第十一話 詰んだ船
応永二十七年(一四二〇)六〜七月 伊予国 怒和島 下怒和
代官の船が水道に詰まってから、七日が過ぎた。
その七日のあいだ、下怒和の館からは、何の音沙汰もなかった。湊には相変わらず誰も出てこない。水汲み場も、遠巻きに眺められるだけで、近づけば女たちが家に引っ込む。何も変わっていないように見えて、何かが変わりはじめている気配だけは、島の空気の端々に感じられた。
弥九郎は、その七日を、待つことに使った。
「まだ動くな」
わたしが催促の使いを出すことを申し出るたび、弥九郎はそう言って退けた。理由は聞かせてもらえなかった。ただ、待てと言われれば、待つしかなかった。
待つあいだ、することがないわけではなかった。潮の表を書き足し、水の量を数え、船板の傷みを検める。手はいつも通り動いていたが、頭の芯だけが、いつもより落ち着かなかった。
三日目の夜、松吉が船倉に顔を出した。
「姐さん、まだ起きておられるんで」
「起きております。眠くならぬのです」
「棟梁は、なぜ待てとばかり仰るんでしょうね」
「わたくしにも、正しくは分かりませぬ」
正直にそう答えると、松吉は少し驚いた顔をした。この一年、わたしが「分からない」と口にするのを、あまり聞いたことがなかったのだろう。
「姐さんでも、分からんことがあるんですね」
「分からぬことのほうが、多うございます。数えられるものだけを、数えておるにすぎませぬ」
松吉は、それにははっきり頷かず、ただ、へえ、と小さく言って、また持ち場へ戻っていった。
その背を見送りながら、わたしは、自分の指先が、この数日、ずっと冷たいままであることに気づいた。潮風のせいだと思っていたが、風のない船倉の中でも、同じ冷たさが残っていた。
六日目、松吉が漁師から拾ってきた話によれば、下怒和の館では、義重が三日のあいだ、誰とも会わずに一人で過ごしていたという。又五郎でさえ、その部屋には近づけなかったらしい。
その話を聞いたとき、わたしは、義重という男の輪郭を、また少し塗り替えた。
板挟みの中で、決めかねている男。そう見立てていた。だが、三日も一人でこもるというのは、ただ迷っているだけの姿ではないかもしれなかった。何かを、一人で決めようとしている姿にも見えた。
八日目の朝、松山からの早船が下怒和の湊に入るのを、物見の岩から見た。
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その日の夕刻、義重から使いが来た。松吉が受け取ってきた文には、「一度、話をしたい」とだけあった。差出人の名は、義重自身のものだった。
「初めてにござります。義重どのの名で、じかに文が来たのは」
わたしがそう言うと、弥九郎は文を一瞥して、鼻から息を出した。
「代官が戻って、何か言うたのだろう」
「河野方の代官が、松山で、何を申し上げたのでしょう」
「潮に詰まって、恥をかいたとは言えまい。だが、賊が、公の船を沈めもせず、曳いて出したことは、隠しようがない。忽那の分家が、正体の分からぬ余所者と、既に何か通じておるのではないかと、疑われても仕方あるまい」
わたしは、その筋を頭の中でなぞった。
代官は、水道で詰まった一件を、松山でどう報告したのか。「潮が悪く、船が難儀した」とだけ言い張るには、無理が出はじめている。忽那の分家に何か含みがあるのではと、河野方は勘繰りはじめている。だとすれば、義重にとって、これは新たな危うさになる。
「義重どのが、じかに文を寄越したのは、それだけ切羽詰まっておるからにござりましょうな」
わたしは、そう結論した。使いを立てず、自分の名で、自分の手で書いた文を出す。それは、体面を惜しむ余裕がなくなったということだ。窮した者は、体裁より実利を選ぶ。これまで幾度も見てきた道理だった。
弥九郎は、それには答えなかった。ただ、文をもう一度、開かずに指でなぞっていた。字は読めないはずなのに、その手つきには、何か読み取ろうとするような色があった。
わたしは、その手つきの意味を、深くは考えなかった。義重が窮しているという読みで、既に十分だと思っていた。
「板挟みにござりますな」
「板挟みだ。河野方には賊と通じておらぬと申し開かねばならぬ。本家には、勝手に賊と話をつけたと知れれば、これも申し開きが要る。かといって、我らを追い出す力は、初めからない」
