12.血の味
パーティーのあった日から数週間。
エルの成長度合いに、ルビスは驚いていた。
相も変わらず剣を交える二人だが、 魔術を交えた接近戦にも慣れ始めたエルは、風魔術を絡めた攻めに対して弱点や隙を突いて、確実な反撃を繰り出せるほどになっている。
風魔術の弱点はその綻びやすさにある。
その性質上、物理的に硬いわけではないので綻びが生じやすいのだ。
中でも基礎中の基礎である風凪は、魔力の通り道を何かしらで遮ってしまえば簡単にその形を崩せてしまう。
魔術は総じて、術者との魔力の繋がりを切ってしまえば制御を失い、消える。
エルはそれら魔術の知識をミリスティアから学び、きちんと利用できているのだ。
しかし、ここ最近エルの剣術に対するモチベーションが高すぎることを、ルビスは疑問に思っていた。
「――パーティーで何かあった?」
剣を交わす中で、ルビスはそう尋ねてみる。
以前も決して不真面目ではなかったが、第一王子の誕生日パーティー以降、確実にエルの真剣度が跳ね上がっている。
その理由を知りたくなった。
「そうですね......好敵手が出来ました」
そう微笑んで答えるエルに、ルビスはとある友人の顔を思い出す。
共に剣の腕を磨き、実力を高めあった幼馴染の顔を......。
「友人もできましたよ。 そのうち師匠にも紹介します」
「へー、それは楽しみだな」
と、話していると屋敷の中からコゼットが歩いてくるのが目に入って、お互い手を止めた。
「――すみません、稽古中に。 エル様、お手紙です」
そう言うと、コゼットは一枚の封筒を差し出す。
封蝋には、エーデルレオンの家紋が見えた。
差出人はそう、セリシアだ。
侯爵であるエーデルレオン家は王都から西に一週間の距離にある海岸沿いに領地と屋敷があり、お互い会うのに手間がかかるのだそうだ。
なので、月に数回手紙を交わそうと、パーティーの日に約束をした。
しかし、大事な友人からの手紙を、泥だらけの手で触るのは忍びない。
稽古が終わったあとにゆっくりと読もう、とエルはコゼットに部屋へ置いておくように頼む。
「それじゃ、稽古再開しようか」
「はい」
そんな日常を過ごして更に数ヶ月......。
――季節が春から陽射しの強い夏へと移り変わる頃。
その日は空が生憎の雨模様で、稽古が休みになったので、エルはコゼットをお供に母親の部屋を訪れていた......。
「あら、おはょ~。 どうしたの?」
突然の訪問に、寝癖と欠伸混じりの挨拶で出迎えてくれる母様。
「あぁ、朝からごめん。 魔障について教えて欲しくて来たんだけど......」
そう、エルは魔障を知るために母の部屋を訪れた。
というのも、先日ルビスに......
『――魔術が使えないと言っても、出来ないことの詳しい範囲を知っておいて損は無いと思うよ。 魔障がどの程度エルに影響を与えてるのか、暇がある時に調べてみたら?』
と言われたのだ。
実際、呪いについては殆どが謎のまま。 詳しい文献なども出回っておらず、呪われているエル自身でさえも、漠然と「魔術が使えない」程度にしか魔障に関しての情報を持っていない。
今までは、魔障とはそういうものだと納得して受け入れて居たけど......。
自分の体についての事を何も知らない、というのもおかしな話でじゃないか。
それに、身体強化とやらも魔力があれば出来る可能性がある。
その事を母に説明すると、
「——魔障を調べる?」
なんて口をへの字に曲げた。
「私が、どうして魔術を使えないのか。 詳しい原因を知りたくて」
呪いとは、いわば魔術の一種である。
属性は混沌に分類されてはいるが、使用できる魔術師が少ない事から研究がほとんど進んでいないらしい。
詳しい事は、それこそ母様の実家であるヘカーティア王族の持つ書庫にでも行かないと分からない。
だが、魔術である以上はある程度の秩序に基づいて効果を発揮する。
一見すると突拍子がないように思える魔術にも、それなりに道理や筋というものが存在するのだ。
「うーん…….。 あ、りあえず入って」
と、事情を聞いたミリスティアは唸りながらも部屋へ入れてくれた。
「――それで? 魔障の何を知りたいの?」
