第二十五話 手管
応永二十九年(一四二二)四月 伊予国 怒和島 下怒和の館
正式な申し入れは、四月の初めに行った。
弥九郎の名で、下怒和の館へ使いを立てた。縁組を望む旨を、書面にして届ける。書いたのはわたしだが、名は弥九郎のものだった。
義重は、その日のうちには、返事をしなかった。
三日置いてから、館へ招かれた。
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義重は、以前と変わらぬ様子で座っていた。
痩せた男だった。四十半ばというが、もっと上に見える。声は低く、言葉は少ない。この二年、この人が声を荒らげるのを、一度も見たことがなかった。
「書面は、拝見いたしました」
「有難う存じます」
「返事を申し上げる前に、一つ、伺いたい」
「何なりと」
「なにゆえ、いまなのでござりましょう」
わたしは、その問いを、予期していた。
「時が満ちましたゆえ」
「時」
「二年、共に働いてまいりました。掟を定め、身内も罰しました。それでも、田は預けていただけませぬ。娘も出ませぬ。得を積んでも届かぬ一線があると、この二年で、はっきりと分かりましてござります」
義重は、黙って聞いていた。
「その線を越える道は、血のほかにござりませぬ」
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義重は、しばらく、目を伏せていた。
それから、こう言った。
「河野の御家の揉め事は、御存じか」
「聞き及んでおります。惣領家と予州家とで、二十年余り」
「二十年余りにござります」
義重は、そう繰り返した。
「わしの父の代から、まだ続いておる。どちらに付いても危うい。付かねば、なお危うい。この二十年、伊予の国人は皆、その狭間で難儀してまいりました」
「御本家も」
「本家も、同じにござります」
義重は、そこで、初めてこちらを見た。
「本家には、もう、出せる娘がおられませぬ。両方の陣に、一人ずつ嫁がせておられる」
その話は、既に知っていた。松吉が拾ってきた噂として、去年の秋に聞いている。この策そのものが、あの噂を起点に組み上がったものだった。
だが、そう明かすわけにはいかなかった。
噂の出所は、この島の外の話だ。荒瀬の一党が、河野の縁組の話まで嗅ぎ回っていると知れれば、義重は、こちらの目のよさに、かえって身構えるだろう。知っていることを、知らぬ顔で受け取る。それも、この場では要る手管だった。
「守護様の御一族に、でござりますか」
初めて聞くような顔で、そう問い返した。
「いえ、そこまでは」
義重は、少し首を振った。
「御一族に直に、というほどの格は、いまの本家にはござりませぬ。惣領家に付いておる有力な武将のところへ一人、予州家に付いておる家へ一人。そのあたりが、身の丈にござります」
「なるほど」
わたしは、頷いた。
道理だった。守護の一族と直に縁続きになれば、こちらの立場も、その分だけ重くなる。重くなりすぎれば、河野の争いに、直に巻き込まれることになりかねない。
一つ挟まっているほうが、都合がよかった。
その道理も、既に一度、頭の中で組んだものだった。組んだ道理を、いま、初めて聞いたかのように、あらためて頷いてみせる。二度目の得心を、一度目のように装うのも、慣れれば、さして難しいことではなかった。
「その二人のほかには」
「年頃の娘は、もうおられませぬ」
その一言も、既に知っていることだった。だが、ここで頷きの速さを誤れば、これまで装ってきた「初めて聞く顔」が、根から崩れる。
「……さようにござりますか」
わずかに間を置いて、そう答えた。驚きすぎず、あっさりしすぎず。初めて聞いた者が見せる、ちょうどよい重さの相槌を、頭の中で計りながら出した。
義重は、それ以上、こちらの様子を訝しむ素振りは見せなかった。
うまく、隠せたらしい。
胸の内で、そう数えた。噂の出所も、この策がいつ組み上がったかも、この人には、まだ知られていない。
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家督争いというものを、わたしは、よく知っている。
九年前、島門の麻生の家は、宗家の家督争いに巻き込まれて、消えた。芦屋の叔父は、家を残すために大内へ通じた。父は、筋を選んで死んだ。兄は、その狭間で殺された。
家督争いは、そこにいる者を、皆、削っていく。
いま、目の前の男も、削られる側にいる。河野の争いに挟まれ、落ち目の本家に庇われもせず、痩せた島の年貢に窮している。
同じものが、わたしを潰した。
その同じものが、いま、こちらに味方していた。
