第十八話 塩
応永二十八年(一四二一)三月 伊予国 怒和島
秋に初めて商人へ売った塩は、渚に近い浅瀬で、細々と煮出しただけのものだった。あの一度きりの実入りを、確かな形に育てようと思い立ったのは、島の入江を、あらためて歩いてみたときだった。
遠浅の浜が、南に向いて開けている。潮の満ち引きが、大きい場所だった。日当たりもよい。前の生で見た、塩田の形が、頭の中に浮かんだ。
砂を敷き、潮を撒いて、日と風とで水気を飛ばす。濃くなった砂を集めて、海水で塩分を洗い出す。その汁を、釜で煮詰める。
これまでの、思いつきで渚を煮出すやり方とは、違う。地を選び、砂の敷き方を決め、幾人もの手で回せる形にする。理屈は、単純だった。だが、単純な理屈ほど、細かな加減が要る。砂の粒の大きさ、撒く潮の量、日の当たり方。三年、潮の高さを書き続けてきた目が、ここでも役に立った。
「この浜なら、いままでの何倍もの塩が焼けまする」
弥九郎に、そう告げた。
「塩は、島にとって、何よりの実入りになりまする。米より軽く、腐らず、遠くまで運べまする。秋に売った一度きりの銭で終わらせるには、惜しゅうござります」
弥九郎は、頷いた。
「やってみよ」
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浜に、砂を敷いた。潮を撒く役目は、島の女たちが引き受けてくれた。
「これは、うちらの得手にござります」
年配の女の一人が、そう言って笑った。
「昔、爺様の代には、この浜でも、塩を焼いておったと聞いております。いつのまにか、絶えてしもうたばってん」
その一言に、わたしは、少し驚いた。
「絶えたのは、なにゆえでござりますか」
「さあ。薪が足りんごとなったとか、聞いた覚えもござります。詳しゅうは、存じませぬ」
薪が足りない。
その言葉が、頭の隅に引っかかった。だが、いまはまだ、深く考える段ではなかった。まずは、動かしてみることだった。
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砂を集め、洗い出した汁を、釜で煮詰める。火加減を見るのは、わたしの役目になった。
弱すぎれば、いつまでも水気が飛ばない。強すぎれば、釜の底に汁がこびりつき、灰の匂いが混じって、塩の味が落ちる。ちょうどよい火を保つのが、いちばん難しかった。
数日かけて、この浜で焼いた最初の塩が、釜の底に残った。
白く、粗い粒だった。舐めてみると、確かに塩の味がした。島門の湊で見た塩とは、粒の形が違う。それでも、塩は塩だった。
指の先で、粒を潰してみた。硬さも、溶け方も、島門で検めた塩とは、微かに違う。海の水そのものが違うのか、それとも、火の入れ方が違うのか。どちらが理由かは、まだ判じかねた。判じかねるまま、その違いを、頭の中の帳に書き留めた。次に焼くときに、比べる材料にするためだった。
「島門でも、塩を焼いておられたのでござりますか」
女たちの一人が、そう訊いてきた。
「いいえ。島門は、塩を買う側にござりました」
「ならば、よう御存じで」
「見たことがあるだけにござります。焼いたことは、これが初めてにござります」
見たことと、やってみたこととの隔たりを、この数日で、いくつも思い知らされていた。頭の中の理屈は、火にかければ、そのままの形では通らない。焦がし、薄めすぎ、幾度も作り直して、ようやく、いまの粒に辿り着いた。
「できました」
わたしが手のひらに乗せて見せると、島の女たちが、代わる代わる覗き込んだ。
「本当にできとる」
「秋に売れたのより、粒が揃うとる」
「今度は、これほどの量にござります。売れば、秋の何倍もの銭になりましょう」
その言葉に、女たちの目の色が、はっきりと変わった。
わたしは、手の中の粒を、もう一度、指で挟んでみた。荒く見えて、雑味がない。にがりの抜き方も、火の当て方も、前の生で覚えていた勘を頼りに、幾度も手を入れた末の粒だった。いま、この島で買い叩かれている値は、恐らく、この塩の本当の値ではない。もっと大きな湊、もっと確かな目利きのもとへ持っていけば、違う値がつくはずだった。そうした場所を、いまはまだ知らない。だが、いずれ、この粒に見合う行き先を、見つけ出さねばならない。売るだけでなく、贈り物としても、使える日が来るかもしれない。頭の中に、そう書き留めた。
