11 この街で暮らす?
物件探しは町探しでもあります。
今まで住んでいた土地に暮らすのなら
その必要はありませんが、
私たちのように新たに探す場合は、
どんな町かを詳しく調べなくてはなりません。
ではなぜ、20年以上も住んだ今の街を離れるのかというと
”老後をここで過ごすビジョン”が見えなかったからです。
今まで住んでいた町はのどかで物価が安く、
公園や学校も多くて、子育てしやすい町でした。
知り合いもたくさん増え、
なじみの店や図書館などの公共施設もありましたが
他との個人的な関係性を重要視しない私たち夫婦は
(適当に広く、水たまりよりも浅く……が望ましい)
そこまでそれらに思い入れはありません。
子どもたちも進学した後は、
地元の友だちと合う時は結局、繁華街に行って遊ぶため、
どこに住んでいても同じだ、と言っていました。
さらに今の土地は高齢者が多く
”住みやすいのかな?”と思っていましたが
実際に近所の人々からは不満の声が聞こえていました。
そもそも”高齢者が多い”ということと、
”実際に高齢者が暮らしやすい”というのは、
まったく別の話なのです。
高齢者が多い地域というのは、
別に住みやすいと聞いて移住してきたわけではなく
繁華街から離れた場所に住宅街を築いて
そこに住み続けていた結果です。
もちろんそういった地域では、
高齢者のニーズに気付きやすく
いち早く対応してもらえる、などのメリットもあります。
半面、介護保険給付や福祉手当の支給といった
”高齢者人口の多さによる膨大な需要”に対応するだけで
財政やマンパワーが逼迫しがちな傾向となります。
しかし高齢者がまだ少ない段階で
高齢化対策に投資してきた自治体は
”予防医療”の対策や”見守りサービス”を
提供する余裕があるのです。
どの地区も病院などの医療インフラや福祉施策、
ひいてはシニア向けの街づくりなど
積極的に行ってはいますが、
各地の差は歴然なのが現状です。
体が不自由になってきた際に本当に助かるのは、
”医療機関へのアクセスの良さ・選択肢の多さ”
”バリアフリーなインフラ(駅や道路)”
”自治体による高齢者向け公共施設・サービスの充実”
といった条件がそろっている地域だと考えました。
娯楽に関しても同様です。
引きこもりがちの高齢者に対し、
長距離の移動なく気軽に、
そして体の負担なく楽しめるような環境が
望ましいと思われます。
ただしこれは、私たち夫婦の
性格やライフスタイルで判断したものです。
(陰キャで非・社交的、趣味は個人で楽しむものばかり)
地元で生まれ育った人には
その土地がもたらす安心感は最重要ですし
素敵な人間関係を近隣の人々と構築されている方は
老後も支え合いながら楽しく過ごせることでしょう。
なので全員に通用する考えではないと百も承知です。
さらに私たち夫婦は自分たちの通勤だけでなく、
(老後だの高齢者だの言ってるが、まだ10年以上働くので)
子どもたちの進学・就職に備えて
どんなところにもサクサク行けるような
さらに交通利便性が高い所に引っ越すことに決めたのでした。
そこでまず、駅の候補を決め、
その駅がある町が住みやすいかを徹底的に調べました。
ただし、”今の姿”だけでは判断できません。
狙った駅は偶然にも、その隣の駅が再開発されており
連動して評価が高まっていました。
そこだけでなく、いろんな場所で再開発の計画が
立っていることを知りました。
(各自治体の再開発計画は容易に調べられます。
インターネット万歳です)
具体的な再開発の内容は
”駅前の大きなビルに個人病院を数多く誘致する”
”商店街を活性化させる”、といった内容や
”開かずの踏切”の解消や渋滞解消のための道路完成などです。
その他、”お店の選択肢は多いか、病院はあるか”
”治安はどうだ、ハザードマップはどうか”も確認しました。
特に自治体の高齢者向けサービスは
”生涯学習や集まりなどで楽しい老後をめざす”
”紙おむつなどの物品を配布する”
など、各自治体によってかなり色が分かれます。
そして最も重要なのは、町が持っている”空気感”でした。
ある日内覧に行った物件Fは、
安定路線にある、交通利便性もなかなか良い駅でした。
かなり地価は安いため、物件価格も抑えめな
不動産会社の人いわく”お買い得”な町だったのです。
その町では一日のうちに、
ツアーのように何軒かの物件を回りました。
一件目の物件Fは注文住宅の中古で、
年季は入っていましたが随所にこだわりがあって
”自負心の強い壮年の男性”、
といった風情を醸し出していました。
私道の奥まったところにあるため
日当たりは控えめなのですが、
工夫して建てられており
天窓からうまい具合に光を取り込むようにできていました。
居室の上部に付けられたロフトは手すりが無く
安全性よりも見た目を重視しているようでした。
(まあ落ちても、たいしたことにはなりませんし)
なかなか良いな、とは思いましたが、
驚いたのはその後です。
こちらには現自宅の明渡期限があるため、
引き渡しはいつごろ可能か聞いてみたところ……
その場にいた売主さんからの答えは衝撃的なものでした。
「ん~、いつになるか分からないなあ」
へ? 売りに出したんじゃないの?
と思い、時間がかかるということなのか確認したら
「特に引っ越すことも決まっていない」
と。それを聞き、案内してくれた不動産会社の人はとりなすように
「まあ、早くて半年くらいでしょうか~?」
などと笑っていました。
つまり、自分の家を欲しがる人がいるかどうか
確認したかっただけなのではないでしょうか。
”マジふざけんな、最初に確認してくれや、
こっちは時間使って、交通費払って来てんだぞ”
内心そう思いながらも
「あ、そうですか」
と作り笑顔で退出しました。
私たち夫婦が大人で良かったな。
その後、別の中古物件だけでなく
まだ建築中の物件も見せてもらいました。
そして不動産会社と別れた後、
夫婦でその街を歩き回りました。
私たちは気になったのは、意味不明な売主よりも、
その街がもっている”雰囲気”だったのです。
その街にはどこか荒廃したような、
それでいて落ち着かない空気感がありました。
ところどころに置かれた廃棄物。
自由気ままな場所に放置された自転車。
スーパーに入れば暴動被害に遭ったかのように
品物が乱雑に置かれていました。
活気がある、と言えるかもしれません。
気取らず、親しみやすさもあるでしょう。
そもそも現状はただの過程であり
これからどんどん変わっていくと思われます。
しかし当面の間は
落ち着いて暮らすのは難しいかもしれない、
そう感じざるを得ませんでした。
その後、数回その土地に行きましたが、
良い物件にも恵まれず、
結局その駅は自然と候補から外れることになりました。