争いがあるからこそ、本家は娘を使い尽くしている。使い尽くしているからこそ、猶子という道に、価値が生まれる。この争いがなければ、この策は成り立たなかった。
そのことに気づいたとき、わたしは、腹の底が、わずかに冷えるのを感じた。
冷えたが、手は止めなかった。
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「本家への申し入れは、いかがなさいますか」
わたしが問うと、義重は、少し考えてから答えた。
「わしが、参ります」
この島の裁きは、すべて義重の一存にある。本家が話を通す相手も、義重をおいてほかにいない。その筋を、こちらから乱す理由はなかった。
「わたくしは」
「お越しになるには及びませぬ」
やんわりとした断りだった。
分かっていた。荒瀬の女房が、本家の門をくぐる筋合いは、どこにもない。この島の外の話になれば、こちらには、そもそも席がなかった。
「では、お願いいたしまする」
そう答えてから、わたしは、一つだけ、付け加えることにした。
「義重どのお一人で、参られますか」
「わしと、又五郎とで」
「弥九郎も、お連れくださりませ」
義重が、顔を上げた。
「婿殿を、でござりますか」
「はい」
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「本家にとって、この話の値打ちは、庇護にござります」
わたしは、そう説いた。
「庇護と申しましても、紙の上の言葉にすぎませぬ。荒瀬の一党がどれほどのものかを、御本家は、まだ御覧になっておられませぬ」
「噂は、届いておりましょう」
「噂では、値が定まりませぬ」
わたしは、続けた。
「見ておられぬものに、人は値をつけられませぬ。つけられぬまま話を進めれば、御本家は、この縁組を安く見積もられましょう。安く見積もられたまま結んだ縁は、あとで軽んじられまする」
義重は、しばらく黙っていた。
「では、どうせよと」
「船で、参られませ」
わたしは、そう言った。
「義重どのの舟一艘で参られるのではのうて、荒瀬の船を、幾艘か連ねてくださりませ。手下も、相応の数を乗せまする。二神島の湊に、その船団が入る。それだけで、話は半分片づきまする」
「脅すおつもりか」
「脅しませぬ」
わたしは、首を振った。
「一言も、力の話はいたしませぬ。ただ、湊に入って、荷を降ろし、御挨拶を申し上げるだけにござります。船の数は、見れば分かりまする。分かれば、あとは御本家が、御自分で値を組まれましょう」
義重は、こちらを、しばらく見ていた。
それから、少しだけ、笑ったように見えた。
「……お手数のかからぬやり方をなさる」
「損のない話にござります」
「損のない話ほど、恐ろしゅうござりますな」
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船の数は、六艘と決めた。
多すぎれば、脅しになる。少なすぎれば、値が立たない。泉州を発った八艘に、この二年で修めた分を足しても、まだ縄張りを空にはできない。船団の半ばに満たぬ数を割いてなお、この島の守りが揺るがぬという形を見せる。それが、いちばん重く映るはずだった。
乗せる手下も、選んだ。荒々しい者は外し、身なりの整う者を先に立てた。
荷も積ませた。塩と、干した魚と、椿の油。空の船で行けば、力を見せに来ただけになる。荷があれば、商いの筋で来たという形が立つ。
その段取りを、わたしは、紙に書いて弥九郎に渡した。
「六艘か」
「六艘にござります」
「多いな」
「多う見せねばなりませぬ」
弥九郎は、その紙を、指で追った。
「俺は、何を言えばよい」
「何も」
わたしは、そう答えた。
「挨拶だけ、なされませ。庇護の話も、縁組の話も、義重どのがなさりまする。弥九郎殿は、ただ、そこにおられればよろしゅうござります」
「立っておるだけか」
「立っておられるだけにござります」
弥九郎は、鼻を鳴らした。
「そういう役は、性に合わん」
「存じております。それでも、なさっていただきまする」
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同月 半ば
六艘が、二神島へ発った。
浜で見送った。
朝の凪の中を、船が順に出ていく。帆が並んで上がるさまを、島の者が幾人も見に来ていた。
又五郎は、こちらを一度も見なかった。
弥九郎は、舳先に立っていた。着せられた身なりを、また持て余しているのが、遠目にも分かった。
わたしは、その船団を、見えなくなるまで見ていた。
この策の要になる場に、わたしは、いない。
組んだのは、こちらだ。船の数も、荷も、乗せる者の顔ぶれも、すべてこちらが決めた。それでも、その場に立つことはできない。
分かっていたことだった。
