表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/24

9話:取引


 私は、石田しおりは、この世界をどこか漫画の中だと、高をくくっていたのかもしれない。



 だからこそ私は、考輝さんに貴方は将来テロリストになるなんて無責任な事も言えた。


 だからこそ私は、立花さんを、ユッキーの異常性を簡単に受け入れられた。


 だからこそ私は、殺人鬼の佐藤と言い争う事が出来た。


 私はこの世界を漫画だと軽く考えて、私は未来を知っている傍観者のように振舞っていた。だから私に危険が及ぶ事を深く考えていなかった。漫画を読んでいる自分が傷つけられる事がないように。



 でも、この世界は『現実』だ。


 皆キャラクターなんかじゃないし、自分の意思がある。

 博物館を回った後の考輝さんとの会話でその事に気づいていたのに、まだ私はどこか自分を物語の外側にいるように考えていた。



 その結果考えもなしに殺人鬼の、狂人の佐藤に近づいてしまった。



「腕……貰ったぜ? ヒヒヒ!」


 その代償として、考輝さんの右腕が切り落とされた。





「考輝さんっ!」


 考輝さんに突き飛ばされて助けられた私は、壁にぶつかり、それから慌てて考輝さんの方を向く。そして目の前の光景に思わず手で口を抑え、悲鳴のような声を上げた。


 考輝さんは右腕を肩から切り落されていた。残った左手で傷口を抑えながら、苦悶の表情を浮かべている。切られた右腕は力なく地面に落ちた。



「ヒヒヒヒヒ! やっぱり人切るのはいいなぁ……でもお前サイボーグ? やけに力強かったし、どうにも切った感触も機械っぽいしよ……ま、それもまたいいけどな! ヒヒヒ!」


 人を切った感触に酔いしれているのか、佐藤は恍惚の表情を浮かべた。そして次にどこを切るかを考えるように、考輝さんの全身を舐めるように視線を這わす。


「……」


 その視線に恐怖を感じたのか肩で息をしながらも、考輝さんは後ろにじりじりと下がる。

 しかし佐藤もそれに合わせてじりじりと前に出た。佐藤はもう私が眼中にないように、ただ考輝さんだけを見ている。



 考輝さんのギアは右手に装備されているので、右腕を切り落とされた今、考輝さんはギアを使う事は出来ない。改造された体はあるが、佐藤も考輝さんがサイボーグと見抜いているので、先ほどのような隙を作る事はないだろう。


 考輝さんも身体能力では上とはいえ、昨日までただの大学生だったのだ。いざ近接戦闘になれば、佐藤の方に軍配が上がってしまう。





 ならば私が隙を作るしかない。


 佐藤も私の存在が本当に見えていない訳ではないだろうが、私が何か行動すれば、何かしろのリアクションを取る筈だ。そうすれば考輝さんが活用できる隙が生まれる可能性がある。





 だけど、私の体は動かなかった

 先ほどまではあれほど威勢良くいれたのに、簡単に近づけたのに。体は小刻みに震え、きっと顔は青ざめているだろう。


 一度死というものを実感した私は、急に現実に放り込まれた気がした。





「……一つ聞きたい。お前の内蔵はさっき殴った時に間違いなく潰れた筈だが、何でそんな何もなかったように動ける? 痛みを感じないのか? それとも不死身か?」


 じわじわと下がりながら、考輝さんは佐藤に問いかける。

 沢山質問をする姿は、傍から見ると時間稼ぎにしか見えない。それ程考輝さんの顔に余裕はなかった。



「答えちゃうぜぇ、今気分いいからな。それに、冥土の土産は多いほうがいいもんな。ヒヒヒ!」


 対照的に佐藤はずっと笑顔、というよりも悪寒を感じるようなニヤケ顔をしている。そして考輝さんへの歩みを決して止めない。考輝さんの切れ落ちた右腕を踏みながら進んでいく。



「種は単純。ギアの力で操った血を固めて、体の中の損傷をカバーしたのよ。出血を止めたり、破損部分の代替として使ったりな。ま、応急処置みたいなものだ」


 その能力を、私は知らなかった。

 漫画では傷を処置できる描写など一切なかった。



「……それだと、完全に治った訳ではないようだな? それに痛みも緩和されない筈だが?」


 考輝さんは問いかけを止めない。そしてどんどん後ろに下がっていく。



「確かにギアを手放せばまた怪我を負っちまう。痛みは切りたいって思いでカバーだな。ヒヒ」


「そんなにペラペラと弱点を喋っていいのか?」


「ヒヒ、構わねぇよ。俺お喋り好きだし、お前もそんな状態じゃ大した事出来ねぇだろ。じゃ、もっと喋っていたいが、そろそろ切るか。今、みじん切りの気分だなぁ……ヒヒヒヒヒ」


