【side 兄小田健】2-2
ふと見ると、鉄堂氏が険しい顔をしながら考え込んでいた。
先日のメッセージカード盗難事件は焼肉でチャラになったから、もう気にしなくてもいいのに。
それにしても、焼き肉屋での姫川氏の食べっぷりはすごかった。一度は否定されたけど、やっぱり姫川氏の正体はひめるんなのかもしれない。だってひめるんも、カレーが大好きな大食いの魔法少女だから。
「そろそろ『あの時期』だと思うと、どうしても……な。荷が重いというか、うん……」
鉄堂氏の言葉を聞いて、すぐに鉄堂氏が何を考えていたのかを察した。
そうか、もうあの時期が来てしまうのか。
「ぐぬぬ。あの時期がやって来るなんて憂鬱なんだお」
「はあ。もうそんな時期なんですね……」
徳佐氏も拙者と同じく鉄堂氏の考えを察したようで、眉間にしわを寄せていた。
「憂鬱だけど、推し活サークルを守るためには……試練を乗り越えるしかないんだお!」
拙者は『推し活サークル』が大好きだ。
それぞれ推しは違えど、推し活サークルのメンバーは全員が愛に満ち溢れているから。
その証拠に、拙者が『魔法少女☆ひめるん』にハマっていると言っても、誰一人否定してくることはなかった。
「自分はアニメのことはよく分からない」とは言っても「大学生にもなって魔法少女アニメが好きなんて気持ち悪い」だとか「一般人と趣味嗜好が違いすぎて犯罪者予備軍っぽい」だとか「投稿小説が原作のアニメはレベルが低いのによく観るな」だとかは言われたことがない。
ちなみにこれらは、実際に拙者が過去に言われたことのある悪口だ。
何歳であろうと何かを愛することが悪いはずはないのに。魔法少女アニメが好きなだけで拙者のことを罵りすぎだ。
でも百歩譲ってそれは個人の感情だから別にいい。
だけど『魔法少女☆ひめるん』の悪口については看過することが出来ない!
確かに『魔法少女☆ひめるん』の原作は、素人でも投稿できる小説投稿サイトに載せられた小説だ。しかしその出来は、ただの素人作品で片付けるにはあまりにも完成度が高かった。だからこそコミカライズにアニメ化までされているのだ。
特にアニメは素晴らしかった。動き回るキャラクターたちが可愛い上に、想像通りの声を当ててくれた。それに小さなお友だちはもちろん、大きなお友だちも楽しむことの出来る物語構成は見事と言わざるを得ない。冬に始まった第一シリーズはすでに放送が終了しているけど、夏に第二シリーズの放送が決定している。
そんな『魔法少女☆ひめるん』のレベルが低いわけがないのだ!
もしも本当に『魔法少女☆ひめるん』のレベルが低いと感じるのなら、それは視聴者側の読解力の低さこそが問題なのであって『魔法少女☆ひめるん』に非は一切ない。それなのに、それなのに、ふんぬーーー!!
閑話休題。
推し活サークルのメンバーは推しを愛することの尊さを知っているためか、他人の推しを貶すような真似はしない。
ゆえに推し活サークルはとても心地が良く、拙者はこの場所を絶対に守りたい。
しかし弱小サークルのため、推し活サークルは常に部室没収の危機にさらされているのだ。
「あの時期ということは、気合いを入れないといけないんだお」
「そうだ。今年は昨年以上に難航するだろうからな」
「今年は本野先輩がいませんからね。どうにかして、ボクたち、私たちだけで何とかしないと」
「あの時期ってなあに? 本野先輩ってだあれ?」
険しい顔をする拙者たち三人を、今年からサークルに入った新入生の姫川氏が不思議そうな顔で見ていた。
「姫香ちゃんは不思議に思ったことはないかな。弱小サークルである推し活サークルに、なぜ部室が与えられているのかを」
「不思議に思ったことはないよ。部室が余ってたから貰えたんじゃないの?」
「姫香ちゃん……通常、部室が余っていたとしても、こんな弱小サークルに部室は回ってこないんですよ」
「『部室』は『部活動』として認められている団体しか貰えない部屋なんだお。だからサークルに部室が与えられることは、異例中の異例なんだお」
そう。弱小サークルに部室が与えられることなど、通常なら起こり得ない奇跡だ。
