13.夢現
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——夢を、見た。
不思議な、夢を——。
——そこは、見覚えのあるようでない、どこかの城。
エルは気づくと、玉座の前の階段に座っており、丸くなって眠っている真っ黒なドラゴンの鼻先を撫でていた......。
崩れた天井からは、淡い月明かりが差し込んで、ただただ穏やかな時間が過ぎてゆく。
——ここがどこなのか、自分は誰なのか。
それを思い出そうとした瞬間、真横のドラゴンが徐ろに顔を持ち上げた。
「ラグナス......奴らが来たぞ」
ドラゴンは玉座の間の入口を睨んでから、鼻先を擦り付けながらそう告げる。
ザラザラとした鱗が、頬を撫でた。
そして直後、エル自身の意志とは関係なく、勝手に口が動く。
「ええ、分かってる。 貴方は外の方をお願い」
——まるで自分が自分じゃないかのような感覚。
自分の声だと言うのに、どこか他人のような違和感がある。
「......勝てるのか?」
ドラゴンは人間の顔の何倍も大きいその黄金の瞳を、悲しげに向けて尋ねた。
「さぁね? でも戦わないと。 それが《《私》》の運命だもの」
そう微笑むと、ドラゴンは不満そうに鼻息を漏らして動き出す。
「そうか。 なら、俺も空の魔女と戯れよう」
ドラゴンは翼を大きく広げてそう告げると、崩れた天井から空へと羽ばたいた。
「程々にね......?」
そう呟いて、小さくなってゆくドラゴンの背を玉座の前の階段に座り込んで見送る。
そうして、先程まであった温もりがだんだんと冷めていくのを肌で感じながら、目を瞑って静寂に耳を傾け浸っていると......。
バンッと音を立てて扉が開かれ、五人の男女がそれぞれの武器を手になだれ込んできた。
——英雄王レイド・ヴァーミリオン。
——賢王ニクス・ヘカーティア。
——神霊の器メア・ドレイヴン。
——百鬼戦乱の天下人リリ・クラベル。
——不死不滅の勇者ノエル・ヴァンシーカー。
初対面のはずなのに、名前が脳裏に浮かんでくる。
彼らは皆、こちらに鋭い視線を向けていた。
「随分な登場の仕方ね? 扉ってもう少し優しく開けるものじゃないかしら?」
心地の良い静けさを無遠慮に破られた事に、腹を立てて睨みを利かせるが、彼らはその言葉になんの返事もせず、次の瞬間には襲いかかってくる......。
しかし、それと同時にまるで時が止まったように、目の前の全てが動きを止めた。
月明かりに照らされ輝くホコリも、夜風に吹かれ舞い散る木葉も、襲いかかる英雄達ですら、凍ったように固まっている......。
――この後、何が起こるか知っている。
何度も何度も物語で読んだ。
彼らによって魔王が殺され、魔王は彼らに呪いを刻むのだ。
しかし、なぜ魔王視点を夢に見ているのか。
見るなら英雄視点が良かった......。
なんて思った瞬間、まるで身体から弾き出されるような感覚に襲われ、エルは前のめりに倒れ込んだ。
「——あら、こんばんは」
と、四つん這いで床にへたり込む背中から、自身によく似た声が聞こえてくる。
驚いて振り返ると、自身にそっくりな少女が、階段に座ってニコニコ笑って見下ろしていた。
確実に目が合っている。
夢の中の自分が、自分に話しかけてきている。
そんなおかしな状況に......。
「——はっ?」
と驚いて、瞳を見開いた次の瞬間——。
——目の前には、見慣れた天井が広がっていた。
それまで聞こえなかったのが不思議なほど騒がしい雨音が次第にその主張を強めて、ヒンヤリとした冷たい空気が肌を撫でる......。
「今のは......夢?」
体を起こしながらそう呟いて、その手にまだ残ったドラゴンの鱗の感触を確かめるように、右手を握った。
しかし、その感触も夢の記憶も、直後にはまるで霞のように全て薄くなってゆく。
「あれ、なんで私ベッドで寝て......」
意識がハッキリするにつれ、疑問が浮かんできた。
朧気ながら覚えているのは、濡れた床の冷たさと母の驚いた顔だ。
魔障について調べてたのはハッキリと覚えている。
しかし、ここに至るまでの記憶がない。
どのくらい寝ていたのか。
窓の外は雨のせいで薄暗いながらも、十分に明るい。
母様の部屋を訪ねたのは、お昼を食べたあとだから、寝てたのはせいぜい二、三時間と言ったところだろう。
まずは何が起こったのか詳しい事を聞きたいけど......。
とエルは部屋を見渡すが、そこには誰もいない。
取り敢えず話を聞こうと思い、ミリスティアを探すためにベッドから降りる。
すると、同時に部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
「——あっ、エル様。 よかった目が覚めたんですね」
部屋に入ってきたのはコゼットだ。
「あ、コゼット。おはよ、ねぇ母様知らない?」
「奥様はエル様をここに運んだあと、調べることがあるとか言って書庫に向かいました」
——母様のことだから、気絶した理由を調べてるんだろう。
「書庫ね、ありがと......」
