【side 鉄堂哲郎】1-2
「これは、拙者がひめるんに宛てて書いたラブレターなんだお! ひめるんへの愛のメッセージなんだお!」
ひめるんへのラブレター?
一気に話がおかしな方向へと進んだ。
「ひめるんって、あにおだが好きなアニメに出てくる魔法少女だよね? アニメのキャラクターに向けて書いた手紙ってこと?」
「アニメのキャラクターというか、アニメから出てきたひめるんに向けて書いたものなんだお!」
「アニメから出てきたひめるん? アニメのキャラクターは三次元には出てこないよ。アニメキャラは二次元で生きる存在でしょ?」
「ひめるん、拙者と付き合ってほしいんだお!」
そう言いながら兄小田が姫香ちゃんに向かって手を伸ばした。オーケーなら手を取ってくれと言いたいのだろう。
いやいやいや、意味が分からな過ぎる。
兄小田はよく意味の分からない発言をしがちだが、今のは輪をかけて意味が分からない。
当然のことながら、姫香ちゃんも困惑している。
「あにおだ、姫はひめるんじゃないよ?」
「残念ながら拙者の目は誤魔化せないんだお。姫川氏がアニメから出てきた魔法少女ひめるんだということは、とっくに気付いてるんだお!」
「兄小田先輩はずっと何を言っているんですか……」
俺の気持ちを徳佐が代弁してくれた。
本当に兄小田は、ずっと何を言っているのだろう。
話している言語は日本語のはずなのに、全く意味が分からない。
「こうして三次元でひめるんに会えるなんて、拙者は幸せなんだお!」
「落ち着いて、あにおだ。姫はアニメから出てきたわけじゃなくて、三次元の世界で生まれ育った姫川姫香だよ。人違いだよ」
「人違い? そんなはずはないんだお!」
人違いと言うか何と言うか。
兄小田とは推しは違えど推しを愛する者同士として仲良くしてきたが、こんなに現実の見えない人間だとは思っていなかった。
アニメキャラクターが三次元に飛び出してくると思っていたなんて。
しかも姫香ちゃんのことを、推しのひめるんだと思っていたなんて。
正直、呆れすぎて何を言っていいのか分からない。
「残念だけど、人違いなの。姫はこのサークルの姫、姫川姫香だよ」
姫香ちゃん、サークルの姫の自覚があったんだ……。
「だから姫は、ひめるんじゃないんだよ?」
「で、でも! 姫川氏はひめるんと同じツインテールなんだお!?」
「ツインテールなんて誰でも出来るよ。髪を二つに結ぶだけだもん。綺麗なツインテールを作るのはちょっと技術がいるけど、それだって練習してたら出来るようになるよ」
「ツインテールだけじゃなくて、姫川氏は『タケルン』の話をいっぱいして、自分が『ひめるん』であることの匂わせをしてるんだお。似てる単語で自分がひめるんだということを気付かせようとしてるんだお!?」
「匂わせでもなんでもないよ。それに『タケルン』と『ひめるん』は、特に似た単語でもないと思う」
兄小田のよく分からない主張に付き合い続けるなんて、姫香ちゃんは本当に優しい。
俺が姫香ちゃんの立場なら、とっくに兄小田をヤバイやつ認定して逃げているだろう。
「じゃあ、姫川氏の背が低い理由は!? 単位を落としそうな理由は!? 両方とも姫川氏の正体が中学生のひめるんだからだお!?」
兄小田のトンデモ理論はまだ終わっていなかったらしい。
「姫はちゃんと大学生だよ。背が低いのは親からの遺伝で、単位を落としそうなのは……出席日数が少ないのと、教授に意地悪をされてるだけだよ」
単位の件は教授のせいではない気がするが……。
どちらにしても、姫香ちゃんが中学生というのは無理がある。
「そんなはずは……だって姫川氏の正体はひめるんで……」
「違うってば。姫はただの姫川姫香なの」
