【side 鉄堂哲郎】1-3
「……ごめん。俺が姫香ちゃんのカードを盗んだ犯人なんだ」
俺は勢いよく土下座をしながら姫香ちゃんに謝った。
「どうしてそんなことをしたの? てっちゃんは姫のことが嫌いなの?」
「逆だよ! 姫香ちゃんのことが好きだから……だから兄小田がラブレターを渡すのを阻止したかったんだ!」
「鉄堂氏は何を言ってるんだお? 拙者のラブレターはそれじゃないんだお」
「そうだよ。これはタケルンからのメッセージカードだよ?」
姫香ちゃんは、やっと自分の元に戻ってきたメッセージカードを眺めながら、不思議そうにしている。
「実は、カードの差出人が『健』だったから、兄小田からのラブレターだと勘違いしたんだ。兄小田の名前は『健』と書いて『けん』って読むだろ? まさかこれが俳優からのメッセージカードだとは思わなかったよ」
「ふーん。あにおだは健って名前だったんだ」
「知られてなかったのかお!? というか、拙者のラブレターだとしても盗まないでほしいんだお」
「普通に泥棒ですからね」
兄小田と徳佐が正論を述べてきた。
その通り、泥棒はいけないことだ。幼稚園児でも知っている。
それなのに俺は、大事な仲間の持ち物を盗んでしまった。
さらに、犯人を探す中で、兄小田に公開告白をさせ、徳佐に秘密の暴露をさせてしまった。
「兄小田、みんなの前でラブレターを披露させて申し訳ない! 徳佐も巻き込んですまん!」
俺は兄小田と徳佐の方を向き、また土下座をした。
「ラブレターをみんなに見られるなんて、しばらく立ち直れないんだお」
「ボクも思わぬ形で秘密を公開することになってしまいましたよ」
刺すような視線を向けてくる兄小田と徳佐に対して、一番の被害者である姫香ちゃんが待ったをかけた。
「みんな、姫のために争わないでぇ~~」
「……なんか姫川氏、楽しそうでは?」
「一度言ってみたかったの。姫のために争わないで、って」
兄小田の言葉通り、姫香ちゃんは楽しそうに笑っている。
犯人である俺が言うことではないが、姫香ちゃんはもっと怒った方が良いと思う。
「……はあ。誰も言わないようなので、ボクが説教をしますよ」
すると能天気な姫香ちゃんの代わりに、徳佐が説教を始めた。
「いいですか、鉄堂先輩。人が誰かや何かを好きになったとき、その気持ちを他人が奪ってはいけないんです。推しを愛する推し活サークルのボクたちは、誰よりもそのことを知っているはずでしょう?」
「……その通りだな。返す言葉もない。誰かが誰かを好きな気持ちを、蔑ろにしてはいけなかった。俺は推し活サークル失格だな」
俺は兄小田のラブレターを盗むことで、兄小田の姫香ちゃんに対する気持ちを奪おうとしてしまった。
結果的に俺が盗んだものは兄小田のラブレターではなかったし、兄小田が好きなのも姫香ちゃんではなくひめるんだったが、俺がやろうとしたのはそういうことだ。他人の愛を蔑ろにしてしまった。
「こんなやつがサークル長で申し訳ない。不快であればサークル長の座は返還するし、サークルを抜けることも検討するつもりだ」
「そこまでしなくていいよ。メッセージカードは無事に戻ってきたしね」
「鉄堂氏が抜けたら三年生は拙者だけになるけど、拙者はサークル長って柄じゃないんだお。それに手続きも面倒くさそうだから、鉄堂氏にはサークルに居続けてほしいんだお」
「このサークルに失格なんてないですよ。それを言うなら、ボクもタケルンオタクなことを隠していました。推しを隠すなんて、ボクもまだまだです」
土下座を続ける俺に、全員が温かい言葉をかけてくれた。
「タケルンは老若男女に愛される俳優だから、ファンクラブに入ってても恥ずかしいことなんかないのにね。ねえ、とっくん。今度一緒にタケルンの舞台に行こうよ。姫は同担拒否ないよ」
「ボクも同担拒否はありませんが、リアコは嫌いです。今度『タケルンが自分だけに手紙をくれた』なんてふざけたことを抜かしたら、姫香ちゃんを椅子に縛り付けてリアコが起こした過去の事件を全部聞くまで解放しませんから」
「とっくんってこんなキャラだったっけ!?」
姫香ちゃんは驚いているが、徳佐は割と毒舌だと思う。
しかし、徳佐にここまで言わせる『リアコ』とは何だろう。
「リアコが何なのか聞いてもいいか?」
「リアコは、俳優相手にリアルな恋をするファンのことです。無関係のくせに彼女のような振る舞いをするリアコには反吐が出ます。俳優の家を突き止めようとして付きまとったり、彼女気取りで匂わせ投稿をして俳優を炎上させたりして、迷惑すぎる存在です。もちろんリアコ全員が迷惑なファンというわけではないですが、リアコが問題を起こしがちなこともまた事実です」
「なるほど……」
リアコの実情は不明だが、徳佐がリアコを嫌っていることは把握した。
俺が納得していると、突然兄小田が大きな声を出した。
「ふんぬーーー!! こうなったらヤケ食いで、ひめるんが三次元にいなかった悲しみを吹き飛ばすんだお! 鉄堂氏、全員に焼肉を奢るなら、拙者も今日のことは許してあげるんだお!」
「兄小田先輩はまた大きな声を出して。本当に苦情が来ますよ?」
「そうだったんだお。大きな声を出して申し訳ないんだお」
姫香ちゃんへの告白が失敗……というか、推しのひめるんが実在していない事実を突きつけられた兄小田は、ヤケ食いでもしたい気分なのだろう。
「わーい、いっぱい食べちゃうぞ!」
「ハッ!? そのセリフはひめるんの口癖だお!? やっぱり姫川氏はひめるんなのでは!? ひめるんは大食いの魔法少女だお!」
「兄小田先輩はまた意味の分からないことを言って……で、鉄堂先輩。焼肉を奢ってくれるんですか、くれないんですか?」
ひめるんと連呼し始めた兄小田を切り捨てた徳佐が、俺に詰め寄った。
「分かった。俺が奢るから、好きなだけ食ってくれ!」
俺はこんな騒動を起こしたのに、焼肉を奢るだけで許してくれるサークルの仲間たちは、なんて優しいのだろう。
推し活サークルのサークル長として、彼らがこれからも快適なサークル活動を行なうことが出来るように力を尽くそう。楽しみながら推し活が出来るように、このサークルを守っていこう。
それが、大切な仲間たちに対して出来る、一番の償いだ。
「じゃあ事件が解決したことだし、最後にみんなで推し活サークルの心得を読んで終わりにしよう」
姫香ちゃんの提案で、俺たちは推し活サークルの心得を読み上げることにした。
「我ら推し活サークルはー!」
「ひとーつ。何かを好きな気持ちを蔑ろにしない!」
「ひとーつ。推しは推せるときに推す!」
「ひとーつ。推しへの愛を恥ずかしがらない!」
こうして俺の泥棒から始まった事件は幕を閉じた。
そしてあらためて、推し活サークルは最高のサークルだと実感した。