床に散らばった研究資料をコゼットと共に拾い集めながら、ミリスティアはそう尋ねる。
前提として、魔障の呪いは特定の効果に固定されない。
持って生まれた者によって、呪いの内容が変わるのだ。
エルは現状、自分は魔術を奪われたと認識しているが、呪いが体にどう働いて、なぜ魔術が使えないのか。
それをきちんと理解していないのである。
「えっと......。 まずは今の私って魔力持ってる認識でいいの?」
魔力とは魔術を使う上で必要不可欠な体内のエネルギーのことだ。
そもそも魔力がなければ魔術を使えない。
故に、原因は魔力が無いからなのでは、とエルは仮説を立てた。
「あー、どうだろ?」
そんな質問に、デスクの引き出しを漁り出すミリスティア。
そして、引き出しの奥から緑の宝石を一つ取り出すと、目の前に差し出してきた。
「はい、これ握ってみて」
「魔晶石?」
「そ、これで魔力の有無はすぐ確認できるでしょ?」
魔晶石は触れている者が漏らす微弱な魔力を吸収し光る性質があるのだ。
エルが魔晶石を受けると、手の中で魔晶石が淡く光る。
「ひ、光った……!」
目の前の淡い光がとても嬉しくて、ついつい笑みがこぼれる。
「うん、魔力はある見たい。 それにしても盲点だったわ。 呪いがあるって分かる前は魔力があって当たり前だと思って触らせなかったものね」
「では......次の問題は魔力感知か魔力操作でしょうか?」
様子を部屋の端で冷静に見ていたコゼットが他の可能性を提示する。
魔力があるなら、魔術を使うための条件は揃っている。
ならば、次に必要なのは術者が魔力を感じ取ることだ。
そもそも魔力を感じられなければ操作もできない。
だが、これまでの人生で一度も魔力だと思えるようなものを感じたことはなかった。
「そうね、魔力があるなら感知も出来ると思うけど......」
母様はコゼットの言葉に深く頷いてそう言うと、左手を突き出して魔術の詠唱を始めた。
「——其は無形の流転、潤いもたらす天地の恵み。湧き出て満たせ、水玉」
詠唱が終わると、バケツ一杯ほどの大きさの水の玉が母様の手のひらにモニュッと現れる。
「これに手を突っ込んでみて」
そう言われたので、遠慮なく水の玉に右手を入れた。
すると、すぐに全身の毛が逆立つような不思議な感覚に襲われる。
最初は普通の水と同じように、抵抗感のある掴みどころのない感覚が手のひらを覆ったが、直後に言い表しようのない重苦しい何かが全体的にまとわりつき、それが手首から腕まで流れ込んできた。
「どう?」
「うーん、なんか変な感じ?」
そう返事をしつつ、段々とその初めて感じる不思議な感覚が面白くなり、水玉の中で手を動かしたりしてみる。
「感知も出来てそうね......」
と、母様が呟いたのと同時に、突然喉の奥から何かが込み上げて来る感覚に襲われ、全身に激痛が走った。
「——ゲホッ!ゴホッゴホッ!」
溢れ出す咳を抑えようと自分の口元に左手を添える。
すると、その手に生暖かい何かが飛び散るのを感じた。
それを不思議に思い左手を覗き込むと、ベッタリとこびりついた鮮血が目に入る。
「――えっ?」
そばで見ていたミリスティアが驚くのと同時に、浮いていた水玉が形を崩して床を濡らした。
隅っこのコゼットも、エルの突然の喀血に目を丸くして動けずにいる。
「なに、これ......?」
そんな状況に、理解が追いつかず真っ赤になった自らの左手を眺めながら、そう呟く。
いや、原因は十中八九水玉に触れていた事だろう。
何かが流れ込んでくる感覚。
アレが魔力なのだとしたらなぜ血を吐いたのか。
もしや、これも魔障の呪いの影響だったり。
なんて、冷静に現状を分析するエルだったが、次の瞬間視界がグラッと揺れる。
「うっ......ぁ」
平衡感覚が無くなり、吐き気と共に床へと倒れる。
体が思うように動かないので、まともに受け身が取れず脳が揺れた。
「エル!」
「エル様!」
そんなエルを見て、驚いた様子の二人は声を荒げてすぐに駆け寄る。
混濁する意識の中、手足が先の方から痺れて全身がヒンヤリと冷たくなってゆくのを感じる。
そうして視界が霞んで音も遠くなり、意識は真っ暗な闇の中へゆっくりと沈んでいった——。