分かっていて、それでも、浜を離れる足が、少し重かった。
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本家との話が、どう運んでいるのかは、こちらには、何一つ届かなかった。
三日、五日、十日と過ぎた。
待つあいだ、わたしは、朝の半刻を、いつもどおり続けた。
船倉の隅で、子どもたちに字を教える。もう半刻は、体を鍛える。この春、隣の島から、親を亡くした子が二人、新たに流れてきた。数が増えるたび、幸松が、真っ先に迎えて、板の並べ方から、木刀の構えまで、一通り教えている。幸松が下の子に教えているのを、脇で見ている。それだけの半刻が、待つ日々の中で、いちばん落ち着いた。
「姐さんは、なぜ、字を教えてくださるのですか」
一度、幸松が、そう訊いてきた。
「役に立つゆえ」
「誰の役に」
わたしは、少し考えた。
「そなたの役に立ちまする。そして、そなたが役に立てば、この一党の役に立ちまする」
「それは、同じことにござりますか」
「同じことにいたしまする」
幸松は、しばらく黙って、それから頷いた。
その頷き方を、わたしは、覚えておくことにした。
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同月 末
船団は、七日で戻った。
戻ってきた弥九郎は、機嫌が悪かった。
「疲れた」
それが、第一声だった。
「いかがでござりましたか」
「知らん。俺は、突っ立っておっただけだ」
「御本家は、何と」
「何も申されん。じゃが、船を数えておられた」
わたしは、その一言に、頷いた。
「それで、十分にござります」
「あれだけのことに、七日もかけたのか」
「かけましてござります」
弥九郎は、床几に腰を下ろして、大きく息を吐いた。
「二度と、やらんぞ」
「また、お願いいたしまする」
「聞いておらんのか、お前は」
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義重が、二人だけで話したいと言ってきたのは、その二日後のことだった。
館の奥の、小さな部屋だった。人払いがしてあった。
「本家の御返事は、まだ頂戴しておりませぬ」
義重は、まず、そう言った。
「難しゅうござりますか」
「否とは、仰せられなんだ。ただ、慎重に検めたいと」
「では、望みはござりますな」
「あると、思うております」
義重は、そこで、少し間を置いた。
「船を、六艘も連ねられたことは、効いておりました」
「さようにござりますか」
「湊に入ったときの、あちらの家人の顔を、見せとうござりました」
義重は、そう言って、初めて、はっきりと笑った。
「あなた様は、恐ろしいお方じゃ」
「恐れ入りまする」
「褒めてはおりませぬ」
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「その話とは別に、一つ、お伝えしておきたい儀がござります」
義重は、そう続けた。
「何なりと」
義重は、膝の上で、手を組んだ。
「婿殿に、忽那の名も、二神の名も、その一字を分けるつもりはござりませぬ」
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わたしは、すぐには、答えなかった。
偏諱の話だった。名の一字を分け与えるということは、この家の内側に、その者を迎え入れるということだ。それを、この人は、初めから渡さないと言っている。
「余所から来た者に、そこまでは渡さぬ、ということにござりますか」
「そういうことにござります」
義重の声には、詫びる色も、居直る色もなかった。ただ、事実として、そこに置かれていた。
「承知いたしました」
「ですが」
義重は、続けた。
「生まれてくる子には、話が別にござります」
わたしは、顔を上げた。
「男の子であれば、元服の折には、この家の一字を継がせまする。それは、いま、ここで約束しておきまする」
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頭の中で、その意味が、音を立てて組み上がった。
弥九郎の代では、この家の中に、半分しか入れない。姓を得たとしても、名は渡らない。婿は、いつまでも婿のままだ。
だが、子の代では、違う。
家の一字を継いだ子は、その日から、この家の者になる。血の上でも、名の上でも。
漠然とした先の望みではない。いま、この場で、握られた約束になる。
一つの縁組が、二つの段に分かれていた。この男の代で、器を得る。子の代で、中身が入る。
「……有難う存じます」
わたしは、深く頭を下げた。
「有難がられるほどのことでは」
「いいえ」