 佐藤は一層顔をニヤケさせると、左腕だけで刀を上段に構えた。考輝さんとの距離はたった数歩しかない。一気に踏み込むつもりなのだろう。





「……あともう少し早く、その気分になれば良かったな」


「あ? 今何か――」


 考輝さんが一言ボソッと言った瞬間、考輝さんの切り落とされていた腕が急に動き始めた。

指を使って独りでに移動するその姿は、なかなかにホラーだ。


 そしてすぐ隣に落ちていた鉄鉱石に触ると、人差し指を突き出して手で銃の形を作る。すると鉄鉱石が人差し指の前に移動する。右腕だけで、考輝さんはギアを発動させていた。



 そして佐藤がまだ気づかない内に鉄鉱石を撃ちだした。

 鉄鉱石は真っ直ぐ佐藤の刀を掲げている左腕にとんでいき、そして刀を支える指に当たると、鉄鉱石は回転を始めた。


 佐藤は痛みで刀を落とす事はなかったが、回転する鉄鉱石が佐藤の指をえぐり落した。そして物理的に刀を持つ事が不可能になり、佐藤の手から刀が落ちる。



 佐藤は左手で落下する刀を掴もうとするが、その時には考輝さんが佐藤の目の前で走り寄っていた。そのまま走った勢いを殺さずに佐藤の腹に膝蹴りを入れると、佐藤は体をクの字に曲げながら吹き飛んだ。


 そして地面に落下して仰向けに倒れると、ピクリとも動かない。

 完全に沈黙していた。





「考輝さん……あの……切れた腕、動いて……」


 咄嗟の事で状況があまり理解出来ず、私の声は途切れ途切れになってしまう。

 ただ考輝さんが佐藤を倒した事、自分の命が助かった事だけは理解できた。



「右腕はもう九割以上が機械だからな。遠隔操作ぐらいは簡単に出来る。あまり大きな動きは出来ないうえ、正直この機能を使う日が来るとは思わなかったぞ……」


 こちらに近づいて来ながら、考輝さんは溜息を吐いた。

 途中に血だらけの佐藤の日本刀と指が五本、それと赤く染まった鉄鉱石が落ちていた。考輝さんは鉄鉱石だけ拾うと、他の物にはあまり近づきたくないのか、大股で避けていた。


 確かに腕が切られる想定をして生きている人などいないと思うが、そもそも何故そのような機能を付けたのだろうか。



 そのような事を考えていると、考輝さんがふと足を止めた。目の前には考輝さんの腕が落ちていた。そしてヒョイと地面に転がっている腕を、残っている左手で拾う。


「ともかく、切られたのが右腕で助かった」


 まるで何か落とし物を拾うような気軽さだった。





「さて、一応聞くが、この博物館で俺と佐藤が出会う描写は漫画であったか?」


 佐藤の方を見ながら、考輝さんは尋ねてきた。一応まだ動かないか警戒しているようだ。


「……いえ、ありませんでした。そもそも考輝さん――秋山さんと佐藤の出会いは一切触れられていないので、こんな所で出会うなんて夢にも思っていませんでした」


 やっと少し落ち着いてきたので、今度は普通に喋る事が出来た。



 私の回答に考輝さんは目を細めて頭を掻いた。

 左手に持っている右腕を頭まで持っていって頭をわしゃわしゃと掻く姿はかなりシュールだ。



「まぁそうだよな。しかしそうだとすると、この後どうするか。政府の極秘の研究所に、将来仲間になるかもしれない殺人鬼。漫画でこの状況になったならば、漫画の俺はどう切り抜けたか、非常に気になるな。無事に脱出できるのか、そもそも脱出が出来てもそこから平穏に暮らせるのか……」



