第二十二話 誰のものでもない
応永二十八年(一四二一)十月 伊予国 怒和島
冬は、越せる形になった。
雨は、九月の終わりに、ようやく幾度か降った。溜池の水は、来年の分には足りないが、この冬を凌ぐには足りる。備えの米も、島から回された分で埋まった。
飢える者は、出ない。
そう見極めがついてから、わたしは、初めて、腰を据えて考える時を持った。
この島に来て、一年半余りになる。
湊は借りられた。塩は焼けている。溜池は水を湛え、木は植わり、豚も鶏も囲いの中で育っている。手下と島の者は、同じ普請場で働き、同じ蔵から米を受け取っている。子どもたちは、船倉の隅で字を覚えはじめた。
数の上では、着実に積み上がっていた。
それでも、二つだけ、動かないものがあった。
田が、預けられない。
娘が、出ない。
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湊も、浜も、山も、上怒和も下怒和も、この島の裁きは、すべて義重の一存にかかっていた。忽那の本家から見れば、義重は末端の庶流にすぎない。だが、この島の内では、義重の言葉が、そのまま定めだった。
田のことは、幾度か、義重に持ちかけていた。
段畑の一部を、こちらの手で耕させてほしい。作った分の幾らかは、島へ納める。そういう形なら、双方に益があるはずだった。
義重は、そのたびに、こう答えた。
「湊は、お貸ししております」
貸している、という言い方を、この人は、二年のあいだ、一度も変えなかった。
湊も、浜も、山も、すべて貸し物だった。返せと言われれば、返さねばならないものだった。塩を焼く浜も、木を伐る山も、こちらのものになったことは、一度もなかった。
「では、田は」
「田は、島の者の暮らしのもとにござりますゆえ」
それきり、話は進まなかった。
腹を立てているわけではない。断るときの声にも、険はなかった。ただ、そこから先へは、どうやっても入れなかった。
十月のうちに、わたしは、もう一度だけ、形を変えて持ちかけてみた。
耕すのは島の者でよい。こちらは、鍬と、種と、人手だけを出す。作った米は、すべて島のものにしてくださって構わない。ただ、どこにどれだけ蒔き、どれだけ穫れたかを、こちらの帳に書かせてほしい。
「それだけにござります」
そう申し入れた。
田そのものを寄越せという話ではない。米も要らない。数を書かせてもらうだけだ。損は、どこにも出ない形にしたつもりだった。
義重は、それでも、しばらく黙っていた。
「……なにゆえ、数だけをお求めになります」
「数が分かれば、次の年の備えが組めまする。今年のような年に、どれだけ足りぬかも、先に分かりまする」
「もっともにござりますな」
そう言って、義重は、また黙った。
そして、こう答えた。
「田の数は、島の者の腹の内にござります。腹の内を、外の方にお見せする筋合いは、ござりませぬ」
その言い方に、初めて、はっきりとした線を見た。
損得ではなかった。
こちらの申し出は、義重の側に、一文の損も出さない。それでも、断られた。断る理由は、損得の外側にあった。
外の方。
そう呼ばれた。
二年、通っている。掟も作った。米も同じ枡で分けた。それでも、この人にとって、わたしはまだ外の者だった。
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その日も、館を辞するとき、庭で子どもとすれ違った。
四つか、五つほどの男の子だった。木の枝を振り回して、一人で何か声を上げている。こちらに気づくと、ぴたりと動きを止めて、じっと見つめてきた。
「そなたは」
そう問うと、男の子は、しばらく黙っていた。それから、小さな声で、名だけを言った。
「つるまる」
それだけだった。名乗り返す間もなく、男の子は、木の枝を抱えたまま、館のほうへ駆けていった。
館を出てから、松吉に訊いた。
「義重どのには、又五郎どの、綾どののほかにも、お子があられたのですな」
「末の子にござります。鶴丸様と。歳は三つか四つで」
「跡取りは、又五郎どのにござりますな」
「はい。ですから、鶴丸様は、いずれどこぞへ養子に出されるか、坊主にでもなられるか」
わたしは、その一言を、頭の中に書き留めた。
家に、跡取りのほかに男の子がいる。使い道が、まだ決まっていない。
いまは、それだけのことだった。それだけのことを、なぜ書き留めたのかは、自分でも、はっきりしなかった。
書き留めたまま、その日は忘れた。
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娘の話も、田と同じだった。
一党の若い者と、島の娘とが、親しくなった例は、幾つかあった。だが、そこから縁組の話になったことは、一度もない。
親が許さない。
理由を訊けば、答えは決まっていた。あの者たちは、いつ島を出ていくか分からぬ。そう言われれば、返す言葉がなかった。
二年、共に働いた。同じ蔵の米を食った。掟を作り、身内を罰してまで、島の者に手を出さぬと示した。
それでも、娘は出ない。
得は、積み上がっている。信も、いくらかは積み上がったはずだった。それなのに、最後の一線だけが、二年前と何も変わっていなかった。