顔を上げて、義重を見た。
この人を、これまで、弱い男だと思っていた。年貢に窮し、本家に庇われず、娘の縁組も自分では決められない男だと。
違った。
婿には名を渡さない。そこは譲らない。譲らないまま、孫の代で、家を確かに取り戻す算段を、静かに打っている。
弱い男が、弱いなりに、長い勝負をしていた。
「義重どのは」
「はい」
「なにゆえ、その約束を、いま、わたくしにお聞かせくださるのでござりますか」
義重は、少し考えてから、答えた。
「婿殿に申し上げても、意味が通じぬと存じましたゆえ」
その答えに、わたしは、思わず口の端を持ち上げそうになった。
慌てて、引き締めた。
この人は、弥九郎という男を、正しく見ている。まだ生まれてもいない子の名の話をされても、あの男は、面倒がるだけだろう。
「弥九郎には、伝えませぬ」
わたしは、そう答えた。
「そのほうが、よろしゅうござりましょう」
義重は、頷いた。
それきり、この話は、二人のあいだで閉じられた。
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同年五月 怒和島
本家からの返事は、五月に入っても、届かなかった。
待つあいだ、わたしは、婚礼の支度の段取りを組んでいた。組みながら、幾度も、あの密約のことを頭の中で転がした。
弥九郎には、話していない。綾にも、話していない。
知っているのは、義重と、わたしだけだった。
それでよかった。話がややこしくなるだけだ。そう判じて、それ以上は考えなかった。
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その夜も、弥九郎は、渡ってきた。
用は、なかった。
話しておくべきことも、通したい策も、その日はなかった。支度の段取りは既に組み終わっていたし、明日、切り出す話もなかった。
それなのに、わたしは、いつもの手順で迎えた。
灯りを吹き消す前に、髪を直した。湯の温度を確かめた。翌朝の話の順を、頭の隅で組む代わりに、この男の機嫌のよい別れ方を、いつもどおりに整えた。
整えてから、ふと、手が止まった。
明日、通したい話は、ない。
ないのに、なぜ、これをしているのか。
考えて、答えは、すぐに出た。
慣れたからだ。
三年、この手を使ってきた。使い続けているうちに、いちいち理由を数えなくても、指が勝手に動くようになった。
手管が身についた、ということだろう。
そう思うと、口の端が、わずかに持ち上がった。
暗がりの中だった。誰にも、見られてはいなかった。
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隣で、弥九郎が、こう言った。
「お前は、俺を、うまく使うな」
わたしは、答えなかった。
「気づいておらんと思うておるか」
「……」
「気づいておる。四年前から、気づいておる」
弥九郎は、そう言って、少し笑った。
「気づいておって、乗っておる。そのほうが、こちらも面白い」
わたしは、なお、答えなかった。
答える言葉を、持っていなかったからだ。
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同月 末
又五郎が、館を出て、上怒和の親類の家に移ったという話が、耳に入った。
父と、決裂したのだという。
義重が、初めて、父子の間で自分の意を通した。この縁組を進めると、はっきり言い渡した。又五郎は、それでも承服せず、館を出た。
その報せを聞いたとき、わたしは、頭の中で、一つ欄を消した。
又五郎の欄だ。
この男は、動かせない。動かせないものは、勘定に入れない。義重が意を通した以上、この縁組は進む。又五郎が承服するかどうかは、もはや、形の成否には関わらない。
そう数えて、片づけようとして、手が止まった。
又五郎は、跡取りだった。
跡取りが、家を出て、戻らぬまま歳月が過ぎれば、この島の裁きそのものが、いずれ立ち行かなくなる。義重に、もしものことがあれば、次に誰が島を統べるのか。その答えが、いま、宙に浮いていた。
「跡継ぎのことは、いかがなさいますか」
義重に、そう訊いてみたことがある。
義重は、しばらく黙っていた。
「又五郎が戻れば、それでよい。戻らぬのなら、そのときに考えまする」
その答えは、先延ばしにすぎなかった。だが、いま、これ以上こちらから押せることでもなかった。
又五郎が承服するかどうかは、この縁組の成否には関わらない。だが、この島の先行きには、確かに関わっていた。
その二つを、わたしは、別の欄に分けて書き留めた。
一つは、片づいた欄。もう一つは、まだ開いたままの欄だった。
本家からの返事は、まだ、届いていなかった。




