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潮を編む――滅んだ小領主の娘、唐土に売られ、海賊の妻となる  作者: ハタ星人


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第九話 なびく島々

応永三十年(一四二三)十月 伊予国 忽那諸島 下怒和


中島が加わってから、ひと月と経たぬうちに、残る三島から、続けざまに使いが来た。


睦月島、野忽那島、そして二神島。忽那七島のうち、まだ手をつけていなかった三つの島から、まるで示し合わせたかのように、同じ月のうちに、加わりたいという申し出が届いた。


「早いな」


弥九郎が、そう言った。三通の書付を、板間に並べながらだった。指先で、書付の端を、とんとんと軽く叩いている。


「柱島と津和地島が来たときと、同じ早さにござります」


「中島が折れたのを見て、皆、腹を決めたか」


「おそらくは」


わたしは、三通の書付を、順に読み比べた。文面は、それぞれ違っていたが、書かれている中身は、大方同じだった。二神の名の下に加わりたい。理由は、中島が既に加わったこと、柱島・津和地島が実入りを増やしていること。


睦月島の書付には、こう記されていた。「隣島の実入り、日ごとに聞き及び、指をくわえて見ておるのみにては、いずれ立ち行かず候」。野忽那島の文面も、似た調子だった。「余所の島の富み方を見るにつけ、我が島の遅れを、恥じ入るばかりにて」。


その言葉の連なりに、わたしは、少し苦笑した。恥や遅れという言葉が、こうも素直に書き連ねられているのを見ると、島の内での焦りの深さが、かえって伝わってくる。得の勘定だけでなく、隣に置いていかれることへの、素朴な焦燥もまた、この申し出の底にあるのだろう。


---


「二神島は、少し違いまする」


わたしは、三通目の書付を、弥九郎に見せた。


「二神島は、本家の名を冠する島にござります。当主も家臣も、あちらの縁者。他の島と、同じ扱いでよいものかどうか」


弥九郎は、その書付を、しばらく見ていた。


「本家の名を冠しておっても、いまの二神島は、格別大きな島ではあるまい」


「はい。田は狭く、人も多くはござりませぬ。ただ、名だけは重うござります」


「名が重いなら、なおのこと、丁重に扱えばよいだけの話だ」


その答えに、わたしは頷いた。名の重さと、実の大きさとは、必ずしも一致しない。それは、この島でも、これまで幾度も見てきたことだった。


「ただ、二神島に限っては、他の五島と、同じ形の受け入れ方をすべきではないと存じまする」


「同じでは、いかんのか」


「他の五島は、湊の使い方、年貢に代わる納めの割合、裁きの筋、すべてを、こちらの取り決めのもとに置きまする。ですが、二神島は、本家そのものの膝元。あの島まで同じ形で括ってしまえば、外から見て、本家を丸ごと呑み込んだように映りましょう」


弥九郎は、しばらく、考え込んだ。


「呑み込んだように見えれば、まずいのか」


「まずうござります。河野方にも、忽那の他の縁者にも、本家を乗っ取った一党と見られましょう。それでは、これまで積み上げてきた、義重様との筋そのものが、崩れかねませぬ」


「では、どうする」


「二神島には、名目だけを立てとうござります。年貢も裁きも、これまでどおり、本家の名で行われる形を、崩さず残す。こちらは、あくまで、力添えをするだけの立場にとどまりまする。表向きは、二神本家が、いまも、二神島の主のまま」


「実のところは」


「実のところは、湊の普請も、蔵の備えも、こちらが静かに支えまする。ただ、それを、誰の目にも、こちらの手柄として見せませぬ」


弥九郎は、少し、驚いた顔をした。


「本家にまで、その手を使うか」


「島相手に、幾度も使うてきた手にござります。相手が、本家であっても、道理は変わりませぬ。島を丸ごと数えるより、本家の顔を立てておくほうが、いずれ、大きな戻りになりまする。これも、勘定のうちにござります」