その奇跡を起こしたのは、初代サークル長であり卒業生の本野栞氏だ。
どんな奇跡を起こしたのかというと。
「推し活サークルに部室が与えられた理由は……部誌の完成度がものすごく高かったからだお!」
三年前に見た推し活サークルの部誌は、それはもうとんでもない出来だった。
しかもその部誌を作ったのは、大学一年生の数人だと聞いてさらに驚いた。きっと拙者だけではなく、あの素晴らしい部誌を製作したのが大学一年生だなんて、言われるまで誰も思わなかったはずだ。
「部誌って、部活で作る本みたいなやつだよね?」
「はい。昨年まで推し活サークルには、本野栞先輩という才能に満ち溢れた文芸オタクのサークル長がいました。その本野先輩が中心となって作成した部誌が評価されたおかげで、推し活サークルには部室が与えられたのです」
「提出した部誌が、活動報告として申し分なかったんだお。だから大学側がサークル活動の後押しとして、部室を貸してくれたんだお」
「推し活サークルというサークルは珍しかったらしく、一時期メディアにも取り上げられていたんだ。そのおかげで大学にも恩恵があったらしくてね。部室はご褒美みたいなものかな」
拙者も推し活サークルの活動や部誌の製作を追ったテレビ番組を見た。その番組で、拙者は部誌の完成度に感動したのだ。そしてその番組は、オタクの好感度を上げる良い内容だったとオタク仲間内でも評判だった。
「本野先輩の代はサークル所属人数も多くて賑やかでしたよね。オタクの種類もよりどりみどりでした」
「文芸オタクに車オタク、カメラオタクにコスプレオタク。それに、歴史オタクに傍聴オタクにコスメオタクに甘味オタクまでいたんだお」
「懐かしいなあ。部誌もかなりの分厚さだったよな」
「うーん? 活動が認められてるなら、部室は没収されないんじゃないの?」
過去の栄光を話す拙者たちを見て、姫川氏が首を傾げた。
「残念ながらご褒美は一時的なものなんだお。部誌によって部室が与えられるのは一年間だけの約束だお」
「えーっ!? じゃあこの部室、無くなっちゃうの!?」
「何もしなければ、な。ただし活動報告として今年も部誌を提出すれば、部室を新たに一年間貸してもらえるんだ。もちろん適当なものを提出するのではなく、質の高い部誌であることが必須だが」
「それなら部誌を提出しようよ! みんなで何かを作るのって楽しそうだし」
無邪気に笑う姫川氏を、拙者たちは眩しいものを見るような顔で眺めた。
姫川氏は昨年までの部誌を見ていないから、気軽にそう言えるのかもしれない。しかし昨年までの部誌を知っている三人は違う。全員が表情を曇らせている。
「本野先輩のおかげで、この部室は四年間推し活サークルのものとして使用できていたのですが……今年はその本野先輩がいません。卒業しちゃいましたから」
「本野氏がいない状態で、部室が貰えるレベルの部誌製作……不安しかないんだお」
「だが、やるしかないんだ。やらなければ、この部室は没収されることが決まっているのだから。たとえ無理でも当たって砕けるしか……」
「姫、やるよ! 部室でみんなと一緒に過ごす時間を奪われたくないもん。部誌製作なんて初めてだけど、頑張るよ! 砕けたりなんかしないよ!」
姫川氏のやる気に満ちた発言を聞いて、ハッとした。
本来なら先輩である拙者たちが新入生を引っ張っていかなければならないのに、これでは逆だ。
拙者は立ち上がり、鉄堂氏と徳佐氏を鼓舞するように宣言した。
「姫川氏、よく言ったんだお。拙者も部室を守るために、持てる力の全てを出し切るんだお!」
「そうですよね! ボクも部室を守るためにさっそく部誌を……と思いましたが、推しの違うボクたちは何を製作すればいいのでしょう。ボクたちの熱量を本としてまとめ上げてくれる本野先輩はもういません」
すると鉄堂氏が自身の鞄から一冊のノートを取り出した。
「実は、推し活サークルの行く末を心配した本野先輩から、とあるものを預かっているんだ」
「とあるものって、なあに?」
「出題編だけの書かれたマーダーミステリーだ!」