逃げはしないものの兄小田の意味の分からない発言に姫香ちゃんはずっと困惑しているし、徳佐は冷ややかな目で兄小田を見ている。
徳佐の好きな特撮もテレビの中のフィクションだからこそ、そのキャラクターがテレビから出てきたと勘違いをする兄小田に思うところがあるようだ。
「たまにヒーロー役の俳優を、本物の特撮ヒーローと思い込むファンがいるんですよね。小さな子どもの勘違いなら可愛いですが、大人になってまで役と本人を混同するのは普通に怖いですよ。そもそも姫香ちゃんはひめるん役ですらないのに」
「拙者は永遠の少年なんだお!」
兄小田がピントのズレたツッコミをした。
当然これに徳佐が反論する。
「ボクがしているのは兄小田先輩が少年かそうでないかの話ではありません。勝手な妄想で姫香ちゃんを困らせないでください、と言っているんです。あと声のボリュームがずっとおかしいです。他の部活からクレームが来るので、常識的な声量で喋ってください」
「ぐぬぬ。拙者、姫川氏を困らせてしまったのかお? 申し訳ないんだお……」
今さらになって自分が姫香ちゃんを困らせていることに気付いた兄小田は、しょぼんと悲しそうな顔になった。
兄小田はたまに暴走して周囲に迷惑をかけることがあるが、基本的には素直な性格だからか、なんだか憎めない。
「別にいいけど、姫がひめるんじゃないってことは理解してほしいな」
姫香ちゃんも俺と同じことを思ったのか、兄小田を怒ることはしなかった。
そして姫香ちゃんは兄小田のラブレターを持つと、それを兄小田の手の上に置いた。
「だからこれは、姫じゃなくて本物のひめるんに送ってあげてね」
兄小田の謎の勘違い騒動が収束したことを確認した徳佐が、ふうっと息を吐いた。
「兄小田先輩に対して思うところは多々ありますが……兄小田先輩のカードは、姫香ちゃんのメッセージカードの盗難とは無関係ということですね」
「そうだお。これはタケルン氏のメッセージカードじゃなくて、拙者の書いたラブレターなんだお」
「じゃあ、あとの二枚のどっちかが姫のメッセージカードってことだね?」
姫香ちゃんの言葉に心臓が跳ね上がった。
もう逃げられない。早く謝ってしまおう。
そう思ったが、先に口を開いたのは徳佐だった。
「ごめんなさい。今まで隠してたけど、ボクは特撮オタクでありながらタケルンオタクでもあるんです」
「そうだったの!?」
「はい。だからこれはボクがタケルンから貰ったもので……疑いを晴らすために言いますが、このメッセージカードはファンクラブ会員全員に送られたものなんです。事実を知ったら姫香ちゃんがショックを受けると思って言い出せませんでした」
「そうなの!?」
姫香ちゃんは徳佐がタケルンのファンだった事実と、メッセージカードがファンクラブ会員全員に送られている事実の両方に衝撃を受けているようだった。
「黙っていてすみませんでした。これはボクに届いたメッセージカードで、ボクも姫香ちゃんのメッセージカードを盗んだ犯人ではないんです」
「そうなんだ……ファン全員に送られたカードだったんだ……」
「で、でも! タケルンはファンを大事にする俳優ですから、あのメッセージカードにファンへの気持ちがこもっていることは確かです!」
「……そっか。他の誰に送られていようと、あれがタケルンから姫に向けての愛のメッセージであることには変わりないもんね。で、その愛の綴られたメッセージカードは……これなの?」
姫香ちゃんが、俺の鞄から出てきたメッセージカードを手に取った。
「先程から妙に口数の少ない鉄堂氏、何か言いたいことはあるんだお?」
兄小田の言葉を合図に、姫香ちゃんと徳佐もジトっとした目で俺のことを見た。
この場の全員の視線が俺に集まる。
犯人の、俺に。