弥九郎は、それだけ言うと、文を懐にしまった。
「行ってくる」
「わたくしも」
「船着き場までだ。中へは、お前は入れん」
分かっていたことだった。それでも、口にしてしまう自分に、少し呆れた。
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同日 夕 下怒和 館の門前
わたしは、弥九郎について、館の門前まで行った。
門は、以前見たときより、傾きがひどくなっているように見えた。修繕の手が回っていない証だった。庭の鶏が、二羽ほど、放し飼いのまま歩き回っている。
弥九郎が一人で門をくぐっていくのを、わたしは門の外の松の陰から見送った。
中へは入れない。話の中身も聞こえない。分かっているのに、指先が落ち着かなかった。
門の脇に、小さな社があった。苔むした石の祠に、誰かが供えたらしい萎れかけの花が挿してある。手を合わせる習わしはなかったが、わたしはしばらく、その花の色褪せ具合を数えるように眺めていた。数えるものがあれば、待つ時間は少しだけ短くなる。
半刻ほどして、門が開いた。
弥九郎が出てきた。表情からは、何も読み取れなかった。
「どうでござりましたか」
「借りる、という形で決まった」
「借りる」
「湊を使うことも、水を汲むことも、これまで通り。ただし、正式に借りたことにはせぬ、と義重は言うた。文にも残さぬ、口約束のみだと」
わたしは、その言葉の形を、頭の中で組み直した。
認めたようで、認めていない。認めていないようで、実際には認めている。
「体面のための形にござりますな」
「そうだ。河野方に問われれば、義重は『貸してはおらぬ』と言い張れる。本家に問われても同じだ。だが、実のところは、湊は使える。水も汲める」
「玉虫色にござりますな」
「そう呼びたければ、そう呼べ」
わたしは、その決着を、頭の中で数に組み替えようとした。
湊は使える。水も汲める。だが、文書には何も残らない。約束は、いつでも「そんなことは申しておらぬ」と反故にできる形のまま、宙に浮いている。
これは、弱い。
そう結論しかけた。
「これでは、義重どのは、いつでも約束を翻せまする。文書に残さぬということは、そういうことにござります。今のうちに、もっと確かな形で押さえておくべきではございませぬか」
わたしは、そう進言した。
弥九郎は、しばらく黙っていた。
「それでよい。急ぐな」
「……なにゆえにござりますか」
「押せば、義重は退く場所を失う。あの男は、いま、ぎりぎりのところで、河野方にも本家にも、我らにも、まだ何一つ引き渡していない。全部を宙に浮かせたまま、辛うじて立っておる」
わたしは、口を閉じた。
「文書にしろと迫れば、義重は、決めなければならなくなる。決めれば、どちらかを敵に回す。いま、あの男が欲しいのは、決めることではない。決めずに済む猶予だ」
猶予。
その言葉が、耳の奥に残った。
「猶予を与えれば、いずれ、こちらの得になりまするか」
「なる。焦って詰めれば、義重は、我らを『強引に押し込んでくる賊』だと思う。焦らずに待てば、義重は、我らを『待ってくれる相手』だと思う。どちらの心証で先へ進みたいか、考えるまでもあるまい」
わたしは、その理屈を、もう一度頭の中でなぞった。
数の上では、玉虫色の約束など、いつ翻されるか分からない、弱い形にしか見えない。だが、弥九郎が見ているのは、数ではなく、義重という一人の男が、いま、どれほどの重さを一人で背負っているかということだった。
その重さを軽くしてやることが、遠回りのようでいて、いちばん近い道だという読みだった。
わたしには、思いつかない読み方だった。
「して、義重どのは、なにゆえ、又五郎どのを通さず、ご自身で話をなさったのでしょうか」
わたしがそう尋ねると、弥九郎は少し考えてから答えた。
「知らん。訊かなんだ」
「窮しておられるからでは、ござりませぬか。使いを立てる手間も、体面も、構っておられぬほどに」
「かもしれん」
弥九郎は、それだけ言った。
わたしは、その答えで得心した。窮しているから、自ら動く。それ以外の理由を、そのときのわたしは思いつかなかった。
