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魔術師狩りのエルアリア【改稿版】  作者: 雪柳ケイ


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01.師匠

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  穏やかな春風の吹く昼下がり。

  エルは庭の木陰でお昼寝をしていた。


  ――父に頼み込んで剣術を教えてもらい始めてから二年。

  年齢は八歳になっていた。


  最初の一年は木剣すら持たせてもらえず、走り込みと筋トレ、そして体術の稽古ばかり。 今年になってようやく、素振りと基本の型を教えてもらえるようになった。

  エルが教えてもらっているのは、父の使っている聖王流と呼ばれる流派。

 

  魔術の代わりという訳じゃ無いが、エルにはどうやら体術や剣術の才能はあったらしく、聖王流の基本の型をこの一年ですっかり身につけ、本格的な稽古へ移ることになっていた。


  がしかし、父様は騎士団の中でもかなりお偉い立場らしく。ここ数年は遠征任務が増えて更に仕事が忙しくなってきたようで、長いこと一人での稽古が続いている。

  そこで、別で師匠を見つけた方がいいと言う話になり、今日はその新しい師匠が尋ねて来る日なのだ......。



 「——エル様、剣術のお師匠さんが来ましたよ」


  頬を撫でる微風を感じながら、心地よく寝ていると、コゼットが色男を連れて歩いてくる。


  その声で目を覚ましたエルは、欠伸をしながら呪いのせいで灰のように白くなってしまった髪の毛を紐で結って、傍らに置いた木剣を手に急いで立ち上がった。


 「——はじめまして、アドニス嬢。元ヴァーミリオン王国騎士団、副団長のルビス・ロヴェインと申します」


  コゼットの隣、エルの目の前に立った若い男は、透き通った声でそう言うと頭を下げる。

  端正な顔立ちに、切れ長の目元と澄んだ青色の瞳。 煌めく金髪のポニーテールが風になびいて、右耳についた蒼い宝石のついたピアスがきらりと光った。


  ——元王国騎士の、しかも元副団長って、父様は凄い人を師匠に引っ張ってきてくれたな、と驚きつつもエルは挨拶とお辞儀を返した。


 「初めまして、エルアリア・アドニスです。これからよろしくお願いします、ロヴェイン師匠」


 「そんな、ルビスでいいですよ」


  とりあえず優しそうな人で良かったとエルは心の中で安堵する。

  なにせ昨夜は、新しい師匠が怖い人だったらどうしようとか考えて、なかなか寝付けなかったのだ......。


 「ならルビス師匠って呼びますね。 私の事は気軽にエルと呼んでください。 あと敬語もいりません」


 「そう? ならお言葉に甘えて、エルでいこう」


 「あ、はい」


  敬語はいらないと言うエルの言葉に、自然と砕けた口調になるルビス。

  本来はこっちが素なのだろう。


 「早速稽古を始めようと思うんだけど、大丈夫?」


 「はい、 もちろんです」


  挨拶もそこそこに、さっそく新しい師匠との稽古初日が始まる。




 「——さて、まずエルの実力が見たいから手合せから」


 と、庭の真ん中に移動するなりルビスは真正面に立って、木剣を片手で構えた。


 「は、はい。わかりました」


  流石にいきなり手合わせとは予想してなかったエルは少し驚く。


  ――この二年でやってきたことと言えば素手での戦い方と素振りだけだ。

  動きも未熟で荒削り......。 それに、初めて父以外の相手をする。


  どこまでやれるのかという、興味と不安がエルの胸の中で混じりあった。


 「緊張しなくていいよ、一旦軽く一撃だけ振ってくれればいい」


  そんなエルの雰囲気を感じ取ったのか、ルビスは穏やかな笑顔を向ける。

  エルはその言葉で、何度も深く息を吸って心を落ち着かせた。


 「それじゃ、お好きなタイミングでどうぞ?」


  一頻り呼吸を整え、木剣を脇に構えた直後、ルビスがそう言葉を発する......。

  それを聞いたエルは、勢いよく地面を蹴って飛び出し、全力を込めて木剣を横薙ぎに振り払った。



  ——木剣同士のぶつかる軽いカッと言う音が響き、攻撃が弾かれる。



  エルはその跳ね返ってきた衝撃を受けきれず、木剣が手から飛んで、たたらを踏んでしまった。


 「——うむ、なるほどね」


  ルビスは一言そう呟くと、木剣をおろして目を伏せた。

  そして、一瞬考え込んだ様子を見せた後、ゆっくりとエルを見る。


 「エルは英雄になりたいんだっけ?」


 「はい、レイド・ヴァーミリオンに憧れてます」


 「それは、どうして?」


  そんなルビスの質問にエルはゆっくりと目を瞑り、コゼットに英雄譚を読み聞かせてもらった時の事を思い浮かべた。


  ――薄暗い寝室に響く柔らかなコゼットの声。語られる英雄王レイド・ヴァーミリオンの英雄譚。 それらに心踊らせ、胸の鼓動を高鳴らせ、そしてなにより——


