16.同級生達
教室に着くと、中は既に多くの同級生で賑わっていた。
パッと見でも百人は優に超えている。 廊下に居る生徒とまだ来てない生徒を合わせても大体今年の新入生は百五十人と言ったところだろう。
それぞれ、ずらりと並んだ階段状の座席について、お互いに自己紹介したり、友人と談笑したりと、それぞれ言葉を交わしている。
席は決められておらず自由らしい。
そんな中、 新たに教室へ入ってきたエルに一部の同級生達の視線が集中した。
『――あれ、噂の公爵令嬢じゃない?』
『――ほんとですわ』
『――あの子、呪われてるらしいぜ』
『――少し気味が悪いな』
『――ちょっと怖いよね』
『――あんま見ないほうがいいんじゃない?』
賑わいの中に混じるヒソヒソと耳障りな会話。
しかし、エルはそんなの気にしないといった様子で窓際の席へと着いた。
――こうなるのは、予想できていた。
教室に来るまでの道中もいくつか同じような視線を向けられている。
魔障の呪いについては、ある程度噂として広まっているらしい。
その上、白髪は目立つ。 貴族と言うものは噂話が好きなのだ。
むしろ、この程度の噂や陰口に収まっているのならまだいい方。
怖いのはこれからだ。 変にちょっかいを出してくる生徒が、いないとも限らない。
なんて考えつつも、エルは教室の様子を見渡す。
すると、隣に座ったセリシアがどこか不服そうに眉を顰めているのが目に入った。
「エル様のこと、よく知りもしないで......」
「いいよ、セラ。私は気にしてないから。 でも、ありがとね」
エルはそう、優しく微笑んだ。
――いつからか、周りの視線に慣れてしまっていた。
向けられる視線に、囁かれる言葉に、そしてそれによって生じる苛立ちや悲しみや不満を飲み込むことに......。 何も、感じなくなっていた。
それは、慣れと言えば聞こえはいいが、ある種の諦観に近い。
周りに、注目するなという方が無理のある事ゆえに、『仕方がない』と受け入れる。
そうやって、エルは自身の心を守ってきたのだ。
だが、セリシアが自分の代わりに怒ってくれた。
その事実に、エルは嬉しく思い、心から感謝を伝えた。
「――おや、エルは人気者だねえ。 まあ、これだけ可愛いければ当たり前かな?」
そう自信満々に褒めてくれるルシアスに、エルは「そうかな?」と返す。
エル本人は、自分がいうほど可愛らしいとは思っていないのだ。
もちろん、見た目に自信がないわけではないが......。
他人に誇れるかと問われれば躊躇う程度に、慎ましやかな性格なのである。
それにしても、ルシアスは噂を知らないのか、それとも知っていてこの様に接しているのか......。
セリシアの従兄弟なのだから、悪い人ではないのだろう。
しかし、そのセリシアが露骨に嫌そうな表情を浮かべて女誑しだと口にする程度には軟派な性格なのは間違いない。
そう考えていると、今度はセリシアがルシアスの言葉に激しく頷いて同意を示した。
「そうですよ! エル様はこんなに可愛らしいのに! まあ、最低なルシアスの事なので、どうせ口説き文句として吐いた言葉でしょうけど、今回は同意できます!」
と、さり気なくルシアスを傷つけるセリシアに、ルシアスは「本心なんだけどね?」と呟く。
その二人の掛け合いに、エルは笑みをこぼす。
そうして、そんな風に雑談をしていると、ふと教室全体が騒がしくなったのにエルは気がついた。
何事かと周りに視線を向けると、教室の入口に立つ見覚えのある人物達が視界に入る。
「――ジーク様! 私この前、ようやく中級魔術を使えるようになりましたの」
「アメリアの属性は、確か火だったか?」
「ええ! よろしければ今度是非、私のお屋敷にいらしてください。 剣術の稽古にもお付き合いしますわ」
なんて会話を交わすのは、満面の笑みを浮かべた赤毛の令嬢と、制服をほんの少し着崩した赤髪の少年......。
もといアメリア・ヴァーネットと、第二王子ジーク・ヴァーミリオンだった。
二人は教室中のざわめきなど意に介さず、空いた席へと歩みを進める。
その途中で、ジークは窓際のエルに気づいて視線を向けた。
しかし、一瞥をしてほんの少し笑みを見せるだけで、すぐにその視線を外しアメリアと共に席へ着いた。
そんな様子を、隣のセリシアも見ていたらしく、口を開く。
「ジーク様、こちらに気づいたみたいですね......」
「かもね。 あとでタイミング見て挨拶しに行こう」
エルは一応、パーティーで知り合い程度にはなれた認識で居る。
ジーク側がどう思ってるかは定かではないが、挨拶しないというのも不自然だろうと考えたのだ。
「おや、二人はジーク殿下と知り合いかい?」
そう言って、話を聞いていたルシアスも会話に参加してくる。
「以前、一度だけ剣の相手をしてもらった事が......」
「そうそう! 凄かったんですよ、エル様の剣術。 なんたってあのジーク様に認められるくらいには強いんですから!」
と、興奮気味に話すセリシア。
それを聞いたルシアスは感嘆の言葉を口にする。
「へー、エルは剣術が得意なんだね!」
「うん、まあ」
そんな会話をしているとカーンと言う鐘の音が学院中に響き渡った。
一時限目、開始の合図だ。
鐘が鳴るたび、教室の喧騒が静まってやがて静寂が広がる。
そして、鐘の反響が収まるのと同時に、蒼黒色の髪の少女が教室へと入ってきた。
一瞬、遅刻した同級生に見えたが、どうやら違うらしい。
背丈が低く、上級生にも見えなくはないほどなのだが、明らかに制服ではない。
私服の上にダボッとしたローブを羽織っている。
その少女は教室の前方、教卓の前まで気だるそうに歩くと、改まったように喉を鳴し、そして話し始めた。
「はい、どーも。 ああ、まずは入学おめでとう。 私はシアニス・セントウレア、この学年の担当教師よ。担当科目は魔術。よく子供と間違われるけど、これでもれっきとした大人だから。 チビだのガキだの可愛いだの、舐めた口を聞いたら容赦せず魔術をぶち込むわ。 よろしく」
と、眠気の残ったような鋭い目つきでシーンとした教室を見渡す、が......。
同級生は皆、心の中で同じ事を呟いていた。
『『――可愛い』』、と。
しかし、そんな事も露知らず。
シアニスは明日からの授業についての説明を始めるのだった。




