00.プロローグ
——小さい頃から、英雄になりたかった。
ヴァーミリオン王国のアドニス家に生まれたエルアリア・アドニスは、三歳の頃、専属侍女のコゼットに読み聞かせてもらった英雄譚の英雄に憧れた。
その英雄譚の主人公は、このヴァーミリオン王国に生まれたなら誰でも知っている人物。
大昔に魔王ラグナスを倒した、英雄王レイド・ヴァーミリオンだった。
——本の中の英雄への憧れ。
それがエルアリアの原点。
どうすれば、自分もレイド・ヴァーミリオンのようになれるのか、何をすればいいのか。
そんな漠然とした憧れへの道は母——ミリスティアが指し示してくれた。
「——其はしるべの光、宵闇照らす無数の宝石。光りて導け、天象儀」
エルが人生で初めて、魔術を目にした瞬間だった。
母が見せてくれたその天井いっぱいに広がる星空は、エルの目にはキラキラと輝いて、とても綺麗に映った。
——自分にもこんな魔術を使えたなら、多くの人を笑顔に出来るかもしれない。
沢山の人を悲しいことから救えるかもしれない、とエルはそう思った。
それから毎日、一生懸命勉強をした......。
母に教えを乞い、文字を覚えて、沢山の本を読んだ。
―—だがしかし、その憧れは淡く儚く散ってしまった。
エルには、魔術の才能が無かったのだ。
下手だとか、頭が悪いからとか、そんな理由じゃない。
そもそも魔術はきちんと唱えられれば子供にも最低限使うことは出来る。
ではなぜ使えないのか。
理由は簡単、血筋だ。
母方の一族、賢王ニクス・ヘカーティアの血は呪われており、エルはその呪いを受け継いでしまったのだ......。
かつて全てを滅ぼさんとした魔王が、死に際に十三人の英雄に刻んだ魔障と呼ばれる呪い。
何百年と経った今でも、誰一人としてその解くことすら出来ず、呪いを受け継いでしまった幼子は何かを奪われるか、何かを与えられる。
そしてエルは、魔術を奪われた......。
母親という最も身近な憧れへの道、最初に手に入れた英雄と言う憧れと夢、それを同時に失ってしまったエルは、それからと言うもの何をするでもなく、書庫に籠って好きな英雄譚を読むだけの毎日を送った......。
だがそんな日々を送って三年が経った、ある日。
騎士である父ダリルが、庭で剣の稽古をしている姿を、エルは書庫の窓から目にした。
それまで何度か見かけた事はあったものの、意識して目にしたのは、その日が初めてだったエルは、気まぐれに少し眺めてみようと思い、窓辺に寄りかかる。
――軽い準備運動から始まり、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、最後に素振り。
そして、それらが終わると、ダリルはどこからか丸太を担いできて地面に突き立てる。
そんなものを用意して何をするのか、と疑問に思いつつ、エルは静かに様子を見守った。
ダリルは丸太の前に立ち、稽古用の片手剣を構えてゆっくりと目を瞑る。
そして、深呼吸をした、次の瞬間......。
——カァン!
と言う音とともに、丸太は五つに分割され地面を転がった。
それと同時に、エルは頭に稲妻が走ったような気がして、大きく目を見開く。
父の動きが、一切見えなかったのだ。
しかし、現に丸太は輪切りに刻まれて地面に転がっている......。
エルはいてもたっても居られなくなって、書庫を飛び出した。
「——父様!私に剣術を教えてください!」
ダリルが一瞬で丸太を斬ったあの瞬間、エルの世界は色づいた。
それはまさに雷のような閃きだった。
諦めていた憧れへの道を指し示すように、灰色の日々に光が差した。
父の剣術は、まるで御伽噺の英雄がそのまま出てきたかのようで......。
とてもカッコイイと思えたのだ。
体を動かすのは苦手じゃない。
レイド・ヴァーミリオンも魔術ではなくその剣技で魔王を倒している。
だったら自分も剣で人を助ければいい、とエルは再び憧れへの道を見いだしていた。
——こうして世界に一人の剣士が誕生する事になる。
その名はエルアリア・アドニス。
後に魔術師狩りと呼ばれる彼女は、この瞬間に憧れへの道を再び歩き出した。
改稿版です。大筋には影響ない範囲で設定を所々弄りました。
消えた設定、追加した設定が所々あります。
拙い作品ですが、どうか応援してくれるとありがたいです。