「将来テロリストになる理由を探しに来て、政府に目を付けられるとか、笑えないな」


 そう言って、考輝さんは今日一番の溜息を吐いた。




「ヒヒヒ……困っているようだな」


 声が聞こえた瞬間、考輝さんは左腕を、というより右腕を声の発生源に向ける。右腕の人差し指には、既に鉄鉱石が発射直前の状態で待機していた。

 私は私で体をビクリと震わせ、考輝さんの背中に隠れた。



 一方で、声の発生源の佐藤は地面に倒れ伏したまま、動かない。

 声は出せるものも、体は動かせないようだ。表情を見ても狂気的な笑みは姿を消して、今にも死にそうな顔をしている。もしかしたら喋るのもやっとなのかもしれない。



「……まだ喋れるのか。驚きを通り越して最早呆れの領域だな」


「辛辣だな……ヒヒヒヒ――なぁ、取引しないか?」


「取引?」


 取引という単語に考輝さんは反応すると、右腕の人差し指を、ギアの射線を少し下げた。

 その反応を見て、佐藤はニヤリと笑う。



「俺は生き延びたい。お前たちはここから無事に出たい。それなら利害は一致するぜぇ……」


「……取引の内容は?」


 考輝さんは会話をしながら、佐藤をじっと見つめる。一挙一動を見逃さないように。



「俺のギアを渡せ。そうすれば俺は怪我を直して、この研究所の奴らを全員切ってやるよ。電子機器も全部俺が破壊しておけば外に情報は洩れないはずだ」


「間違いなく全員切り殺せるのか? 一人残らず」


「ここの警備は殆ど俺頼りだったからよ、もし俺が暴れれば今ここにいる研究員、五十六人を全員切れる。一人残らず細切れにな。ヒヒヒ」


「そもそもこの会話が聞かれているという事はないのか? そうすれば対策も取られる筈だ」


「この通路は研究室の入り口に通じるんだけども、よく俺が人をここで切っているのよ。残念ながら人が切られる姿を見ていたいって奴はいねぇから、映像も音も拾っていない訳だ。あ、でも誰が入ったかは分かるから、このまま帰るのはお勧めしないぜ? 間違いなくお前の望まない展開になっちまうからな。ヒヒ」


 気づけば、佐藤は再び笑みを浮かべていた。痛みを感じなくなっているのか、先程までの死にそうな顔を欠片も残っていない。このような顔で死にかけられるのは、きっと世界でこいつだけだ



 そして、私の方はまた状況について行けなくなっていた。

 やっと私はここが『現実』だと心から認識が出来た、覚悟ができた。だからこそ五十六人もの人を殺すかどうかの話合いが異常だと感じてしまう。



「……」


「さぁ、どうするよ? 俺が死ぬまでには決めてくれよ? ヒヒヒヒヒ!」


「ま、待ってください! こいつに無理矢理ここに連れて来られたと説明して、研究所の事も聞いていない事にすれば大丈夫じゃないですか? そんな他人を殺す必要なんてないですよ!」


 状況に、空気に耐えられずに、私は叫ぶように声を出した。そのまま考輝さんと佐藤の間に壁を作るように、両手を広げて割って入る。

 考輝さんは私の急な行動に、少し驚いていた。



「それはまともな思考だが、残念ながら悪手だぜ。その、あー、考輝だったか? もしお前がギアを持っているのがバレたらこの研究所で実験動物だ。ここはギアの研究をしているからよ、実際そういった扱いをされている奴もいる。全員殺す方が後腐れないぜ?」


「でも! でも、もしここで殺すのを頼んだら後には戻れないですよ! 本当にテロリストになってしまいます!」


「大丈夫だろ。お前達は刀を渡すだけ。実際に殺すのは俺だし――」


「佐藤! 貴方は黙っていてください!」


 佐藤の言葉を遮るように、私は声を荒げる。そして振り返って佐藤を睨みつけた。

 佐藤に対しての恐怖よりも、私は考輝さんを止めたかった。漫画の中と同じようなるのを防ぎたかった。



 大声を出した私に対して佐藤は不思議そうな顔をしている。人を殺すのを止めようとしているだけなのに、そんな不思議そうな顔をされるのが私には理解出来なかった。



「……一つ確認したい。お前にギアを渡したとして、怪我を治したら俺達に攻撃を仕掛けないという保証はあるか? お前が嘘をついて、だまし討ちをしないという保証はあるか?」


 背中越しの考輝さんの声からは、やけに感情が感じられなかった。


 私は恐る恐る考輝さんの方を向くと、そこには良く知っている考輝さんの顔があった。

 昨日初めて会った考輝さんではなく、『漫画』の中で良く見ていた顔だ。





「それならそっちの嬢ちゃんが保証できるんじゃないか? 俺の事よく知っているみたいだしよ」


 その言葉に私は思わず口をつぐんだ。


 佐藤のキャラ設定として、決して約束を破らないというものがあったからだ。佐藤は言っている事は狂気的であるが、必ず約束を守る。契約を履行する。役目を果たす。


 しかし、それを言ってしまえば、考輝さんは確実に選んでしまう。戻れない道を。だから私は真実を伝えられず、かといって咄嗟に嘘をつく事もできなかった。





「……本当にお前は考えている事が分かりやすいな」


 考輝さんは苦笑いしていた。

 私の考えが分かるように。



「悪いな。必死に止めて貰ったのに」


 考輝さんは持っていた右手で佐藤のギアを掴む。



「だが、俺は遅かれ早かれこうなっていたと思うぞ。今気づいたが、俺の考え方は決定的に普通とは、お前とは違うみたいだからな」


 そのギアを佐藤の手に届く所まで打ち出した。





「佐藤、この研究室の職員を皆殺しにしろ。そして俺達二人を助けろ」



「取引成立だなぁ」


 そのギアを、佐藤は力強く掴んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