【side 姫川姫香】2-2
マーダーミステリーのシナリオはここで終わってた。
「通りすがりの鑑識オタクってなに!?」
「通りすがりの鑑識オタクのことでしょうね」
「とっくん受け入れ過ぎ! 柔軟だね!?」
そんな人物、聞いたことがない。それに勝手に現場に入って検死をするなんて、警察にものすごく怒られそう。
フィクションの世界の話だから、と言われたらそれまでだけど。
「登場人物がオタクばっかりなんだお。オタクしか登場しないなんて不自然なんだお」
「推し活サークルの部誌ですからね。普通ならこんなにオタクは登場しませんが、きっと推しを持つ人間を登場させることで、活動報告として見てもらえるように工夫したんですよ」
「そうだろうな。とはいえ、さすがに全員をオタクにする必要は無かったとは思うが」
みんながものすごくブーメランなことを言っている。
世界におけるオタクの割合は知らないけど、部室内のオタクの割合は百パーセントだ。類は友を呼ぶんだと思う。
「姫もリボンネコちゃんが好きだから、リボンネコオタクが被害者なのは悲しいな」
「姫川氏、落ち込まないでほしいんだお。ひめるんキャンディをあげるから、元気を出してくれだお」
姫が悲しがってると、あにおだがひめるんのイラストが描かれた飴を渡してきた。
「兄小田、こういうときは普通リボンネコのグッズを渡さないか? 姫香ちゃんはリボンネコのことで落ち込んでいるんだから」
「そんなことを言われても、拙者リボンネコのグッズは持ってないんだお。だからせめて、ひめるんで悲しみを紛らわせてもらおうと思ったんだお。そして悲しみを紛らわせてくれたひめるんのことを好きになってもらって、ひめるん沼に引きずり込もうと思ったんだお」
「どさくさで布教しようとしないでくださいよ」
「というか、そういう魂胆は隠しておくものだぞ」
なにやら兄小田には兄小田の作戦があったみたいだけど、ひめるんにも飴にも罪は無い。飴はありがたく貰っておこう。そして舐めよう。何かを考えるときには糖分が必要だからね。
「ぐふふふ。一度ひめるんの魅力に気付いたら、底なし沼にハマったように抜け出せなくなるはずだお」
「ありがとう、あにおだ。姫、ちょうど糖分が欲しかったんだ」
「そうだと思ったんだお。姫川氏はいつも腹ペコだから、食べられる物を渡すと絶対に受け取ってくれるんだお」
「姫のことをそんな風に思ってたの!?」
別に姫はいつも腹ペコなわけじゃないのに。みんながいっぱいお菓子をくれるから、割と腹ペコは免れてるはず……あれ。姫が腹ペコだから、みんながお菓子をくれるのかな?
「失礼ですよ、兄小田先輩。いくら姫香ちゃんだって、何でもは食べませんよ。姫香ちゃんが雑草をむしって食べているところを見たことがありますか!?」
「そうだぞ。いくら姫香ちゃんでも、虫を捕まえてそのまま食べたりはしないだろ。調理した虫は食べるだろうが。だから絶対に受け取るは間違いだ」
「ハッ、確かに。姫川氏、何でも食べる人扱いして申し訳ないんだお」
あにおだが謝ってきたけど、なんか全員ズレてる気がする。
この前焼肉を食べすぎたせいで、みんなの中の姫のイメージが「暴食の姫」になっちゃったのかもしれない。
姫は雑草や虫をそのまま食べないのはもちろん、普通に好き嫌いだってあるのに。
ちなみに調理した野草やイナゴの佃煮は普通に食べるよ。
「話が逸れちゃったな。今は部室確保のためにマダミスを解かないといけないんだった」
そうだった。このマーダーミステリーを完成させて提出しないと、こうやって部室で他愛ないお喋りをすることが出来なくなってしまうのだ。頑張って考えないと。
「被害者はリボンネコオタクで、容疑者は、家電オタクとガーデニングオタクと健康オタクと鑑識オタクだね?」
「鑑識オタクは後から来たから、犯人じゃない可能性が高いんだお」
確かに。鑑識オタクが家に来たのは事件が起こってからだから、容疑者からは外していいかもしれない。
いきなり他人の家にやって来て検死を始める鑑識オタクが現実にいたらかなりの不審人物だけど、このシナリオの中ではあくまでも事件が起こった後にやってきた……あれ。本当にそうかな?