その答えに、弥九郎は、微かに笑った。


「よかろう。二神島だけは、名目を立てて、手助けにとどめる。それでいく」


「使いには、誰を立てる」


「六郎太に、任せとうござります。腕も立ち、字も書ける。本家の縁者を相手にするには、粗相のない者がようござりましょう」


「六郎太か」


弥九郎は、少し考えて、腕を組みながら頷いた。


「あれは、片足を引きずっておるが、心配りだけは、誰よりも細やかだ。よかろう」


弥九郎は、そう言い切って、書付を六郎太に渡すよう、松吉に言いつけた。


その人選に、わたしも異存はなかった。六郎太は、この数年で、帳の付け方も、人との応対も、随分と身についている。かつて戦で足を失った男が、いまでは、島の内でも外でも、頼られる立場になっていた。


---


睦月島・野忽那島との遣り取りは、柱島・津和地島のときと同じ手順を踏んだ。まず、使いを丁重に迎え、条件を確かめる。次に、義重を通じて、二神本家の名で正式に受け入れる形を整える。


同じ手順を、これで五度、繰り返したことになる。最初の柱島のときは、一つ一つの段取りに、幾日も頭を悩ませた。だが、いまでは、その段取りが、体に染みついている。何を確かめ、誰に使いを立て、どこで義重の名を借りるか。迷う間もなく、手が動くようになっていた。


二神島だけは、別の形を取った。取り決めの書状は交わさず、使いには、湊の普請と、蔵の備えについて、静かに力添えをする旨だけを、口頭で伝えさせた。書付には残さない。表向きは、あくまで、本家が、その名の由来となった島を、内々に支えるという体裁だった。


型が、こうして身につくと、次からは早い。それは、島の内政でも、明での商いでも、幾度も見てきたことだった。最初の一度だけが、いつも重い。


義重のもとへ、使いを立てたのは、わたし自身だった。


「三島が、加わりたいと申しております」


義重は、その報せを聞いて、しばらく黙っていた。館の奥、いつもの一室だった。


「よう、ここまで来たものよ」


義重は、そう呟いた。声に、感慨のようなものが滲んでいた。


「怒和島一島を、ようやく治めたばかりだったのが、いまでは、七島のうち六島が、こちらへなびいておる」


「義重様のお力添えあってのことにござります」


「お力添えなど、大層なものではない。わしは、ただ、二神の名を、取り次いだだけのこと」


義重は、そう言って、少し笑った。だが、その笑みの奥に、複雑な色が滲んでいるのを、わたしは見逃さなかった。忽那の本流であるはずの義重の家が、庶流であったはずの一党の力によって、こうして格を取り戻していく。その巡り合わせを、義重自身、どう受け止めているのか。まだ、わたしには測りきれなかった。


「又五郎殿は、この話を、どう見ておられましょう」


わたしは、そう訊ねた。柱島へ渡っていた又五郎のことが、まだ頭の隅に残っていたからだった。


義重は、少し間を置いてから、答えた。


「あれも、近ごろは、大方得心しておるようだ。島が富めば、悪い顔はせぬ」


「大方、と申されますと」


「……あれの胸の内までは、わしにも、すべては分からぬ」


義重は、そう言って、それ以上は続けなかった。その口の重さに、わたしは、何か、まだ聞かされていないものがあるのではないかという気がした。だが、それを強いて訊ねる筋ではないと判じて、その日は、それ以上踏み込まなかった。


---


睦月島・野忽那島との正式な取り決めが整った日、初めて、書状に「二神定海」の名が記された。


睦月島・野忽那島、それぞれの乙名に宛てた書状だった。湊の使い方、年貢に代わる納めの割合、争いが起きたときの裁きの筋。それらを定めた文書に、弥九郎の名を書き入れる段になって、六郎太が、筆を止めた。


「弥九郎様の御名は、いかように」


その問いに、館の中が、一瞬、静まった。


弥九郎自身が、これまで、正式な書状に、自分の名を記す機を持たなかった。中島までの取り決めは、口約束と、こちらの帳に記すだけで済ませてきた。だが、二神島は、本家の名を冠する島だった。相手に敬意を払うなら、こちらも正式な名乗りで応じるのが筋だった。


