【side 兄小田健】2-1
【side 兄小田健】
「まさか姫香ちゃんがあんなに大食いだとは思わなかった」
「大食いと言えばひめるん。やっぱり姫川氏は……」
「兄小田先輩、それはもういいですから」
「姫、空腹のままにちょっと食べすぎちゃったかな。てっちゃん、今月生活するお金は残ってる?」
今日も推し活サークルの部室は和気あいあいとしている。
「さすがに生活する分のお金はあるよ。確かに痛い出費ではあったけど」
「鉄堂氏はすごいんだお。拙者は奢ったわけでもないのに金欠だお」
「兄小田先輩は金遣いが荒すぎるんですよ」
いいや、拙者の金遣いは荒くはないはずだ。だって購入しているのは、すべて必要なものだから。
「推し活はお金が掛かるんだお。特に最近のひめるん人気はすごくて、グッズがいっぱい売ってるから、拙者の財布は常に薄いんだお」
「ひめるんグッズをすべて買うからだろう。多少は取捨選択しないと」
「拙者がひめるんに対する課金を渋るなんてあり得ないんだお。ひめるんは拙者の人生なんだお!」
まったく。人生に対して課金を渋るなんて、鉄堂氏は一体何を言っているのだろう。自分だって鉄道に関しては惜しみなくお金を使っているくせに。
拙者が金欠な一番の理由は、鉄堂氏と違ってあまり稼いでいないからだ。ひめるんは少しも悪くない。
ひめるんグッズを買うためには、もっとアルバイトをした方が良いのかもしれないけど、今年は大学の授業の他に就職活動もあるから割と忙しいのだ。
それに今期は面白いアニメがいっぱい放送されているし、来期も面白そうなアニメが放送される予定だから、まったくもって時間が足りない。
アニメを見ながらアルバイトをしても良いならいくらでもするけど、大抵のアルバイト先ではそんなことをしたら怒られてしまう。
それでもただ働くのは嫌で、拙者は今、ポスティングのアルバイトをしている。さすがにポスティング中にアニメを見ることは出来ないけど、ラジオなら聞けるからだ。
最初はアニメを音だけ聞こうと思っていたけど、映像が気になってポスティングに身が入らなかったのだ。ポスティングは出来高制だから、集中してポスティングをしないと時間ばかりが過ぎてしまう。だから早く稼ぐために、アニメを聞きながらのポスティングは封印するしかなかったのだ。
しかし拙者がこんなに苦労して働いているというのに、ポスティングのアルバイトは賃金がものすごく安い。
つまり拙者が金欠なのは、すべてアルバイトのせいだ!
おっと、つい熱くなってしまった。
あーあ、空からお金が降ってくればいいのに。
「ねえねえ、全然違う話してもいい? 姫、前から思ってたけど、あにおだの喋り方って独特だよね」
「拙者の喋り方、かお?」
拙者が首を傾げると、姫川氏はうんうんと頷いた。
「実はボクも思っていました。『拙者~でござる』とか『僕~だお』というのは聞いたことがありますが、兄小田先輩は二つが混ざっていますよね」
ひめるんグッズを取捨選択しろなどとおかしなことを抜かす鉄堂氏と比べて、姫川氏と徳佐氏は目の付け所が違う。実にいい質問をしてくれる。
「よくぞ聞いてくれたんだお。拙者がこの喋り方になったのには、海よりも深い理由があるんだお」
「そうなの!?」
あれはそう、オタクが世間に認められ始めた頃の話だ。
あの頃の拙者は、オタクであることに誇りを持っていた。
もちろん今でもオタクである自分に誇りを持っているけど、あの頃はより強く「オタク」に価値を見出そうとしていたのだ。
道を歩いているだけで「オタクだウケる」と嘲笑してくる世間への怒りもあったのかもしれない。オタクだって胸を張って道を歩いていいはずなのに、どうして迫害されるのか、と。
だから拙者は、オタクとして堂々と道を歩こうと決めた。
オタクとして胸を張って生きて行こうと決めた。
だから拙者はオタクの価値を上げるために動くことにしたのだ。
何の特技もない拙者に出来ることは、ただひとつ。
堂々と道を歩くオタクになること。
こういう経緯で、拙者は、これまで以上に自分のオタク部分を強調して、誰が見てもオタクに見えるオタクになったのだ。
「むかしむかし、拙者はオタクであることを周囲にアピールしていこうと決めたんだお。だから当時のオタク口調の主流だった『拙者~でござる』という喋り方をすることにしたんだお」
ある日を境に、拙者が急にオタク口調で話すようになったせいで、マッマには心配もされたけど、今となってはいい思い出だ。
「でも流行りが変わって『僕~だお』が主流になったから、拙者も流行りに乗ろうと思って口調を変えたんだお。でもその際に、一人称の変更に失敗したんだお」
これが拙者が『拙者~だお』という口調になった、海よりも深い理由だ。
「……え。今のが海よりも深い理由なの?」
「めちゃくちゃ浅い理由でしたね」
拙者の海よりも深い理由は、姫川氏と徳佐氏に浅い理由扱いされてしまった。
「俺の友人は『ワイ~やで』とか『ワイ~ンゴ』とよく言うが、あれもオタク口調だよな?」
「そうだお。オタク口調の流行はどんどん移り変わっていくんだお。でも拙者、口調や一人称を変えることが大変だと分かったから、しばらくはこのままで行くんだお」
「確かに一人称を変えるのは難しいですからね」
「あにおだは口調を変えるときに、敬語にしようとは思わなかったの? 敬語のオタクも多いよね。ほら、とっくんみたいに」
姫川氏はまだオタク歴が浅そうだから知らなくても無理はない。
オタク口調にはオタクであることを強調する以外にも、ものすごいメリットがあるということを!
「拙者のこの口調は、体育会系の言う『ッス』と同じなんだお。敬語でもため口でもない喋り方で、失礼に当たらないようにしながら人との距離を一気に詰めるんだお」
「へえ。体育会系の『久しぶりッスね。元気だったッスか?』をオタクバージョンにすると『久しぶりだお。元気だったかお?』になるってことだね!」
「うーん。それは兄小田先輩独自の解釈な気もしますが……」
それにこの口調は、人との距離を詰められるだけではない。オタクの年齢層は幅広いけど、この喋り方なら相手が年上でも年下でも問題なく接することが出来る。敬語とタメ口を使い分ける必要が無くて便利でもあるのだ。
「そう言われると、あにおだの喋り方はフレンドリーな気がしてきたよ。敬語で喋ると距離があるように感じちゃうもんね」
「えっ……姫香ちゃんはボクとの間に距離を感じているんですか」
「ううん。とっくんはタケルンオタクっていう共通点もあるから、すごく身近に感じてるよ。ただ最初の頃の距離の縮まり方は、あにおだの方が早かったかも?」
「きっと拙者の口調の効果が出たんだお」
「ボクにはその口調は真似できないので尊敬します……というか、難しい顔をしてどうしたんですか、鉄堂先輩」