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同月 半ば
その一線が、どこにあるのかを、わたしは、繰り返し考えた。
考えるうちに、綾が夏に言った一言に、行き当たった。
困っておるときに、貸し借りを言うては、あとが続きませぬ。
あのとき、わたしは、それを情け深い言葉として受け取った。だが、いま考えれば、あれは情けの話ではなかった。
貸し借りを言う相手は、外の者だ。
言わない相手は、内の者だ。
島の者は、あの一言で、こちらを内側へ半分だけ入れてくれた。半分だけだ。米は同じ枡で量るが、田は貸さない。共に働くが、娘は出さない。
つまり、こちらは、いつまでも余所者だった。
余所者のまま、どれだけ得を積んでも、届かない一線がある。
その形が、はっきりと見えたとき、わたしは、しばらく息を止めていた。
これまで、得を積めば、いずれ人心は付いてくると考えていた。実入りが増えれば、暮らしが楽になれば、島は自ずとこちらへ傾く、と。
傾いた。確かに傾いた。だが、傾いただけだった。
内と外を分ける線は、得の量では動かない。
では、何であれば動くのか。
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答えは、思っていたより早く出た。
血だ。
内の者になる道が、この世に一つだけある。婚姻である。
家と家とが、血で繋がれば、その日から、貸し借りの話は消える。田も、娘も、二つながら同じ話になる。二年かけて動かなかった一線が、一度の縁組で、跡形もなく消える。
理屈としては、単純すぎるほど単純だった。
単純すぎて、これまで考えつかなかった。あるいは、考えないようにしていたのかもしれなかった。
わたしは、帳の余白に、指で字をなぞってみた。
忽那の娘を、弥九郎に。
墨はつけなかった。指でなぞっただけだ。それでも、書いた瞬間、心の臓が、いやな具合に鳴った。
しばらく、その余白を見ていた。
書いてもいない字が、そこに残っている気がした。
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同月 末
松吉が、外の噂を拾ってきたのは、その数日後だった。
湊に寄った商人から聞いた話だという。
「西国では、大内と少弐の睨み合いが、また始まったそうにござります。今度は、前より長引くやもしれぬと、商人たちが噂しておりました」
「こちらの商いにも障ろうか」
「北九州の湊筋には障りましょうが、いまのところ、瀬戸内までは及んでおらぬようで」
わたしは、それだけを頭の隅に留め、話の先を促した。
「河野の御家の揉め事が、まだ収まらぬそうです」
「二十年余りにござりますな」
「はい。それで、あちこちの家が、どちらに付くかで難儀しておるとか」
松吉は、そこで、少し声を落とした。
「二神の御本家も、難儀しておられるようで」
「本家が」
「どちらにも付けぬので、両方に娘を出しておられるそうです。惣領家に付いておる有力な家に一人、予州家に付いておる家に一人。守護様の御一族に直に嫁がせたのではのうて、その下におる、力のある武将のところへだそうで」
「なるほど」
わたしは、頷いた。
道理だった。落ち目の庶流に近い家が、守護の一族へ直に娘を出せるはずがない。格が違いすぎる。両派それぞれの、力のある家臣筋へ出す。それが、身の丈に合った縁の結び方だった。
そのほうが、都合もよい。守護の一族と縁続きになれば、こちらの立場が重くなりすぎる。
「それで、もう、年頃の娘は一人も残っておらぬと」
わたしは、その言葉を、途中から、ほとんど聞いていなかった。
頭の中で、二つのものが、音を立てて噛み合った。
本家には、出せる娘が、もういない。
ならば。
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拵えればよい。
その考えが浮かんだとき、指の先が、じんと熱くなった。
本家に娘がいないのなら、作ればよい。血の繋がった娘でなくとも、家の娘として立てる道は、この世にある。猶子である。
綾を、本家の猶子として籍を移す。移したうえで、本家の娘として、弥九郎に迎えさせる。
そうすれば、弥九郎が娶るのは、下怒和一島の、末端の家の娘ではない。忽那本家の娘になる。
格が、まるで違う。
そして、本家にとっても、これは損のない話のはずだった。実の血筋は減らない。家格は保たれる。そのうえで、水軍を擁する庇護者が一つ増える。自前の武力を持たない落ち目の家にとって、これほど都合のよい話は、そうそうない。
義重にとっても、悪い話ではない。娘が本家の籍に入れば、忽那の家全体の格も上がる。
誰も、大きくは損をしない。
数の上では、そういう形になっていた。
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わたしは、その夜、紙を広げて、この形を組み直した。
誰が何を得て、誰が何を失うか。順に書き出していく。本家。義重。又五郎。弥九郎。一党の手下。島の者。
一つずつ、欄を作って埋めていった。
埋めながら、ある欄の前で、筆が止まった。
綾の欄だった。
