強襲
全身に残る着弾の衝撃。
痛みはない。強襲型重装複合猟兵外骨格の内側に張り巡らされた人口筋肉と、高度衝撃吸収ジェルが衝突のダメージを想定通りに分散吸収している。
落雷のような音に集まってくる音。高感度振紋センサーが歩行音から判別・数は三体いずれも成人男性。
「なんだ!」「侵入者だ」「撃て」
集まってきた覆面の男たちが、俺に向かって銃火を即座に瞬かせる。
彼らが「過激派」らしい。
だが、彼らが抱える個人携行の小火器ではガルムの外骨格を傷つけるには至らない。
武器の危険度判定。判別終了。
多段式突撃銃13RR。フルバレルショットガンSSBA117。拳銃Five-seveN。随分とクラシカルなハンドガンまで出てきた。
強化防弾カメラが捉えた映像が瞬時に脅威順に排除対象を選別し、それに合わせて片腕をあげる。
その瞬間、砲門のついた左腕が振動し、まず突撃銃を抱いていた男が赤く【咲いた】。
態勢を立て直す前だったので弾道は逸れ、命中したのは腕だったが関係ない。
銃口初速1367m/sにも達する18ミリ口径弾は三世代戦車の正面装甲ですら安々と貫通する。そんなものが人体に命中すれば、弾速がもたらす圧力で血管内の血が一気に逆流し、全身から血が吹き出し炸裂して死ぬのだ。
「は?」
真っ赤に咲き、衝撃で吹き飛ばされた仲間を見て呆けた声をあげるショットガンの男。彼も事態を理解できぬまま左腕の『花を咲かせる者』を受けた四散した。こっちは直撃したので上半身すら残らない。
「うあああああああ!」
恐慌し古めかしい拳銃を乱射してきたのは三人の中では一番若い男だったが、ガルムの強固な装甲へと無駄弾を打ち尽くし、三回目の砲音で仲間の所へと旅立った。
排除完了。
三人の過激派を処理し、ゆっくりと立ち上がる。
脚部関節のアクチュエータが低い唸り声をあげ、視界が元の高さに戻る。
外骨格は自分の足裏と、接地面が四十センチほど離れているので厚底ブーツを履いている気分だ。もし外骨格の存在を知らないものが見れば、二メートルを越える巨人のように見えたことだろう。
仲間の姿は周囲にない。
推定される敵の火力から、あえて着弾するポイントを分散させたのだ。各個に制圧することを事前に見込まれたのは間違いない。
あちこちで銃声が聞こえる。他の隊員も派手に歓迎を受けているのだろう。
センサーの感度を上げて周囲を索敵。視界の範囲に人影はない。壁の裏に隠れて様子を窺ってもわけでもなさそうだ。
目標の【過激派】とやらは、一体何人ほどだろうか。
事前に敵戦力の情報がなかったところを見るに、作戦を立てた本部すら大まかな数を把握していないのかもしれない。
最近、国内ではこういう過激派による武装蜂起やテロが多いと聞く。
政府の監視を嫌って人々が秘匿回線を使うようになったせいで、治安維持システムも正確な状況を把握できなくなっているのだろう。国家によって定められたプライバシーの権利が、結果的に個人の安全を脅かしているとは皮肉なものである。
「こちらカイロ01。各員状況は?」
「こちらカイロ04。残敵なしクリア」
「こちらカイロ08。周囲に敵影なし」
「こちらカイロ05。武装勢力の無力化完了」
中隊の状況を確認すると、次々と報告が上がってくる。
予想通り損失はなし。正規軍ではなく、過激派の小火器程度ではガルムを傷つけることは出来ないようだ。
俺と違い感情抑制薬を飲んだ隊員たちの返事は、あまりに機械的で気分が良くないが、少なくとも殉職者はいない。
ただ、07からの返事がない。
生存を示すバイタルには異常がないので通信機の不調だろうか。
「作戦を続行する。01は07のカバーに回る、各員は逐次状況に応じて抵抗勢力の排除を行え」
07を除く隊員から抑揚のない合図が届き、鈍重な歩行音が続く。
「ちっ、アイツ。どうしたんだ」
中隊で一番の問題児に毒づき、行方不明の隊員が最後にシグナルを出した場所へと足を向かわせる。
07は俺と同じく感情抑制薬を飲まない主義だ。
まだ若い隊員ゆえに、なにかトラブルに巻き込まれていないといいが。
コンクリートの破片が散らばった床を歩く。ガルムに送られてきた建物の見取り図を確認すると、どうやら現在地は三階であるらしい。
講堂に荒れたところはなく、ガルム中隊が飛び込んだあたりを除けば整然としている。建造物の破片や過激派の残骸さえなければ、明日にでも施設として開放できそうなほどである。
ここは閉鎖されたわけではない。『生きた』公共施設なのだ。
「こんな街中を占領するとは我が国も物騒になったものだ」
名前も知らない街の講堂の中を、重い外骨格をまとったまま歩く。
外骨格の重量は一トンを優に越えるので、軽々に走ることもできない。構造物の強度によっては床が抜けるからだ。
ゆえに、死刑を執行するために牢屋へと向かう刑務官のような鈍重なものになってしまう。
その遅さゆえに、当然待ち伏せも多い。