 「かっこいいって思ったんです。 沢山の人を助けて、沢山の人を守って......。 そんな人間に私もなりたいって。 だから、憧れました」


  そう語りながら、目を瞑って追憶を続けるエル。

  物語には、厳しい現実も記されている。


  ――人間は弱く、何もかもは救えない。 だが、この手の届く限りは救いたい。


  かつて、魔王によって世界の命という命は塵芥のように消費されて行った。

  それが当たり前になっていた世界で、レイド・ヴァーミリオンはそんなかっこいい信条を掲げて、世界を救った。


  エルは、それに憧れたのだ。


 「かっこいい、か。 でもエルは魔術が使えないんだろう? それでも、英雄になる、なれるって言い切れる?」


  魔術を使えないことは......父から聞いたのだろう。

  師匠を探してきたのも父様だし、別に話していても不思議じゃない。


  エルは瞼を持ち上げ、問に答える。


 「——言い切れます。 レイド・ヴァーミリオンも剣で魔王を倒しましたし。 それに、魔術が全てじゃないと思うんです。 初めてお父様の剣技を見た時、私には魔術と同じくらい、輝いて見えました」


  そう確かな自信を胸に、エルはルビスの目を真っ直ぐ捉えた。


  ——きっと、どんなに努力したところで、魔術が使えないという事実は変わりようがないのだろう......。


  しかし、剣術は違う。

  手足が動く限り、努力し続けることが出来る。

  努力が続けられるなら、少しでも憧れに近づく希望が生まれる。

  希望があるのなら、決して諦めたくは無い。


  エルは心の底からそう思っていた。

 

 「そっか......」


  と、ルビスは優しい笑みを浮かべる。


 「だったら、その思いや信念を曲げずに持ち続けられるのか、新しく師匠になった身として期待してるよ」


 「そこは、安心してください。 父様いわく、私は母様に似て凄く頑固らしいので」


  なんてエルの返事に、ルビスはアハハと笑う。

  そして、すぐに笑いの余韻を飲み込むと、自然に稽古へと話の舵を切り直した。



 「——さて、まずはエルの実力について話そう」


  どうやらさっきの一撃だけで実力を推し量ったらしい。

  さすがは元王国騎士団、副団長と言ったところだろう、と思いつつもエルは姿勢を正してルビスの話を真剣に聞く。


 「まず、剣の振り方がダメだ。 今のエルは力任せに相手を叩いてるだけ。 もちろん、膂力があれば、それも有効な戦い方だけど、最初からそれだと剣士としては中途半端になりやすい。 まずは相手を斬るってイメージを持ちながら剣を振って欲しい」

 

  言われてみれば、とエルは心の中で納得した。

  思い返してみると、攻撃を当てることばかり意識して他のことはイメージしていない。


  叩くんじゃなくて斬る......。

  そう同じ言葉を何度も頭の中で反芻させ、エルは意識を切り替える。


 「それと剣を振る際に、力みすぎだからそれも注意。 今のままだと剣に体幹や重心が持っていかれてちゃうから。 暫くはそこを直そう」


 「はい」


  ——そこからは注意されたところを改善するために実戦形式での稽古が始まった。

  ルビスも誰かに剣を教えるのが初めてらしく、取り敢えず打ち合う中で軌道修正を繰り返す、と言うやり方をするらしい。




  そして、それから数時間後。

  空が茜色に染まり始めた頃......。


 「——今日はここまでにしよう」


 「うぅっ......はい」


  エルは地面にうつ伏せに倒れて、泥だけになっていた。


  実戦形式とは言ったものの、ルビスの方から打ち込んでくる事は一度もなく。

  エルの方から攻撃を仕掛けては、悪癖を指摘するように切り返してくる。 それの繰り返し。


  切り返しが来ると分かっていても、毎回防御や回避が間に合わずに地面に転がされてしまう。 きっと剣に体幹や重心が持っていかれてるせいなのだろう、とエルは反省をする。


  ——反応は出来ていた。

  剣を振る時の無駄な力みさえなければ回避も防御も間に合ってたはず。

  今後はもっと気をつけて剣を振らないと......。


  なんて一日の学びを振り返りつつ、エルは寝返りを打って空を見上げた。


 「今日一日で地面と親友になれた気がします」


 「大丈夫?初日から少々飛ばしすぎたかな」


  ルビスはそう苦笑いを浮かべながら心配して手を伸ばしてくれた。


 「痛い......けど大丈夫です」


  そう返しながらエルは差し出された手を握って立つ。


 「エル様、夕食の前に絶対お風呂入りましょうね!」


  端の方で見守っていたコゼットが寄ってきてタオルを差し出してくれる。


 「それじゃ、俺はこれで失礼させてもらうよ。 また明日かな」


 「はい、また明日」


  こうして、エルとルビスの稽古初日が終わりを告げたのだった......。

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