だが、義重が自らの手で文をしたためたのは、窮しているからだけではなかったかもしれない。又五郎に任せれば、又五郎はまた頭ごなしに拒む。それでは話にならない。だから、息子の頭越しに、自分の手で、自分の言葉で、事を収めようとした——そういう、父としての算段が、そこにあったのかもしれない。
その可能性に、わたしは、このときまったく思い至らなかった。窮地という一つの型に、義重の動きを当てはめて、それで済ませてしまった。
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同月末 怒和島の沖
湊の使用は、事実、認められた。
翌日から、船を寄せても、島の側から咎める声は上がらなくなった。水を汲みに行っても、追い返されることはなくなった。
だが——
水汲み場に近づくと、女たちは、家の中へ引っ込む。井戸端に洗い物をしに来ていた娘が、こちらに気づくと、桶を放り出すようにして駆けていったこともあった。
湊は使える。だが、島の者は、誰一人として、こちらへ近づいてこない。
「戸は、開いたはずにござりますが」
わたしが、沖の船で紙を広げながらそう呟くと、松吉が苦笑した。
「戸が開いたのと、中へ入れてもらえるのとは、また別の話でしょう」
「別の話」
「へえ。姐さんだって、初めて会った相手にいきなり家に上がり込まれたら、たとえ門が開いておっても、いい気はしないでしょう」
わたしは、その喩えを、頭の中で数に置き換えようとして、うまくいかないことに気づいた。
門の開閉は数えられる。だが、人が心を開くかどうかは、開いた門の数では測れない。
紙の上に、「湊 使用可」と書き、その下に「島の者 近づかず」と書き足した。二つの事実が、同じ紙の上で、まるで違う速さで動いていた。
一つは、義重という一人の男との交渉で決まった。もう一つは、島全体に染みついた、何か別のものの上に乗っている。
その何かの正体を、わたしはまだ、掴めずにいた。
「湊は開いた。だが、島の戸は、まだ開いておりませぬ」
わたしは、そう紙に書きつけた。
書きながら、この先、湊の使用だけでは足りないのだと、はっきりと分かった。水も溜められる。塩も焼ける。だが、島の者が、こちらの姿を見て家に駆け込むあいだは、何も根付かない。
弥九郎は、船縁で、遠く霞む島影を見ていた。
「棟梁は、次に何を」
わたしが訊くと、弥九郎は、しばらく黙ってから答えた。
「待つ」
それだけだった。
「また、待つのでござりますか」
「待つのが、いちばん早い道のときがある。お前は、まだそれを、腹の底から得心してはおらんようだな」
弥九郎は、そう言って、片頬をわずかに緩めた。皮肉ではなく、案じるような色が、その笑いに混じっていた。
わたしは、答えられなかった。
数を組み、理を立て、押すべきときを見極める。それが、これまでずっと自分の得意としてきたやり方だった。だが、この島では、押さないことのほうが、しばしば正しい手になる。
その按配だけは、いくら紙の上で数を並べても、掴めなかった。
夜になって、わたしは紙を閉じた。今日、書き足した行は少なかった。湊は開いた。島は、まだ開かない。その二行だけが、今日という日の全部だった。
風が出てきた。沖に停めた船の帆綱が、ぎしりと鳴った。
莚の上に横になっても、なかなか寝つけなかった。目を閉じると、あの傾いた門と、萎れた花の色が、まぶたの裏に浮かんだ。三日のあいだ、誰とも会わずに一人で過ごしたという義重の姿を、勝手に思い描いてみる。何を考えていたのか、こちらには知りようがない。知りようがないという事実が、妙に落ち着かなかった。
腹の底が、じわりと重くなる。焦りとも違う、もっと鈍い重さだった。数えようにも、数える形を持たないものが、腹の中にわだかまっている。そういう夜は、これまでにも幾度かあった。父の心が読めなかったとき、兄の背を見送ったとき。いつも同じ場所が、同じように重くなった。
明日も、また待つ日になるのだろう。待つことの重さを、わたしはまだ、正しく計ることができずにいた。
甲板の足音が、一つ、また一つと止んでいく。見張りに立つ者の声だけが、闇の向こうから、低く途切れ途切れに聞こえていた。わたしは、その声を数えるともなく数えながら、いつしか眠りに落ちていった。