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塩は、思っていたより早く、値がついた。
月に一度、島に立ち寄る商人が、塩を見て、二つ返事で買い取った。銭が、島の者の手に渡った。
その銭を、女たちが手にする様子を、わたしは、少し離れたところから見ていた。
溜池を掘るときは、動かなかった者たちだった。理を尽くして説いても、三日、腹を立てもせず動かなかった。それが、塩の話になると、初日から手が動いた。
「なにゆえ、塩には、これほど早う動かれるのでしょうか」
わたしが綾に問うと、綾は、少し考えてから答えた。
「銭が、目に見えて入りますゆえ」
「銭だから、でござりますか」
「それも、ござります」
綾の口ぶりに、何か、それだけではないという含みがあった。だが、わたしは、その先を深く追わなかった。銭になる、という理屈は、これまで幾度も、人を動かしてきた。今度も、その理屈で通じたのだろうと、そう数えて、片づけた。
半分は、当たっていた。だが、半分は、まだ見えていなかった。
塩浜には、女たちだけでなく、老いた者や、まだ十に満たない子どもたちまで、手伝いに来るようになっていた。潮を撒く力仕事は、大人がやる。だが、砂を均す、乾いた砂を集めるといった細かな仕事は、子どもの手でも足りた。
「銭になる、という話を、子どもらも聞いておるのでしょうか」
わたしが問うと、年配の女が笑った。
「子どもは、銭のことなど、よう分かっておりませぬ。じゃが、大人が笑うて働いておれば、子どもも寄ってまいります」
その言葉に、わたしは、少し虚をつかれた。
銭という理屈だけでは、説明のつかないものが、この塩浜には、確かにあった。溜池では見えなかった、笑い声というものが、ここにはあった。
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同月 半ば
塩を焼くほどに、薪が減っていくことに、わたしは、程なく気づいた。
釜を焚く火は、一度に、多くの薪を食う。溜池の堰、段の土留め、木の苗——ただでさえ乏しい島の木を、塩がさらに奪っていく。
指を折って数えた。塩一斗を焼くのに要る薪の量。溜池の普請に要る薪の量。煮炊きに要る薪の量。合わせれば、島の山が保つ年月は、決して長くない。
木の問題は、これで二度目、顔を出した。前は、谷の堰を築くときの、小さな懸念だった。今度は、はっきりと、数の上に現れていた。
「このままでは、幾年もせぬうちに、山が丸裸になりまする」
弥九郎に、そう告げた。
「塩をやめよ、と申すか」
「いいえ。塩は、続けねばなりませぬ。ただ、薪の使い方を、考えねばなりませぬ」
海藻を乾かして焚き付けにする、火の始末を厳しくする、幾つかの工夫を、わたしは並べた。だが、それだけでは、根の解決にはならなかった。
木こりの頭を呼んで、山の様子を、あらためて検めさせた。
「これまで、木は、どのように伐っておられましたか」
「要り用な分だけ、目についた木から伐ってまいりました」
その答えに、わたしは、頭の中で、山の絵図を描き直した。行き当たりばったりに伐れば、育ちのよい場所から先に痩せる。痩せれば、次はまた別の場所を削る。それを繰り返せば、島の山は、いずれ丸ごと立ち枯れる。
「山を、幾つかの区画に分けなされませ」
わたしは、そう説いた。
「一年で伐るのは、その一区画のみ。他は、休ませまする。区画を毎年順に回せば、伐った場所も、休むあいだに、また育ちまする」
「毎年、同じだけ伐って、山が保つと」
「保ちまする。それに」
わたしは、続けた。
「クヌギや楢のような木は、根元近くで伐れば、切り株から新しい芽が出てまいります。芽は、数年で、また薪に使える太さに育ちまする。伐って、終わりではのうて、伐って、また育てる。そう考えれば、同じ山からでも、幾度も薪が取れましょう」
木こりの頭は、しばらく黙っていた。
「爺様の代には、そのようなことも、しておったやもしれませぬ。じゃが、いつのまにか、目についた木から伐る癖がついてしもうて」
「太い幹は、船材や建材に。枝葉は、薪や炭に。使い道で分ければ、同じ一本の木からでも、無駄が減りまする。それに、間引きで出た木や、自然に落ちた枝も、燃やせば薪になりまする。わざわざ、育った木を伐らずとも済むことが、まだござりましょう」