「二神定海、と書け」


弥九郎が、そう答えた。声に、少し硬さがあった。


---


六郎太の筆が、紙の上を滑った。墨のかすれる音が、静かな板間に、やけに大きく響いた。二神定海。その二文字と二文字が、初めて、実の書状の上に、並んで記された。


わたしは、その字面を、少し離れた場所から見ていた。


祝言の夜、義重が渡した紙に記されていたのと、同じ名だった。あのときは、まだ、婚礼の場の一幕に過ぎなかった。だが、いま、この名は、実際に六島との交渉を動かす、実の名として使われはじめている。


姓と諱が、初めて、政の道具として動きはじめた。その重みを、弥九郎自身は、どう感じているのだろうか。


「妙な心地がする」


弥九郎が、書き上がった書状を見ながら、そう呟いた。


「己の名でありながら、己のものではないような」


「いずれ、慣れましょう」


「慣れる日が、来るとよいがな」


弥九郎は、そう言いながら、指先で、書状の文字を、そっとなぞった。字は読めない。それでも、そこに記された二文字が、自分自身を表す名であることは、分かっているようだった。


「外の家と繋がるとなれば、弥九郎のままでは、やはり、いかんのだろうな」


弥九郎は、そう、自分自身に問いかけるように、呟いた。


「はい。手下たちの前では、これまでどおり、弥九郎様にござります。二神定海は、書状の上でのみ使う、いわば、もう一つの顔にござります」


「顔が二つあるのは、面倒だ」


「面倒でも、要る顔にござります。外の家と渡り合うには」


弥九郎は、渋い顔をしながらも、それ以上は逆らわなかった。この男は、理屈が通れば、最後には従う。その柔らかさこそが、こちらが賭けてきた性根だった。


---


書状が、二島へ送られた。数日のうちに、それぞれの乙名から、受け取りの返書が届いた。文面は、丁重だった。「二神定海殿」という宛名が、二通とも、はっきりと記されていた。二神島からは、正式な書状こそ交わさなかったが、当主から、丁重な礼の使いが立てられた。


その返書を見ながら、わたしは、頭の中で数を組んだ。


柱島、津和地島、中島、そして睦月島、野忽那島、二神島。忽那七島のうち、怒和島を除く六島が、こうして、二神の名の下に、緩やかに一つの構えとして纏まった。半年に満たぬあいだの出来事だった。振り返れば、あまりに早い。それでいて、一つ一つの島との遣り取りを思い返すと、決して短くはなかった歳月のようにも感じられた。


だが、これで終わりではなかった。行然の言葉が、まだ頭の隅に残っていた。忽那諸島は、伝えられる七島の名に留まらない。周辺には、まだ手の入っていない小島や入江が、幾つも点在している。六島を得たことは、大きな一歩には違いなかったが、それで狙いのすべてが叶ったわけではなかった。


「まだ、この六島だけだ」


弥九郎が、ぽつりと、そう漏らした。わたしと同じことを、考えていたようだった。その一言には、驕りも焦りもなく、ただ淡々とした確かめの調子があった。


---


その夜、館の縁側で、弥九郎と並んで、海を見た。


夕暮れの光が、島々の輪郭を、淡く縁取っていた。柱島、津和地島、中島、睦月島、野忽那島、二神島。どれも、ここからは、小さな影としてしか見えない。それでも、この半年ほどのあいだに、その影の一つ一つに、こちらの手が届いたのだと思うと、不思議な心地がした。


