18.薄氷を踏む
――チクチクとした空気が、頬を撫でる。
地面にはキラキラとした霧が立ち込めて、吐く息が白く染まるほどに、実技場の温度は一瞬にして冷たくなっていた。
足下には凍った地面。 制服に飛び散った水飛沫すらも凍りついて霜が降りている。
シアニスはエルの攻撃をギリギリで避けており、対するエルは足を氷に取られて動けないでいた。
ヒリヒリとした痛みが、足首に広がる。
エルは咄嗟に氷を割るため、剣を足元に突き立てた。
すると思いの外、表面の氷は薄いらしく簡単にパキッと音を立てて割れる。
そうして、足の氷を素早く割ったエルは再びシアニスへ向かって走り出す。
氷の下は凍らずに水として残っており、足を踏み出すたびに表面の氷が割れてヒンヤリとした飛沫が足首に散る。
シアニスは表面だけを器用に凍らせることで、水溜りを再利用出来るようにしていたのだ。
そして、エルが氷から抜け出したのを確認すると、容赦なく追撃を加えてきた。
「――氷柱」
シアニスの詠唱と同時に、足下の氷からエルを狙った角度で氷柱が勢いよく突き出す。
それに対し、エルは咄嗟に剣を横一文字に振り抜き氷柱を砕く事で攻撃を防いだ。
シアニスは驚いたように目を丸くする。
がしかし、間髪入れずにもう一つ氷柱を生やしてきた。
エルは再度剣を振り抜き、氷柱を砕く。
だが、四方から絶え間なく氷柱は生えてくる。
何度も、何度も、何度も、何度も......。
それを繰り返すうち、次第にエルの額に汗が浮かび始め、氷柱に対する反応に少しずつ遅れが出始める。
――このままではジリ貧だと、エルは理解していた。
いくら氷柱を砕いても意味がない。
砕いたそばから新たに氷柱が生えてくるのだ。
一本砕けば次の瞬間にはもう一本。シアニスに近づく暇もない。
一瞬でも気を抜けば氷柱に背後を取られる。
故にエルは氷柱の対処をしながら、どうすればいいのか必死で頭を回した。
考えて、考えて、考え抜いた結果。
エルは一つの賭けに出た......。
◇◆◇◆◇
氷の上で白髪の少女が、まるで踊るように剣を振るっている。
四方八方、地面から襲い来る氷柱を砕くために。
その光景を、観戦する誰もが息を呑んで見ている......。
そして、ジーク・ヴァーミリオンもその中の一人だった。
ジークは、エルの一挙手一投足を食い入るように観察する。
「――彼女、どこか見覚えありますわね」
隣で見ていたアメリアが口を開く。
「以前、パーティーで出会っただろ? ほら、俺とぶつかった......」
そう説明すると、アメリアはあっとした表情を浮かべた直後、すぐにムスッとする。
「あぁ、ジーク様が良く話題にする子ですわね」
「実は、あの後エルとは少しあってな」
そう言って、ジークは頭の片隅で一年前の王宮での手合わせを思い出す......。
――あの時は少ししかエルの実力を見る事が出来なかったが。
どうやらあの時よりも腕を上げてきているらしい。
技量も、判断力も、総合的に全てが伸びている。
だがこの模擬戦、エルが勝つのはかなり厳しいだろう。
シアニス先生は初手で殆ど勝ち筋を作り出していた。
水玉による牽制。
氷結での足止め。
氷柱でトドメ。
流石は教職に就くだけあって隙がない、とジークは感心する。
「あれじゃ、負けますわね」
そう嬉しそうに口を開くアメリアに、「かもな」とジークは完全に同意しなかった。
以前ほんの少し剣と言葉を交わしただけではあるが、エルはこのままじゃ終わらないという予感......いや願望を、ジークは無自覚に抱いていたのだ。
そして次の瞬間、その気持ちに応えるように、エルが動き出す――。
◆◇◆◇◆
氷柱を砕き、次の氷柱が生成されるその瞬間に、エルは防御を捨ててシアニスの方へ勢いよく跳び出した。
賭けが外れれば、エルには防ぐ手段がない。
「......っ?!」
それを見たシアニスは驚いたような表情を見せる。
先程からエルの頭にはとある疑問があった。
それは、シアニスはなぜ複数同時に氷柱で攻撃してこないのか、という疑問だ。
現状、エルの対応速度では氷柱一本を相手にするのが精一杯なのだ。
シアニスもそこには気づいている。
ではなぜ同時に攻撃してこないのか。
可能性は二つある。
一つはシアニスが手を抜いている可能性。
もう一つは単純な実力不足の可能性。
そこで、エルは実力不足の可能性に賭けたのだ。
次の氷柱が伸びてくる前に、シアニスの懐へと肉薄する。
――だが次の瞬間、賭けに負けた......。
地面に突き立てられたシアニスの杖が青白く光り、背後で伸び始めた氷柱とは別に、目の前に新たな氷柱が形作られる。
案の定、防御を捨てて前のめりにシアニスへと突っ込むエルは、その対処に一手遅れてしまう。
直後、先端の潰れた氷柱が鳩尾にめり込んだ。
強烈な痛みが胸の下に響いて、肺から口へと空気が逆流し、強烈な衝撃と共に視界が揺れる。
エルの身体は勢いよく後方へ吹き飛ばされ、水溜りの上を数度転がると、その意識はゆっくりと暗闇の中へ落ちていった......。