しかし装備に乏しい過激派には赤外線センサーと動態センサーから逃れる術などない。当然の帰結として壁越しに超超音速の砲弾を打ち込まれて、引き金すら落とすことなく散っていくことになる。
厚さ5センチの鉄板すら貫通する『花を咲かせる者』の前では、コンクリートの壁など濡れた紙同然だ。
「これで12人。楽ではあるが、これでは弱いものイジメだな」
物言わぬ屍となった者たち。それに、ため息を吐きたくなる。彼らとて、こんな無意味な死を迎えるために生まれてきたわけではないだろうに。
(メイア、マリー)
ふと、家に残してきた妻子に会いたくなった。
願わくば、彼女たちにはこんな世界とは無縁で居て欲しいものだ。
そう思いながら廊下の角を渡ると、けたたましい銃声が轟く。誰かが戦っているのだ。
07以外の隊員はこちらにいない。つまり、探し人はこの先にいる。
「誤射はやめろよ」
ガルムの装甲を貫けるガーデナーが、誤って自分に向けられないように祈りながら廊下の角を曲がる。
敵味方識別信号は相変わらず沈黙状態のまま。だが、熱源センサーには見覚えのある陸ガメのシルエットが映っている。
やはり、07はこちらにいるようだ。
だが銃声は途切れているのに、なにやら音声ノイズだけは続いている。
07いったい、なにをしている
そんな思いを抱きながら、廊下を着実に踏みしめ、仲間の元に向かう。
いつしかノイズは消え、歩行音を除く全ての音が届かなくなる。
第十四号室と書かれた木製の扉と、壁の破片。ガルムが突撃して砕けた扉を身をかがめて通り抜ける。
絶句した。
そこには夥しい血が流れていた。
壁にはいくつもの穴があり、そこに貼り付けになったような死体がずらりと並んでいた。まるで子供の頃に見た蝶の標本だ。
間違いなくガルムの兵装による惨状だ。
「お前、なにやってるんだ」
「ああ……なんだ。隊長ですか。こっちは片付きましたよ」
「なにやってるんだと聞いている」
感情が波立ち、神経の興奮を感じ取ったガルムの搭乗者保護システムが感情抑制薬を口にねじ込んでくる。そのお節介な薬を吐き出す。
「なにって……過激派の処理ですよ。分かるでしょ?」
「処理。これが。こんなのは拷問っていうんだ」
釘付けにされた死体には、どれも細かな穴が無数に空いていた。
一番銃創が多いのは足、次に腕、肩。その多くは致命傷を避けた場所にあり、磔刑にされた人間の下には大きな血だまりができている。
とても『攻撃されたから反撃した』『作戦要項にそって機械的に処理した』という状況ではない。
また遺体の目はどれも欠損している。ガルムがほぼ使うことのない右腕武器の刃物が使われた形跡だ。
「拷問じゃないですよ。だって、こいつらにはなにも『聞いてない』ですからね。拷問っていうのは、相手に問うものでしょ?」
「では私刑だ。余計に悪い」
「でも、こいつら人質を殺してますよ。それはいいんですか?」
その言葉に心臓が脈打つ。
また口の中に薬が放り込まれた。不必要だ。吐き出す
「人質がいるのか?」
「ええ、たくさんいましたよ。隣の部屋です。女も子供も、老人も死んでます。だから仇を討ってるんですよ。偉いでしょ? でも、これのせいで悲鳴も聞こえないからやりすぎちゃいました」
07の声が外骨格のマイク越しに聞こえる。
さっきの音声に交じったノイズは、過激派の悲鳴だったらしい。悲鳴は搭乗者に心理的負担を与えるため、ノイズとして処理されるのだ。
「07。感情抑制薬を飲め、いまのお前は冷静さを失っている。感情をフラットにしろ」
「イヤですよ。感情のないロボットになるなんて。隊長も飲まないじゃないですか。それに楽しんでなんかないですよ。これは正当な報復です」
07が右腕を振るう。
その瞬間、電気パルスによって増幅された人口筋肉が隆起し、右腕が一閃される。
科学のアシストによって音速を越えた斬撃により、壁に貼り付けにされていた亡骸が断ち切られ地面に崩れ落ちる。右腕装備の伸縮型刃の剪定者だ。
三メートルを越える長さまで伸長した斬撃に身体だけではなく壁にまで深い傷跡が残ったが、アストレア鋼で作られた利刃には傷一つない。
「過剰な攻撃行為は条約に引っかかるぞ。攻撃欲求が抑えられないなら薬を飲め」
「問題ありません。こいつらは自国民です。敵国の兵士じゃないので条約に違反などしませんよ。それ国内でテロリズムに加担したものは権利を剥奪される。そうでしょう?」
事実だ。交戦協定には抵触せず、またテロに手を染めた時点で法は彼らをあらゆる法によって保護されない。
畢竟07は裁かれず、俺にも裁く権利はない。
「任務に戻れ。人質がいるなら迅速に処理することを優先しろ」
「了解。ところで隊長」
その言葉は続かなかった。
07のガルムに火花が散ったからだ。
爆撃を受けたように、陸ガメを思わせる装甲が四散し、内包されていた黒い人口筋肉と白い緩衝ジェルが撒き散らされた。