「乾かし方も、変えなさるのか」
「生木より、乾かした木のほうが、よう燃えまする。同じだけの火を得るのに、乾いた木ならば、少ない量で足りまする」
竈の造りも、少し変えた。風の通りをよくし、熱が逃げにくいように、石を組み直す。それだけで、同じ薪でも、火の保ちが違ってくるはずだった。
一つ一つは、小さな工夫だった。だが、積み重ねれば、木を伐る速さと、木が育つ速さとの釣り合いが、いくらか取れるはずだった。時を稼ぐ工夫と、時をかけて木を増やす算段と、両方を、同時に進めねばならなかった。
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同月 末
湊に、一艘の船が、静かに通り過ぎていくのを見た。
弓削島荘の年貢船だという。芸予の海に浮かぶ、東寺という寺の荘園から、都へ年貢を運ぶ船らしかった。
「あの船は、いつも、あの航路を通るのでござりますか」
わたしが問うと、松吉が頷いた。
「年に幾度か。決まった刻限に、決まった道を通ります」
決まった刻限、決まった道。
その一言に、頭の中で、小さな火が点いた。
湊を整え、水と兵糧を置き、船を直す場を設ければ、通る船から、代を取ることができる。奪うのではなく、守ることの代として。それは、いつか弥九郎に説いた「奪わずとも食える形」の、まさに一つの形だった。
いまは、まだ、その代を取るだけの力も、名分もない。だが、あの船が、決まった道を、決まった刻限に通るという事実だけは、確かに、頭の中の帳に書き留めた。
いつか、実る種だった。
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鵜の子から、月に一度ほどの割で、荷を積んだ船が通うようになっていた。
鵜の子は、根城ではない。だが、隠れ場であり、修理場であることに変わりはなかった。怒和島に居場所を得てからも、鵜の子との行き来は、絶やさずに続けていた。万一、怒和島を追われるようなことがあれば、戻れる場所を、一つは残しておかねばならなかった。
その日、鵜の子から届いた船に、竹の籠が積まれていた。
「あれは」
わたしが問うと、船に乗ってきた男が答えた。
「豚にござります。船出の折に積んだつがいが、鵜の子で子を産みまして。これへ、幾匹か回してまいりました」
籠の中で、豚が幾匹か、鼻を鳴らしていた。
「怒和島でも、育てられまするか」
「山際に囲いを作り、木の実や、台所の屑を与えれば、育ちましょう。豚は、木を食いませぬゆえ」
木を食わない、という一言に、わたしは、少し気を惹かれた。塩も、椎茸も、木を食う。
同じ船に、鶏も幾羽か積まれていた。こちらも、木を食わない。餌は、虫や、食べ残しの屑で足りる。卵は、毎日でも産む。豚と鶏、二つながら、木の乏しさとは無縁の実りだった。
囲いを作らせ、豚を放った。鶏は、その脇に、別の囲いを設けて放した。鼻先で土を掘り返す豚と、地面をつつく鶏とを、島の子どもたちが、面白がって眺めていた。
囲いの隅に溜まる糞を、わたしは、毎日、目で確かめていた。頭の中には、別の用途があった。古い厠の土を積み、寝かせ、水を通して煮詰めれば、白い粉が採れる。前の生で覚えた、硝石を作る法だった。一年か二年、あるいはそれ以上、時をかけて積んでおかねばならない。いますぐには何の役にも立たないが、いずれ、火薬として、この島を守る力になる。
「その糞、田に回してもよろしいか」
囲いの世話を任せていた百姓の一人が、そう訊いてきた。畑の肥やしが、いつも足りていないことは、わたしも知っていた。
「まだ、待ってほしい。積んで、寝かせておきたいものがある」
「寝かせて、何になりまする」
理由を、正直には話せなかった。話せば、なぜ、いま役に立たぬものを、田より先に置くのか、と問われる。問われれば、答えに詰まる。火薬など、いま、この島には縁のない話だった。
「いずれ、話す。いまは、まだ」
百姓は、納得しかねる顔をしていたが、それ以上は食い下がらなかった。だが、その顔に浮かんだ不満を、わたしは、見なかったことにはできなかった。畑の肥やしを惜しんで、得体の知れないものを積む。傍から見れば、そう映るのも無理はなかった。