「ねえねえ。鑑識オタクが実はリボンネコオタクの知り合いで、三人が来る前に家に来て、一回帰って、また登場した可能性はないのかな?」
「通常マダミスは、シナリオ内に記述の無いものに関しては考慮しないことになっています。つまりシナリオに書かれていないことに関しては、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ということです」
「ああ。だからシナリオ内に書かれていない話をもとに推理を組み立てるのは、真実から遠ざかってしまう可能性があるんだ」
てっちゃんは人差し指を立てると、姫にも分かるように例を出してくれた。
「例えばリボンネコオタクの家にいたリボンネコオタクの親が、リボンネコオタクを殺した犯人だという仮説を立てるとする。しかし事件発生時、リボンネコオタクの家にリボンネコオタクの親が居たかどうかは、シナリオに書かれていないため、誰にも分からない。もちろん居たかどうかすら分からない人物の動きも誰にも分からない。だから考えるだけ時間の無駄ということになる」
「シナリオに書かれてないことを疑い始めたら、容疑者がとんでもない人数になっちゃうんだお。殺害方法も無限大だお」
「そっか。シナリオに書かれてないことを考え出したら、いくらでも仮説を立てられちゃうもんね。部屋に忍び込んでた泥棒が持ってた毒を飲ませて逃げたとか、超能力者が胃の中に毒を飛ばしたとか言い出したら、キリがないもんね」
姫もだんだんマーダーミステリーのことが分かってきた気がする。
「シナリオ内に明記は無いものの、様々な情報を組み合わせると事実が浮かび上がってくる場合には、シナリオに書かれていなくても事実だと推理することが出来る。なんてこともありますけどね。少しイレギュラーではありますが」
……前言撤回。やっぱり姫はマーダーミステリーのことをあんまり分かってないかも。マーダーミステリーには例外が多すぎる。
このマーダーミステリーがそういう例外的なやつじゃなくて、シナリオ内に書かれてる登場人物の中に犯人がいる基本のマーダーミステリーだといいな。
「リボンネコオタクに家電オタク、ガーデニングオタクに健康オタクに鑑識オタク。推し活サークルにいないオタクばっかりなんだお。オタクの種類はいっぱいあるんだお」
「確かにサークルにいないオタクばっかりだね。姫はリボンネコちゃんが好きだけど、オタクって言うほど詳しくはないもん。リボンネコちゃんが国民的キャラクターなことと、いろんな企業とコラボしてくれることと、可愛いことは知ってるけどね!」
それにご当地リボンネコちゃんのグッズも可愛くて、タケルンの舞台を観るために遠征したときにはついつい買っちゃうんだよね。
「きっと登場人物をボクたちと全く同じ特撮オタクとかアニメオタクにしなかったのは、本野先輩なりの配慮なんでしょうね。殺人事件の話だから、私たちに風評被害が及ばないように」
「その代わり別のオタクに風評被害が及びそうだが……まあ、犯人が何オタクだったとしても、あくまでフィクションだから風評被害は及ばないか」
「そう願いたいんだお」
フィクションで犯人が何の職業であっても現実でその職業の人に偏見を持たないのに、それがオタクだと偏見を持つ人がいるらしい。
一昔前と比べるとまろやかはなったけど、それでもオタクに対する世間の風当たりは強い。
前にそんなような話を三人がしてるのを聞いた気がする。
でもそんなのって理不尽だし、酷いと思う。
オタクは「推しを愛する人」のことだよ。
愛を持った人間に偏見の目を向けるなんて、そんなの全然愛が無い!
「愛の無い行動は、他人を傷付けるだけでなく自分の品位も下げる」って前にタケルンが言ってた。姫もその通りだって思ったから、よく覚えてる。そんなことをしてる時間があるなら、推しを愛することに時間を使った方がずっと良い。