「大きゅうなったものだな」


弥九郎が、そう言った。


「はい」


「お前が、泉州の競り場で、値をつけられておった頃には、思いもよらなんだろう」


その一言に、わたしは、少し虚を突かれた。あの日のことを、弥九郎の口から聞くのは、久しぶりのことだった。


「思いもよりませなんだ。あの頃は、値をつけられる側で、精一杯にござりました」


「いまは、島を数えておる」


「数えるものが、大きゅうなっただけにござります。やっておることは、変わりませぬ」


弥九郎は、それを聞いて、少し笑った。


---


「これで、満足か」


弥九郎の問いに、わたしは、少し考えてから、首を振った。


「満足はしておりませぬ」


「まだ、先があると」


「はい。六島は、忽那の名の付く島の、ほんの一部にすぎませぬ。周りには、まだ、手の入っておらぬ場所が、幾つも残っております」


弥九郎は、それを聞いて、しばらく黙っていた。


「欲深いな」


「欲とは、少し違いまする。ただ、途中で止めれば、いずれ、隙になりましょう」


「隙、か」


「六島だけを得て、そこで満ち足りてしまえば、周りの島々との差が、また開いてまいります。差が開けば、いずれ、その隙を、誰かに突かれましょう」


その理屈に、弥九郎は、深く頷いた。


「なるほど。お前らしい理屈だ」


その一言には、呆れとも、感心とも取れる響きがあった。わたしは、それをどちらとも取らず、ただ黙って受け止めた。


海の色が、次第に暗くなっていった。星が、一つ、二つと、空に浮かびはじめる。六島の輪郭は、もう、闇に溶けて見えなくなっていた。それでも、その先にある、まだ見ぬ島々のことを、わたしは、頭の帳の隅に、静かに書き加えていた。


「南朝の僧の話は、どうする」


弥九郎が、ふと、そう訊ねた。


「殿が、まだ、御決めになっておられませぬ。一党の者たちに諮ると仰せでしたが、あれから、いかがにござりますか」


「まだだ。六島のことが片づいてから、と思うておった」


「片づきましてござります、いまし方」


「なら、次はそちらか」


その言葉に、わたしは、小さく頷いた。潮風が、頬を撫でていく。六島を服属させたという、一つの大きな山を越えたばかりだった。だが、休む間もなく、次の山が、既に見えはじめている。行然の話も、別子の谷の話も、まだ答えの出ていないまま、頭の帳の中で、順を待っていた。


「休む暇が、ござりませぬな」


「休みたいか」


「休みとうござります。じゃが、休んでおる間に、隙ができまする。それが、恐ろしゅうござります」


弥九郎は、それを聞いて、声を立てて笑った。潮風に、その笑い声が乗って流れた。


「相変わらず、気の休まらぬ質だ」


「殿こそ、口ではそう仰いながら、翌朝には、もう次の指図をしておられましょう。それも、いつものことにござります」


その言い返しに、弥九郎は、今度は何も言い返さず、ただ、ばつの悪そうな顔をした。その顔を見て、わたしも、思わず笑いが零れた。久しぶりに、勘定を忘れて笑った気がした。


夜風が、少し冷たくなっていた。秋も、いよいよ深まっている。袖の中で、指先が、わずかに冷えるのを感じた。冬が来る前に、決めるべきことが、まだ幾つも残っていた。行然への返答、別子の谷の行く末、村上一党とのこれからの間合い、そして、まだ見ぬ小島や入江のこと。


その一つ一つを、頭の中で、順に並べ直しながら、わたしは、しばらく、弥九郎の隣で、暗くなっていく海を眺め続けた。星の数が、少しずつ増えていく。潮の音だけが、変わらず、静かに響いていた。


その晩は、そのまま、弥九郎の渡りとなった。六島を、実質、服属させた日の渡りは、いつもより、いくらか長く続いた。祝いの言葉は、どちらの口からも出なかった。それでも、いつもと違う夜だということだけは、互いに分かっていた。


翌朝、この報せを、真っ先に綾に伝えた。綾は、静かに微笑んで、こう言った。


「これで、島の女たちも、少しは肩の荷が下りましょう。誰の下に付くのかが定まらぬ間は、皆、どこかで気を張っておりましたゆえ」


数の上の服属しか見ていなかった自分に、綾は、いつもどおり、数では見えない側の意味を、そっと添えて返してきた。


その傍らで、幸松が、他の子らに、六島の名を、一つずつ教えて回っていた。柱島、津和地島、中島……。まだ舌の回らぬ幼い子に、根気強く同じ名を繰り返す姿を見て、わたしは、少し目を細めた。

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