2話 甘い匂いはキスの味?
「うわぁ、失敗した・・・・・」
朝起きて洗面所で自慢のパーマのセットを行ったが、毛先の調子が悪い。
まとまりがなく、アホ毛らしく所かしこも跳ね散らかしている。
折角昨日からデビューしたというのに。
これだと締まりがなく、セット初心者モロバレだ。
「でも時間ないしなぁ・・・。仕方ない。今日は諦めるか」
「ぶっ!はぁはぁはぁ!!なにその髪型!だっさ!!」
笑い声が聞こえ、後ろを振り向くと、京子がお腹を抑えていた。
「わっ、笑うなぁー!!てかどこから入ってきた!!?」
「はは!え?・・・おばさんが普通に入れてくれたよ?『幹ちゃんが学校まで迷わないようにお願いね』って」
「俺は小学生かよ」
俺は京子に手を引かれながら、玄関を飛び出した。
母親がエプロン姿で「いってらっしゃい!」と大きく手を振っていた。
教室に入り、自分の席に腰掛けた。
机の上に、自分のジャージが綺麗に折り畳んで置いてあった。
その横に、小さなメモが置いてある。
『昨日はありがとうございました。雪代』
いかにもお嬢様らしい綺麗な文字で添えられていた。
彼女らしい。
(わざわざ洗って返してくれたんだ。もしかして嫌われてるんじゃなくて、ただツンツンしてる奴なのかな・・・?)
そう考えながら俺は自分のロッカーにジャージをしまった。
「よ〜し、朝のHRを始めるぞ〜」
式子先生が相変わらず眠そうにしながら教室に入ってきた。
「えーっと、今日はクラス委員を決めないといけないらしいので、もう朝のうちに決めちゃいたいと思います」
教室内にどんよりとした空気が流れ始める。
クラス委員。クラスの顔となる存在。
内申点目的なら立候補するべきだろう。だが皆は知っている。クラス委員の本当の意味を・・・。
『教師の雑用係』だという事をだ。
「誰がやるもんか」と誰しもが考えている。
全員が顔を下に向く様子を見て、式子は小声で「そうだよな」と言った。
「こーなる事を見越して、うちの方で選定しておきました」
は??選定だと??
「雪代冬華と、渡塚あんず。お前らがクラス委員だ」
「はいはいはい!意義あり!『京子』です!!てかちょっと待ったぁー!!!」
京子が手を挙げながら勢いよく立ち上がった。
「なんで私なんですか!!私、六人兄妹の長女でそんな時間ありません!!」
「・・・ふっ、無駄だ京子。諦めな」
俺は腕を組んで京子に言った。
(危なかったぁ〜。俺が呼ばれるかと思って冷や汗かいたぜ)
「そーなのか?それならダメだな。家族が1番だからな」
ん?式子先生??
「んじゃ〜渡塚、誰がいいと思う〜?」
・・・・この流れはまさか・・・。
「乾幹太くんがいいと思います!!」
「ちょっと待ったぁー!!!」
推薦してくると思ったよこいつ。
「なんで俺なんだよ!?!」
「だって私ぃ、可愛い可愛い妹達のご飯を作らないと行けないしぃ〜愛する家族のために働かないと行けないしぃ〜?」
「おっ、お前なぁ・・・」
京子はあざとらしく、体をくねくねする。
(それに幹太、デビューして目立つなら今がチャンスでしょ?これを機に友達つくりなよ)
京子は小さい声で俺の耳元に話しかけた。
言い返す言葉が見つからなかった。
「えっー、それなら乾でいいと思う人は拍手しろー」
ぱちぱちぱちぱちぱち。
どこからか一つの拍手が聞こえる。
雪代の方を見ると真顔で高速拍手をしていた。
それを皮切りに皆が一斉に拍手をしだす。
「それじゃ〜うちのクラスは雪代と乾かんぱいで決定だな。2人は放課後職員室に顔を出せ。それじゃ1時間目始めるぞ〜」
「・・・・かんたです。先生・・・・」
否定する間もなく勝手に決められた。
よりにもよって雪代とだなんて。
(一生恨むかんな、京子・・・)
放課後。憂鬱な気分のまま俺は雪代と一緒に職員室に赴いた。
式子先生は机に枕を置き、今にも寝かけている。
「先生起きて下さい」
「・・・・ん、おっ、きたかきたか。雪代冬華とえっーと」
「乾幹太です。ほんとに担任ですか」
