭を離れて行く。 ジークはそんなアメリアの背中を「くはは」と笑い、エルに軽く言葉を投げかけると、後を追って帰っていった......。
エルとセリシアはそれにペコリと頭を下げる。
「――なんだったんですかね?」
「......さあ?」
そうして、残されたエルとセリシアは頭を上げると、不思議そうに顔を見合わせた。
「私達も行きましょうか?」
「うん。 アル兄様との待ち合わせ場所は食堂の前だよ」
そうして、二人は中庭を後にして食堂へと向かうのだった。