結局、囲いの糞を、半分だけ田へ回し、残る半分を、離れた場所に積ませることにした。両方を立てる形にすれば、角が立たない。数の上では、それでよかった。だが、なぜそうするのかを、まだ、誰にも明かせずにいることに、わたしは、少しだけ、後ろめたさを覚えた。
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椎茸のことを、島の年寄たちに教えたのは、その頃だった。
木に鉈で傷をつけ、あとは待つ。二年、三年とかかるが、一度生えはじめれば、幾年も採れる。徳化の山里で見た技だった。
「女子や年寄でも、できまする」
わたしがそう言うと、幾人かの年寄が、興味を示した。
「田を耕す力のない者にも、できる仕事、ということか」
「はい。木さえあれば」
そこで、言葉が止まった。
木さえあれば。
その一言が、塩の薪と、同じ場所に立っていることに、わたしは、遅れて気づいた。椎茸もまた、木を使う技だった。塩ほど大量にではないが、傷をつける木の数だけ、山を削る。
考えて、造船場の跡地に積まれていた、木屑のことを思い出した。船を直すたびに出る、鉋屑や、鋸で挽いた木の粉。捨てられるだけの屑だった。
前の生で、見た覚えがあった。丸太を傷めずとも、木屑に米糠と水を混ぜて固め、そこへ茸の種を植えつければ、同じように生えてくる。名も、詳しい作り方も、もう思い出せない。それでも、木屑を使えるという事実だけは、確かに頭のどこかに残っていた。
「あの木屑を、使えぬものでしょうか」
思い出した手順を、なぞってみた。木屑に、米糠と、水を混ぜて固め、日陰に積む。そこへ、傷をつけた木に生えた茸の欠片を、種として植えつける。
覚えている手順は、断片でしかなかった。加減も、日数も、確かなところは分からない。それでも、丸太一本を傷めるより、屑を集めるほうが、木を伐る手間そのものが要らないことだけは、疑いようがなかった。
「これも、育ちまするか」
年寄の一人が、半信半疑の顔で訊いた。
「育つはずにござります。ただ、加減までは、まだ分かりませぬ。試しながら、確かめてまいりましょう」
得るものは大きい。だが、得るものの裏に、また同じ問いが潜んでいた。
木は、幾つもの実りを支えている。だからこそ、木そのものを増やす算段を、後回しにはできなかった。
正月前に植えた茶ノ木と楠の苗のことを、思い出した。あれが育つのは、まだ何年も先のことだ。だが、育てば、いつか、この島の木の乏しさを、いくらか補ってくれるはずだった。
いま植えているものと、いま使っているものと。時の軸の違う二つの動きを、同時に見ていなければならない。頭の中で、その二つを、並べて数えた。数えるほどに、この島でやることの多さに、指の先が、少しずつ冷えていくのを感じた。
冷えるのは、恐れではなかった。数えることが、そのまま、この島の先行きを形にすることだと分かっていたからだった。
輪伐と萌芽更新の話を、弥九郎が、これほどあっさり呑んだのには、理由があった。話を持ちかけたのは、前の晩、渡ってきた弥九郎を、いつものように迎えたあとだった。夜のあいだに機嫌よく別れておけば、翌朝の込み入った話も、幾らか早く済む。もう、勘定するまでもなく、指が動くようになっていた。
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塩、椎茸、豚、鶏卵。それぞれの実りが、木をどれだけ使うか、使わないか。頭の中で、四つの数を並べ直した。
木を食う実りと、食わぬ実り。両方を、同時に育てねばならない。その均衡を、いまのわたしは、まだ、はっきりとは掴めていなかった。
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夜、船倉で紙を広げた。
塩浜、本格に。薪、二度目の懸念。輪伐と萌芽更新を導入。弓削島荘の年貢船、決まった道。鵜の子より豚届く。椎茸、木屑での試み。鶏卵。
書きながら、昼間の綾の言葉を、もう一度思い返した。
銭が、目に見えて入る。それも、ござります。
その「それも」の先に、何があったのか。わたしは、まだ、掴めていなかった。
分からないことは、そのまま置いておく。
そう思って、筆を置いた。窓の外で、潮の匂いに、微かに焦げた薪の匂いが混じっていた。塩を焚く釜の火が、まだ燃えているのだろう。
その匂いを、しばらく嗅いでいた。実りの匂いであり、同時に、島の山が痩せていく匂いでもあった。