と、ミリスティアの居場所を聞いたエルは、何食わぬ顔でベッドを離れる。
が、その行く手をコゼットが塞いだ。
「ありがと、じゃありませんよ。 エル様、血を吐いて倒れたんですよ? まだ寝てなきゃダメです!」
半分呆れた様子のコゼットはそう言って、エルをベッドへ押し戻す。
「——血? 私、血を吐いたの? ......全然覚えてないや」
「ほら、記憶にまで影響でてるじゃないですかぁ!」
「でも、今は全然元気だよ? 痛いところも全くないし」
コゼットの言葉に多少不安になるが、目が覚めてから特に不調は感じていない。
だがコゼットには信用されず、無理やりベッドに寝かされて、上から毛布を被せられた。
「元気な人は普通、血なんか吐きませんよ!」
「でも、母様と話したかったんだけど?」
「奥様なら私が今から呼んできますから。 エル様は大人しくしててください」
と、半分頼み込むようなコゼットの言い方に、エルは仕方ないと言った表情を浮かべる。
昔から風邪をひくたび、コゼットは過保護になるのだ。
こうなったコゼットには大人しく従うしかない。
「――絶対に大人しくしててくださいね?」
廊下に出たコゼットは扉を閉める前にそう言って顔だけを覗かせる。
エルはそれに「は~い」と不服そうに間延びした返事をするのだった......。
——それからしばらく、窓の外で弾ける雨粒を眺めて待っていると、コゼットがミリスティアと一緒に部屋へ戻って来る。
そして次の瞬間には、勢いよく抱きつかれた。
「エル! よかった、目が覚めて......」
その余りの力強さに思わず「うゔ」っと声を漏らすと、母様は慌てて離れた。
その目はひどく潤んでおり、目尻には今にも溢れそうなほど雫が溜まっている。
きっと、すごく心配してくれてたのだろう。
そんな母を安心させるために、エルは優しく微笑んで返事をかえした。
「おはよう、母様」
「おはよう......ってそうじゃなくて! どこか苦しいところはない? 痛いとこは?」
「なんともないよ、大丈夫」
——強いていえば変な夢を見たような気がするのだが......。
すでに内容は覚えてない。 夢は夢だ。
「本当に? 我慢とかしなくていいからね?」
と、心配の言葉を重ねるミリスティア。
「本当、大丈夫。 それよりも何があったのか教えて。 気絶する直前のこと、あんまり覚えてないの」
コゼットに待つよう言われてからの間に、水玉に右手を入れたところまでは思い出せた。
しかし、それ以降がプツリと言った具合に記憶から消えている。
「それが、私もよくわからないの。 エルがいきなり血を吐いて倒れたとしか......」
——水玉の中のあの妙な感覚。
あれが魔力だったとして、それが腕を伝って身体に入って来るような感じがしたのを覚えている。
つまり魔力を感じることは出来ていたのだろう。
しかし、それがなぜ血を吐いたかという答えに繋がらない。
「原因に何となく心当たりがあるの。多分、エルは魔力に慣れてなかったせいで身体がびっくりしたんだと思う。 普通の魔術師でも偶にある事だから。 でも......」
母様はそう歯切れ悪く独り言のように呟くと、眉をひそめて腕を組み始めた。
「うーん、魔力に触れる機会なんて今までいくらでもあったはずだし。そもそも血を吐くなんて聞いたことない。 あってせいぜい吐き気とか目眩とか......」
そう言って、母様は腕を組んで唸りだす。
こうなると、しばらく戻ってこない。
「右手を水の中に入れてた時、手首から腕になんか這い上がってくる感覚があったんだけど、それって普通?」
エルは取り敢えず、原因なんじゃないかと思う情報を伝えてみた。
「それが魔力よ。 けど、操作もしてないのに逆流? 無意識に魔力を奪おうとしたのかしら? それとも魔障の影響? というか、実は私も魔障についてはほとんど知らないのよねぇ......。 お父様にはどうにもならないって言われたけど、なにか出来ることがないか調べてみようかしら」
ミリスティアは呟くようにそう言って、エルの頭をぽんぽんと撫でると、ベッドを離れて部屋を出ていこうとする。
どうやら本格的に呪いに向き合う気になったらしい。
――しかし進捗があったとはいえ、結局魔障についての謎が増えてしまった。
魔力があり、感じることが出来る。 そこまでは良い。
だが、血を吐いた原因が定かじゃないのが不安だ。
今まで魔術に接する機会は何度もあったが、血を吐いたのは今回が初めて。
きっかけが分からないままでは、今後同じような事がないとも限らない......。
「あ、エルは今日一日部屋を出ちゃダメだから」
と、部屋を出る前に振り返ったミリスティアにそう言われる。
もちろん、言われなくてもそうするつもりだったので、「はーい」と返事をした。
ソルにしても、母様もコゼットも少し心配し過ぎではないだろうか。
出ていく前に必ず一言釘を差してゆく。
「——ねえコゼット、私ってそんなにそそっかしく見えてる?」
なんてエルが尋ねると、コゼットは肩を竦めながら視線を逸らすのだった。