式子先生は起き上がっては、これ以上ほど面倒くさそうに一つの鍵を差し出してきた。
「これ、クラス委員としての最初の仕事な。裏庭にある鶏小屋の掃除。最近サボる奴が多くて荒れ放題だからなさぁ〜、よろしくなぁ。終わったら鍵閉めてここに置いといてくれ」
「絶対それ俺達の仕事じゃないでしょ。生活委員会の仕事でしょーが」
俺の言い分を無視するかのように先生はまた眠りに入った。
「・・・・とりあえず、体操服に着替えるか」
雪代が隣で小さく頷いた。
というわけで、俺は男子更衣室で体操服に着替え、ロッカーから持ってきたジャージを取り出した。
「・・・ん?」
袖に通した瞬間、ふわっと鼻腔をくすぐるものがあった。
(なんだこれ。すっげぇ良い匂いがする・・・)
それは鶏小屋へと向かう渡り廊下でも、ずっと俺の鼻先を誘惑し続けた。
うちで使っている安物の洗剤の匂いじゃない。
どこかひんやりとしていて、だけど頭がとろけそうになるくらい、物凄く甘い。
少し動くだけで、全身を包み込むように香る。
思わずジャージの襟元に鼻を近づけ、深く息を吸う。
(これって雪代の匂いなのかな。女子の家の匂いってみんなこんなにヤバいのか・・・・?)
「!?!?!」
声の出ない悲鳴が上がった気がした。
振り返るといつの間にか体操服姿の雪代が立っていた。
長い髪を後ろで縛っているがその端正な顔はいつも通り完璧な無表情・・なのだがなぜかその視線は、俺がジャージの匂いを嗅いでいた鼻先に釘付けになっている。
しまった!!
まるでこれだと自分の貸した服をスーハスーハー嗅いでいる『変態』だと思われてしまう!!(間違えはないが・・)
俺は早くも学園生活終了の知らせを感じとった。
青ざめる俺の前で、雪代はピキッと完全にフリーズしていた。
・・・・と裏腹に彼女の脳内は、幹太の予想とは真逆の方向へ音を立てて爆発していた。
(わわわわわわぁ!!嘘でしょ・・・!?!?
幹太くんが、旦那様が私が着た服に口づけをしていた!!私の匂いを熱心に嗅ぎながらも、恍惚とした表情で、私の残り香を貪るように吸引している・・!これはもう人間界でいう、『かんせつきす』っていうものよねッ・・・・?!)
完璧なポーカーフェイス。
幹太から見てその顔は「引いている顔」なのだが、否。
本当は「嬉しすぎてショックで固まっている」だけなのだ。
(どうしよう、まだ心の準備が!でも、幹太くんがそこまで私を求めてくれるのなら・・・私は・・・)
雪代は静かに無言で目を瞑る。
『もうそんな変態、見たくもない』
そのような意志を感じた。
「あ、あのっ!雪代さん!違うんだ!」
言い訳しようと俺が一歩近づいた瞬間、雪代はビクッと体を震わせながら目を開き、すっと顔を背けた。
気まずい。あまりにも気まず過ぎる。
結局、そこから鶏小屋に着くまで、二人の間に会話は一才生まれなかった。
「コケコッコー」
「コケッ?」
数羽のニワトリが不審そうに俺たちを見上げる中、黙々とホウキを動かす。
沈黙が痛い。今日一番のセット失敗のボサボサ頭も相まって、自分の惨めさが限界を迎えそうだった。
「・・・さっきはごめん」
「・・・・・・・・・・」
耐え切れず、俺は謝罪をしたが返答は勿論なかった。
(ダメだ。このままじゃ本当に不審者で終わってしまう。これから二人でやっていかなくちゃいけないのに・・・)
昔、好きな人に声をかけたくて困った時に読んだ本を思い出した。
『話を聞いてくれない時は、世間話から広げて、本題に持ち込むと良い』と。
・・・・よし、それなら・・・。
「あっ、あのさ雪代さん。今日髪のセット失敗しちゃってさ〜!なんかそこの鶏に似てない?!コっ、コケー!ってな・・」
「・・・・・・・」
雪代はこっちを見ながらキョトンとしていた。
しっ、・・・・死にたい。
「あ、みっーつけた♪」
俺の命を救うかのように、鶏小屋のフェンス越しに声がした。
「何やってるの、リーダーさん達」
そこにいたのは、スクールバックを肩にかけた下校中のかつての推し、九尾天狐だった。