綾が何を得るのかを、わたしは、うまく書けなかった。家が保つ。島が守られる。父の面目が立つ。どれも、綾自身が得るものではなかった。
しばらく考えて、その欄には、何も書かなかった。
書かないまま、次へ進んだ。
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盤の上に置かれた駒は、自分がどこに置かれたかを、知らない。
置く側は、知っている。そこがどういう目になるかを、分かった上で置いている。
九年前、わたしは、叔父の盤の上に置かれた。香月の家へ嫁げと言われたとき、わたしは駒だった。置かれる側の痛みを、あのとき、はっきりと知った。
いま、わたしは、駒を組み立てている。
そのことに、書いている途中で、気づいた。
気づいて、しばらく筆を止めた。
止めたが、それだけだった。
やめる理由には、ならなかった。あのとき、わたしを置いた叔父も、こういう気持ちで置いたのだろうか。それとも、何も感じずに置いたのだろうか。
分からない。
分からないまま、わたしは、また筆を動かしはじめた。
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十一月 怒和島
策の形は、ひと月ほどで、ほぼ固まった。
誰にも相談しなかった。綾にも、義重にも、そして弥九郎にも、一言も漏らさなかった。
漏らせば、必ず、形が崩れる。
弥九郎に先に話せば、あの男は、まず反発する。反発したまま手下に漏れれば、話が独り歩きする。義重に先に持ちかければ、こちらの手の内を見せることになる。綾に先に話せば——
そこまで考えて、わたしは、また、綾の欄が空白のままであることを思い出した。
思い出して、そのまま置いた。
いま考えるべきは、切り出し方だった。
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策を練るあいだも、日々の仕事は続いた。
朝の半刻、船倉の隅で、子どもたちに字を教える。数は、九人に増えていた。流れてきた五人と、島の子が四人。
覚えの早い子は、既に量目の読み方を覚えた。塩の俵に付ける札を、その子に書かせてみたら、字は拙いが、数は正しかった。
「これは、誰が書いたのだ」
弥九郎が、その札を見て、そう訊いたことがある。
「子どもらにござります」
「読めるのか、あれは」
「読めまする。書けもいたします」
弥九郎は、しばらく、その札を眺めていた。
「妙な世になったな」
「妙にござりますか」
「俺が読めんものを、拾うてきた童が読む」
そう言って、笑った。
笑いながら、その札を、懐にしまった。
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十一月の半ば、村上の一党と、五度目に行き合った。
このときは、矢も交わさなかった。
芸予の瀬戸の狭まったあたりで、双方の船が、遠く見合った。しばらく間合いを測って、どちらからともなく、向きを変えた。
それだけだった。
「戦わずに、退かれましたな」
戻ってから、弥九郎にそう言った。
「戦う値打ちがない、と踏んだのだろう」
「向こうが、でござりますか」
「双方がだ」
弥九郎は、そう答えた。
「あちらは、こちらの船が増えておるのを見た。こちらは、あちらの腕が落ちておらぬのを見た。やれば、双方とも痛む。痛んで得るものが、いまはない」
わたしは、その形を、紙に書き留めた。
五度、ぶつかって、一度も決着していない。決着しないまま、こちらの船だけが増えている。
このまま何もしなければ、二年か三年で、差は誰の目にも明らかになる。明らかになったとき、あちらは、戦うか、退くか、あるいは——組むかを、選ばねばならなくなる。
そのときに、こちらから手を差し出せばよい。
いまは、まだ早い。
そう数えて、その紙を閉じた。
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十二月 怒和島
その夜も、わたしは、眠れなかった。
紙を広げても、書くのは、同じことばかりだった。弥九郎に、どの順で、何を言うか。
問題から入るか。利から入るか。手段から先に見せるか。
問題から入れば、婚姻という手段が出るまでに、あの男は先を読んで身構えるだろう。利から入れば、話が甘く聞こえる。手段から出せば、その場で撥ねられる。
順を、幾度も入れ替えた。
入れ替えるたびに、どこかが崩れた。
崩れる場所は、いつも同じだった。
弥九郎が、必ず、こう言う。
——では、お前はどうなる。
その問いには、答えを用意してあった。
側室に下がる。それだけのことだ。正室と側室で、上下は変わる。だが、変わるのは、島の者に見せる並びの上だけだった。
策を組むのは、こちらだ。十年先を数えられるのも、こちらだけだ。並びが変わったところで、それは動かない。
動かないものを、動くように見せる。それが、この策の要だった。
理屈は、通っている。
通っているのに、その一行を紙に書こうとすると、なぜか、筆が乗らなかった。
書かずに済ませて、灯を吹き消した。
外は、風もなく、静かだった。冬の海の音だけが、遠くで、絶えず鳴っていた。




